EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
TNFD(Task force on Nature-related Financial Disclosures)とGFANZ(Glasgow Financial Alliance for Net Zero)は2024年10月、相次いで自然関連の移行計画に関するガイダンス案を公表しました。
TNFDのガイダンスは、TNFD開示推奨事項の4つの柱(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)のうち、戦略の開示要素の一つである「移行計画」(戦略B)をより詳細に解説するものです。これは、約200カ国が承認した昆明・モントリオール生物多様性枠組(Kunming-Montreal Global Biodiversity Framework: GBF)のTarget 15への対応を組織が具体的に進められるよう設計されています。
GBFは「2030年までに生物多様性の損失を食い止め、回復させる」という使命と、「2050年までに自然と調和して生きる世界を実現する」というビジョンを掲げています。特にTarget 15は企業に対して以下を求めています。
気候変動と生物多様性の損失は密接に関連しており、これらの課題に統合的に対応することが重要です。このような認識のもと、TNFDのガイダンスは、企業や金融機関が移行計画を策定・開示するための実務的な枠組みを提供し、一方でGFANZのガイダンスは、2022年に発表された金融機関向けの移行計画フレームワークを補完し、ネットゼロの実現に向けた自然関連の手段の活用方法を示しています。
気候変動分野では、TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)やGFANZを通じて移行計画の枠組みが既に確立していますが、自然関連の移行計画には以下の特有の考慮事項があります。
(1)場所特性の重要性:温室効果ガスは排出場所にかかわらず地球全体に影響を与えますが、自然への影響は場所ごとに異なります。例えば、同じ水使用量でも、水不足の地域とそうでない地域では影響が大きく異なります。
(2)複数要素の相互作用:生物多様性は、土地利用変化、水質汚染、外来種の導入など、さまざまな要因が複雑に絡み合って影響を受けます。これらの要素は相互に作用し、時として予期せぬ結果をもたらす可能性があります。
(3)生態系サービスへの依存:組織は、授粉や水の浄化など、さまざまな生態系サービスに依存しています。これらのサービスの維持・向上も、移行計画の重要な要素となります。
TNFDのガイダンスは、組織が自然関連の移行計画を策定し開示する際の全体的な枠組みを提供しています。この枠組みは、組織が何を目指し(Ambition)、どのように実行し(Action)、どのように説明責任を果たすか(Accountability)という3つの基本的な考え方に基づいています。
(1)基盤:組織の自然移行への全体的アプローチ、対象範囲、ビジネスモデルへの影響を定義
(2)実行戦略:具体的な行動計画、方針、商品・サービスの変更などを規定
(3)エンゲージメント戦略:ステークホルダーとの協働方法と計画を策定
(4)指標・目標:進捗(しんちょく)を測定・管理するための指標と目標を設定
(5)ガバナンス:計画の実施を確実にする体制と責任を明確化
図表1 本ガイダンスの推奨事項の枠組み
これらの構成要素に基づき、TNFDはTPT(Transition Plan Taskforce)の19項目の推奨開示事項をベースとしながら、気候変動特有の項目を除外する一方で、自然特有の以下4項目を新たに追加しています。
(1)フレーミングとスコープ
組織が対応・貢献しようとする自然関連の移行の範囲と理由を明確にすることが求められます。例えば、事業活動が生態系に与える影響の種類や、生態系サービスへの依存の評価に基づき、重点的に取り組む分野を特定することが考えられます。
(2)計画の優先順位
場所特性を考慮した優先課題の特定方法と選定理由の説明が求められます。これは例えば、水ストレスの高い地域での水資源管理や、生物多様性の重要な地域での土地利用方針など、自然への依存や影響が場所によって大きく異なることを反映したものです。
(3)景観・河川・海景レベルのエンゲージメント戦略
特定の地理的範囲におけるステークホルダーとの協働方法を定めることが推奨されます。自然に関する取り組みでは、より広域での協力が必要となることを反映したものです。
(4)依存・影響の指標と目標
場所ごとの自然への依存と影響の測定・管理方法を示すことが求められます。現時点では完全なデータ取得が困難な場合も想定されるため、段階的なアプローチが推奨されており、例えば、まずは重要性の高い地域や、データ入手が比較的容易な項目から開始し、徐々に対象範囲を拡大していくことが考えられます。
図表2 移行計画の開示推奨事項の構造
GFANZは、これまでの気候変動の「緩和」に向けた検討が、エネルギー使用や産業活動等の取り組みを中心に考えられてきたことを指摘し、自然の役割をより重視する必要性を提唱しています。
この背景には、自然が気候変動に与える重大な影響があります。世界の排出量の22%以上が自然の管理に起因しており、また2030年までの気候変動緩和ニーズの37%は自然による吸収で達成可能とされています。これらの数値は、効果的なネットゼロ戦略の実現には自然の要素が不可欠であることを示しています。
このような認識のもと、GFANZは、温室効果ガスの排出削減や自然による排出量の吸収と、それを可能にするための活動を含む自然関連の手段(“Natural-related levers”)を重視し、以下の3つの行動を提言しています。
(1)1.5度目標に沿った自然関連の温室効果ガス排出削減
(2)自然関連のGHG吸収源の保護と増加
(3)自然をネットゼロのアプローチ・計画へ統合
TNFDのガイダンスは企業および金融機関の両方における自然の移行計画の在り方を取り扱っているのに対して、GFANZのガイダンスは金融機関がネットゼロに向けた移行計画の推進のために、自然の要素をいかに統合するかを取り扱っています。
ただし、両ガイダンスとも気候と自然の移行計画を統合的に管理することの重要性を強調している点は共通しています。こうした中、当面は自然に関する個別の計画策定から始め、最終的には気候変動と統合された移行計画を目指すアプローチが推奨されます。
TNFDは、LEAPアプローチまたは同様のプロセスを用いて、自然関連の依存、影響、リスク、機会を評価することを前提としています。ただし、現状では以下のような課題が認識されています。
このため、すべての要素を直ちに計画の対象とするのではなく、初期の優先事項から始めて、時間とともに計画の対象範囲と精度を拡大していくアプローチが推奨されています。
GFANZは2025年1月27日まで、TNFDは2025年2月1日まで、それぞれのガイダンス案に対するフィードバックを募集しています。その後ガイダンスの最終化がなされる予定の中、企業はまず既存の気候変動戦略を自然の観点から見直すことが期待されます。再生可能エネルギー開発や森林保全など、気候関連プロジェクトが生物多様性に与える影響を評価し、相乗効果を生み出せる機会を特定していくのです。
同時に、バリューチェーン全体における重要な生態系サービスの特定と、事業活動が依存する自然資本の地理的マッピングも重要です。この過程では、地域コミュニティとの対話やサプライヤーとの協働を通じて、地域固有の課題やデータの収集を進めることが求められます。
企業には、このコンサルテーション期間を通じて、自社の実務に即した課題や解決策を検討し、より実践的なガイダンスの策定に向けて積極的にフィードバックを還元することが期待されています。
【共同執筆者】
船木 博文
EY新日本有限責任監査法人 金融事業部 気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS) シニアマネージャー
TNFDとGFANZは相次いで自然関連の移行計画に関するガイダンス案を公表。場所特性など自然特有の考慮事項を反映しつつ、気候変動対策との統合的アプローチを提案しています。2025年初めまでコンサルテーションを実施し、その後最終化される予定です。企業には両ガイダンスを活用した自然と気候の統合的な移行計画の策定が期待されています。
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