EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 化学セクター 公認会計士 武田 望美
当法人の化学セクターに所属し、主に総合化学メーカーの監査業務に従事。長期的価値(Long-term value、LTV)担当として企業の長期的価値向上に関する取組みを推進し、気候変動関連サービス業務に取り組んでいる。
要点
2020年10月、日本政府は2050年までに温室効果ガスの排出量を全体としてゼロとする、カーボンニュートラルを目指すことを宣言しました。化学業界は、産業分野の中でも二酸化炭素を多く排出している業界であるため、気候変動対応が社会的責務となっています。同時に、新たな成長の機会であるため、重要な経営アジェンダとして取り組み、各社積極的な開示を行っています。
今回、主要化学メーカーを対象とし、2023年6月30日現在の有価証券報告書、統合報告書および企業のウェブサイトより開示動向を分析しました。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
日本政府は、2021年4月の気候変動サミットにおいて、2030年度に温室効果ガスを2013年度比46%削減する、という従来目標からの引き上げを表明しました。
これを受け、多くの化学メーカーが2050年カーボンニュートラル実現に向けたロードマップとして、2030年の削減目標を設定しています。2030年の削減目標に対する比較基準年度は各社ばらつきがありますが、政府と同じ2013年度比とし、削減目標数値を基準年度に対して、30%から50%の間で設定している企業が多く見られます。
<表1>は、化学メーカーのロードマップを各社ウェブサイト・開示書類を基に筆者が分類・整理をして作成したものです。各期間で比較的多くの会社で挙げられている対応策を列挙しました。現時点で進行している施策を2030年までの対応策とし、今後検討を進める施策を2050年までの対応策としている傾向にあると考えられます。
先行企業においては、各期間における対応策に関する具体的な施策を説明しています。
期間 |
2030年 |
2050年 |
---|---|---|
目標 |
各社基準年度比30%~50%削減 |
ネットゼロ |
対応策 |
・低炭素原材料への転換
|
・バイオマス原燃料への転換
|
多くの化学メーカーでは、ロードマップの実効性を持たせるために、意思決定プロセスを含む全社横断的な体制整備を行っています。以下では、複数の企業で見られた事例を紹介します。
カーボンニュートラルに向けた対応策の実施に当たっては、技術革新のための投資が不可欠であり、ロードマップの開示と合わせて関連投資枠を設定・開示している企業が多く見られます。投資計画は全社的な中長期経営計画の基礎となるため、近年の化学メーカーの中長期経営計画では、カーボンニュートラルを含む、サステナビリティ経営が計画の柱になっています。
ICPとは、企業内部で独自に設定して使用する炭素価格のことで、炭素1トンの排出に対する価格になります。近年、化学メーカーでICPの導入が急速に進んでいます。導入企業の多くは、社内炭素価格を開示しており、投資の意思決定や表彰制度に利用している旨の説明を行っています。投資判断における利用方法としては、一般的には各投資案件の炭素削減コストと社内炭素価格を比較し、炭素削減コストの方が下回る場合に、投資を実施します。今後は、さらなる脱炭素社会の加速に合わせて、社内炭素価格を引き上げる企業も増えると予想されます。
化学メーカーは素材産業であり、商品のライフサイクルの上流に位置するため、バリューチェーン全体での温室効果ガス削減のための取組みを意識している企業が多いという特徴があります。代表的な取組みの1つがカーボンフットプリントです。
カーボンフットプリントとは、商品・サービスのライフサイクルの各過程で排出された二酸化炭素の量を商品・サービスに表示する仕組みです。二酸化炭素の量を開示することで、顧客へアピールする材料になると考えられます。
化学メーカーでは、多くの企業で温室効果ガスの削減目標以外にも、複数のESG関連指標をKPIとして開示しています。ここでは、非財務KPI関連の特徴を紹介します。
化学メーカーでは、将来の主力マーケットとして、環境貢献商品および技術の開発に力を入れています。各社で環境貢献商品および技術に関する売上割合の目標値を定め、非財務KPIとして開示するという特徴があります。先行企業においては、環境貢献商品売上により達成される温室効果ガスの削減量を測定し、開示している企業も見られます。
近年では気候変動関連の指標を含む非財務KPIの達成を、役員の業績連動報酬の評価項目としている企業が見られます。役員報酬へ反映することで、KPI達成をより確実なものとする効果があると期待されます。
日本国内におけるサステナビリティ基準の開発を目的に、2022年7月に財務会計基準委員会(FASF)が、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)を設立し、基準の開発が進められています。
2022年12月に金融庁から公表されたディスクロージャーワーキング・グループ報告では、日本におけるサステナビリティ開示のロードマップが示されました。ロードマップには、開示基準の開発と並行してサステナビリティ情報の第三者保証についても、国内外の動向を踏まえながら、担い手、保証基準の範囲、水準、制度整備等の在り方を議論していく方向性が示されています。
既に、サステナビリティ保証基準が法制度化されている欧州では、法定監査人または監査法人等による限定的保証が義務化されており、日本でも同様の検討がされるものと考えられます。
化学メーカーでは非財務KPIに対する実績値として、多数の非財務情報が開示されていますが、第三者保証を得ている企業は一部にとどまっています。また、第三者保証を得ている企業も、国際保証業務基準(ISRE)に準じて、監査法人等から保証を得ている企業は、さらに限定的になります。今後、各社において、第三者保証の導入、保証項目の拡充、保証実施者の変更(会計監査人との統一)などの動きが進むと考えられます。
気候変動対応に関しては、近年拡大し続けている実行施策に対する要請と、開示要請の両方を並行して対応する必要があるため、どの媒体でどの内容を開示するかの整理が必要となります。気候変動対応を、自社の価値創造ストーリーと関連させて経営戦略に落とし込み、外部に説明していくことが重要になると考えられます。
2023年3月期の有価証券報告書より、日本でもサステナビリティ開示が求められるようになり、気候変動を含む非財務情報の開示への関心が高まっています。化学業界では、気候変動対応を経営戦略の主軸とする企業も多く、その対応が注目されています。ここでは化学業界の気候変動開示の特徴を分析します。
EYのプロフェッショナルが、国内外の会計、税務、アドバイザリーなど企業の経営や実務に役立つトピックを解説します。
全国に拠点を持ち、日本最大規模の人員を擁する監査法人が、監査および保証業務をはじめ、各種財務関連アドバイザリーサービスなどを提供しています。
企業会計ナビでは、会計・監査や経営にまつわる最新情報、解説記事などを発信しています。