EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
石橋 幸登
EY新日本有限責任監査法人 シニアマネージャー 公認会計士
地方公営企業法適用や経営戦略策定に精通し、多岐にわたる自治体での水道・下水道事業の経営改善、料金改定、広域化推進、経営診断をアドバイス。また研修講師としても活動を行っている。
関 隆宏
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジー・アンド・トランザクション リード・アドバイザリー シニアマネージャー
大手水総合エンジニアリング会社を経てEYに参画。民間事業会社での経験を生かし、制度調査、経営戦略の立案ならびにPPPや広域連携およびセクター連携といった多様な経営改善施策の導入を支援。
※所属・役職は記事公開当時のものです。
石橋 幸登(以下、石橋):水道事業が人口減少の影響を大きく受けるのには、まず財源の問題が挙げられ、人口減少は利用者減、すなわち料金収入減に直結します。人口減少により、水を大量に使う製造業や食品・飲料の工場、ホテルやレストランなどサービス業の使用量も減る可能性があります。また、節水機器の発達は環境にとっては良いことですが、使用量自体は減るので、水道事業経営にとってはマイナスです。このような課題は現在も全国的に見受けられますが、今後ますますシビアになっていくのは確実と見られています。
関 隆宏(以下、関):担い手の問題、特に技術者不足は深刻です。水道事業や下水道事業などは、地域公共団体が経営する地方公営企業が営んでいます。事業運営には土木、機電などの技術者が必要ですが、電力会社やガス会社、建設会社などとの人材獲得競争があり、苦戦しているのが現状です。労働力不足という社会課題も水道事業の持続可能性に影響を及ぼしています。
石橋:近年懸念されているのが、高度経済成長期に整備された浄水場や水道管など施設・設備の老朽化です。水道管の法定耐用年数は一般的に40年ですが、それを超えるものが約2割、延べ16万キロ以上あり、年間2万件を超える漏水・破損事故が発生しています*1。水道管の耐震化の遅れも目立ち、耐震適合率は約4割にとどまります*1。2024年1月の能登半島地震で断水が長期化したことは記憶に新しいところですが、大規模災害時に断水が長期化するリスクは全国的にあると言えます。
関:設備の老朽化は、人口減少とは別の問題として考える必要があります。ただ、タイミングが重なってしまったことが水道事業体の経営をいっそう難しくしています。水道事業体の財政規模に対して設備の更新コストは極めて重く、人口減少・収入減であっても、設備投資は増やさなければならないという厳しい状況です。
石橋:昨今の物価上昇によって水道インフラの運営コストも上昇しています。このように、さまざまな社会課題を背景に、水道料金の値上げは避けられない状況です。
研究レポートでは、2046年度までに水道料金の値上げが必要な事業体は、全体の96%と推計しています。人口減少率は自治体によって異なるものの、人口減少率が高いと見られる北海道・中国・四国地方の事業体の値上げ率が高い傾向も明らかになりました。人口が減らない地域でも、設備更新や耐震化などに伴う工事費負担という要因があり、ほとんどの自治体で値上げの可能性が高いという推計結果となっています。
*1 国土交通省水管理・国土保全局「水道事業における適切な資産管理(アセットマネジメント)の推進について」
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/chiiki_keizai/kogyoyo_suido/pdf/016_06_00.pdf
(2024年6月27日アクセス)
出典:EY Japan・水の安全保障戦略機構事務局
「人口減少時代の水道料金は どうなるのか?(2024年版)」 (2024年7月10日アクセス)
関:国や都道府県の指導に基づいて、市町村の水道事業体をはじめとする地方公営企業は経営戦略を策定し、さまざまなアクションプランを推進しています。しかし、経営環境の変化を受けて、多くの事業体が戦略の見直しを迫られています。これまでは官民連携(PPP/PFI)や広域化を考えてこなかった自治体も、現実的なプランとして検討していく必要があるでしょう。
石橋:公認会計士として財政面について意見を申し上げますと、これまでのビジネスモデルは、設備投資のために公営企業債を発行して30年、40年という長期スパンで回収するというものでした。公営企業債の発行は、つまり借金ですが、人口増加・収入増が続く時代はそれで良かったのです。今は、そのビジネスモデルを転換する時期です。人口減少・収入減が進んでいく中で借金の返済分が未来の料金に上乗せされると、将来世代の1人当たりの負担額が膨らんでしまいます。そのため借金は抑えなければならない、しかし工事費は増やさなければならない。こうした相反する事情がある中で、広域化、民間活用、官民連携などを積極的に推進し、同じコストでもできることを増やすという視点での効率化は不可欠です。
関:マクロ経済的に言えば、商品やサービスの値段は市場で決まるわけですが、水道事業や下水道事業などは地域独占が許されている中で、サービスと料金のバランスをどうするかという問題は非常に難しい課題です。料金をどう設定するのか、老朽化した施設や設備をいつ、どのくらい更新するのか、そうした判断の一つ一つが将来を含めたサービスの質や料金に反映されていくため、極めて難しい経営判断が求められます。そのため、経営戦略は非常に重要ですが、1,700以上ある事業体全てにそれを求めるのは無理でしょう。
さらに小規模な事業体では職員が1人~2人というところもあります。「ちゃんと経営しなさい」と言われたところで、「はい、わかりました」とはならないでしょう。こうした現実と向き合った時に、やはり広域化というのは重要なポイントだと考えます。
石橋:広域化とは、いわばM&Aのようなものです。近隣の市町村と水道事業を統合するためには、地方議会で議決を取る必要がありますが、これがなかなか難しい。反対意見が出るのは、統合すると料金が上がるケースです。仮に、人口が同じA市とB市があり、1トン当たりの水道料金がA市は100円、B市は200円とします。この2つの市の事業を統合すると料金は150円になります。これはA市としては賛成できないでしょう。
今回の研究レポートでは、広域化によって値上がりするケースがあることも指摘していますが、料金格差や規模の大小によって、その程度は異なります。いずれにしても、本当に統合できるのか、ということをしっかりとシミュレーション、検証する必要があります。
また、国は水道事業の所管省庁を厚生労働省から国土交通省へ移管した他、水道法の改正や補助金などで広域化をはじめとする改革を支援しています。所管省庁の移管は、上下水道一体で基盤強化を目指すということだと考えられます。しかし、市町村側の実情を踏まえると任せきりでは進みません。国や都道府県の強力なリーダーシップが求められます。
関:広域化は有力な選択肢ですが、それ以外の方法もあります。例えば、熊本県荒尾市の水道事業は、広範な業務を民間事業者に任せる包括委託(官民連携事業)を導入し、公共性を担保しつつ民間活力の活用に成功しています。
また、秋田県は、下水道事業等の運営の効率化に向けて、市町村の事務を補完する官民出資会社「株式会社ONE・AQITA(ワン・アキタ)」を2023年11月に設立しました。県が先頭に立ち、県内全市町村や企業も出資、企業は人材も派遣して技術的な支援を行うという取り組みです。ONE・AQITAの事例は、事業統合をしなくても官民双方が技術やノウハウを出し合いながら課題解決や事業開発に取り組むという、新しい広域連携の在り方です。本格的に事業が始まってから間もないのですが、モデルケースの一つとして注目されています。
石橋:水道事業体の職員の方から、「経営も財政も、以前からそうしてきたから」、「コンサルタントに経営戦略を作ってもらったが、現実的でなく実行していない」といった発言をよく聞きます。しかし、状況は切迫しています。まず、職員の方にはしっかりと現状を分析し、今後の水道事業経営の在り方について議論をしていただきたいと思っています。今回の研究レポートに対して地方議会の議員の方からお問い合わせをいただくなど、水道事業の持続可能性に対する社会的関心の高まりを感じています。この機を逃さず、ぜひ住民や議会でも、事業体の実態を踏まえて健全かつ活発に議論していただきたいです。私がご支援に入る際も成果物ありきではなく、現状把握や職員の方が納得できるような議論と課題設定を大切にしています。
関:そうですね。危機感を持って改革に取り組んでいる職員の方はいるものの、一部の人だけで変えていけるものではありません。「どれくらいの負担増なら許容できるか」、「負担増が難しければ、提供サービスの低下をどれくらい許容できるか」など、職員、住民、議会のみんなで考え、議論を深めていくことが非常に大切な第一歩だと思います。経営戦略や目標が明確になれば、広域化がいいのか、民間活用がいいのかなど、具体的かつ現実的な解決策につながっていくはずです。
また、人口減少社会が本格化する中、水道事業の課題や解決策は、他の公共インフラに当てはまるケースもあります。「当たり前に使える公共インフラ」の持続可能性を高めることは、地域の持続的な発展にもつながります。
石橋:EYは、「Building a better working world ~より良い社会の構築を目指して」をパーパス(存在意義)に掲げています。こと公共インフラにおいては、人々の生活基盤を支え続けるために、事業体の経営や料金の実態を正しく理解した上で、経営悪化に伴うしわ寄せを将来世代に回すことなく、事業の持続可能性を高める活動を支援していきたいと考えています。
関:私自身、以前は浄水場の更新計画を立案する仕事をしていました。EYには、他にも自治体で官民連携を担当した経験のある者、管路の設計を担当していた者など、公共インフラ事業の現場を熟知しているメンバーや、経営や会計の財務状況も踏まえてサポートできるプロフェッショナルが多数在籍しています。関係者の皆さんと共に実情に即した議論に基づいて必要な対策を講じ、より良い未来に進むための一助を担えたらと思っています。
人口減少の影響を受ける水道事業は、設備投資の難しさと技術者の確保に苦労しています。安心して水が飲める未来に向け広域化や官民連携などの持続可能な経営への転換が求められており、そのための第一歩として、実態に即した健全かつ活発な議論が必要です。
EYのFAAS(Financial Accounting Advisory Services:財務会計アドバイザリーサービス)チームは、意思決定やモニタリング活動、財務・非財務情報の開示拡充などさまざまな場面でEYの知見を提供することにより、ステークホルダーの皆さまをサポートします。
現代社会においては、解決すべき課題が長年放置されていることがあります。その背景として、本来発揮されるべきガバナンスの機能不全が構造的問題として横たわっています。
私たちは、パブリック・インフラストラクチャーのプロフェッショナルとして、サービスを通して、常に社会の問題解決を図る存在でありたいと考えています。
「広域的・包括的・複合的なインフラ管理」による官民連携の新しいカタチ(前編)
減りゆく労働人口は税収や料金収入の減少をもたらし、設備の老朽化は複数のインフラにわたって同時多発的に顕在化。また、自治体職員の採用難はとりわけ土木関係の技術職において深刻の度合いを増しています。
日本社会はこの事態をどう乗り越えればいいのでしょう。鍵を握る官民連携の新しいあり方について多角的に考えるセミナーを開催しました。