生成AI活用の未来:イノベーションの促進とガバナンスの融合(前編)

AIエージェント、AGI、ASI――進化を続けるAI技術のビジネス展開とリスクガバナンスの構築のために(前編)


生成AIが生むイノベーションとリスクガバナンスをどのように両立すべきか、注目を集める「AIエージェント」とは何なのか。テクノロジー企業に必要な「第三者評価」とは?昨年配信され好評を博したEY Japan主催のウェビナー第2弾で、今年も深い議論が展開されました。


要点

  • 「スケーリング則」はもはや崩れている。膨大なデータよりも、求められているのは「推論」である。
  • すでに多くの企業がAI技術を現場に応用している。キーワードは「RAG」と「ファインチューニング」。
  • テクノロジー企業と利用企業、両者の間をつなぐ第三者評価の重要性。

今回のウェビナーは、「生成AIによるビジネスイノベーション」、「生成AIとリスクガバナンス」、そしてパネルディスカッションの3部構成。冒頭ではEY新日本有限責任監査法人 理事長の片倉正美から、開会のあいさつと生成AIに対する取り組みについて紹介がありました。

EY新日本有限責任監査法人 理事長 片倉 正美
EY新日本有限責任監査法人 理事長 片倉 正美

片倉「EY新日本監査法人ではこれまで、AI機械学習を活用した異常検知ツールを用いて監査の品質を高めて参りました。一方で、加速度的な生成AIの流行や新たなリスクへの対応のために、EY独自の責任あるAIの原則を定めました。この原則に基づきまして、AI活用のための教育プログラムを強化するとともに、EYによるAIガバナンスの構築を継続的に取り組んでおります。

また今後は、企業の財務報告プロセスで、AIが活用される時代がやって参ります。こういったことを前提に、AIリスクの評価とコントロールの構築を支援するAIアシュアランスフレームワークを独自に導入いたしました。AIリスクへの対応力を高めていくため、クライアントの皆さまのAIガバナンス体制の構築のご支援はもとより、第三者の立場から、現状のAIガバナンス体制を客観的に評価させていただくサービスを開始しております」


第1部:生成AIによるビジネスイノベーション

まず、EYストラテジー・アンド・コンサルティングの岡部裕之が「生成AIを支える半導体」をテーマにプレゼンテーションを行いました。

EYストラテジー・アンド・コンサルティング 岡部 裕之
EYストラテジー・アンド・コンサルティング 岡部 裕之

岡部「マイクロソフトを抜いて企業価値で世界首位となったNVIDIAのGPUは、生成AIを支える半導体となっています。生成AIは一度に大量のデータを処理する必要があって、多数のコアを持っているNVIDIAのGPUは並列処理が得意。この領域で、生成AIのトレーニング時間が大幅に短縮可能になりました。

半導体の製造工程は、複雑な集積回路を生成する「前工程」と、その回路を切断するダイシング・パッケージングする「後工程」に分かれ、約半年かけて製造されます。また、半導体業界のキーワードとして、市場が3,4年周期で好不況を繰り返す『シリコンサイクル』と言われる現象を理解することも重要です」


半導体種別市場規模推移:半導体価格の回復とメモリ需要の拡大が2024年の市場を押し上げる見込み

岡部からは、AI活用によるイノベーション促進についても言及がありました。半導体業界においては、製造プロセスの最適化の側面でAIが活用されていると言います。

岡部「半導体工場は基本的に24時間稼働ですが、製造ラインにウエハーが入っていなくても製造装置を稼働させておく必要があり、無駄も非常に多い。そこで、AIによってアイドリング時間を減らして最小のエネルギーで生産できるように、搬送ロボットに最短距離を通らせるなど、プロセスの最適化に貢献しているようです」
 

「グッバイデータ、ハローリーズニング」

続いて、Sakana AI株式会社のコーポレート本部長を務める田丸雄太氏の講演では、AI技術の最前線である「AIエージェント」について解説がありました。

EY新日本有限責任監査法人 理事長 片倉 正美
Sakana AI株式会社 コーポレート本部長 田丸 雄太 氏

Sakana AIと言えば、日本企業として最速でユニコーン企業となり注目を集めたAI開発のスタートアップですが、その革新性はどこにあるのでしょうか。

田丸氏「2024年の3月、『進化的モデルマージ(エボリューショナリーモデルマージ)』という手法に関する論文を発表して、世界的にもかなり興味を持っていただいたところです。オープンソースのAIモデルを活用することによって、計算資源を消費しないコストエフェクティブな方法で新しいAIモデルを生成することに成功しました。これは、膨大なAIモデルを何世代も繰り返し交配させることによって、当時トップレベルのスコアを誇ったLLMであるChat GPT3.5と同等程度のスコアをたたき出すモデルを24米ドル・24時間で生み出せるという、劇的なコスト節約を実現している技術です」

田丸氏によれば、AIモデルの学習フェーズにおける「スケーリング則」、すなわち「パラメータ」「データサイズ」「計算量(コンピュート)」という3要素とAIのインテリジェンスとの関連性が、最近では変化していると言います。田丸氏は「グッバイデータ、ハローリーズニング」という言葉を紹介し、次のように語りました。

田丸氏「データサイズのところで、質の良い学習用データが世界的に枯渇している、データの量が飽和してきていると言われています。つまり、たくさんのデータを用いて汎用的な大規模AIモデルを作っていくのではなく、小規模だが合理的なモデルに賢い推論(リーズニング)をさせるところに注目するべきではないか、というのが世界的な潮流になっています。

インターネットに転がっている大量のデータを用いた巨大なモデルではなく、会社の中に存在するオリジナルなデータを活用し、必要タスクに最適な能力を持ったモデルを組み合わせたシステムとしてのAIを作る。こうした『エージェンティックミドルウェア』に関するAI技術を応用することによって、これまで簡単なタスクを代替することしかできていなかったAIが、ビジネスにおいて付加価値が出せるような業務そのものを代替する世界が到来すると考えています」
 

コールセンターにおけるAIの活用

進化を続けるAI技術は、実際に企業においてどのように利用されているのでしょうか。ソフトバンク子会社であるGen-AX株式会社の代表取締役CEO砂金信一郎氏は、コールセンターにおけるAI活用の現状と可能性をテーマに講演しました。

Gen-AX株式会社 代表取締役CEO 砂金 信一郎 氏
Gen-AX株式会社 代表取締役CEO 砂金 信一郎 氏

砂金氏「さまざまな予測があるにせよ、企業のすべての商品知識を持ち、契約情報をお客さまからの問い合わせに対し必ず答えられるようなAIエージェントがそのうち登場します。その前段階としてデータの整理からお手伝いをする、というのがGen-AXの事業のスタンスです。

お勧めしているのは、まず照会応答業務から始めること。代理店から本店への問い合わせ、コールセンター内のオペレーターからスーパーバイザーへの問い合わせといったところでデータをためて、RAG(Retrieval-Augmented Generation)やファインチューニングによって自動化へとステップアップするのが良いのではないかというお話をさせていただいています」

RAGとは、社内などに蓄積した独自のデータベースから情報を検索し、AIの言語生成技術と組み合わせる手法のことを指します。ここでポイントとなるのは、「AIが学習しやすいデータを最初から作ること」(砂金氏)だと言います。

砂金氏「現状、人間がやっている業務を完全コピーして、その物まねをAIにやらせようというのは、あまり筋の良い話ではありません。例えば、業務文書を作る際、人間にとって分かりやすいシーケンス図のようなものではなく、AIにとって分かりやすい『マーメイド記法』を用いて、AIに余計な負担をかけないようにする。こういったことが今後求められてきます」
 

「現場オペレーション×生成AI」の可能性

第1部の最後に登壇したのは、d-strategy, incの代表取締役CEO・小宮昌人氏。小宮氏からも、日本企業での生成AIを活用したビジネスの実例が紹介されました。

d-strategy, inc 代表取締役CEO 小宮 昌人 氏
d-strategy, inc 代表取締役CEO 小宮 昌人 氏

小宮氏「先ほどのお話にあったRAGで参照させる事例では、オムロンの例があります。機器の取扱説明書と『過去トラ(過去に発生したトラブル)』をAIに参照させて、新たに何か機器にトラブルが生じた際、原因はこれじゃないですかと提示させたり、メンテナンスのアプローチを提案させたりする仕組みが運用されています。」

あらゆる仕事のオペレーションが高速化・効率化される結果、付加価値を生むための業務に人間がリソースを注力できるようになる――その中で「ビジネスや組織の在り方を再設計すること」、「自分のタスクを改善・変化させ続ける」ことが重要だと小宮氏は指摘します。

さらに小宮氏は、AI技術が製造業においてビジネスモデルの変化をもたらしている事例を挙げ、日本企業の強みである現場オペレーションの活用の可能性に触れました。

小宮氏「愛知県の旭鉄工では、これまでの改善の結果をデータベース化し、RAGで参照しカイゼンGAIを構築。それを外部に提供しています。自社のノウハウを、生成AIを実装して外販することによって、そのデータが蓄積されてより強化される、というサイクルが回っている。こうした動きも出てきている状況です」


ウェビナーの後半では、生成AIとリスクコンプライアンスについての講演として株式会社Citadel AIのCo-Founder, CEO小林裕宜氏のご登壇、EYメンバーの登壇、またゲスト登壇者3名と前出のEY岡部(モデレーター担当)にEYストラテジー・アンド・コンサルティング パートナーの川勝健司を加えた5名によるパネルディスカッションが行われました。業界の最前線を走る識者たちが語ったAI技術の「攻め」と「守り」の最前線とは―。記事の後編でその白熱した議論の一部を紹介します。


【共同執筆者】

EY新日本有限責任監査法人 竹田 匡宏
EY新日本有限責任監査法人 杉山 大介

※所属は記事公開当時のものです。


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サマリー

人間が行ってきた業務の完全な自動化、クリエイティビティへの応用、現実世界とAIの融合など、AI技術はビジネスにとって大きな可能性を持っており、それが実現する日は近づいています。その一方で、AIの品質管理やルールの明確化も欠かせない。こうした「攻め」と「守り」のバランスが求められています。

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