![](https://assets.ey.com/content/dam/ey-sites/ey-com/ja_jp/topics/tax/image/ey-session1.jpg.rendition.450.300.jpg)
第1章
コロナ禍での政府に対する市民の意識
生活の質の満足度、行政サービスに対する信頼性に関し、日本と各国の市民の間で顕著な違いが見られる
熊井 私たちEYでは、コロナ禍での政府に対する市民の意識について、2020年と2022年にそれぞれグローバル向け、国内向けと2つの調査を実施しました。
まず生活の質の満足度については各国いずれも低下していますが、特に日本は突出して低く、将来性についても悲観的に見る傾向がより強いことがわかりました。また、生活の質を維持するための重要項目としては、各国共に「医療」「経済」「安全」が上位となっており、特に日本では良質な社会サービスに対するニーズが高くなっています。さらに、デジタル化についても、日本では医療分野での活用に期待感が高いと言えます。
一方、行政サービスに対しては信頼性が低く、「平等性」「透明性」に加え、「デジタルテクノロジーの活用」「個々のニーズに合ったもの」という4点の不足を指摘しています。総じて行政サービスのデジタル化の進展についてはポジティブな傾向にあるものの、その内実としては政府と国民の意識の間には大きな乖離があるのではないか。「乖離」は「信頼」と捉えてもいいと思いますが、今後日本がデジタル化を推進するうえで、何が課題となってくるのか。皆さんに伺っていきたいと思います。
![熊井 豊 EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 リード・アドバイザリー パートナー 熊井 豊 EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 リード・アドバイザリー パートナー](https://assets.ey.com/content/dam/ey-sites/ey-com/ja_jp/topics/government-and-public-sector/how-can-governments-better-serve-citizens-in-our-connected-world/images/ey-how-can-governments-better-serve-citizens-photo1.jpg)
熊井 豊
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
リード・アドバイザリー パートナー
坂下 私は、行政サービスが信頼され得るかどうか、そこにはまず「公平性」や「公正さ」が必要であると考えています。調査レポートについても平等や不平等という言葉が出てくるように、これからの行政サービスは公平であることを重視すべきでしょう。公平とは相手の立場や状況を考慮して、資源やアクセス方法を提供していくことになります。そこを政府が徹底させない限り、国民の信頼にはつながっていかないのではないでしょうか。これまでの日本は「安心社会」でした。しかし、これから「信頼社会」に移行していくためには、「おもんばかる気持ち」をデジタル化の中に注入していかなければならないと考えています。
![坂下 哲也 一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC) 常務理 坂下 哲也 一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC) 常務理](https://assets.ey.com/content/dam/ey-sites/ey-com/ja_jp/topics/government-and-public-sector/how-can-governments-better-serve-citizens-in-our-connected-world/images/ey-how-can-governments-better-serve-citizens-photo2.jpg)
坂下 哲也
一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)
常務理事
林 今回の調査レポートは読み方によっては非常に示唆に富んだヒントが得られると思っています。というのも、グローバル調査が行われた2020年7~9月にはワクチン問題や給付金の遅れといった問題が顕在化し、政府に対する信頼が大きく低下していた時期と重なります。いわば、政府に対する信頼度の低さは、逆に言えば、政府への期待感の高さの裏返しだと言えるのではないでしょうか。
今回のコロナ禍で、日本ではっきりしたこととは何か。その1つは、ワクチンは日本ではつくれないこと、もう1つは給付金を迅速に支給できる体制にはないということです。
これを悲観的と言えば、そうかもしれませんが、こうした事態をチャンスと捉えることもできるのです。例えば、私は1990年代にアメリカで生活をしていましたが、当時のアメリカの若者の多くは、今回の調査結果と同じように、将来のアメリカに対して非常に悲観的で、親世代のような豊かな生活はもうできないと考えていました。
しかし、その後の展開を見れば、そうでなかったことがわかるはずです。日本も同様に、今回の調査レポートで、政府への信頼度の低下こそ、政府に頼らずに民の力で復活しなくてはならないとの強い危機感の表れと読めないでしょうか。だとすれば、今の現実を踏まえ、危機感を持って課題を解決していくことができる可能性があり、この調査レポートは、今はチャンスであると読むことができます。今、野心ある日本の若者たちは社会的課題を解決しようと新たな試みに次々と取り組んでいます。課題をもとに、いかに具体的な行動に移していくのか。政府はそうした動きを阻害することなく、支援していかなければならない。デジタル化の進展についても、取り残されるのではないかと心配する方がいますが、使いにくいものは次第に淘汰されていきます。結局は誰もが使いやすい、シンプルなものが残っていく。社会に本当に必要なものは必然的にデジタル化されていくのですから、焦ることなく本質に向かって努力すれば必ず道は開かれます。
![林 茂 合同会社政策ジャパン 代表 林 茂 合同会社政策ジャパン 代表](https://assets.ey.com/content/dam/ey-sites/ey-com/ja_jp/topics/government-and-public-sector/how-can-governments-better-serve-citizens-in-our-connected-world/images/ey-how-can-governments-better-serve-citizens-photo3.jpg)
林 茂
合同会社政策ジャパン 代表
境田 私はコロナ禍対策について、当時日本の政府は決定的なミスを犯したと考えています。なぜ日本は先進国にもかかわらず、ワクチンをつくれないような国になってしまったのか。皆さんにも思い出してほしいのですが、コロナが発生した当初、官邸はPCR検査を推進すべきだという立場を取りましたが、結局は厚生労働省の意向でPCR検査を抑制する方向へ動きました。しかし、そもそもウイルスは常に変異していくものです。その対策として必要なことは検体の数を増やす、つまり、データを増やすことです。もし当時、きちんとデータを収集し、データベース化し、日本の研究者が活用できていれば、ワクチンをつくれたかもしれないのです。もっと言えば、政府もエビデンスをもとにした政策立案ができたはずです。
日本の大学や研究機関にはデータを生かせる場所がきちんと存在しています。もしデータさえあれば、いくらでも活用することができたのです。ところが、そこに行政機関の壁があった。いまだに日本にはきちんとしたデータベースがありません。本来、デジタル化は有事の際を想定し、政府主導の下、進めるべきなのです。しかし、そこに変なバイアスや力学が働いているのではないか。それによって国民を不幸にしてはならない。私はそう思っています。
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第2章
データからデジタル化へ
デジタル化の目的は市民サービスの向上。デジタル化によって個人を把握し、行政サービスを提供する体制を構築していくことが欠かせない
熊井 確かにデジタル化にはデータが欠かせません。しかし、日本国内ではデータバンクのような機能がいまだに整備されていませんね。
坂下 境田さんのお話にあったように、データが必要なのは感染症だけではありません。難病もそうです。しかし、その対応については患者が少ない分、製薬会社も新薬開発には消極的です。もしデータを集めることができれば、難病に対しても、新しい治療法や薬が生まれるかもしれない。データの集積はそれほど重要なのです。
ただ、東京都でも2025年から人口減が予想され、2035年には日本で700万人の認知症患者が生まれ、認知症患者同士の介護が始まるとも言われています。そうした状況に対し、行政が市民をしっかり守っていくためには、個人をきちんと把握してサポートしていく必要が生じてきます。つまり、個人をしっかり把握する仕組みの中に、データバンクがなければならないのです。そのためにも、デジタル化によって、個人をしっかり把握して、行政サービスを提供する体制を構築していくことが今欠かせないと考えています。
熊井 ただ、実際にはマイナンバーカードのように個人情報がハードルとなり、なかなか普及が進まない事例もあります。政策として何が足りないのでしょうか。
林 マイナンバーカードについては国民が本当に使い勝手がいいと感じる前に、政府が税金や資産などさまざまな個人情報を把握することを主目的としているのではないか。そうした疑心暗鬼が先になってしまったことが今の状況を生んだように見えます。
また、それ以前にも、住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)で情報が漏えいた事案や、自治体のシステムが統一されていないため、使い勝手が悪いといったネガティブなイメージもありました。そうした問題に政府が真摯に対応していないように国民の側からは見えたのかもしれません。
大事なことは、カードをつくれば、ポイントをあげますというよりも、住民サービスをどのように改善していけば便利になるのか。そうした視点をもっと打ち出していれば、状況は変わったのではないか。その意味でも、政府がマイナンバーカードの政策について住民サービスを徹底して便利にする視点に立って見直せば、大きく改善する可能性があります。
境田 私も同様に政府は今こそ変わるべきだと考えています。行政サービスの立案には法的規制などさまざまな制約がありますが、例えば、ビッグデータの世界は、リアルタイムでデータを大量に集め、そのデータをAIやスーパー・コンピュターで高速処理し、リアルタイムで答えを出し、サービスを提供していく世界です。世界は今、こうした競争を行っているわけです。ところが、そのとき日本のようにデータ集積に制約があると、包括的にデータを活用することができなくなってしまう可能性があるのです。
だからこそ、今政府はデータの重要性を理解しなければならないのです。これからデータを活用して、どんどん課題の最適解を出して、国民に行政サービスとして返していく。国民がその利便性を認識すれば、さらに良いサービスは生まれていきます。そのためにも官庁間で連携して新たな枠組みをつくることが今必要なのです。
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第3章
日本の将来の展望とは
政府 × 企業 × 若い熱意で社会課題を解決する
熊井 確かにそうですね。これからデジタル化をはじめとした日本の将来の展望について皆さんはどのように考えていらっしゃるでしょうか。
林 日本の現状についてはさまざまな課題があり、それだけを見れば、ネガティブにならざるを得ないかもしれません。しかし、私たち国民の危機意識が高まっており、若者たちは社会的課題の解決をリードしていきたいというエネルギーに満ち溢れています。政府や大企業も彼らとともに日本社会を持続可能なものに発展させていきたいと考えているはず。
今は時代の転換点です。私自身も霞が関や永田町だけでなく、さまざまな場所に足を向けるたびに、新たな時代の胎動を感じます。政府がそうした動きを阻害せずに支援し、私たち国民が本気になれば、日本の将来は必ず良い方向に向かっていく。そう私は確信しています。
境田 私も明るい希望を持っています。コロナ禍の際、私は東京大学の病院担当の理事をしていたのですが、病院の先生ほか、医学部や薬学部、工学部の教授の皆さん誰もがコロナ禍の研究をしたがっていたのですが、データがない故にできなかった。もし当時、コロナ禍のデータバンクをつくっておけば、どれだけ日本の研究者が頑張ることができたか、今も残念でなりません。データ収集については、ここまではできるという限度を示して、それ以外の足かせをなくす。そうなれば、日本からさまざまなイノベーションが生まれるはずです。
私が東大の理事をしていたときに興味深かったのは、東大発ベンチャーの集積地である「本郷バレー」で、学部生たちがインターンやアルバイトなどでどんどん働いていたことです。彼らを見ていると、大きな熱意や野心を感じます。これから彼らが世界で活躍したいという思いを政府が足かせをつくって邪魔してはいけない。私は、そうした若者たちが羽ばたけるような新たな環境や枠組みをこれからも構築していきたいと考えています。
坂下 今回の調査レポートには、生活の質、テクノロジーといった言葉が入っています。歴史を振り返りますと、産業革命のときに生まれたものが時計です。それまでは、人間は日が昇れば働き、日が沈めば寝ていました。しかし、産業革命が起こり、列車が走るようになると、正確な時刻を知らなければならなくなった。そこで、時計が発達していったのです。
私たちは誰であれ、平等に同じ時間しか持っていません。私たちは農業社会から工業社会、そして情報社会と進む中で、この時間を切り詰めてきたわけです。しかし、コロナ禍でリモートワークができるようになり、会社に毎日通う必要がなくなりました。つまり、可処分の時間が増えたわけです。これはすべてテクノロジーのおかげです。これからもテクノロジーは私たちの社会を変えていきます。それは働き方も企業の在り方も変えていくでしょう。
もう少しで世界は変わっていく。だから、悲観的になる必要はないのです。これから新しい幕開けが来る。そう考えながら、今回の調査レポートを読んで、自分自身ができることは何か。できる理由を真摯に考えていくことが大事だと考えています。
サマリー
新型コロナウィルスがもたらしたダメージを克服すべく、各国の政府は最新のデジタルテクノロジーを活用したソリューションを模索しています。これら各国の支援策は市民からの支持を得ているのでしょうか。EYが実施した意識調査では、世界と日本では政府への信頼において大きな意識の差があることがわかりました。