税務データの活用を通じて、すべての人に価値をもたらすには
税務データの活用を通じて、すべての人に価値をもたらすには

税務データの活用を通じて、すべての人に価値をもたらすには

デジタル国家に関する記事の第2部となる本稿では、トランスフォーメーションが世界各地の税務当局にもたらす画期的な可能性について取り上げます。


要点

  • 税務当局は、デジタルトランスフォーメーションが必要であることを認識している。それにより広がる可能性は、パンデミック下の緊急対処にとどまらず、国民の生活改善にまで及ぶ。
  • 税務当局は、納税者中心主義に基づく業務設計、近代化プログラムへのデジタル化の統合、データの即時交換により大きなメリットを得られる。
  • 適切な業務モデル、システム、パートナー、成果測定基準を選択することが、トランスフォーメーション成功への重要なステップになる。


EY Japanの視点

世界各国において、デジタルの活用によりサービスや仕事の在り方を変革する、デジタル・トランスフォーメーションが劇的に加速しています。

わが国の行政においてもデジタル・トランスフォーメーションの必要性が認識されており、デジタル庁の主導の下、その取り組みが進められています。

国税庁も税務行政のデジタル化に着手しており、「デジタルを活用した、国税に関する手続きや業務の在り方の抜本的な見直し」に取り組んでいます。具体的には、「納税者の利便性の向上」と「課税・徴収の効率化・高度化」を2本の柱としつつ、「あらゆる税務手続きが税務署に行かずにできる社会」に向けた構想を示すとともに、課税・徴収におけるデータ分析の活用などの取り組みを進めています。

税務当局が調査選定において採用を始めたリスク・ベース・アプローチ(RBA)により、1件当たりの増差所得金額が倍増しており、特に、データ分析のさらなる高度化による課税実務の影響には注視が必要です。


EY Japanの窓口

原口 太一
EY Japan タックス・コントラバーシーリーダー EY税理士法人 EY審理戦略室 室長 パートナー

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市民とテクノロジーとの関係、そしてデジタルガバメントの持つ意味を、新たなデータが浮き彫りにしています。

    この2年間、世界中の税務当局は、工夫を凝らし、スキルを活用しながら新たな役割を担ってきました。デジタルプラットフォームを立ち上げて苦境にある企業を支援し、あるいは社会福祉部門と連携して手当を給付するなど、税務当局はデジタルトランスフォーメーションを劇的に加速させてきました。不透明な歳入予測や高まる財政赤字補填の必要性などの課題に対処する上で、デジタルテクノロジーが鍵となることも認識することができました。
     

    また、税務当局は、デジタルトランスフォーメーションを進めることで、緊急問題に対処し、課題を解決する以上のことができます。納税申告を受け、問題が生じた後に対応するという受動的な存在から、企業活動や人々の生活を向上させる取り組みにおける積極的なパートナーへと変革する可能性を秘めているのです。
     

    税務当局は新しいデジタルテクノロジーを採用し、定着させるだけでは、これを達成できないでしょう。真に変革を遂げるためには、納税者をデジタルジャーニーの中心に据え、自らの計画をデジタル政府プログラムに組み入れる必要があります。
     

    デジタル国家に関する記事の第2部となる本稿では、この達成に向けて税務当局が取り得る5つの方法を提案します。

    LOW ANGLE VIEW OF SUSPENSION BRIDGE AGAINST SKY
    1

    第1章

    課題、協働、そして発想の転換

    税務当局はパンデミックに対して準備不足でしたが、多くの税務当局が迅速にデジタル化に対応しました。

    コロナ禍によって、税務当局はまずリモートワークへの迅速な移行を迫られました。しかし、同時に、主要な租税徴収の担い手という従来の役割に加え、困窮者への支援金や景気対策給付金の支払いという新たな役割も果たすようになりました。

    このため、税務当局は発想を転換させるだけでなく、他の政府機関と新たな方法で協働することが必要になりました。その解決策は、当然ながら、デジタルテクノロジーに目を向けることでした。しかし、パンデミックにより、テクノロジーが税務当局にもたらす可能性が明らかになった一方で、5年前に変化していれば防げたはずの課題も生じました。

    例えば、税務当局は、収入がないか、わずかしかなく、納税申告の必要がなかった世帯に、急に給付金を支給しなければならなくなりました。そこで、社会福祉当局、年金管理機関、退役軍人団体と連携し、受給者を特定し、迅速にデータを照合しました。ニュージーランドでは、内国歳入庁が社会開発省と連携して賃金補助金の申請を確認し、社会福祉担当者からの35万件を超える問い合わせに対応しました。

    同時に、不安に駆られた納税者からの問い合わせがコールセンターに殺到したため、税務当局はデジタル化をより迅速に進めざるを得なくなりました。経済協力開発機構(OECD)加盟国では、半数弱がコミュニケーションの75%超を紙媒体からデジタル化しています。例えば、コスタリカでは、地方税務当局への立ち入りが禁止された際、デジタルポータルを新規に立ち上げ、電子メールを30%削減しました。

    他の税務当局も、急な事態に対して準備不足でした。高所得者の多いある地域の税務当局は、2020年3月からの1年間、電話での問い合わせ10件中1件にしか対応できず、その後、納税者に電話で問い合わせしないよう要請しました。そのため市民が書面で問い合わせをするようになった結果、数百万件もの問い合わせが未処理になる事態が生じました。

    これらの例が示すのは、多くの税務当局がデジタルソリューションを見いだすことができたものの、多大な圧力にさらされ、その成果は一様ではなかったということです。次章では、デジタルトランスフォーメーションを納税義務の順守の容易化、納税手続きの改善、さらには政府全体から受けるサービスの質の向上につなげる5つの方法を提案します。

    A young boy leaping into his fathers arms from a log while messing around in a playground at the park together.
    2

    第2章

    税務当局がデジタル化を飛躍的に向上させるための5つの方法

    シームレスなサービス提供から電子請求書の即時処理に至るまで、デジタル化には素晴らしい可能性があります。

    1. 納税者第一主義に基づき税務業務を設計する 

    従来、正確な納税申告書を提出する責任は、納税者が負ってきました。しかし、あまりにも多くの人々が、納税義務を理解し、書類を作成して手続きを進めるのに苦労しています。また、多くの企業は、新しい法律や税務申告の要件が、不必要で煩雑な手間とコンプライアンス順守コストを生んでいると考えています。

    もし、納税申告書の提出が、政府との不快なやりとりではなく、オンラインバンキングと同じように簡単にできるとしたらどうでしょうか。

    多くの税務当局は、すでに、納税者中心主義に基づいて業務を設計することにより、この方向に向けて大きな進歩を遂げています。OECDの2020 International Survey on Revenue Administration(2020年税務に関する国際調査)によると、現在、法人では10社中9社超が、個人では10人中8人がオンラインで納税申告をしています。また、相当数の税務当局が すでに電子申告率100%を達成しています

    デジタルジャーニー:納税者エクスペリエンスの変革

    デジタル化の成熟段階

    加速

    強化

    連携

    フランス
     

    同国の中小企業400万社からの徴税を合理化するための政府の取り組みの一環として、財政総局はオンラインポータルを開設し、中小企業の経営者、スタートアップ企業、自営業者がVATと社会保険料を迅速に申告できるようにしました。

    シンガポール
     

    内国歳入庁が国家デジタル認証フレームワークのデータを使用して、他の政府機関との間でシームレスに手続きを進めます。個々の納税者は、自動的に事前記入された納税申告書にSingpassモバイルアプリを通じてアクセスすることができます。このアプリで納税者がすでに行った支払いが計算され、「納税を行えるように」なります。

    エストニア
     

    政府および第三者のデータを使用するエストニアの電子税務システムを通じて、エストニアの人口の95%がわずか数分で税金を納めることができます。また、納税者には透明性とプライバシーの機能が提供されており、個人情報の共有方法を制御することが可能です。

    しかし、民間セクターと同じ水準のデジタルソリューションを期待する納税者の増加に伴い、税務当局はデジタルトランスフォーメーションを組織の近代化戦略に組み込まなければなりません。

    民間セクターと同レベルの対応をするためには、納税者が複数のデジタル機器の間でシームレスに、母国語でアクセスできるように、ウェブコンテンツを最適化する必要があります。また、デジタル仮想アシスタントやインテリジェントチャットボットの導入を迅速に進め、納税者のニーズを予測し、的を絞った情報を提供することで、問い合わせに対応することも必要でしょう。オーストラリア税務局(ATO)は、パンデミック下で電話での問い合わせが殺到した際、チャットボットの改善により140万件の問い合わせのうち94%超を解決しました。

    もっとも、将来的には、デジタル格差の悪化やデジタル機器の利用が難しい納税者の排除を防ぐために、チャットボットの機能を改善する必要があるでしょう。カナダ歳入庁では、単純な問い合わせには仮想チャットボットで対応し、より配慮を要する可能性のある問い合わせは担当者に回すことで、この課題に対処しています。
     

    サービスをシームレスに、複雑な変更をシンプルに

    また、納税者が期待しているシームレスなエクスペリエンスを提供するために、税務当局は自らのデジタルプラットフォームを、より広い領域を対象とするデジタル政府の取り組みに統合し始めています。例えば、シンガポール内国歳入庁は「データの提供は一度だけ」というアプローチを採用しています。納税者が単一の書式にデータを記入して提出すれば、そのデータは政府諸機関で共有されるのです。


    もし、納税申告書の提出が、政府との不快なやりとりではなく、オンラインバンキングと同じように簡単にできるとしたらどうでしょうか。


    同時に、税務当局は、デジタル化への移行に伴うコンプライアンス順守コストの増加に対する納税者の懸念に対処する必要があります。2022 EY Tax and Finance Operations Surveyでは、民間セクターの経営幹部の60%が、新たに導入されたデジタル納税申告の要件に準拠しなければならないため、業務負担が増加すると予想しています。また、全企業の83%が、このために今後5年間で税務・財務部門が必要な費用は、少なくとも500万米ドル超になると予想しています。

    税務当局は、企業とその従業員が法規制の変更に対応できるよう支援することで、この懸念を少し軽減することができます。意思決定規則を管理するテクノロジーを活用すれば、税額の自動計算を、法令、規制および内部ポリシーの変更に応じて調整することができます。例えば、 オランダ国税関税執行局のアジャイル法  (pdf)執行ファクトリは、複雑な法規制上の変更を明確に示すために自然言語処理を活用しています。
     

    2. 高度なアナリティクスと行動科学に基づくインセンティブの適用によりコンプライアンス順守を容易にし、向上させる

    多くの税務当局が、すでに高度なデータモデリング、人工知能(AI)、機械学習を活用し、納税者の状況を総合的に把握しています。また、特定の納税者グループに適合するようにサービスを調整し、納税手続きを容易にすると同時に納税漏れがないようにしています。

    高度なアナリティクスにより、納税者を分類して、より適切にグループ化し、さらにサービスの個別化を進めることが可能になります。これにより、徴税担当者が低所得世帯や苦境にある企業に寄り添い、給付金の優先的な受給や査定の通知、納税期日の延期などの支援をする機会が増えます。

    デジタルジャーニー:高度なアナリティクスと行動科学に基づくインサイト

    デジタル化の成熟段階

    加速

    強化

    連携

    ブラジル
     

    ブラジルではAIとジオプロセシングを用いて、個々の納税者の所得や資産、費用などの記録のうち、その納税者が属するコミュニティに該当しないものを特定しています。このシステムにより、脱税する可能性がある人の特定が容易になります。

    スウェーデン
     

    スウェーデンの税務当局は、AIと機械学習の活用により、スウェーデン国民以外の人の税務登録プロセスを改善しました。多様な納税者セグメントを識別し、それらのセグメントに基づいて電子サービスの利用を促しています。

    オーストラリア
     

    第三者データを控除請求と即時照合することで、間違いの訂正や、正確な申告書の提出に向けて納税者を「誘導」することが可能になりました。

    また、税務当局は、高度なアナリティクスと行動科学に基づくインサイトを組み合わせることで、納税者が正確な申告書を提出するように「誘導」することもできます。オーストラリアのATOは、AIを使用した「コンプライアンス・バイ・デザイン(制度の設計段階から順守のためのプロセスを組み込む)」 を実践しており、通常値の範囲から外れる控除請求を検出します。その後、システムから納税者に申告書の数値を再確認するよう促します。

    2020年には、納税者の3分の1がすぐに請求を取り消し、3分の1が報告の通りに請求を提出しました。残りの3分の1は、ボーダーを超えないように「入力する数値を徐々に低くしていく」ことでシステムを出し抜こうとし、その結果、要監査先として検出されました。

    当然ながら、高度なアナリティクスと行動科学に基づくインサイトなどの新たな手法の活用を進めることで、バイアスやプライバシー侵害の可能性も高まりますが、このようなリスクを軽減するために、ツールやフレームワークを活用することもできます。カナダ歳入庁は、新規のAI税務プロジェクトに対し、バイアスのリスクを計算し、倫理的考慮事項のリストを提供するアルゴリズム影響評価(AIA)ツールの利用を義務付けています。
     

    3. データの即時交換によりプロセスを速め、コンプライアンス順守状況を改善し、歳入を増やす

    現在、先進的な税務当局の多くは、アプリケーション・プログラミング・インターフェイス(API)を使用して、安全な環境下で当事者間の税務データ交換を実施しています。英国の「税のデジタル化」フレームワークでは、100 万社を超える企業が、 API インターフェイスを使用して企業データを歳入関税庁(HMRC)に直接送付しています。

    さらなる進化としては、クラウドテクノロジーを費用対効果が高く、拡張可能な形で安全に導入できるように、サイバーセキュリティを向上させることでしょう。メキシコの税務管理サービス局(SAT)は、2012年以降、クラウドサービスの利用により、投資コストを20%(推定)節減しています。SATは現在、1 分間に平均18万件を超える電子請求書を即時処理しています。

    しかし、これらのメリットを実現するには、政府が納税者の個人情報を第三者と共有する必要がありますが、 EY Connected Citizens Survey が示すように、10人中4人を超える国民がデータの共有に反対しています。反対している国民は、たとえそれが公共サービスの改善や減税につながるとしても、政府内でのデータ共有にも、民間企業との共有にも反対しています。

    税務当局がこのような納税者の懸念に対処するに当たっては、データ交換にプライバシー保護機能を組み込むことや、国民や企業が自身の情報へのアクセスを制御できるようにすることなどの方法が考えられます。例えば、 エストニアの税務税関委員会 は、同国のX-Road連合データ交換の一部になっています。国民が自身のデータを所有し、政府機関や民間企業がその個人情報を要請した場合、要請の承認を求める通知が届きます。

    デジタルジャーニー:データ交換

    デジタル化の成熟段階

    加速

    強化

    連携

    オランダ
     

     国税関税執行局は、官民パートナーシップを通じて信頼できる適格なサービスプロバイダーのネットワークを構築し、ITシステムへの侵害リスクの軽減を図りつつ、税務情報の交換を行っています。

    スペイン
     

    税務当局は最近、B2B事業者に対し電子請求書の発行を義務付けました。これにより、税務当局は、請求書へのアクセスとその保存、閲覧、そして取引後の相互参照を容易に行えるようになります。

    イスラエル
     

    税務当局に直接接続されたスマートキャッシュレジスターを通じて、観光客は購入時にVAT還付の承認をリアルタイムで受けることができ、空港で還付のために列に並ぶ必要がありません。


    申告書と査定に正確なデータを事前入力する

    すでに多くの税務当局が、個人の申告書や査定書に個人の納税者データを事前入力しています。しかし、政府の他の機関や第三者のデータが十分に活用されていないため、非常に多くの個人データに誤り(住所、職業など)があります。世界銀行のレポートによると、ある高所得者の多い地域では、 納税者の申告の15%に誤りがありました。また、この地域の税務当局は、金融機関から得られる情報だけで、納税申告書の98%は正確に事前入力できると言っています。

    このような問題を防ぐために、税務当局は、早急に税務情報をリアルタイムまたはそれに近い速さで自動的に取得できる、安全なチャネルを開発する必要があります。この種の情報は、デジタル機器や社会保障給付、ソーシャルメディアに存在する膨大な非構造化データなど、幅広いソースから取得できる可能性があります。
     

    電子請求書の即時処理

    また、先進的な税務当局では、電子請求書が、日次あるいは月次ではなく、リアルタイムで検証されています。例えば、イスラエルでは観光客はVATを免除されています。観光客が店舗で購入すると、スマートキャッシュレジスターが税務当局とリアルタイムで通信して控除を検証し、VATが賦課されていない金額が自動的に請求されます。

    このような改革は、歳入を増加させると同時にコンプライアンス順守状況の改善にもつながります。ペルーにおけるある調査によると、VAT電子請求書制度導入後1年間で、企業の売り上げ、購入、VATの額が5%増加しました。  コロンビアなどのラテンアメリカの一部の税務当局は、 電子請求書発行レポジトリも設置しています。これにより、零細・中小企業が金融市場で電子請求書を売却したり、担保として使用したり(ファクタリング)することが可能になり、融資を受けることが容易になります。

    しかし、各国の税務当局のデジタル化の発展段階は一様ではなく、税務制度を国際的に調和させるのは難しいこともあります。幸いにも、共通の報告基準と多国間保証プログラムが、格差の縮小に貢献しています。


    4. 適切なデジタルスキルと働き方を通じて最先端のテクノロジーの活用を強化する

    データ、デジタルテクノロジー、分析モデルは急激に進歩していますが、税務当局がその恩恵を受けるには、このようなテクノロジーを導入できるスキルと業務慣行が備わっていることが必要です。パンデミックにより、税務当局がこの点に関して直面する特定の課題が明らかになりました。 


    高度なデジタルテクノロジーを熟練した税務専門家とともに活用することで、税務当局は、納税者の個別の状況に応じた還付や納付の選択肢をより迅速に提供するなど、各納税者に適した支援の提供が可能になります。


    一例を挙げると、米国の内国歳入庁(IRS)では、全職員の70%を超える65,000人の職員が在宅勤務をしています。これらの数字は民間セクターでも同様でしたが、在宅勤務をする徴税担当者には、プライバシーとサイバーセキュリティについて、かなり多くの対処すべき懸念がありました。そのため、IRSが2020年3月と4月(納税申告時期の繁忙期)に対面での対応を停止した際、職員による電話での対応も停止しなければなりませんでした。そして、2020年5月に電話での対応が再開したとき、 待ち時間は通常よりも長くなりました


    デジタルスキルに投資し、学ぶ意欲を根付かせる

    在宅勤務への迅速な移行は、公共部門のより広範な、新しい知識とスキルを組み込んだ人材戦略の一側面にすぎません。税務当局は、職員のデジタルスキルの向上にも投資する必要があります。

    その投資は、一夜にして実を結ぶことはないでしょう。オーストリア、ポルトガル、スロベニア、スペインでは、職員の多くが長期間勤務を継続しており、勤続年数が20年を超えている 職員は70%超 に上りますが、そのような職員はテクノロジーを最小限にしか利用していません。税務当局は、新しいテクノロジーを取り入れ、デジタルスキルを構築し、学習を継続することの利点について、職員の理解を得る必要があります。

    同時に、税務当局の幹部は、必要な技術的スキルを持つ専門家の採用に向けて、より包括的な戦略を取るべきです。そのためには、民間セクターの人材プールを活用し、政府機関にトップレベルのデジタル人材を採用する必要があります。

    最後に、手作業を自動化すれば、より多くの配慮と複雑な意思決定を要する仕事に時間を費やすことが可能になります。例えば、手続きに関する質問にはチャットボットを用いて回答することで、職員は、適格性や義務に関する疑問を抱えて困っている納税者を支援できます。高度なデジタルテクノロジーを熟練した税務専門家とともに活用することで、税務当局は、納税者の個別の状況に応じた還付や納付の選択肢をより迅速に提供するなど、各納税者に適した支援の提供が可能になります。

    デジタルジャーニー:スキル

    デジタル化の成熟段階

    加速

    強化

    連携

    スウェーデン
     

    スウェーデンの税務当局は、コンタクトセンターの職員とインテリジェントチャットボットとの連携を革新的な方法で実現しました。職員にAIチャットボットの改善作業を担当させ、より自然な、税務特有の用語を使用できるようにしました。これにより、職員は、より多くの配慮や難しい判断を必要とする事案に優先的に対応することが可能になりました。

    英国
     

    HMRCは、ハッカソンを通じて税務問題に取り組むために業界のリーダーと協力関係を結び、「外部人材の採用」を目的とするデジタルスキルの取り組みを立ち上げました。また、民間セクターから最先端のデジタルスキルを持つ人材を採用しています。

    シンガポール
     

    内国歳入庁は、AIを搭載するスキル開発およびプロファイリング・プラットフォームを立ち上げました。このプラットフォームでは、個々の求職者に応じて機会を調整し、既存の人材プールに対して当局が最も必要とするスキルをマッピングすることができます。


    5. 環境政策、経済政策、社会政策の改善のために税務データを活用する

    デジタルテクノロジーが納税者のエクスペリエンスを刷新し、コンプライアンス順守を容易にすることは明らかです。それに加えて、国民や企業に関する公的データを最大に保有し管理している税務当局は、経済政策や社会政策の改善に向けて政府を支援することも可能です。

    例えば、税務管理データからリアルタイムで経済に関するインサイトを引き出し、国民の生活や経済の健全性のモニタリングの向上に役立てることができます。パンデミックの間、ATOは、政府全体の業務のために管理しているオーストラリア商務登記官から取得したデータを州政府に提供しました。そのデータは、失業や困窮のリスクが最も高い職種、職場、企業をクロスマッチするために利用されました。

    将来的には、ESG目標の達成を支援するために、税務当局間で、あるいは政府内で、より広範にデータを共有することもできます。その例には以下の通りです。

    •  サプライチェーンにおける強制労働などの問題の特定。
    •  ブロックチェーンによる商品のサステナビリティの追跡・検証。
    •  AIや機械学習ツールによるトレンドの特定や、情報ソースからエントリーポイントまでのリスクの特定。

    デジタルジャーニー:政府のより広範な政策を改善する

    デジタル化の成熟段階

    加速

    強化

    連携

    米国
     

    パンデミックの当初、IRSはデータベースをいち早く活用して、経済的に打撃を受けた家計に対する支援金を米国の世帯の85%近くに給付し、要支援世帯に 8,000億米ドル超が行き渡りました。

    オーストラリア
     

    パンデミックの間、ATOは同国の労働人口の92%の正確な給与データをオーストラリア統計局と共有しました。これにより、パンデミック下の制限のために従来の雇用調査が十分に実施できなかった期間の経済状況について、ほぼリアルタイムで極めて重要なインサイトを得ることができました。

    エストニア
     

    エストニアの税務税関委員会は、経済状況のモニター・予測のための分析モデルを創造するパイロットプロジェクトを実施しています。また、企業から取得したビッグデータとモデリング手法を使用して、政策の影響を評価する予定です。

    Minority farm worker going about his daily duties in a Chrysanthemum Greenhouse in Holland
    3

    第3章

    変革を成功させ、継続するには

    すべての税務当局が検討可能な重要なステップ

    デジタル戦略の統合と業務モデルの変革

    税務当局は、単独では変革を進めることはできません。成果を上げるためには、税務当局のデジタル戦略が、国内においても国際的にも、デジタル政府を目指すビジョンと連携していなければなりません。また、最新のテクノロジーの進歩を把握し、収益予測の変化につながり得る経済および社会の変化を分析する必要があります。そして当然ながら、納税者や民間セクターとの協議にも相当の時間を費やすべきです。


    国民や企業に関する公的データを最大に保有し管理している税務当局は、経済政策や社会政策の改善に向けて政府を支援することも可能です。


    最善の結果を得られるようにシステムとプロセスを決定する

    多くの政府機関と同様、税務当局は、必要なデジタル業務の増加に対応するため、柔軟なITインフラを開発する必要があります。しかし、レガシーシステムがITインフラの90%超を占めているため、何を費用対効果の高い方法で新規に構築でき、何が投資を通じて改良できるかを判断しなければなりません。

    例えば、商用の既製品(COTS)であるデジタルソリューションには十分なサービスがひとそろい含まれていますが、税務当局の要件に正確に対応できるだけの柔軟性が必要となります。また、カスタムITアーキテクチャを検討する場合には、個別の機能からメリットを得るための資金、スキル、時間を確保する必要があります。  
     

    協働の時期、方法、相手を決定する

    税務当局が長期的に目指すべきなのは、個人や企業が日々行う取引の管理システムとシームレスに連携することです。

    そのためには、第三者と協力し、より効率的なシステムとプロセスを決定しなければなりません。また、企業や個人に公開可能な(または公開すべき)データやシステムの種類を決定する必要もあります。さらに、そのデータの管理や安全性確保のために、適切な事業システム、クラウド、第三者のテクノロジーを選択することも必要です。協働を成功させるための鍵となるのは、データの共有・管理に関する共通の基準、およびデータ漏えいを防ぐ最新のテクノロジーの導入です。
     

    成果の測定方法を再考する   

    従来、税務当局の成果の主要な測定基準は、実施した査察の件数や収益ギャップなどでした。しかし、税務当局が納税者中心主義やデジタルファーストの実現に向けて変革するのであれば、他の業務や業績に関する指標がより適切になります。それは、「還付を最も必要としている人々に対して実施しているか」、「納税者は私たちの業務にどの程度満足しているか」といった質問を自らに問いかけることを意味します。

    税務当局は、取り組みに対して現実的なマイルストーンとタイムラインを設定し、短期・長期双方の成果を測定する具体的な方法を開発する必要があります。なぜなら、トランスフォーメーションの取り組みの進捗を適切に測定することが、その取り組みの高度化と目に見える成果の実現につながるからです。


    サマリー

    コロナ禍によって、税務当局はデジタルトランスフォーメーションを通じて実現できることを実感することになりました。しかし、もっと早く変革を遂げていれば防げた可能性のある課題も生じました。そして今、 個々の納税者の利便性を向上させることから、シームレスなデジタル国家の一翼を担うまで、はるかに大きな可能性を実現する機会が広がっています。


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