女性アスリートが語る自分らしく生きるために必要な「P・O・W・E・R」とは

女性アスリートが語る自分らしく生きるために必要な「P・O・W・E・R」とは


女性アスリートとしての経験から、自身の能力を最大限に生かしてインパクトのある行動を取るためのヒントを得るためのフレームワークをご紹介します。


要点
  • キャリアジャーニーを考えるとき、「POWER Up」のフレームワークを用いることで自身の思考整理に役立つ。
  • 国際舞台で活躍してきた3人の女性アスリートに、ご自身の競技の経験から見つけた自分らしさについて語っていただく。

「POWER Up」とは

POWER Upは、EY内のエグゼクティブ・コーチのチームが数年にわたる女性へのコーチングを通じて蓄積した経験に基づき開発した、リーダーシップ開発、セルフブランディングのためのプログラムです。受講者が自分のキャリア目標を描き、実現するための具体的な行動を見出すことを支援します。EYは、ジェンダーパリティ(男女間の社会的不平等の解消)の達成を加速するために創設したグローバルアクセラレーターである「Women. Fast Forward」を通じて、世界中のEYのメンバー、クライアント、地域社会に対し「POWER Up」を提供しています。

POWER Upフレームワーク

P:Project confidence authentically「自信を持って自分の能力を発揮する」

P:Project confidence authentically「自信を持って自分の能力を発揮する」

――女性がリーダーシップを発揮する上で役立つフレームワーク「POWER Up」の中からまずは、Project confidence authenticallyの「自信」について伺います。皆さんは国際舞台で多くの経験をお持ちですが、その自信を現在どのように生かされているかお聞かせください。

井本(以下、敬称略): 私は、競技者としてはあまり自信がない選手でした。

――1996年のアトランタオリンピック大会の日本代表だったのにですか?

井本: そうなんです。スーパースターと言われる選手の近くで練習していたこともあり、彼女らとの差を「どうやって埋めていけば良いのだろう?」と葛藤が続いていました。

――周りからの評価とは違って、自分の実績に自信が持てない「インポスターシンドローム」だったのかもしれませんね。

井本: 競泳を続けたことでアメリカへも留学しましたし、ネットワークの拡大、キャリアにおいて必要なことがスポーツを通して得られていたことは間違いありません。

――プラットフォームとしての競泳がチャンスを広げてくれたわけですね。

井本: 私は中学生の時に、国際協力の仕事を志して、実際にユニセフの職員として活動をしてきました。それが実現したのも、アメリカのサザンメソジスト大学に留学して、厳しい学業と競技の両立ができたからです。後々、そのことが大きな自信になりました。「この努力を続けていけば大丈夫!」という確信を得られたことが大きかったと思います。

P:Project confidence authentically「自信を持って自分の能力を発揮する」

下平(以下、敬称略): 井本さんはきっと自信に満ちているに違いないと思っていたので、驚いています。

井本: 私も一人の人間ですよ(笑)。

下平: 内心、オリンピアンの井本さんと共感することがあることにびっくりしています。私は国内の上位でプレーはしていましたが、“本当の上位”になりきれない――という意識が拭えませんでした。一所懸命に時間を費やしてきたのに望んだ成果が得られず、「何のためにやってきたのだろうか?」と思うことが多かったです。

――アイスホッケーでの経験をポジティブに捉えられなかったのですね。

下平: はい。でも、Women Athletes Business Network(WABN)*1 主催のWABNアカデミー*2 に一緒に参加していたアスリートの中に競泳でシドニー2000オリンピック競技大会に出場した萩原智子さんが参加されており、「自分のやってきたことを褒めてあげてください」と声をかけていただいたのです。今まで、周りから「結果が全てだ」という風潮が強い環境の中に身を置いていたので自分のキャリアに負い目があったのですが、萩原さんの言葉をお聞ききして、マインドが変わりました。そして、その言葉を周りの人たちにもメッセージとして伝えていこうと思いました。

井本: 自分を褒められないということは、誰かに褒めてもらってないからではないでしょうか。トップ中のトップの選手以外は自己肯定感が低かったりするのは、日本のコーチングの問題とも関わっているかもしれません。

――浦田さんは東京2020パラリンピック大会のゴールボール競技で2個目のメダルを獲得されました。

浦田(以下、敬称略): 私はゴールボールに出会ったことで、人生の可能性に気付かされました。元々私は生まれつき目が見えていなかったわけではなく、大学生の時に網膜色素変性症を発症しました。そしてゴールボールという競技の存在を知りました。そのときびっくりしたことがあります。

――どんなところにびっくりされたのでしょうか?

浦田: 視覚障がい者でも球技がプレーできることに驚きました。そしてゴールボールに取り組むようになって、スポーツにおいては自分の可能性が無限だということに気付きました。それは私の中で“革命的”というか、自分の人生を大きく変えてくれた出会いでした。

――競技を続けていく中で、いろいろな感情に巡り合えたわけですね。

浦田: 達成感がありました。見えていた時はあまり感じてなかった感情です。そうした経験を経て、ゴールボールにのめりこんでいきました。本当にこの競技に出会えたことで、見えなくてもこんなことができる、私には可能性が無限にあるという自信をたくさんもらいました。パラリンピックでメダルも獲得することができ、現役は引退しましたが、次はゴールボールの価値を広めていきたいと考えられるようにもなりました。

O:Own career journey「自らのキャリアジャーニーにオーナーシップを持つ」

O:Own career journey「自らのキャリアジャーニーにオーナーシップを持つ」

――そうすると、浦田さんは競技者から伝え手にキャリアを転換したということですね。

浦田: そうです。それが今の私のパーパスになっています。

――100人いれば、100人のキャリアジャーニーがあります。下平さんは結婚・出産もされていますが、ビジネスと家庭の両立をどう考えていますか。

下平: 私自身は、結婚せずとも仕事に注力していけばいいかと思っていましたが、ある方から「自分のキャリアと、人生のキャリアがあってこそ、あなたの人生ですよ」とアドバイスをいただいたのです。

――人生の両輪みたいな考えですね。

下平: まさにそうだな、と思いました。今は仕事で嫌なことがあっても家に帰れば子どもがいて、私のことを愛してくれている夫がいる。家族がいてこそ仕事も頑張れるし、仕事だけではなく、まさに全てが人生だなと感じています。

――現実的に時間のマネジメントは大変ですか。

下平: ものすごく忙しいです。多くの方が忙しい毎日を送っていると思いますから私が忙しいとか言っちゃいけないのですが(笑)、朝のルーティーンを決めていますね。自分の時間を捻出するために、朝早く起きて子どもが起きる前に勉強していますが、子どもと過ごす時間も決めています。一人で生活している時よりも、充実していると感じますね。10年後の目標に向かって「この時間にはこのタスクに取り組む」と決めているので、忙しいけれど充実しています。

W:Widen and diversify network「多様なネットワークを作り、広げる」

W:Widen and diversify network「多様なネットワークを作り、広げる」

――下平さんがいろいろ発想を変えられたのも、萩原さんとの出会いや、WABNアカデミーを通じてビジネスの世界との接点を持てたのが大きいのですね。

下平: 引退後、明治大学の大学院に通うようになって、ビジネスで活躍されている方と接するうち、ビジネス経験のなかった私でもうまく人間関係を構築できたことが自信になりました。競技経験の中で培ったコミュニケーション能力や、臨機応変に対処するということが生きていたのかなと思います。

井本: 私はアスリートの強みというのは、現役選手時代にすでにネットワークを持っているということだと思います。競技者としてある程度実績があり、謙虚な姿勢を崩さなければ憧れを持っている人、面白そうだなと思う人に会いに行きやすいものです。アスリートの方には積極的に人に会うことを勧めたいと思います。

浦田: 自分の知らない世界の人と会えるといろいろな学び、そして気付きがありますよね。


E:Elevate communication「考えを明確に伝える」

――浦田さんの生きる姿勢は、とてもポジティブですね。それは浦田さんの対人スキルが前向きなものだからだと感じます。

浦田: 私はできるだけネガティブな言葉は使わないようにしています。私は現役選手時代、センタープレイヤーとして日本のゴールを守る責任があって、「大きな舞台で私のミスで負けたらどうしよう」という不安がいつもありました。ところが、「その責任感って、すごいじゃない」とアドバイスをいただき、衝撃的でした。「自分のパーフェクトなディフェンスで日本を守る」という発想になれば、もっと強くなれるのだと気付かされました。

――それはとても興味深いですね。

浦田: それ以来、私自身も人に語りかける時は、ポジティブな言葉を選ぶように心がけています。

井本: 私の競技経験でいえば、日本ではあまり褒められたことがありませんでした。競技会で結果を残せないと、自分を責めてしまう。コーチも親も腫れ物を触るように自分に接する。ところが、アメリカに行ったら全く違う経験をしました。同じ競泳選手の友人が表彰台に上がれないときがあったのですが、慰めようとしたら本人は鼻歌を歌っていて。

――どういう心境だったのでしょう。

井本: 彼女は「今日は結果が出なかったけど、私はいい選手なので、次は絶対大丈夫だから」って言うのです(笑)。

下平: すごいポジティブ(笑)。

井本: 彼女の発想、言葉を聞いて前向きなマインドセット、言葉というのはすごく大切なのだと気付きました。ですから、日本のアスリートたちも自分をおとしめるような発想を持たず、自分の力を信じてほしいですね。

R:Realize purpose「パーパスを実践する」

R:Realize purpose「パーパスを実践する」

――井本さんは、これからの仕事の目標をどこに置いていますか。

井本: 私は引退してから国連で15年間働いてきましたが、大きな機関の中で何万人の子どもたちに教育の機会を提供するという明確なゴールがありました。そして今、もう一度キャリアトランジションの時期を迎えています。これから「自分は何をすべきなのか?」や、いかに大きく社会に貢献できるかを強く意識して、いかにより大きなインパクトを与えられるかということを考えていきたいです。

――まさにキャリアジャーニーが続いているのですね。

井本: やりたいことが多すぎます(笑)。

――下平さんはいかがですか? 10年後の目標が明確なようですが。

下平: 私は、勤務している会社の規模を大きくして、自分のキャリア、そして人生を充実したものにしていきたいですね。できれば、海外でのビジネスにも挑戦したい。

――そのために今の時間を大切にしているのですね。

下平: 自分自身、のんびりしているのが性に合わなくて。のんびりしているとダラダラして、お菓子に手が伸びたりしてしまう(笑)。

浦田: 私も甘いものが好きなので、つまみ食いしがちです(笑)。

――浦田さんもパーパスがはっきりしていますね。

浦田: 私は「何のためにゴールボールをやっているのだろう?」と考えた時がありました。私自身、テレビのニュースでゴールボールという競技の存在を知り、そこから夢をもらい、自分の可能性に気付き、人生が変わりました。つまり、自分のやりたいこととは、その夢をつなぐこと。ですから、自分の選手としてのキャリアも単に金メダルを取ることが目的ではなく、金メダルを取ったらより影響力を持てる――現役選手の時にそう考えられるようになって、気持ちが軽くなりました。

――つまり、競技は人生の目的ではなく、手段だったと気付いたのですね。

浦田: その通りです。パーパスが自分の中に生まれて、競技を引退した今も自分の思いを伝えることで、夢をつなげていきたいですね。

――これからも、皆さんのキャリアを応援していきます。

脚注

*1 Women Athletes Business Network(WABN)とは、女性アスリートが競技引退後に、起業を含むビジネス分野への挑戦やキャリア転換のサポートを行うプログラムです。

*2 WABNアカデミーとは、EY Japanがビジネス分野への進出やリーダーシップスキル向上に意欲的な女性アスリートを対象に行っている社会で活躍するためのリーダー育成プログラム。選出された10名の女性アスリートが参加する6カ月間のアカデミーではEY Japanのプロフェッショナルらが講師を務めるセッションと1on1メンタリングやグループワークを通じて、ビジネス界で必要とされる実践的なスキルを学びます。


プロフィール


井本 直歩子(いもと なおこ)さん

井本 直歩子(いもと なおこ)さん

アトランタ1996オリンピック大会競泳日本代表。元国連児童基金(ユニセフ)職員 、一般社団法人SDGs in Sports代表理事。

競技を引退後、中学生の時から思い描いていた国際貢献の仕事に就く夢をかなえるべく2007年よりユニセフの職員に。2021年には日本スポーツ界発展のために一般社団法人を設立し、ジェンダー問題・環境を中心にイニシアチブを取って活動。

2023年度Global WABN Mentoring Program日本代表。


浦田 理恵(うらた りえ)さん

浦田 理恵(うらた りえ)さん

パラリンピック競技ゴールボールの選手として、ロンドン2012パラリンピック大会金メダル、東京2020パラリンピック大会で銅メダルを獲得。2022年現役を引退しゴールボールシニアアドバイザーとして競技の普及や講演活動などを行っている。障がい者スポーツ選手雇用センター「シーズアスリート」所属。

第1期WABNアカデミー生。


下平 絵里加(しもだいら えりか)さん

下平 絵里加(しもだいら えりか)さん

アイスホッケー選手として全日本選手権優勝、ユニバーシアード日本代表。競技引退後に明治大学でMBAを取得しビジネス界へ転身。現在は、株式会社土木管理総合試験所取締役マーケティング部長として、女性社員の働き方の改善やアスリート社員の雇用を始めるなど女性の視点を生かした改革を進めている。

第2期WABNアカデミー生。



インタビュアー:生島 淳氏(いくしま じゅん)

スポーツジャーナリスト。宮城県生まれ。広告代理店勤務を経て、1999年にスポーツジャーナリズムの世界へ。オリンピック取材は8回、ラグビーワールドカップは6回を数える。著書に『エディー・ジョーンズとの対話』(文芸春秋)、『箱根駅伝ナインストーリーズ』『奇跡のチーム』(共に文春文庫)など多数。早稲田大学、鹿屋体育大学非常勤講師。

※肩書・所属はインタビュー当時のものです。




EY x Sports - Sports Power the Community

 
EY Japanは、スポーツによるコミュニティの再蘇生を目的とし、人づくり、場づくり、コトづくり、ルールづくりに取り組んでいます。
 

人づくりにおいては、アスリートが競技引退後にその特性を生かし、ビジネス分野で活躍するために、キャリア転換の基盤をつくることが重要であると考えています。それにより、異なる文化や経験、価値観を持つ多様な人材が増え、複雑な課題解決に貢献することを目指します。



サマリー

EYが開発したリーダーシップ育成とセルフブランディングのためのプログラム、セルフブランディングのためのプログラム「POWER Up」は、ビジネスパーソンのみならず、女性アスリートの引退後のキャリア転換を成功させるために役立てることができます。「POWER Up」が提供するフレームワーク「POWER」、すなわち、P(⾃信を持って⾃分の能⼒を発揮する)、O(⾃らのキャリアジャーニーにオーナーシップを持つ)、W(多様なネットワークを作り、広げる)、E(考えを明確に伝える)、R(パーパスを実践する)は、受講者が⾃⾝の能⼒を最⼤限に⽣かしてインパクトのある⾏動を取ることを支援します。


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