EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
3つの問いかけ
デジタルトランスフォーメーションに着手する際、大学では多くの場合、組織のニーズや既存の構造とプロセスに沿った戦略を展開します。しかし、変革される側の学生や職員の多くにとって、それは理想的な体験とはいえないものです。「デジタル学習」についても、古いコンテンツを新しいプラットフォームに載せただけというケースが多く、一人一人に合わせたデジタルアクセスによる最適な学習は達成できていません。多くのキャンパスでは、簡単な事務作業に、いまだに職員と学生が複数のシステムと日々格闘しています。
EYは、教育機関がテクノロジー関連の取り組みの中心に人々のニーズを据えることで、デジタル投資のリターンを格段に増やすことができるとみています。
大学で中心にいる人々が、デジタルトランスフォーメーションに何を求めているのかを把握するため、今回、その当事者を対象に調査を行いました。EYはTimes Higher Education(THE)と共同で、8つの国・地域の学生3,000名強と、教員・専門職員数百名を対象に、その要望とニーズを調査しました。
今回の調査結果から、デジタルトランスフォーメーションによって、より良い体験を学生と職員に提供する必要がある重要な分野が明らかになりました。本稿では、この調査から得られた知見をいくつか紹介します。調査レポートを通して、各調査グループの意見および今回の調査全容と、大学側への提言をご覧ください。
第1章
卓越した授業内容、実社会におけるキャリア面でのメリット、利便性と柔軟性
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにより、大学に対する学生の期待が一変し、学生が思う常識や学生の状況も変わりました。今回の調査では、学生の60%が学業と仕事や介護などを両立させていました。そうした事情もあり、キャンパスに通学する学生は、自分に都合のよい時間にコンテンツや事務手続きにオンラインでアクセスできることを望んでいます。
懸念されるのは、学生の3分の1が自分の大学選びに、「満足でも不満でもない」または「不満を感じている」と答えていることです。これは、学生全員にポジティブな体験を提供する責任者である大学経営陣への警鐘と受け取るべきでしょう。大学がキャリアの見通しの向上や就職に向けた準備に関する期待を満たしていないことは、学生が全体的に不満を感じている大きな要因となっています。
今回の調査結果において、学生が高等教育機関に求めているもの、およびその優先順位は以下のとおりです。
こうした期待に応えるために、大学の経営陣がとることが可能な対応は数々あります。私たちは学生の目を通して、こうした対応を検討しました。
大学の選択に満足している学生と不満を抱いている学生の双方が、その理由で最も多く挙げたのは講義の質であり、大学により授業体験に差があるということが分かります。また、「オンライン学習の質」に対する学生の評価も低く、調査の対象となった大学生活全体の中で最下位となっています。その一方で、学生はオンライン授業と対面授業の時間的割合については、それほど気にしていません。
デジタル学習に欠けているのはエンゲージメントです。デジタル教材の存在や質、アクセスしやすさについては、学生の評価はまずまずでしたが、積極的に参加できる動機付け、共同作業のための機能、理解度をチェックする機能に対する評価は低くなっています。
この背景には、多くの大学がいまだに講義をただ録画し、講義ノートと課題リストをオンラインに投稿しているという事実があります。
テクノロジー関連投資のための資金があるとしたら、学生はその資金をテクノロジーのアップグレードではなく、効果的なデジタル学習に向けた教師の研修(45%)やデジタル教材の充実(41%)に投じてほしいと答えています。
キャリアの見通しの向上や就職に向けた準備に関する期待を満たしていないことは、学生が大学の選択に全体的に不満を感じる大きな要因となっています。選ばれる大学になるには、学生が高等教育機関に何を求めているかをよく理解し、学生のキャリア目標の達成を直接的に支援するプログラムを提供する必要があります。
学生の48%が、プログラムを選択した最大の理由は、目指すキャリアに必要な資格を得るため、またはキャリアの見通しを向上させるためと回答しました。最終学年の学生の21%は、大学が就職準備に関する期待に応えていないとしており、憂慮すべき数字になっています。
将来の職場で必要とされるスキルを学生が身に付けることのできるカリキュラム作りには、クリティカル・シンキング(批判的思考)が不可欠になると思われます。
調査では、学生の4分の3近く(74%)が、学業上の目標達成のサポートは「とても重要」、または「極めて重要」としています。サポートの不足は2年生以上と最終学年の学生を中心に、大学選びに満足していない最大の理由でもあります。
学生は、お互いのつながりを必要としており、キャンパスの所在地は、学生が大学を選ぶ理由の3番目に入っています。このことが示唆するのは、キャンパスは無意味ではないが、その役割を見直した方がよいということです。学生の3分の2近くが、キャンパスで交流イベントやネットワーキングイベントに参加したいと回答しています。つながりを持つことは、学習環境のオンライン化に伴う孤立感の軽減に加えて、学生のウェルビーイング、帰属意識、ソーシャルスキルの発達の鍵となります。
第2章
より多くの価値をもたらす時間的ゆとり、より良いツール、および質の高いデータ
デジタルトランスフォーメーションの成功には、基本的に学生体験が重要となりますが、大学の経営陣は、従業員体験(教員、研究者、事務職員)にも注意を払う必要があります。この対象には、大学の仕事に携わる全ての人が含まれます。デジタルトランスフォーメーションを成功させるには、職員のニーズと期待に応えることも重要です。
デジタル学習法と対面学習法の「いいとこ取り」をした新たなカリキュラムと教材の開発を立案し監督する時間を確保できるよう、教員に対してサポートをすることは必須です。今回のフォーカスグループ・インタビューから、大学教員の多くが、ブレンド型授業のベストプラクティスを詳しく学ぶ研修を早急に必要としていることが分かりました。効果的なデジタル学習やブレンド型学習のカリキュラムや内容をどう開発し、選択した方式でどう指導し学習をサポートするかを理解する必要があるのです。
教員にとって時間は最も貴重なリソースです。デジタルトランスフォーメーションによって、教員の本分である学生の指導やサポート、研究の主導に充てる時間を増やせるでしょう。非同期型コンテンツを増やせば、教員を対面講義から解放することができます。また、バーチャル会議やオンラインのスケジュール管理ツールを利用すれば、学生に対する一対一の学生サポートをより効率的に行えるようになるでしょう。英国/アイルランドの教員フォーカスグループのメンバーは次のように話しました。「仕事の迅速化を図り、それで浮いた時間を教育や指導に充てようとしているところですが、時間割の策定や成績評価の整理が楽になりました」
仕事の迅速化を図り、それで浮いた時間を教育や指導に充てようとしているところですが、時間割の策定や成績評価の整理が楽になりました。
とはいえ、新しいツールやプロセスを導入しさえすれば、すぐに実際の時間節約につながるわけではありません。今回のフォーカスグループの教員らは、新しいシステムやツールについて、直感的ではない、使いづらい、あるいは重複が多いものばかり、といった不満を口にしていました。
高等教育セクターは現在、学習成果の向上に取り組んでいるところです。新しい教育・学習形態への移行が進む中、教員は自らの教育の効果を簡単に検証でき、何が成果を上げ、何が成果を上げていないかを踏まえて絶えず調整を加えていく必要があります。教育システムのデジタル化が進むにつれ、データを分析し、学生とのやりとりや、学生のエンゲージメントの度合い、学習の進捗状況に関して、有意義な知見を生み出す可能性が高まります。そうした情報を進捗ダッシュボードに集約すれば、教員は個人・クラス・プログラムの各レベルで学習の進捗状況を逐次把握するとともに、さらなるサポートが必要な学生や、調整が必要なプログラム要素を素早く見つけることも可能です。
大学では、指導や学習の改善に重点がシフトしていることもあり、研究分野におけるデジタルトランスフォーメーションへの投資が不足している傾向にあります。最先端の研究を支える上で投資が必要なのは、設備の充実や処理能力の増強だけではありません。研究者の手間を省き、研究成果を上げるサポートをするには、研究を取り巻く膨大な事務作業を合理化・自動化することが不可欠です。
デジタルトランスフォーメーションが必要な時期を迎えているのは、助成金申請、助成金管理、リスク評価、共用設備の利用計画作成、研究成果の開示、レビュー、監査、発表、発信などの分野です。
多くの場合、研究とイノベーションは単独にではなく、共同で取り組むものです。特に研究界は、互いにつながり、データやアイデアを共有し、協力して問題を解決する必要があります。デジタル技術を研究に活用することで、研究機関内および研究機関間の連携が大幅に迅速化し、効率や効果も高まります。それによって、国際規模での共同研究が促進され、共同研究者のプールも拡大しており、ニッチ分野では特に重要となります。
事務職員のフォーカスグループ中には、デジタル化に向けた多くの取り組みにより、実際に業務量が増し、仕事量の増加に対処できなくなっているグループがあることが分かりました。
事務職員の間で指摘が最も多かった課題は、業務遂行に必要なデータがサイロ化されたシステムの中にばらばらに存在し、簡単に集計できない点です。その結果、大学は、アクセスポイントがそれぞれ異なるサイロ化したシステムの寄せ集めと化して、システムは統合されないまま、データ共有もできず、システムごとに見た目も操作も異なっている状況です。
デジタル化によって、事務方が必要とするデータが大量に得られますが、データがサイロ化されていては、そこから知見を得ることはできません。
システムを満足させることよりも、学生のためになることに、職員が費やす時間を増やすことが大切なのです。
多くの大学では、学内の人事・財務・購買といったプロセスを自動化する方法を検討しています。また、願書の処理など対学生の業務の自動化は、事務職員の負担を継続的に軽減できます。サザンニューハンプシャー大学のPaul LeBlanc学長は次のように述べています。「システムを満足させることよりも、学生のためになることに、職員が費やす時間を増やすことが大切なのです」
大学がデジタル時代をうまく乗り切り、成功するには、デジタルトランスフォーメーションがもたらす価値を最大限高め、学生から事務職員まで、全ての人々のニーズに沿ったサービスとプロセスの構築に注力し、他と一線を画す特色のあるプログラムやデジタル体験を提供することが求められます。大学は、学生のニーズと労働力需要の変化に合わせて価値提案を修正し、学生体験の全てを把握し、テクノロジーを活用して、それをより便利で魅力的であり、学生に役立つものにする方法を明確に理解する必要があります。さらに、教職員が学生の学習目標やキャリア目標を達成するためのサポートに、より多くの時間を費やすことができるサービスやシステムの構築も必要です。もちろん、他にはない特別な学生体験を提供するには、テクノロジーを活用すると同時に、教職員のスキル向上への投資を進める必要もあります。
大学DXを進める3つの柱 ~教育DX、研究DX、業務DX~ 東京大学が目指す対話を重視した運営
DXは職員の負担を減らし、学生の利便性を高めます。しかし、部局ごとに独自の自治がある大学では横のつながりが希薄で、連携を取りにくい状況があります。そのような状況を打開するには、対話の機会を設け、思い描く未来像を共有することが大切です。
EYでは、高等教育機関におけるデジタルトランスフォーメーションについて、グローバル調査を行い2つのレポートを公開してきました。第一弾目のレポートでは、教育DXを有効に推進するには「人」を中心とし、そのニーズと期待に戦略的に応える必要があると提言しました。第二弾目のレポートでは、具体的にどのような施策が必要か、6つのポイントに分けて説明しました。
大学がデジタルトランスフォーメーションの中心に人を据え続けるには
大学などの高等教育機関がトランスフォーメーションを成功させるには、リーダーが常に人を巻き込み、サポートしながら推し進める、新しいアプローチが必要です。
高等教育機関のトランスフォーメーションにおける成功は、学生、教員から事務職員に至るまで、人を全てのトランスフォーメーションの中心に据えることが前提となります。大学の経営陣は人々のニーズと期待を理解することで、確固とした戦略を立て、適切なテクノロジーに投資をし、学生のプログラムを強化して、デジタル時代を乗り切り、成功することができます。