将来の高等教育の状況は、現在とは大きく違ったものになると考えられます。EYは大学がそうした将来に備えられるようサポートしています。
要点
- 学生のニーズの変化、学習や知識創造のための新たなデジタルエコシステムの登場により、高等教育セクターは考え方を抜本的に見直す必要に迫られている。
- 大学はバックキャスティング・アプローチを採用し、現時点の優先事項と起すべき行動を通じて、10年後に向けた成長軌道に確実に乗せなければならない。
- 大学が競争力を保つ方法を検討できるよう、EYは5つの「もし(what-if)」で始まる未来のシナリオを用意した。
世界中の大学が、国際的なパンデミックの影響から抜け出せずにいます。また、キャンパスでの授業が再開されても以前の形には戻らないことを、大学上層部は受け入れなくてはなりません。メディア、小売、エネルギーの各セクターで大手企業を揺るがしているようなビジネス改革が、高等教育の現場にも急速に迫っています。
人口構成の変化、地政学的課題、職場におけるニーズの変化、質の高いデジタル体験を求める学生からの期待などのうねりが高まり、津波のように押し寄せています。こうした状況が、業界の新たな現実に適応できない大学の存続を脅かしています。
高等教育は極めて閉鎖的な世界であり、変革を必要としています。
デジタル化によって大規模なイノベーションの準備が整いつつあります。「場所を問わない働き方」が普及した世界では「場所を問わない学習」も求められ、このニーズに応えて新たな教育プラットフォームが登場しています。
高等教育には次の対立があります。
- 保守派(特にエリート校):上がり続ける学費と現在の需要に目を向け、自校のモデルに問題はないと判断しています。
- 革命派:出生率の低下、手頃な学費を求める圧力、デジタル化のコストと利点、競合相手の登場などに目を向け、現在のモデルの存続が脅かされていると判断しています。
これまで高等教育で革命的変化が起こることはほとんどありませんでした。どちらの見解も高等教育の現状の一端を表していますが、革命派の意見が優勢だと私たちは考えています。
大学は自己改革を行わなければなりません。しかし、組織は今日の思い込みにとらわれており、改革には困難が伴います。EYでは、高等教育の新たな未来において大学が果たす役割を、大学上層部が確かなビジョンとして示すことができるよう思考実験を行い、テクノロジーの融合、人口構成の変化、新たなビジネスモデルがどのようにセクター構造を変化させるのか考察しました。
本レポートは、EYの挑戦的な考えに加え、先進国と新興国、公立と私立、由緒ある学部と現代的な学部など、幅広い大学のリーダーを対象に、デジタル化が進む中で教育セクターが直面している問題を理解するために行ったインタビューに基づいています。
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第1章
「もし(what-if)」で始まる5つの起こり得そうな仮定シナリオ
これまで想像していなかった未来をあえて考えてみてください。
次の思考実験から、現在の常識にとらわれず、あなたの大学にはどんな未来が訪れるのか考えてみてください。各シナリオと、それらが教育セクターに及ぼす可能性がある影響について、詳しくはレポートをダウンロードしてください。
1. もし学費が無料になったとしたら?
2030年には学習や学位の取得が、2021年のショッピングやバンキングのように手軽で、極めて低コストでできるようになっていると仮定しましょう。学生はオンライン学習の「アカウント」にアクセスし、最良の教育機関が提供するコースモジュールや学位取得プログラム全体を世界中のどこにいても自分のペースで修了できます。ハイブリッド型の学習形式でオンラインと対面の長所を生かし、個人のニーズに合わせることが可能になります。
若者世代はオンライン学習を受け入れやすく、また選べるなら複数の形式を選択するでしょう。実際のところ、授業の60%をオンラインで、20%を対面で、20%をインターンシップなどの体験型で受けることなどがあり得ます。
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- 大学は質の高いデジタル学習をコアサービスに取り入れる動きを見せています。中にはオンライン学習プラットフォームと提携している大学もあります。また、メディア制作会社を利用して、より洗練された魅力的なコンテンツを制作している大学もあります。一部のケースでは、完全オンライン型のプログラムを提供できるデジタルファーストの大学と提携、またはこれを買収しています。
- 「反転授業」の考え方は広く受け入れられています。大人数を前にした対面型の授業ではなく、コンテンツを非同期型(録画や自習教材)または同期型(「ライブ」形式、つまりや別の場所から同時視聴)のいずれかでオンラインで配信し、自習ではなく授業でのディスカッションを通じて復習をします。
- デジタルは対面型授業にも多く取り入れられるようになっています。学習の応用や試験にはゲーム的手法が用いられています。デジタルのシミュレーションやモデルを使えば安価かつ安全に実験が行えます。
2. もし学習過程全体が柔軟にカスタマイズできるものになったとしたら?
2030年の教育コンテンツの利用方法が、2021年にSpotifyで音楽を聴くのと同様になると仮定しましょう。画面にタッチするだけで世界有数の事業者の学習コンテンツカタログにアクセスできます。アルゴリズムによって関心のあるテーマを掘り下げたり、人工知能(AI)を活用して現在の知識レベルや学習傾向、希望するキャリアや学習目標に合った学習活動を行ったりすることができます。
何が大学の特色と言えるのか、考える必要があります。オンライン学習を提供している場合、ほぼ無限に拡張できますが、顧客の方でも最良の機関を選ぶ自由があります。そのため、本当に優れた特色あるサービスを提供しなくてはなりません。
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- 英国の学生生活に関する調査などのベンチマーク調査によると、不満足な学生の割合が増え、満足している学生の割合は減っています。他の産業と同様に顧客側の選択や切り替えが容易になれば、大学は顧客満足度を無視できなくなるでしょう。
- 世界中の大学が、特定の雇用主のため、あるいは新たな職場のニーズを満たすために、専用プログラムを共同制作しています。しかし、大学の行動が遅かったことから、雇用主側はすでに、イノベーション分野の認定トレーニングを独自に提供するようになっています。
- 進路が曖昧になり始めています。米国では学位取得費用を抑えるため、多くの学生が最初の2年間はコミュニティカレッジに通い(または高校在学中に一般教養を終え)、それから名門大学に編入して卒業するようになってきています。
3. もし高等教育を提供する側が成果に対し責任を負うことになったとしたら?
2030年の知識への投資は、2021年にETF(上場投資信託)に投資するくらいの手軽さであると仮定しましょう。個人専用のキャリアプラットフォームにあるプログラムはすべて、学習プロバイダーが公表する学習の提供内容(インプット)とその成果に基づいて個別に格付けされます。インプットには教師と生徒の比率、授業の量・特性・品質のほか、評価方法が含まれます。成果は学力や獲得スキルだけでなく、卒業後の雇用や予想収入にも及びます。
今こそ、学生と大学の間で明瞭かつ適切な契約を結ぶときではないでしょうか。例えば私なら、大学にセミナーの規模を開示させ、契約でそれを守らせます。
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- 一部のオンラインコースの事業者はすでに、「合格しなければ払い戻す」という保証制度を設けています。
- 学習プロバイダーと提供コースの成果に関する詳しい比較指標は、給与データ、市場と統計値、規制当局や業界団体などから入手できます。
- 教育の付加価値を計ろうとする試みは、ますます高度化しています。英国では、小・中・高校を数学と読解力のスコアおよび進捗に基づいた付加価値スコアで測定し、保護者が学校を選ぶ際に利用する公表ランキングに反映しています。米国では、国立教育統計センターがリテンション(定着)率と卒業率を公表しています。
4. もし商業化された研究の採算が取れるようになったとしたら?
2030年には、商業化された研究による収益で十分に研究費を賄えるようになったと仮定しましょう。大学はどの研究が商業化に適しているかをよく理解しており、民間資本を利用したり、ベンチャースタジオが推進する豊かなイノベーションエコシステムに参加したりできるようになります。政府の助成金は、民間企業だけでは立ち向かえないような大きな社会課題の解決や、国家の競争力を高める基礎研究に支給されます。
(審議中の)「エンドレスフロンティア法」は、米国国立科学財団(NSF)の規模を大幅に拡大してまったく新しい理事会を設け、NSFで初めて橋渡し研究に焦点を当てるものです。
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- 政府の研究資金の助成は、依然として活発です。しかしどの大学も、政府の助成だけでは費用をカバーしきれないと話しています。財政的圧力に直面する中、大学は新たな収益源を探す必要に迫られています。
- オーストラリアでは最近、Universities Trailblazerプログラムが発表されました。これは、大学の研究ハブの創設に2億4,700万豪ドルを投資し、機関をまたいだコラボレーションや企業とのパートナーシップを通じて、商業化の拡大を研究者に奨励するものです。これによりオーストラリアは、防衛、クリーンエネルギー、医療用製品など、国家として重要な課題に対処できるようになるでしょう。
- 米国では、ボストンのCIMITコンソーシアムなどの事業体で学術研究者が共同研究を行っています。このコンソーシアムには大学病院や大学のほか、医療技術の商業化促進で協力している国内外の機関が参画しており、ネットワークが拡大しています。
国連の持続可能な開発目標のうち、教育と健康の2つは、テクノロジーを創造的に展開できれば少しは目標に近づけるでしょう。可能性という点では、私たちは誰とでもつながることができます。少なくとも、大半の人が携帯電話を持っているのですから。
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- 新興国には、主に交換学生や共同研究のみとはいえ、海外の大学と長年提携している大学もあります。
- 多くの大学がすでにオンライン学習プラットフォームと提携してオンラインコースの開発と提供を進めており、規模を拡大して学生の裾野を広げる手段にしています。
- 現在、欧米の大学の一部では、キャンパスを去る特に中国などからの留学生が増えている一方で、そうした国々に働きかける新たな提携や提供手段も登場しています。
5. もしテクノロジーが世界的な需給の不一致を解決できるとしたら?
2030年には、ルアンダ(アンゴラ)の工学系の優秀な大学院生が、故郷を離れることなく、専攻分野の著名なリーダーから最良かつ最先端の教育を受けられると仮定しましょう。自らアクセスするリモート学習に加え、ときどき地元のキャンパスに出向いて、米国にいる教授からビデオ通信による講師主導の授業を受けたり、キャンパスの実験室を使って補完することもできます。授業料は地元の大学と同程度ですが、国際的に通用する有名かつ人気のある履修証明を取得できます。
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第2章
「バックキャスティング」で考える
来るべき将来に備え、思考実験を繰り返す
誰もが改革に挑むべきだと私は思いますが、改革を進められる人はそう多くありません。この業界は、改革のリーダーシップと戦略的に物事を進める能力が欠けているのです。
大学が知識サービスセクターで生き残り、成功を収めるには、S字カーブを飛躍させ、自己改革する必要があります。つまり成熟段階から成長段階に移行するのです。
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マッコーリー大学はオーストラリアのシドニーにある公立の教育研究機関で、革新的で進歩的な大学であることを自負し、高等教育の提供をめぐる従来の考え方に果敢に挑んでいます。大学の運営環境に起きていた大きな変化をいち早く察知した同大学は、将来生き残って成功を収めるには急速な変化が必要だと考えました。
そこでデジタル化の推進に着手し、大学の戦略的優先事項に対応した新たな事業モデルの一部として、さまざまな接続形態や参加・協力の方法を可能にする新たな先端技術を取り入れることにしたのです。
部門を横断して構成されたEYのチームは、マッコーリー大学と共同で10年間のデジタルビジョン、戦略的計画、優先事項のロードマップの策定に取り組みました。まずは想定される将来の事業環境を検討して、教育業界や他セクターの先駆者から「可能なことを実行する技術」を学び、問題点や希望、優先したい事項について教職員や学生に意見を求めました。
こちらからマッコーリー大学の最高情報責任者(CIO)Tim Hume氏のポッドキャストをお聴きいただけます。大規模な変革を進める上で鍵となる要因や課題、成功要因について、生の声をお聴きください。
大学が生き延びるために必要な速さと規模で改革を進めるには、未来のありたい姿から現在を逆算的に展望するバックキャスティング・アプローチを取る必要があります。起こり得そうな未来のシナリオを描き、それに立ち向かうのであれば、事業モデルをどのように根本的に改革して競争力を保てばいいのかを考えるのです。
鍵となる提言:
- 長期的な目的を明確に定める
その目的とは、生涯教育によるウェルビーイングの促進、世界的な課題を解決するための協働、知識の開放や研究の商業化、またはそれ以外の何かでしょうか。
- 「バックキャスティング」の思考で改革のアジェンダを設定する
10年~20年後も大学の存在価値を保ち続けるために、起こり得る未来のシナリオを考え、今やるべきことを明確にします。幅広いエコシステムと協力し、将来を見直しましょう。
- 新たな能力で新たな価値を生み出す
これからの価値は、人間を中心に据え(Humans@center)、大規模にイノベーションを推進し(Technology@speed)、迅速にテクノロジーを実用化する(Innovation@scale)ことから生まれます。こうした能力を手に入れるには、業界の外に目を向け、小売、メディア、金融サービスなど、改革を実行している他の産業のリーダー的存在を見つける必要があります。
- 3つの時間軸にわたり投資する
現在(投資率50%):中核事業を強化する。次の未来(投資率40%):新規ビジネスモデルを構築する。さらにその先の未来(投資率10%):改革のための大勝負に出る。
その未来はあなたが考えるよりも近くまで来ています。重要な存在であり続けるためには、大学は自己改革を行わなければなりません。手遅れにならないよう、今すぐ変わり始める必要があります。
私たちの生活の質は、過去の世代の研究と学習のたまものです。歴史上の今この瞬間に、人類と地球に将来必要となる技術・科学・文化の進歩を実現するため、教育研究機関は何を求められているのでしょうか。
サマリー
大学は、学位とマイクロクレデンシャル、知力と仕事に直結するスキル、同期型と非同期型の学習に、オンラインやハイブリッドでの提供モデルを通じて対応し、未来に向けて改革を始めなければなりません。シナリオプランニングはバックキャスティング・アプローチの土台となり、高等教育の新時代のビジョンを描く上で役立つでしょう。
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