インセンティブ報酬 第2回:事前交付型

2024年3月28日
カテゴリー 解説シリーズ

EY新日本有限責任監査法人 大山文隆

1. 事前交付型

(1) 概要

実務対応報告第41号における「事前交付型」とは、取締役の報酬等として株式を無償交付する取引のうち、対象勤務期間の開始後速やかに、契約上の譲渡制限が付された株式の発行等が行われ、権利確定条件が達成された場合には譲渡制限が解除されるが、権利確定条件が達成されない場合には企業が無償で株式を取得する取引です(実務対応報告第41号第4項(7))。

実務対応報告第41号の適用対象としている取締役の報酬等として株式を無償交付する取引については、いわゆる事前交付型と事後交付型を対象としていますが、自社の株式を報酬として用いる点で、自社の株式オプションを報酬として用いるストック・オプションと類似性があると考えられます。取締役の報酬等として株式を無償交付する取引とストック・オプションとを比較すると、その異同は表1のとおりです(実務対応報告第41号第37項)。

表1 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引とストックオプションの比較
同様である点 報酬として付与するものである
インセンティブ効果による追加的なサービスの提供を期待する
企業の株価に応じて取締役等にとっての経済的価値が変動する
事後交付型では、権利確定条件が達成されていない場合、取締役等は株式の交付を受けることができず、株主としての権利を得ない
異なる点 事前交付型では、株式の割当日に株主となることから、割当日から権利確定までの間も配当請求権や議決権等の株主としての権利を有する

表1のとおり、ストック・オプション及び事後交付型と、事前交付型では株主となるタイミングが異なり、その差は提供されるサービスに対する対価の会計処理(純資産の部の株主資本以外の項目となるか株主資本となるか)に現れるものの、インセンティブ効果を期待して自社の株式又は株式オプションが付与される点では同様であるため、費用の認識や測定については企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」の定めに準じることとされています(実務対応報告第41号第38項)。

(2) 会計処理

事前交付型においては「取締役等の報酬等として新株の発行を行う場合」及び「取締役等の報酬等として自己株式を処分する場合」が考えられるため、それぞれについて会計処理を解説します。

<取締役等の報酬等として新株の発行を行う場合>

① サービスに応じて費用計上し払込資本を認識

割当日においては、資本を増加させる財産等の増加は生じていないため、払込資本を増加させず、取締役等からサービスの提供を受けることをもって、分割での払込みがなされていると考え、サービスの提供の都度、払込資本を認識します(実務対応報告第41号第40項)。

各会計期間における費用計上額は、株式の公正な評価額のうち、対象勤務期間を基礎とする方法その他の合理的な方法に基づき当期に発生したと認められる額です。株式の公正な評価額は、公正な評価単価に株式数を乗じて算定します(実務対応報告第41号第6項)。

なお、株式の公正な評価単価は、付与日において算定し、原則として、その後は見直しません。また、失効等の見込みについては株式数に反映させるため、公正な評価単価の算定上は考慮しません(実務対応報告第41号第7項)。

② 株式数の算定及びその見直し

株式数は、付与された株式数(失効等を見込まない場合の株式数。以下同じ。)から、権利確定条件(勤務条件や業績条件)の不達成による失効等の見積数を控除して算定します(実務対応報告第41号第8項(1))

付与日から権利確定日の直前までの間に、権利確定条件(勤務条件や業績条件)の不達成による失効等の見積数に重要な変動が生じた場合には、原則として、これに応じて株式数を見直します。株式数を見直した場合には、見直し後の株式数に基づく株式の公正な評価額に基づき、その期までに費用として計上すべき額と、これまでに計上した額との差額を見直した期の損益として計上します(実務対応報告第41号第8項(2))。

株式数の見直し及び費用として計上すべき額の数値例

【前提条件】

  • 割り当てられた株式数は10,000株(取締役1名当たり1,000株×取締役10名)
  • 公正な評価単価は6,000円/株
  • 付与日(X1年7月)から権利確定日までの期間(X4年6月)は36か月
         
  株式数 備考 費用として計上すべき金額 算定式
割当日(X1年7月) 10,000   -  
X2/3期 9,000 取締役1名の退任を見込んでいる 13,500,000円 6,000円/株 × 1,000株/名 × (10名 - 1名)× 9月/36月= 13,500,000円
X3/3期 9,000 取締役1名の退任を見込んでいる 18,000,000円 6,000円/株 × 1,000株/名 × (10名 - 1名)× 21月/36月 - 13,500,000円= 18,000,000円
X4/3期 9,000 退任が追加で1名発生することを見込み、将来の退任見込みを修正 12,500,000円 6,000円/株 × 1,000株/名 × (10名 - 2名)× 33月/36月 - 31,500,000円(13,500,000円 + 18,000,000円)= 12,500,000円

権利確定日には、株式数を権利の確定した株式数と一致させます。これにより株式数を修正した場合には、修正後の株式数に基づく株式の公正な評価額に基づき、権利確定日までに費用として計上すべき額と、これまでに計上した額との差額を権利確定日の属する期の損益として計上します(実務対応報告第41号第8項(3))。

権利確定日に費用として計上すべき額の数値例

【前提条件】同上

         
  株式数 備考 費用として計上すべき金額 算定式
X5/3期 7,000 取締役の退任は3名と確定。退任に伴い、会社が株式を無償取得している △2,000,000円 6,000円/株 × 1,000株/名 × (10名 - 3名)× 36月/36月 - 44,000,000円(13,500,000円 + 18,000,000円+ 12,500,000円)= △2,000,000円

①②の会計処理の結果、年度通算で費用が計上される場合には、権利確定日において、対応する金額を資本金又は資本準備金に計上します

また、上記数値例のように年度通算で過年度に計上した費用を戻し入れる場合は対応する金額をその他資本剰余金から減額します。

当該会計処理の結果、会計期間末においてその他資本剰余金の残高が負の値となった場合には、企業会計基準第1号「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準」(以下、「自己株式等会計基準」という。)第12項により、その他資本剰余金を零とし、当該負の値をその他利益剰余金(繰越利益剰余金)から減額します(実務対応報告第41号第9項)。

③ 没収によって無償で株式を取得した場合

事前交付型においては、権利確定条件が達成されない場合には、企業が無償で株式を取得することになります。自己株式の無償取得の会計処理は企業会計基準適用指針第2号「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準の適用指針」(以下、「自己株式等適用指針」という。) 第14項に定められており、同項に従い会計処理は行わず自己株式の数のみの増加として処理することとされています(実務対応報告第41号第11項、第43項)。

上記の設例においては、X5年3月期に取締役3名の退任が確定し、自己株式3,000株(1,000株×3名)を取得していますが、無償であるため、自己株式の数のみの増加として処理しています。

<取締役等の報酬等として自己株式を処分する場合>

自己株式等会計基準第37項では、自己株式の処分については新株の発行と同様の経済的実態を有すると整理しています。よって、事前交付型で自己株式の処分を行った場合の基本的な会計処理である報酬費用の認識及び測定や払込資本の認識時点については、事前交付型で新株を発行した場合と同様とすることが考えられるとされています。なお、報酬費用と自己株式の帳簿価額との差額は、自己株式処分差額として、その他資本剰余金とすることが適切と考えられるため、自己株式の消滅の認識時点及び報酬費用の認識時点においては、その他資本剰余金を増額又は減額することとされています(実務対応報告第41号第44項)。

① サービスに応じて費用計上し払込資本を認識 

割当日において、処分した自己株式の帳簿価額を減額するとともに、同額のその他資本剰余金を減額します。なお、当該会計処理の結果、会計期間末においてその他資本剰余金の残高が負の値となった場合には、自己株式等会計基準第12項により会計処理を行います(実務対応報告第41号第12項)。具体的には会計期間末において、その他資本剰余金を零とし、当該負の値をその他利益剰余金(繰越利益剰余金)から減額します。

また、取締役等に対して自己株式を処分し、これに応じて企業が取締役等から取得するサービスは、新株の発行と同様にサービスの取得に応じて費用を計上し、対応する金額をその他資本剰余金として計上します(実務対応報告第41号第13項)。

② 株式数の算定及びその見直し

考え方は<取締役等の報酬等として新株の発行を行う場合>の②と同様です。上記をご参照下さい。

①②の会計処理の結果、年度通算で費用が計上される場合には、権利確定日において、対応する金額をその他資本剰余金に計上します

また、年度通算で過年度に計上した費用を戻し入れる場合は対応する金額をその他資本剰余金から減額します。

③ 没収によって無償で株式を取得した場合

没収による自己株式の無償取得が生じた場合、割当日に減額した自己株式の帳簿価額のうち、無償取得した部分に相当する金額の自己株式を増額し、同額のその他資本剰余金を増額します(実務対応報告第41号第14項)。この点は自己株式等適用指針第14項の定めによらず、新株の発行を行う場合と異なります。没収による自己株式の無償取得が生じたのは、取締役等から条件を満たすサービスの提供が受けられず、当初意図した交換取引が成立しなかったことによるものと考えられることから、通常の自己株式の無償取得と同様に処理するのは適切ではないと考えられるとされています(実務対応報告第41号第47項)。

(3) 開示

事前交付型における年度財務諸表の注記事項は表2のとおりです。

表2 事前交付型における注記事項
注記事項
(1)取引のの内容、規模及びその変動状況(各会計期間において権利未確定株式数が存在したものに限る。)
  ① 付与対象者の区分(取締役、執行役の別)及び人数
② 当該会計期間において計上した費用の額とその科目名称
③ 付与された株式数(当該企業が複数の種類の株式を発行している場合には、株式の種類別に記載を行う。④において同じ)
④ 当該会計期間中に没収した株式数、当該会計期間中に権利確定した株式数並びに期首および期末における権利未確定残株式数
⑤ 付与日
⑥ 権利確定条件
⑦ 対象勤務期間
⑧ 付与日における公正な評価単価
(2)付与日における公正な評価単価の見積方法
(3)権利確定数の見積方法
(4)条件変更の状況

なお、(1)取引の内容、規模及びその変動状況については事前交付型と事後交付型で注記事項が異なります。事後交付型についての詳細は「第3回:事後交付型」をご参照下さい。

(4) 四半期会計期間における取扱い

取締役等の報酬等として新株の発行を行う場合、四半期会計期間においては、上記<取締役等の報酬等として新株の発行を行う場合>の①②に記載の会計処理により、計上される損益に対応する金額はその他資本剰余金の計上又は減額として処理します。

また、当該会計処理の結果、四半期会計期間末においてその他資本剰余金の残高が負の値となった場合は、その他資本剰余金を零とし、当該負の値をその他利益剰余金(繰越利益剰余金)から減額し、翌四半期会計期間の期首に戻入れを行います(実務対応報告第41号第10項)。

2. 事前交付型において想定される取引

実務対応報告第41号における事前交付型で想定される取引を紹介します。

なお、実務対応報告第41号が適用されるのは、会社法第202条の2に基づき取締役等の報酬等として金銭の払込み等を要しないで株式の発行等をする取引です。そのため、会社法第202条の2に基づかないインセンティブの報酬スキーム(例えば金銭債権を現物出資させる方式等)については実務対応報告第41号を適用できない点に留意が必要です。

(1) 事前交付型譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック)

譲渡制限付株式とは、譲渡において会社の承認を要する旨の定めを設けている株式です。当該譲渡制限付株式を事前に交付し、勤務に応じて当該制限を解除する形の株式報酬制度ないし当該制度に用いられる株式を事前交付型譲渡制限付株式(いわゆるリストリクテッド・ストック)といいます。なお、ここでは金銭債権を現物出資させる方式ではなく、会社法第202条の2に基づいて、金銭の払込み等を要しないで株式の発行等をする取引(実務対応報告第41号が適用される取引)を前提としています(※)。この制度は、譲渡制限期間における勤務継続を条件とすることにより、経営者層のリテンション効果又は中長期の業績向上・株価上昇に向けたインセンティブ効果を期待するものです。

※現物出資方式による事前交付型リストリクテッド・ストックの会計処理については、リンク先をご参照下さい。
リストリクテッド・ストック、パフォーマンス・シェア等、株式報酬の会計処理 | 情報センサー2022年12月号 Topics | EY Japan

(2) 初年度発行型パフォーマンス・シェア

初年度発行型パフォーマンス・シェアとは、譲渡制限付株式の交付、譲渡制限の解除といった一連の流れは、前述の事前交付型譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック)と同様のスキームですが、譲渡制限解除要件として一定の業績等条件の達成を求めるものです。

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