EY新日本有限責任監査法人
公認会計士 中澤 範之
Question
2023年3月期決算に係る有価証券報告書(以下「有報」という。)における「サステナビリティに関する考え方及び取組」のTCFDに関する開示状況を知りたい。
Answer
【調査範囲】
- 調査日:2023年9月
- 調査対象期間:2023年3月31日
- 調査対象書類:有報
- 調査対象会社:以下の条件に該当する201社
①2023年4月1日現在、JPX400に採用されている
②3月31日決算である
③2023年6月30日までに有報を提出している
④日本基準を適用している
【調査結果】
(1) TCFD提言に基づく開示の事例調査
調査対象会社(201社)を対象に、有報において気候変動に関する開示におけるTCFD提言に基づく開示動向を調査した。調査結果は<図表1>のとおりである。続いて、TCFDについて言及していた143社について、業種別に調査した。調査結果は、<図表2>のとおりである。
<図表1>のとおり、TCFDについて言及している会社は、半数以上の143社(71.1%)であり、その記載内容としてはTCFD提言への賛同の表明やTCFDフレームワークに沿った分析と開示に関する取組みを記載した会社が多かった。<図表2>のとおり、業種別では、上位を占める化学、電気機器、建設業、銀行業等の記載率が高かった。この点、TCFDでは全セクター共通の提言に加え、銀行セクターを含む4つの金融セクター、及び運輸セクターを含む気候変動の影響を潜在的に大きく受ける4つの非金融セクターを対象とした補助ガイダンスを公表しており、補助ガイダンスの対象セクターに含まれていないサービス業の記載率(60.0%)は、他の業種と比較して低い傾向であった。
<図表1>気候変動に関する開示におけるTCFD提言に基づく開示動向の調査
開示状況 | 会社数 |
TCFD提言に従ってシナリオ分析に基づくリスクと機会がもたらす戦略への影響を開示 | 107社 |
(うち、詳細はHP等において掲載する旨の記載) | (33社) |
HP等においてのみ開示する旨の記載 | 17社 |
TCFD提言に賛同する、又は基づく旨の記載 | 19社 |
小計 | 143社 |
開示状況 | 会社数 |
<図表2>TCFDについて言及している会社の業種別内訳
業種 | TCFDについて言及している会社数(A) | 調査対象とした会社数(B) | (A)/(B) |
化学 | 16社 | 19社 | 84.2% |
電気機器 | 13社 | 17社 | 76.5% |
建設業 | 12社 | 17社 | 70.6% |
銀行業 | 9社 | 12社 | 75.0% |
サービス業 | 9社 | 15社 | 60.0% |
食料品 | 8社 | 9社 | 88.9% |
不動産業 | 8社 | 9社 | 88.9% |
卸売業 | 7社 | 10社 | 70.0% |
電気・ガス業 | 6社 | 8社 | 75.0% |
その他 | 55社 | 85社 | 64.7% |
合計 | 143社 | 201社 | 71.1% |
(2) シナリオ分析の事例調査
TCFD提言では、「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」の4つの構成要素について、それぞれ推奨される開示内容を提示しており、そのうち、「戦略」においては、産業革命以前に比べた世界の平均気温上昇が2℃以下となるシナリオを含むさまざまな気候関連シナリオに基づく検討を踏まえて、企業の戦略におけるレジリエンス(強靱性)について説明することがあげられる。
この点、調査対象会社(201社)を対象に、有報においてシナリオ分析を開示しているか、開示状況を調査した。調査結果は<図表3>のとおりである。
<図表3>のとおり、シナリオ分析について開示している会社は111社(55.2%)であった。なお、シナリオ分析とレジリエンスを関連付けて開示している会社は41社(20.4%)であった。また、シナリオ分析にて採用したシナリオの数及び内容について、開示状況を調査した。調査結果は<図表3>及び<図表4>である。
<図表3>のとおり、シナリオ分析にて採用したシナリオの数は、大半の会社において複数となっており、2つのシナリオを採用している会社が最も多かった。また、<図表4>のとおり、採用したシナリオの内容は、全体では4℃シナリオが最も多かった。これは、複数のシナリオを採用しているほとんどの会社において、1.5℃シナリオ、2℃シナリオ又は1.5~2℃シナリオのいずれかと、4℃シナリオの組み合わせが採用されていたためである。TCFD提言のシナリオ分析では、2℃以下を含む複数の温度帯シナリオの選択を推奨しており、シナリオの具体的な内容を開示している会社の多くでは、TCFD提言に沿ったシナリオの選択となっていた。
<図表3>シナリオ分析にて採用したシナリオの数
シナリオ数 | 会社数 | 比率 |
3 | 17社 | 8.5% |
2 | 82社 | 40.8% |
1 | 12社 | 6.0% |
小計 | 111社 | 55.2% |
特段の開示、言及なし | 90社 | 44.8% |
合計 | 201社 | 100.0% |
<図表4>シナリオ分析にて採用したシナリオの状況
シナリオ | シナリオ数 | 合計 | ||
1 | 2 | 3 | ||
1.5℃ | 4社 | 47社 | 17社 | 68社 |
1.5~2℃ | - | 12社 | - | 12社 |
2℃ | 7社 | 24社 | 17社 | 48社 |
3℃(注) | 1社 | 2社 | - | 3社 |
4℃ | - | 79社 | 17社 | 96社 |
(注)3℃シナリオの会社数には、2.6℃シナリオの記載を含む
(旬刊経理情報(中央経済社)2023年10月10日号 No.1690「2023年3月期有報におけるサステナビリティ情報の開示分析」を一部修正)
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