公認会計士 照沼 景子
公認会計士 武澤 玲子
1. ヘッジ会計の方法
ヘッジ会計の目的は、ヘッジ対象とヘッジ手段から生じる損益を同一の会計期間に認識することによって、ヘッジ取引の効果(=ヘッジ対象から発生した損益を、ヘッジ手段から発生した損益によって相殺しているという効果)を適切に反映することです。第2回では、ヘッジ対象とヘッジ手段から生じる損益を同一の会計期間に認識する具体的な方法について、設例を用いて解説します。
① 繰延ヘッジ(原則)
ヘッジ会計の原則的な方法は繰延ヘッジです。ヘッジ手段から発生した損益又は評価差額を、ヘッジ対象から発生する損益が認識されるまで繰り延べる方法です。ヘッジ手段から発生した損益は、各決算期末においては、損益計算書に計上するのではなく、貸借対照表の純資産の部に繰延ヘッジ損益として計上します。
[設例2-1] 繰延ヘッジによる会計処理
- 前提条件
- X1年3月1日に為替予約を締結した(1,000米ドル、ドル売り円買い、予約レート108円/米ドル、決済日X1年5月31日)
- X1年4月10日に1,000米ドルの売上を計上した(売掛金入金予定日X1年5月31日)
- X1年5月31日に売掛金が入金され、為替予約について差金決済した。
- 為替レートの推移 (単位:円/米ドル)
- 会計処理 (単位:円)
(*1)為替予約を決算日の時価で評価します。
3,000円=(予約日先物為替レート108円/米ドル-決算日先物為替レート105円/米ドル)×1,000米ドル
時価評価に伴う影響額は、原則的な会計処理では為替差損益(損益計算書)として、繰延ヘッジの場合は繰延ヘッジ損益(貸借対照表(純資産の部))として計上されます。
(*2)108,000円=売上日直物為替レート108円/米ドル×1,000米ドル
(*3)100,000円 = 決済日直物為替レート100円/米ドル × 1,000米ドル
(*4)8,000円= (決済日直物為替レート100円/米ドル - 売上計上日直物為替レート108円/米ドル)× 1,000米ドル
...差損なので借方に計上します。
(*5)8,000円 = (予約日予約レート108円/米ドル - 決済日直物為替レート100円/米ドル)× 1,000米ドル
(*6)X1年3月31日(決算日)の計上額((*1)の仕訳の逆仕訳)
原則的な会計処理では為替差損益(損益計算書)が計上されるのに対し、繰延ヘッジでは純資産に計上されていた繰延ヘッジ損益が取り崩されます。
設例2-1のケースにおける損益への影響は以下のとおりです。
- 原則的な会計処理を適用した場合
- 繰延ヘッジを適用した場合
原則的な会計処理を適用した場合、X1年3月期ではヘッジ対象にかかる損益が未だ認識されておらず、ヘッジ手段にかかる損益の一部が単独で計上されているため、ヘッジ対象にかかる損益とヘッジ手段にかかる損益が対応していません。X2年3月期では、ヘッジ対象にかかる為替差損益およびヘッジ手段にかかる損益の一部が計上されており、ヘッジ対象にかかる損益とヘッジ手段にかかる損益は部分的に対応する結果となっています。
一方、繰延ヘッジを適用した場合、X1年3月期ではヘッジ手段にかかる損益を繰り延べ(=貸借対照表に計上し)、ヘッジ対象にかかる損益が認識されるX2年3月期に取り崩しています。その結果、X2年3月期に、ヘッジ対象にかかる損益とヘッジ手段にかかる損益が対応しています。
② 時価ヘッジ(例外)
時価ヘッジは、ヘッジ対象に係る相場変動等を損益に反映させることにより、ヘッジ対象に係る損益とヘッジ手段に係る損益とを同一の会計期間に認識する方法です。時価ヘッジの対象は、ヘッジ対象の時価を貸借対照表価額とすることが認められているものに限定されているため、現行制度上、時価ヘッジが適用されるヘッジ対象は、その他有価証券のみとなっています。時価ヘッジを適用する場合、その他有価証券の評価差額は、各決算期末において、投資有価証券評価損益として損益計算書に計上します。
なお、時価ヘッジを適用しない場合は、その他有価証券の評価差額は、全部純資産直入法(*1)または部分純資産直入法(*2)が適用されます。
(*1)評価損益をその他有価証券評価差額金として貸借対照表の純資産の部に計上
(*2)評価益はその他有価証券評価差額金として貸借対照表の純資産の部に計上、評価損はその他有価証券評価差損として損益計算書に計上
[設例2-2] 時価ヘッジ
- 前提条件
- 保有している有価証券(帳簿価額9,000円、その他有価証券に分類している)の値下がりが予想されるため、X1年3月1日に同一銘柄・同一数量の有価証券について、先渡契約を締結した(決済日X1年10月31日、決済価額9,000円、売り予約)
- X1年10月31日に保有している有価証券を7,000円で売却するとともに、先渡契約について差金決済した。
- 原則的な会計処理として、その他有価証券評価差額金の処理については、全部純資産直入法を適用している。
- 時価の推移 (単位:円)
- 会計処理(単位:円)
(*1)その他有価証券を決算日の時価で評価します。
500円=X1年3月31日(決算日)の現物時価8,500円 - 帳簿価額9,000円
評価差額は、時価ヘッジの場合は当期の損益として、繰延ヘッジの場合は純資産として処理されます。
(*2)デリバティブ(先物契約)を決算日の時価で評価します。
500円:時価の推移よりX1年3月31日(決算日)の先渡契約時価
評価差額は、時価ヘッジの場合は当期の損益として、繰延ヘッジの場合は純資産として処理されます。
(*3)X1年3月31日(決算日)の逆仕訳
(*4)7,000円=時価の推移より10月31日(決済日)の現物時価
(*5)9,000円=帳簿価額(前期末の時価評価差額は期首に洗い替えている)
(*6)2,000円=(*5)-(*4)
(*7)2,000円=時価の推移よりX1年10月31日(決済日)の先渡契約時価
(*8)500円=X1年3月31日(決算日)に計上した先渡契約の取り崩し
取り崩しによる影響額は、時価ヘッジの場合は当期の損益として、繰延ヘッジの場合は純資産に計上されていた繰延ヘッジ損益の取り崩しとして処理されます。
設例2-2のケースにおける損益への影響は以下のとおりです。
- 時価ヘッジを適用した場合
- 繰延ヘッジを適用した場合
時価ヘッジを適用した場合、X1年3月期においてヘッジ対象であるその他有価証券にかかる評価差額を損益計算書に計上し、ヘッジ手段にかかる損益に対応させています。その結果、X1年3月期、X2年3月期ともに、ヘッジ対象にかかる損益とヘッジ手段にかかる損益が対応しています。
繰延ヘッジを適用した場合は、X1年3月期ではヘッジ手段にかかる損益を繰り延べ(=貸借対照表に計上し)、ヘッジ対象にかかる損益が認識されるX2年3月期に取り崩しています。その結果、X2年3月期に、ヘッジ対象にかかる損益とヘッジ手段にかかる損益が対応しています。
この記事に関連するテーマ別一覧
わかりやすい解説シリーズ「ヘッジ会計」
- 第1回:ヘッジ取引とヘッジ会計の必要性 (2018.04.19)
- 第2回:ヘッジ会計の方法① (2018.04.19)
- 第3回:ヘッジ会計の方法② (2018.04.19)
- 第4回:ヘッジ会計の適用要件 (2018.04.26)
- 第5回:ヘッジ会計の中止と終了 (2018.04.26)