EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) BC-Finance
細野 賢
CFO部門向けのコンサルティングチームにおいて、財務経理業務全般のプロセス改善を中心としたプロジェクトに従事。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) シニアマネージャー。
村上協平
CFO部門向けのコンサルティングチームにおいて、決算業務に関するプロセス改善、IFRS導入など幅広いプロジェクトに従事。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) マネージャー。公認会計士。
EY新日本有限責任監査法人 FAAS事業部 CCaSS 西山久美子
主に国内事業会社の非財務情報開示・保証およびESG評価アドバイザリー業務に従事。業種は、建築、ハウジング、印刷、化学、金融等。EY新日本有限責任監査法人FAAS事業部CCaSSでは非財務情報開示・保証のグループリーダーとして業務の推進等に携わる。公認会計士、環境法修士。
要点
今、世界全体として地球環境・社会における共通課題の解決に向けたさまざまな取組みが行われており、持続可能な社会と経済の両立を図ることをテーマにしたニュースを見ない日はありません。それは近年の急激な気候変動やグローバリゼーションに加えて新型コロナウイルス感染症によって変化した生活様式や価値観の影響により、企業が長期にわたって持続可能な価値創造をどのように行うべきかの関心が急速に高まっていることの表れと理解しています。本誌2022年5月号では、長期的価値(Long-term value:LTV)の指標や導入アプローチを紹介し、そしてCFO組織が社内外のコミュニケーションにおけるハブとなる役割について解説しました。目下、企業における取組みを眺めてみると、LTV下の経営管理を見据えた企業は優れた情報開示を実行していることから、国内全体としても発信する情報の開示方法を一層戦略的に取り組む必要性に迫られ、その関心が高まっています。そこで本稿では、戦略的な情報開示について紐解き、その活動における経理部門の関わり方について考察します。
経済規模を重視したことで地球環境に負の影響をもたらし、利益重視により経済格差がますます広がりを見せています。企業価値が短期的かつ近視眼的な経済価値重視ではなくなってきていることは、昨今の取り巻く状況から明らかです。そして今、求められている目指すべき企業価値とは、前号(本誌22年5月号)でも掲載した<図1>の4つの価値カテゴリーの関係性で解説すると、利益の創出である「財務的価値」、顧客基盤の拡大である「消費者価値」、そして人材の育成である「人材価値」の3つがあり、それらは自社の事業活動内でコントロール可能な領域であるといえます。一方で、自社の事業活動から間接的に得られるさまざまなステークホルダーの便益の向上である「社会的価値」は、自社の事業活動では直接的にコントロール可能な領域ではない循環の中にあります。そのため、事業内の活動を発射台として事業外の便益を最終的に自社の便益に還元されるようなステークホルダーとのエンゲージメントが必要であることが分かります。さらに、この必要性を情報開示という活動に当てはめると、事業価値が社会価値に自然と繋つながるような情報開示が必要であり、自社にとって継続的な成長を支えるステークホルダーを特定し情報開示することが、優れた開示、戦略的な情報開示と言えます。
この開示活動において必要な実行施策は、大きく定性的なものと定量的なものが存在し、目指すべき姿を語る自社ならではのストーリーの構築と、データに裏打ちされた論理展開が考えられます。そしてストーリーの伝え方として、例えば、社会価値を実現することで持続可能な収益を得ることを考えると、その取組み自体がステークホルダーから評価されるような仕組み作り、すなわちルール形成も戦略的な情報開示の1つの方法と理解することもできます。
ここからは実行すべき開示施策における経理の関わりについて説明しますが、その前に非財務情報に関する国内外の動向を説明します。
まず、海外においては、サステナビリティ情報開示の重要性が高まりを見せる中、非財務情報に関する基準やフレームワーク等を開発する設定主体が乱立している現状を解消し、国際的に比較可能で統一的な基準を開発する動きが活発化しています。国際財務報告基準(IFRS)を策定する国際会計基準審議会(IASB)を傘下にもつIFRS財団においては、国際的なサステナビリティ情報の開示フレームワークの設定主体となる新審議会「国際サステナビリティ基準審議会」(ISSB)を21年11月に創設しました。今後ISSBは、具体的なサステナビリティ開示基準案の検討を開始できるよう、技術的な提言を行うことを目的として発足したTRWG(Technical Readiness Working Group)とともに、22年上旬を目途に非財務情報開示に関するグローバル基準として、新サステナビリティ基準を公表する予定となっています。また、22年下旬には、サステナビリティ開示基準の国際的な一貫性を促進するための調整作業を求めるIOSCO(証券監督者国際機構)による基準のエンドースメントと、EFRAG(欧州財務報告諮問グループ)によるサステナビリティの開示要件案の作成が予定されています。
そして、わが国における取組み状況としては、21年6月に、東京証券取引所がコーポレートガバナンス・コードの改訂を行いました。そこでは、プライム市場の上場企業に対して、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)またはそれ同等の国際的枠組みに基づく気候変動開示の質と量の充実を求めること、サステナビリティについての基本的な方針を策定し、自社の取組みを適切に開示することが示されています。また、金融庁金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」(DWG)においても、統合報告書やサステナビリティレポート等、主に任意の開示書類において報告されているサステナビリティ情報について、有価証券報告書での開示の必要性が議論されています。一方、将来情報であるサステナビリティ情報に関する記載と虚偽記載の責任関係や、比較可能性と総覧性の担保についても議論されており、サステナビリティ情報に関するさまざまなテーマが存在する中で、どのようなテーマを有価証券報告書に開示すべきか(重要性等)についても議論されています。さらには、IFRS財団のカウンターパートである財務会計基準機構(FASF)においては、21年12月に、サステナビリティ開示基準の体制整備に対する市場からの要望等を踏まえて、下位組織であるサステナビリティ基準委員会(SSBJ)を設置し、わが国の会計基準の開発を行う企業会計基準委員会(ASBJ)とともに、非財務情報に関する議論を継続しています(<図2>参照)。
このような状況下において施策実行のために必要な経理組織の役割は、「A. 開示とモニタリングのプロセスリード」「B. 開示とモニタリングにおけるコミュニケーションハブ」「C. データドリブン経営の推進役」であり、A.で活動の旗を振り、B.でストーリーに説得力を付け、C.で裏付けをすることになります。以下それぞれについて詳細に説明しますが、<図3>に示した将来のファイナンス組織の役割と関連付けながら語ることができます。
まず「A. 開示とモニタリングのプロセスリード」とは、情報開示プロセスの確立の推進役を担うことを指し、非財務情報の開示戦略やそのプロセスについても経理以外の関係部門や経営層を巻き込みコミットさせ、ロードマップを作成することが求められていると言えます。手順を具体的に説明すると、①意思決定機関(取締役会)で開示方針の決議、②機関決定をもとにした実行計画の作成、③実行計画から得られた現実的なKPIの設定、④KPIを自己評価する仕組みの構築を行うことになり、この一連のプロセスを第三者に認証してもらうことも必要になります。ここにおいて経理組織はBusiness Partnerとしての役割を担うことを意味しています。
次に「B. 開示とモニタリングにおけるコミュニケーションハブ」とは、<図4>で示した通り外部と内部とのコミュニケーションハブを担うことを意味し、それは泥臭く対話を実施していくことに尽きるものと理解しています。それぞれのステークホルダーに対して自社ならではのストーリーについて語る際、ステークホルダー別に意識すべき目的や便益が異なることを十分に留意することも必要であり、かつ自社の便益に還元される上でステークホルダー間のバランスを取ることも戦略として必要と考えます。内部については社会価値が事業価値へ繋がるという視点で根気よく対話する必要があります。それは事業との結びつきについて腹落ちしていないが故にステークホルダーに魅力的な、そして論理的にストーリーを語れないことになるため、全ての企業グループ内部、現場事業部へ、浸透させること、そしてその意見を経営層と現場で相互連携させるためにも起点役が必要です。ここで必要な発想は、事業活動が社会活動に繋がるというよりもその逆の流れを意識することでしょう。それは、企業カルチャーを変革することに繋がるかもしれないということです。投資家などステークホルダーの意見を社内に説得させて自社ならではのストーリーを優れたものにするため、繰り返し対話し続けることになるでしょう。ここにおいて経理組織はCommentatorとしての役割を担うことを意味しています。
最後に「C. データドリブン経営の推進役」は、定量的な論理展開がストーリーの裏付けとして必要であり、4つの価値カテゴリーとそのドライバーの相関関係を分析し、開示がどのように自社の企業価値に繋がっているか分析をします。やはり、定性的なストーリーだけでは便益還元の流れが掴(つか)み切れず、論理的なストーリーとは言えなくなるでしょう。さらに、その集計作業はさまざまな部署から、そしてグローバルレベルでの情報収集となるため、作業自体が膨大でありプロセスが可視化されていない可能性があります。加えて、収集する際のデータ粒度や定義内容が事業部やグループ各社で目線が合っていないケースも見られ、データの信憑(しんぴょう)性担保やリスク軽減の証明が一切なく監査対応も後手に回ることが容易に推測されます。こういった状況に対する施策として、最新テクノロジーの活用は欠かせません。テクノロジーを活用しデータの一元管理のためデータ分析基盤を構築した上で、マルチステークホルダー向けの多様な分析軸を設定し説得力のあるトレンド分析を可能にすることが望ましいでしょう。そして、データの信頼性や収集における統制基盤が整えば、データ粒度の定義や収集方法、レポーティング手法までも整備されることになり、正確性と信頼性が担保されたデータマネジメントが確立されることになります。ここで経理組織はデータを記録するScore Keeperとしての役割とCustodianとしての役割の両方を担うことを意味しています。
さらに、非財務情報の保証について解説します。非財務情報の重要性が高まる中、その信頼性が投資家を含むさまざまなステークホルダーから注視されています。非財務情報の信頼性を担保する手段の1つとして非財務情報の保証があり、欧州連合(EU)等では非財務情報の保証の義務化を目指しています。非財務情報の保証とは、会社等が算定・開示する非財務情報に関して、監査法人等の第三者組織が保証することです。非財務情報の保証は、財務諸表監査に近似した手法を用いて行われることが一般的です。非財務情報の保証を実施する監査法人等は、国際監査・保証基準審議会が発行する信頼性の高い保証業務基準(ISAE3000、I SAE3410)に準拠し、第三者保証業務を行います。会社等が非財務情報の算定・開示を行う際の基準は、日本の環境法令、グローバルに一般に公正妥当と認められているガイドライン等が一般的です。非財務情報の保証が義務化されている一部の国以外では、非財務情報の保証の対象となる開示項目、開示組織範囲は任意であり、会社等と監査法人等との合意で決まります。非財務情報の保証業務実施が完了すると、保証報告書が監査法人等から発行されます。非財務情報の保証業務は、<表1>のように2つの種類があります。現在、日本においては、ほとんどが限定的保証となっています。
加えて、非財務情報の保証と財務情報の監査との相違につき、<表2>にまとめました。非財務情報の保証は、財務情報の監査と比較すると歴史が浅く、これからより発展していく業務といえます。
海外における非財務情報の保証の動向と日本における見通しを考えると、海外では、EUにおいて21年4月に「EU企業サステナビリティ報告指令案」(CSRD案)が公表されました。その中に、サステナビリティ情報に対する保証の義務化があります。CSRD案の導入対象年度は、当初23年度以降となっていましたが、現在、後倒しが検討されています。日本もCSRD案の動向を考慮し、今後の非財務情報の保証の義務化について検討する可能性があります。
国内における制度としての対応もあり、第三者保証が足元必要な取組みであることが理解できました。今後の取組みを考える上では、法規制対応を前提とした企業としての戦略があらためて重要であり、LTVをベースとした情報開示戦略を法対応と両輪で実行すべきと理解できます。
財務的な企業価値、すなわち目先の利益にとらわれて消費者、人材、社会への資本投下を怠ると、企業の価値創造能力は衰退することが予想されます。そのため、「自社にとって資本を投下すべきステークホルダーは誰なのか」「誰を対象としたストーリーを紡ぐのか」をあらためて考え、情報開示戦略を実行に移すことが肝要であると言えるでしょう。そしてそのための船頭である戦略家(ビジネスパートナー)としての役割を経理組織が率先して担っていくことを期待しています。
長期的価値(Long-term value:LTV)のもと、発信する情報の開示方法を一層戦略的に取り組む必要性に迫られ、関心が高まっています。本稿では、戦略的な情報開示について紐解き、その活動における経理部門の関わり方について考察します。
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