2023年10月20日

2023年9月18日にTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)最終提言v1.0版が発行されました。今回のv1.0版で示されたTNFDの全体構成、主な要素、およびベータ版v0.4からの重要な変更点について解説します。

TNFD最終提言v1.0版発行:自然関連財務情報開示のためのフレームワークが決定し、企業にとって把握し、開示すべきものが明確になりました

TNFD最終提言v1.0版発行:自然関連財務情報開示のためのフレームワークが決定し、企業にとって把握し、開示すべきものが明確になりました

執筆者 茂呂 正樹

EY Climate Change and Sustainability Services, Japan Environmental, Health & Safety (EHS) Leader, Nature Services APAC Regional Lead

環境、サステナビリティの世界にプロフェッショナルとして20年超関与。食、旅、波を愛する。

2023年10月20日

2023年9月18日にTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)最終提言v1.0版が発行されました。

今回のv1.0版で示されたTNFDの全体構成、主な要素、およびベータ版v0.4からの重要な変更点について解説します。

要点
  • TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)最終提言v1.0版が発行された。
  • TCFDやISSBなどの開示基準におけるアプローチとの整合性について強調されている。
  • TNFDは基準制度ではなく、開示提言の理解を助けるためのガイダンスであり、開示に向けては組織独自の経路があることや、TCFDにおける知見が十分に生かせることにも言及している。

2023年9月18日にTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)最終提言v1.0版が発行されました。2023年3月までに発行されたTNFDベータ版の内容が包含され、TNFD開示提言、追加ガイダンス、ディスカッションペーパーが公表されるとともに、ウェブサイトも一新されました。

ベータ版からは、14の開示提言やLEAPのステップ等に一部変更があったものの、大きな方向性に変化はなく、これまで実施されたパイロットテストやケーススタディの結果が多数組み込まれより実践的な内容となっています。

本記事では、TNFD最終提言v1.0版で示された他基準との関連性、TNFDの全体構成、主な要素、およびベータv0.4版からの重要な変更点について解説していきます。

1. TCFD等の他基準との関連性

TNFD最終提言v1.0版では、TCFD(Task Force on Climate-Related Financial Disclosures)やISSB(International Sustainability Standards Board)、GRI(Global Reporting Initiative)などの基準との言語や構造、アプローチとの整合性が強調されており、気候・自然の統合的な報告が可能とされています。また、GBF(Global Biodiversity Framework)のゴールおよびターゲットとの一致についても強調されています。

一方で、TNFDは基準制度ではなく、あくまで開示提言とその理解を助けるためのガイダンスであり、開示に向けては個々の組織独自の方法があり得ることや、TCFDにおける知見が十分に生かせることにも言及されています。

2. TNFDv1.0版の全体構成

表1にTNFD最終提言v1.0版として発表された文書一覧を列挙し、図1にv1.0版で発表のあった全体構成の図と、それにv0.4版当時のガイドライン類を当てはめて対比できるようにしたものを示します。TNFD開示提言に関する全般的なガイダンスを三角形の頂点とし、その下を詳細な追加ガイダンスによって補強する形となっています。追加ガイダンスは、組織のTNFD提言への自主的な対応を支援するためのガイダンスではありますが、組織に強制するものではないとされています。v1.0版における新たなガイダンスとして「Getting started with TNFD」が公表されていますが、その他のガイダンスはベータ版を経て最終化(統合)されています。金融機関以外のセクターガイダンスおよびディスカッションペーパーについては、今後最終化し、展開される予定です。

表1 TNFD最終提言v1.0版として発表された文章一覧(2023年9月21日確認)

Title Sub Title 概要
The TNFD Recommendations Recommendations of the Taskforce on Nature-related Financial Disclosures TNFD最終提言本体
The TNFD Recommendations Executive summary of the recommendations of the TNFD TNFD最終提言の要旨
Additional guidance
Additional guidance for financial institutions 金融機関向けのTNFD開示の追加ガイダンス
Additional guidance Getting started with adoption of the TNFD recommendations TNFD開示を始めるにあたっての初期的ガイダンス
Additional guidance Guidance on the identification and assessment of nature-related issues: the LEAP approach 自然関連問題の特定と評価のためのLEAPアプローチについてのガイダンス
Additional guidance Guidance on biomes 特定の種類の生態系(バイオーム)における自然関連の依存関係、影響、リスク、機会の特定、評価、開示についてのガイダンス
Additional guidance Guidance on scenario analysis シナリオ分析に関するガイダンス
Additional guidance Guidance for corporates on science-based targets for nature 企業向け自然関連目標設定のガイダンス
TNFDが推奨するSBTNのアプローチについて説明
Additional guidance Guidance on engagement with Indigenous Peoples, Local Communities and affected stakeholders 先住民族、地域コミュニティ、影響を受けるステークホルダーとのエンゲージメントに関するガイダンス
Additional guidance Glossary 用語集
Discussion paper Findings of a high-level scoping study exploring the case for a global nature-related public data facility 生物多様性グローバル・フレームワークのターゲット15に沿って、自然関連データの課題にどのように取り組むことで、企業報告や目標設定を加速させることができるのかについて、G20加盟国政府からの質問に答えたペーパー
Discussion paper Discussion paper on proposed sector disclosure metrics コア・セクターの開示指標案ペーパー
Discussion paper Discussion paper on proposed approach to value chains バリューチェーン分析についてのペーパー

図1 TNFDの全体構成図(ベータv0.4版からv1.0版への変遷)

図1 TNFDの全体構成図(ベータv0.4版からv1.0版への変遷)

Recommendations of the Taskforce on Nature-related Financial Disclosures, TNFD, 2023(2023年9月20日アクセス)を基にEY作成

3. 4つの柱と開示提言

TNFD開示提言は、4つの柱(ガバナンス、戦略、リスクとインパクトの管理、測定指標とターゲット)と14の開示提言で構成されています。

TNFDベータv0.4版から開示提言の全体項目数の変更はありませんでしたが、大きな変更点としては、ガバナンスC(自然関連の影響を受けた先住民族や地域社会等に関する組織の人権方針等の説明の要求)が新たに追加され、リスクとインパクトの管理D(ステークホルダーの関与についての説明)が削除されました。その他、「バリューチェーン」や「優先順位付け」の言葉が追加される等、提言内容にマイナー修正がありました。

図2 TNFD開示提言(TNFDベータv0.4版からの変更点)

図2 TNFD開示提言(TNFDベータv0.4版からの変更点)

Recommendations of the Taskforce on Nature-related Financial Disclosures, TNFD, 2023(2023年9月20日アクセス)を基にEY作成

4. TNFD最終提言v1.0版の主な要素

4.1 LEAPアプローチ

LEAPアプローチは、TNFD情報開示に向けた自然との接点、自然との依存関係、影響、リスク、機会を分析する手法であり、実施は必須ではないものの、自然情報の把握・分析の有効な手法として推奨されています。

TNFD最終提言v1.0版では、追加ガイダンスとして、Guidance on the identification and assessment of nature-related issues: The LEAP approachが公開されています。本ガイダンスでは、LEAPアプローチの各フェーズ(Locate, Evaluate, Assess, Prepare)ごとの詳細について説明されています。

TNFDベータv0.4版からの主な変更点は以下の通りです。

  • スコーピング段階では、事業会社と金融機関の区別が無くなり、全組織に対するスコーピングが示され簡素化されました。
  • Locate段階では、セクターやバリューチェーンのフィルターが設けられ、中程度または高い依存関係と影響を持つ可能性のある活動等にスクリーニングをかけるステップが踏まれています。
  • Evaluate段階では、インパクトドライバーの特定や、組織が自然に与えるマイナスとプラスの影響が新たに求められました。
  • Assess段階では、リスクと機会の管理プロセスと関連要素をどのように適合させることができるか、新たに求められました。
  • LEAPアプローチを通したエンゲージメントでは、影響を受けるステークホルダーに加え、「先住民族」「地域社会」が追加されました。
  • 4つの柱(ガバナンス、戦略、リスクとインパクトの管理、測定指標とターゲット)の開示提言が下図の下部に追加され、LEAPの各項目との関係性が1つの図に示されました。

図3 TNFD最終提言v1.0版におけるLEAPアプローチ(TNFDベータv0.4版からの変更点も含む)

図3 TNFD最終提言v1.0版におけるLEAPアプローチ(TNFDベータv0.4版からの変更点も含む)

Recommendations of the Taskforce on Nature-related Financial Disclosures, TNFD, 2023(2023年9月20日アクセス)を基にEY作成

4.2 バイオーム 

バイオームとは、熱帯雨林、外洋、砂漠、湖など、世界中のさまざまな場所に存在する生態系のことを指します。一般的に多くのバイオームは複数の領域にまたがっており、多数のビジネス拠点と接点を持ちます。

TNFD最終提言v1.0版では、追加ガイダンスとして、Guidance on biomesが公開されています。本ガイダンスは、特定の種類の生態系(バイオーム)における自然関連の依存関係、影響、リスク、機会の特定、評価、 開示についてのガイダンスです。

v1.0版では、以下のバイオームについて解説されています。なお、ベータv0.4版で追加ガイダンスが出されていたバイオーム(Rivers and streams/ Tropical-subtropical forests/Marine shelves/Intensive land-use Systems)については全てv1.0版でカバーされています。その他バイオームについてのガイダンスも今後追加を予定しています。

  • Tropical and sub-tropical forests(熱帯・亜熱帯林)
  • Savannas and grasslands(サバンナと草原)
  • Intensive land-use systems(集約的土地利用システム)
  • Intensive land-use systems – Urban and industrial ecosystems(集約的土地利用システム-都市および産業生態系)
  • Rivers and streams(河川)
  • Marine shelf(海洋棚)


4.3 目標設定SBTs for Nature

TNFD最終提言v1.0版では、追加ガイダンスとして、Guidance for corporates on science-based targets for natureが公開されています。企業がTNFD開示提言を適用して目標を設定する場合、Science Based Targets Network (SBTN)によって開発された方法を使用することを推奨しています。本ガイダンスはTNFDとSBTNの共同出版となっており、TNFDとSBTNの連携、SBTNによる科学的根拠に基づく自然関連目標(Science-Based Targets for Nature略してSBT for Nature)の設定のための5つのステップ(図4)等について説明しています。ステップに応じてバリューチェーンごとのデータ要件などが示されており、より技術的な対応が必要になります。

本ガイダンスでは関連するSBTNガイダンスの概要を示し、詳細はSBTNガイダンスを参照する形を取っています。

図4  SBTNによる科学的根拠に基づく自然関連目標の設定のための5つのステップ

図4  SBTNによる科学的根拠に基づく自然関連目標の設定のための5つのステップ

Guidance for corporates on science-based targets for nature, TNFD, 2023(2023年9月20日アクセス)を基にEY作成

4.4 シナリオ分析

TNFD最終提言v1.0版では、追加ガイダンスとして、Guidance on scenario analysisが公開されています。TNFDの14の開示提言の戦略Cでは、自然関連のリスクや機会に対する組織の戦略のレジリエンスを説明する際にシナリオを考慮するよう組織に求めています。

TNFDのシナリオに対するアプローチは、2つの重要な不確実性(物理的リスクと移行リスクの密接な相関関係)を中心に据え、各組織の特色に合わせてカスタマイズができる汎用(はんよう)的なアプローチになっています。シナリオ分析に関するガイダンスでは、ワークショップベースのシナリオ演習の手法が解説されており、実施する際に役立つテンプレートや参考資料も添付されています。

自然シナリオは気候シナリオと異なり、1.5℃目標のような地球規模の単一的に合意された指標はなく、現時点では定量的なシナリオがありません。TNFDのシナリオアプローチは、さまざまな不確実性を説明しながらもっともらしい未来を設定する探索的なシナリオであり、望ましい未来からバックキャストするシナリオとは異なっているのが特徴です。


4.5 先住民族、地域コミュニティ、影響を受けるステークホルダーとのエンゲージメント

TNFD最終提言v1.0版では、追加ガイダンスとして、Guidance on engagement with Indigenous Peoples, Local Communities and affected stakeholdersが公開されています。TNFDでは、人間は自然の一部であり、自然への依存と影響の両方の側面を持ち、自然を回復し保全するための行動ができることを明確に述べています。特に、組織の自然関連の依存関係、影響、リスク、機会の評価と管理において、自然との関連性が高い先住民族、地域コミュニティ、影響を受けるステークホルダーとの効果的かつ有意義なエンゲージメントを重要視しています。

TNFDの開示提言ガバナンスCにも「自然関連の影響を受けた先住民族や地域社会等に関する組織の人権方針等の説明の要求」が含まれており、報告書利用者に、組織の人権方針およびエンゲージメント活動が自然関連課題の管理に適切かどうかを評価するための、意思決定に有用な情報を提供することが求められています。

5. TNFDを始める6つの方法

TNFD最終提言v1.0版では、新たなガイダンスとしてGetting started with adoption of the TNFD Recommendationsが公開されています。本ガイダンスでは、TNFDを始める方法は単一ではなく組織ごとに独自の経路があることを強調しています。

TNFDを開始するための方法としては、以下の6つへのアクセスを推奨しています。

方法 概要
TNFD開示提言 サステナビリティレポートのグローバル基準と整合がとられ、GBFのゴールとターゲットにも沿った14の開示提言
追加ガイダンス (表1参照)
TNFDフォーラムへの参加 TNFDフォーラムメンバーとなることで、さまざまなリソースや学習の機会を得ることが可能
ナレッジハブ 自然関連問題に関するリソースやウェビナー、学習資料等のコレクション
ツールカタログ 自然関連問題の開示や評価に役立つツールやデータセットのカタログ
採用意思の登録 TNFD提言を採用する意思の登録

※GBF:昆明・モントリオール生物多様性枠組み(Global Biodiversity Framework)

まとめ

今回のTNFD最終提言v1.0版をもって、開示提言や開示に向けたアプローチ等が一通りそろった状態となります。一方で、自然という幅広い事象を扱うことやガイダンスの情報量等から、取り組みにくさを感じたり、どこから着手すべきか迷う場面があるかもしれません。

われわれEYの気候変動・サステナビリティサービスユニット(CCaSS)では、これまでのTNFDの実施支援に基づく知見に加え、グローバルネットワークを生かした最新動向の把握、生物多様性のバックグラウンドを持つプロフェッショナルにより、TNFD開示に向けた有用な支援サービスを提供させていただきますので、お気軽にご相談いただければと存じます。

【共同執筆者】

イヴォーン・ユー(Evonne Yiu)
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部(気候変動・サステナビリティ・サービス)
マネージャー

シンガポール出身。東京大学農学博士。15年以上の政府機関と国連機関の勤務を経て、2022年にEY新日本有限責任監査法人に入社し、生物多様性の保全、評価や情報開示などの業務を担当。
生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)のフェローとしても選出され、IPBES Values Assessment(価値評価)(2018~22年)、「ビジネスと生物多様性に関する評価報告書(2023~25年) 」のLead Authorとして国際研究書の共著にも参加。
10年以上にわたり、SATOYAMAイニシアティブや世界農業遺産(GIAHS)などの国連の取り組みを通じ生物多様性、持続可能な農林水産業に関する業務に従事。


松島 夕佳子
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部(気候変動・サステナビリティ・サービス)
シニアコンサルタント

JICA青年海外協力隊(環境教育隊員)、環境教育・環境政策関連のNPO法人での勤務等を経て、2013年に建設コンサルタント会社に入社。自然環境調査の現場から、生物多様性・資源循環・気候変動に係る国および地方公共団体の環境政策・環境関連計画策定支援に多数携わり、環境分野の幅広い知見を有する。2023年にEYに入社後は、TNFD対応支援やサステナビリティ情報の開示支援等に従事している。


堀越 翔一朗
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部(気候変動・サステナビリティ・サービス)

京都大学大学院工学研究科都市環境工学専攻博士前期課程修了後、食品メーカーの技術系総合職として、食品製造工場のエンジニアリング業務に従事。2022年にEYへ入社し、CCaSS(気候変動・サステナビリティ・サービス)事業部にて、ビジネスと生物多様性の関連性調査、LEAPアプローチを含むTNFD開示支援を中心に、気候変動関連業務(GHG排出量算定支援、CFP算定支援、その他調査業務等)、EHS関連業務、CDP、DJSI回答支援など幅広く環境・サステナビリティ分野の業務に従事。


山田 裕佳子
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部(気候変動・サステナビリティ・サービス)

上智大学国際教養学部卒業後、建設コンサルタント会社にて地方自治体向けのコンサルタント営業に従事。環境(脱炭素関連)をはじめ、防災、都市計画等、GIS(地理情報システム)を通して地方自治体における課題解決に多岐にわたり従事。経済と自然環境の両立を実現したい思いから、現在はCCaSS事業部にて、幅広く環境・サステナビリティ分野業務に従事している。

※所属・役職は記事公開当時のものです。

サマリー

TNFD最終提言v1.0版が発行されました。これまでに発行されたTNFDベータ版の内容が包含され、TNFD開示提言、追加的ガイダンス、ディスカッションペーパーが公表されるとともに、ウェブサイトも一新されました。

ベータ版からは、TNFD開示提言やLEAPのステップに一部変更があったほか、パイロットテストなどの事例が含まれより実践的になるとともに、他開示基準との整合性についても強調されています。

この記事について

執筆者 茂呂 正樹

EY Climate Change and Sustainability Services, Japan Environmental, Health & Safety (EHS) Leader, Nature Services APAC Regional Lead

環境、サステナビリティの世界にプロフェッショナルとして20年超関与。食、旅、波を愛する。

EY ネイチャーポジティブ(生物多様性の主流化に向けた社会変革)

EY ネイチャーポジティブ(生物多様性の主流化に向けた社会変革)

EYはクライアントと共にビジネスにおける生物多様性の主流化を目指し、ネイチャーポジティブのための変革をサポートします。

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