2024年8月8日
「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」解説 第1回:導入編

「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」解説 第1回:導入編

執筆者 坂本 和良

EY新日本有限責任監査法人 Technology Risk事業部 プリンシパル

「常に前進」。どんな状況でも学び続け、成長を続けることを心掛けています。

2024年8月8日

「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」(以下、「AI事業者ガイドライン」)は、過去に策定・公表されたガイドラインを統合・アップデートしたものであり、「AI開発者」、「AI提供者」、「AI利用者」の各主体に対して、AIの安全安心な活用のために基本理念(Why)、指針(What)、具体的なアプローチ(How)を示すものです。

要点
  • 「AI事業者ガイドライン」は、過去に策定・公表されたガイドラインを統合・アップデートしたものである。
  • 非拘束的な「ソフトロー」の位置づけであり、マルチステークホルダーの関与の下、Living Documentとして適宜更新されることが期待される。
  • 各AI事業者は、「AI事業者ガイドライン」を活用することにより、AIを活用する際のリスク及びその対応方針の基本的な考え方を把握することができる。

「AI事業者ガイドライン」の公表

昨今、AI関連技術は日々急速な発展を見せ、産業におけるイノベーション創出及び社会課題の解決に向けても活用される一方、対話型の生成AIの台頭によって「AIの民主化」が起こり、多くの人が「対話」によってAIをさまざまな用途へ容易に活用できるようになっています。

その反面、AI技術の利用範囲及び利用者の拡大に伴い、リスクも増大しています。特に生成AIに関しては、知的財産権の侵害、偽情報・誤情報の生成・発信等、これまでのAIではなかったような新たな社会的リスクが生じており、AIがもたらす社会的リスクの多様化・増大も進んでいます。

このような状況下、経済産業省と総務省は、2024年4月19日に「AI事業者ガイドライン」を公表しました。

本コラムでは、「AI事業者ガイドライン」の位置付け、特徴、対象者、構成等について解説します。


1. 「AI事業者ガイドライン」の位置づけ

「AI事業者ガイドライン」は、これまでに総務省主導で策定・公表してきた既存の3つのガイドラインを統合、アップデートしつつ、諸外国の動向や新技術の台頭を考慮したものであり、わが国におけるAIガバナンスの統一的な指針を示すものと位置付けられています。

「AI事業者ガイドライン」の位置付け

出典)総務省、経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」本編概要
www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_2.pdf(2024年7月26日アクセス)に基づきEY作成

2. 「AI事業者ガイドライン」の特徴

「AI事業者ガイドライン」にはさまざまな特徴がありますが、以下いくつかを抜粋して解説します。

  • 非拘束的な「ソフトロー」であること
  • 「リスクベースアプローチ」に基づいていること
  • マルチステークホルダーの関与の下、Living Documentとして適宜更新されること

<特徴1. 非拘束的な「ソフトロー」であること>

わが国は2016年4月のG7香川・高松情報通信大臣会合におけるAI開発原則に向けた提案を先駆けとし、G7・G20、OECD等の国際機関での議論をリードし、多くの貢献をしてきました。一方、AIに関する原則の具体的な実践を進めていくにあたっては、次のような課題が指摘されてきました。

  • 法律の整備・施行とAIの技術発展及びその社会実装のスピード・複雑さとの間でタイムラグが発生すること
  • 細かな行為義務を規定するルールベースの規制を行うと、イノベーションを阻害する可能性があること

これらを踏まえ、「AI事業者ガイドライン」は、AIがもたらす社会的リスクの低減を図るとともに、AIのイノベーション及び活用を促進していくために、関係者による自主的な取り組みを促し、非拘束的なソフトローによって目的達成に導くゴールベースの考え方で作成されています。

<特徴2.「リスクベースアプローチ」に基づいていること>

AIの利用は、その分野とその利用形態によっては、社会に対して大きなリスクを生じさせ、そのリスクに伴う社会的なあつれきにより、AIの利活用自体が阻害される可能性があります。

その一方で、過度な対策を講じることは、同様にAI活用自体又はAI活用によって得られる便益を阻害してしまう可能性もあります。

「AI事業者ガイドライン」は、「リスクベースアプローチ」(リスク対策の程度を、想定するリスクの大きさ及び蓋然性に対応させるアプローチ)に基づく企業における対策の方向が記載されています。

<特徴3. マルチステークホルダーの関与の下、Living Documentとして適宜更新されること>

AIをめぐる動向が目まぐるしく変化する状況下、「AI事業者ガイドライン」は、AIガバナンスの継続的な改善に向け、アジャイル・ガバナンスの思想を参考にしながら、マルチステークホルダーの関与の下で、Living Documentとして適宜更新を行うことが予定されています。


3. 「AI事業者ガイドライン」の対象者

「AI事業者ガイドライン」は、AI開発・提供・利用にあたって必要な取り組みについての基本的な考え方を示すものとなっています。したがって、さまざまな事業活動においてAIの開発・提供・利用を担う全ての者(政府・自治体等の公的機関を含む)を対象としています。

「AI事業者ガイドライン」の対象者である「AI開発者」、「AI提供者」、「AI利用者」の定義は、それぞれ以下のとおりです。

  • AI開発者

    AIシステムを開発する事業者(AIを研究開発する事業者を含む)

    AIモデル・アルゴリズムの開発、データ収集(購入を含む)、前処理、AIモデル学習及び検証を通してAIモデル、AIモデルのシステム基盤、入出力機能等を含むAIシステムを構築する役割を担う。

  • AI提供者

    AIシステムをアプリケーション、製品、既存のシステム、ビジネスプロセス等に組み込んだサービスとしてAI利用者(AI Business User)、場合によっては業務外利用者に提供する事業者

    AIシステム検証、AIシステムの他システムとの連携の実装、AIシステム・サービスの提供、正常稼働のためのAIシステムにおけるAI利用者(AI Business User)側の運用サポート又はAIサービスの運用自体を担う。AIサービスの提供に伴い、さまざまなステークホルダーとのコミュニケーションが求められることもある。

  • AI利用者

    事業活動において、AIシステム又はAIサービスを利用する事業者

    AI提供者が意図している適正な利用を行い、環境変化等の情報をAI提供者と共有し正常稼働を継続すること又は必要に応じて提供されたAIシステムを運用する役割を担う。また、AIの活用において業務外利用者に何らかの影響が考えられる場合は、当該者に対するAIによる意図しない不利益の回避、AIによる便益最大化の実現に努める役割を担う。

一方で、以下の「業務外利用者」や「データ提供者」は、「AI事業者ガイドライン」の対象には含まれていません。

  • 業務外利用者

    事業活動以外でAIを利用する者又はAIを直接事業で利用せずにAIシステム・サービスの便益を享受する、場合によっては損失を被る者

  • データ提供者

    AI活用に伴い学習及び利用するデータを提供する特定の法人及び個人

「AI開発者」、「AI提供者」、「AI利用者」、「業務外利用者」及び「データ提供者」について、それぞれの定義と関連性は下図のとおりとなります。

「AI事業者ガイドライン」の対象者

出典)総務省、経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」
www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_1.pdf(2024年7月26日アクセス)に基づきEY作成

4. 「AI事業者ガイドライン」の構成

「AI事業者ガイドライン」によれば、「AI開発者」、「AI提供者」、「AI利用者」は、

  • 自らが該当する立場から、「ステークホルダーからの期待を鑑みつつどのような社会を目指すのか(「基本理念」= why)」を踏まえ
  • 「AIに関しどのような取り組みを行うべきか(指針= what)」を明らかにして、
  • 指針を実現するために、「具体的にどのようなアプローチで取り組むか(実践= how)」を検討・決定し、実践すること

が有用とされています。

上記のwhy、what、howを理解するための読みやすさを考慮し、「AI事業者ガイドライン」の構成は以下のとおりとなっています。

  • 本編で「基本理念= why」及び「指針= what」を取り扱う
  • 別添(付属資料)で「実践= how」を取り扱う

「AI事業者ガイドライン」の構成

出典)総務省、経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」本編概要
www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_2.pdf(2024年7月26日アクセス)に基づきEY作成

「AI開発者」、「AI提供者」及び「AI利用者」は、第1部、第2部に加えて、第3部以降の当該部及び別添(付属資料)を確認することで、AIを活用する際のリスク及びその対応方針の基本的な考え方を把握することが可能となります。

次回は、第1部及び第2部について解説します。

【共同執筆者】

松本 朋大
(EY Japan Technology Risk シニアマネージャー)

サマリー

「AI事業者ガイドライン」の位置付け、特徴、対象者、構成と解説しました。これらを踏まえた上で、「AI事業者ガイドライン」を読み進めることで考え方を深く理解することができると考えられます。

この記事について

執筆者 坂本 和良

EY新日本有限責任監査法人 Technology Risk事業部 プリンシパル

「常に前進」。どんな状況でも学び続け、成長を続けることを心掛けています。