企業不祥事と監査役としてのリスク管理への視点(後編)

企業不祥事と監査役としてのリスク管理への視点(後編)


情報センサー2024年7月 特別寄稿


獨協大学 法学部教授 高橋 均

一橋大学博士(経営法)。新日本製鐵(株)(現、日本製鉄(株))監査役事務局部長、(社)日本監査役協会常務理事、獨協大学法科大学院教授を経て現職。プロアクト法律事務所顧問。上場会社の社外独立監査役も兼任。専門は、商法・会社法、金商法、企業法務。法理論と実務面の双方に精通している。近著として『監査役監査の実務と対応(第8版)』同文舘出版(2023年)、『グループ会社リスク管理の法務(第4版)』中央経済社(2022年)、『監査役・監査(等)委員監査の論点解説』同文舘出版(2022年)、『実務の視点から考える会社法(第2版)』中央経済社(2020年)。


Ⅰ はじめに

企業不祥事と監査役としてのリスク管理への視点(前編)」(情報センサー2024年4月公開)では、企業不祥事に対する監査役の向き合い方として、会社のリスク管理体制(内部統制システム)の整備状況に着眼した監査をすること、及びその具体的な対応について、解説しました。そこで、今回の後編では、不正や不適切な事象(以下、まとめて「不祥事」)が拡大し、対外的にも大きな問題となる前に、会社(取締役以下執行部門)として迅速に状況を把握し適切に対処する体制となっているか、監査役の視点から具体的に考えてみたいと思います。

 

Ⅱ リスク管理の重要性と対応の基本

会社にとって、重大な不祥事が発生すると、ステークホルダー(利害関係者)から批判を受けたり役員の責任が問われたりするだけでなく、社会的信用の失墜にもつながります。したがって、会社としては、不祥事が発生しないように、内部統制システムを構築し、その適切な運用を図るべく日常的に注意を払う必要があるわけです。内部統制システムの整備の重要な点は、リスク管理に精通している社内の特定の人財にリスク管理を全面的に依拠するのではなく、人事異動等によって人財が交代したとしても、会社全体としてリスク管理体制が一定の水準で保たれていることです。

リスク対応の基本は、①リスクは存在するとの前提の予防対応、②リスクアプローチによる優先的予防、③リスク発生の未然防止のみならずリスク発生後の事後対応、となります。われわれの日常生活と同様に、会社活動においても、リスクが全く存在しないということはあり得ません。したがって、自社及びグループ会社を含めた企業集団における共通のリスクのみならず、業種・業態の特徴的なリスクについても的確に把握し認識することが出発点となります。例えば、食料品を扱っている業種・業界では、消費者に食の安全を脅かすような食料品の提供は最大のリスクとなりますし、航空や鉄道等のインフラ系の業界では、安全な運航・輸送に問題が生じることは、同様に大きなリスクとなります。リスクは存在するとの認識があって初めて、リスクの予知への意識が高まります。

自社のリスク項目を把握・認識した後は、リスク対応の優先度を決めることになります。当然のことながら、自社にとって、リスクの重大性が高い項目への対応が最優先となります。リスク対応の優先度を決める際に、人命や人体に影響を及ぼす項目や監督官庁等から業務改善命令や是正命令が出されるような法令違反のリスク対応の優先度は高くなります。また、仮に事件・事故が発生したとき、自社の損害額が大きく会社経営に多大な影響を及ぼす事項も対応の優先度は高くなると考えられます。さらには、一つひとつの事象は大きくなくとも、継続的かつ頻繁に発生している場合には、将来、大きな事件・事故につながる恐れが大きいことが実証研究で明らかになっています。リスクの優先度を明確にしつつ、一方でリスクの許容度も勘案して、リスク発生の未然防止の体制を整備し実行に移していくことが大切です。

一方で、実際に事件・事故の類いが発生してしまったときには、有事としての対応となります。このときも、あらかじめ想定していたリスク対応の優先度が高い項目に対しては、経営資源を集中させて対応に当たる必要があります。健康被害や人命に関わる事件・事故の場合には、迅速な対外公表や監督官庁への報告はもとより、代表取締役等の経営陣の記者会見も視野に入ってきます。これらの初期対応が遅れることは、社会から遅滞隠蔽との評価にもつながり、SNSが発達した現代は、瞬く間に情報が拡散し事態を悪化させるリスクが高まっています。平時から、有事の際の対応手順をあらかじめ決め、かつシミュレーションを行っておくなどの対策が大切となります。また、初期対応が一段落した後は、事件・事故発生の原因分析を徹底的に実施し、再発防止につなげることが極めて重要となります。表層的な対応に終始すると、再度大きな事件となる可能性が高くなりますので、事故発生の根本原因を組織面・人的面・企業風土面等多面的・多角的に調査・分析し対応を具体的に実施します。また、再発防止に向けて、対応策の有効性を継続的にレビューすると同時に、役職員の意識を含めて、事件・事故の風化を避けることが重要となります。


Ⅲ 不祥事把握の重要性

不祥事については、一般的には平時と有事に分けて考えて、その対応に当たるべきとの意見が一般的です。確かに、不祥事が発生した場合には、実態把握と会社への影響予測、不祥事発生の原因特定と当面の対策、さらには、事象によっては監督官庁等の行政機関への報告やメディア対応等、時間経過に追われながら適切な初期動作が求められます。事案によっては、経営陣以下、不眠不休の対応に忙殺されます。このような非常時の対応と日常業務の一環としてリスク管理対応を行うのとは大きな違いがあります。

しかし、平時においても、不祥事が発生していない「ステージ1」と不祥事が発生したものの、その時点では社内での把握にとどまっている「ステージ2 」があります(<図1>参照)。不祥事が発生していないときはともかく、後者のように不祥事が水面下で発生している場合やその兆候が見られるときは、その事象の重大性を的確に分析・整理した上で、「ステージ3」への移行を未然に防止する局面であると認識することが重要であると考えます。すなわち、不正の恐れや不正の事実を迅速に把握する体制整備である「発見体制」というものです。

「ステージ2」の意義は、現場で発生した留意すべき不祥事の事実またはその恐れのうち、重大性が高い事象については、コーポレート部門さらには経営陣に伝達され、迅速な対応を行うことにより、重大な不祥事に発展することを未然に防止できる点にあります。言い換えると、マスコミに大きく報道された不祥事は、「ステージ2」の局面において、そもそも不祥事を把握する仕組みが脆弱であったか、または把握したものの会社全体としての対応が不適切であったことになります。

前述したように、リスクが全く存在しない会社経営はあり得ません。たとえリスク管理体制に万全を尽くしたと考えていたとしても、いつ何時、何らかのきっかけでリスクの発生が表面化することは十分にあり得ることです。この発見体制の重要性は、監査役としても各部門への業務監査のヒアリングにおいて、十分に認識しておくべきものと考えます。

図1 リスク管理の各ステージ

図1 リスク管理の各ステージ
出所:竹内朗編著「不祥事の予防・発見・対応がわかる本」中央経済社(2019年)37頁を参考に一部変更

IV 監査役監査の視点

企業経営にとって、リスクゼロはあり得ないと心得ないと、過度なリスク管理統制に陥り、事業の効率性を阻害することになり、かえって不祥事対応の遅滞・隠蔽につながりかねません。したがって、早期発見こそ、最大の未然防止であるとの認識のもと、各事業部門が、リスクをコントロール可能なレベルにまで引き下げた上で、それを超えるリスクの早期発見・対応に集中していることを確認することが大切です。その上で、重要な事象であればあるほど、経営陣に情報が迅速に伝達され、会社全体としての対応(不祥事の拡大防止・遮断)を適切に行う意識のみならず、具体的にどのようなルートで伝達を行っているか、具体的に規定されかつ実行されていることです。

もっとも、単に社内規程で「不正を発見したら上司等に報告すること」と定めても、報告によって不利益を被る(こうむる)という意識が完全に払拭されなければ、内部通報制度を含めて機能しないということを認識すべきです。換言すれば、役員や上級管理職は、報告を怠った社員が悪いとの認識をもつべきではありません。このために、監査役としての具体的な視点には、以下のようなことがあります。  

第一は、リスク情報を把握した現場社員が管理部門等に情報提供することの心理的安全が図られていることです。例えば、現場・現業部門に対しては、現場の不祥事(恐れも含む)を経営陣に報告することは企業価値の向上に寄与する評価に値する行動であり、人事評価上は、プラスこそすれ、決してマイナス評価としないことが教育・研修や職場ミーティングで実践されていることです。特に、中間管理職の重要な職務は、現場からのリスク情報の収集であり、かつ適時適切に経営陣に伝達することであること、中間管理職に対しては、所属組織のみの利益ではなく、会社全体としての視点を忘れないようにさせることであり、自部門の利益のために不祥事の報告を遅滞・隠蔽することは、会社全体にとっては社会的信用の失墜にもつながる恐れがあるとの認識を徹底させることがライン系の中間管理職に対しては重要になります。したがって、中間管理職の研修は極めて重要であり、人事部門が中心となって、定期的かつ体系的な社内研修が実行されていることを、人事部門の業務監査では確認します。

また、会社全体としても、リスクゼロを目指すのではなく、早期発見・早期是正が重要であり、悪い情報こそ最初に報告することによって、会社全体として最適解を目指す姿勢を明確にしていることも監査役としては業務監査のヒアリング等で留意すべき視点です。再犯でないこと及び上級管理職でないことなどの一定の要件の場合には、自主申告によって不正を明らかにする社内リニエンシー制度(減免制度)の導入も検討に値するかもしれません。

第二に、内部通報制度や外部(取引先・消費者等)からの指摘を生かす仕組みの構築です。ただし、不祥事の恐れや発生した場合のメインの情報ルートは、職制上のラインであり、内部通報制度等はサブラインであると認識することが大切です。このためには、職場での悩みなどを率直に相談したり報告したりできる職場環境が重要となり、パワーハラスメントの横行はもっての外ということになります。

一方、内部通報窓口は、リスク管理部門が通報窓口となるのが通例ですが、経営陣や監査役・社外取締役さらには外部機関も通報窓口の1つとすることも考えられます。通報者自身の通報しやすさを念頭に置いた制度設計であることが大切です。監査役としては、内部通報制度の評価は内部統制システムの評価の観点からも注意すべきであり、通報件数や主な通報内容について関心を持ち、通報窓口担当者から適時適切に情報が入手できるように、内部通報窓口部門に申し入れるべきです。このことは、内部通報にとどまらず、外部からの指摘やクレーム等についても、同様に考えるべきです。明らかなクレーマーであれば別ですが、クレーマーか否かを慎重に見極めた上で、クレーマーではない事案については、個別対応のみならず、会社全体としての再発防止策まで検討していることを監査役としてはフォローすべきです。

なお、取引先や協力会社からのコンプレイン(不平・不満等)を受け止める窓口開設も意味があります。特に、ESG(Environment Social Governance)経営の中心項目でもある人権問題(若年層の安価な労働の強要、サービス残業等の労働環境問題、下請法違反に該当する優越的地位の濫用等)についての情報収集手段の1つとしても有益です。

第三に、情報収集のための匿名アンケートの実施(発見型アンケート)です。匿名アンケートは、内部通報制度の自発的かつ積極的な通報の心理的なハードルの高さに対して、質問があれば回答するという従業員の心理状況を活用できる利点があります。その際、回答者に安心感を与えるために、匿名性の確保やアンケート対象者の範囲を特定の部門や特定の階層に限定していないこともポイントとなります。また、匿名のアンケートを実施したら、その結果と対策をセットで社内公表することが考えられます。匿名アンケートは、1年おきに実施するなど、手間暇も考慮に入れながら定期的に実施し、時系列に改善傾向にあるか否かを確認し、改善が見られない場合には、必要な手段を講じることを検討すべきです。

 

Ⅴ おわりに

早期発見・早期治療とは、われわれの健康診断に限らず、企業のリスク管理体制にとっても当てはまります。データ改ざんなどは、現場で長年にわたって行われている事例が多く報道される昨今ですが、これらの不祥事についても初期の段階で把握する体制となっていれば、時間が随分と経過した後に内部告発等で外部に通報された場合と比較して、はるかに企業内の対応の負荷は軽減されるものとなります。何よりも、10年以上前の不正を確認する後追い的な業務には、本来は将来に向かって前向きに行う業務と比べて、対応に当たる役職員のモチベーション維持に大変な労力を要することになります。

監査役として、取締役の職務執行を監査する監査役の職責(会社法381条1項)には、各部門を管掌している取締役の指示のもとで、「第2ステージ」である発見型の体制整備が適切に運用されているかの業務監査も大きなウエートを占めるものであるとの認識を持つことが重要と考えます。



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