EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
獨協大学 法学部教授 高橋 均
一橋大学博士(経営法)。新日本製鐵㈱(現、日本製鉄(株))監査役事務局部長、(社)日本監査役協会常務理事、獨協大学法科大学院教授を経て現職。プロアクト法律事務所顧問。専門は、商法・会社法、金商法、企業法務(特にリスク管理体制)。法理論と実務面の双方に精通している。近著として『監査役監査の実務と対応(第8版)』同文舘出版(2023年)、『グループ会社リスク管理の法務(第4版)』中央経済社(2022年)、『監査役・監査(等)委員監査の論点解説』同文舘出版(2022年)、『実務の視点から考える会社法(第2版)』中央経済社(2020年)。
2023年度も重大な不祥事が報道され、代表取締役等の記者会見が行われたり、第三者委員会の調査報告書が公表された会社が散見されました。年明け早々に当局から業務是正命令が発出された会社もありました。企業の不祥事に関して公表された調査報告書の中では、改めて当該会社に対するガバナンス体制の問題が色々と指摘されています。
調査報告書を見る限り、不祥事が発生した会社の業種・業態・規模・企業文化・歴史・経営管理機構等の違いによって、個々の発生要因が記述されています。しかし、いずれにしても共通と思われる項目として、不正や不適切な事象(以下、まとめて「不正」)の兆候があったにもかかわらず放置していたこと、又は真摯に取り上げなかったこと、社内において適時・適切な情報が伝達されなかったことが明らかにされています。そして、不正行為に対して、職場で自由に相談できるような職場環境(企業風土)が欠如していた点も見逃せないとの記載も多くありました。結果として、長年にわたって不正が継続する事態となった点が特徴です。
どの会社にとっても、一事業年度を通して、不正の事象・事件・事故の類いが皆無であったということは考え難いことです。これらさまざまな事象等が早い段階で把握された上で、適切な対応が行われていれば、マスコミに報道されるような大きな不祥事に至らないわけであり、また不祥事防止対応が整備されていれば、不祥事が発生する確率は格段に低くなります。
不祥事防止対応の基本は、自社にとっての最大級のリスクは何かを理解した上で、そのリスクの予見と具体的な対応を実行することです。限られた経営資源の中で、経営陣が全てのリスクを網羅的に把握して対応すること自体は現実的に不可能ですので、自社にとって不祥事が表面化し社会に知られるようになると、会社の社会的信用が著しく失墜する事象に優先的に対応するとともに、全社的観点からのリスク管理の構築と適切な運用を図ることが大切です。
会社としてのリスク管理体制の構築と適切な運用に責任を負っているのは取締役です。したがって、監査役は、各事業部門に対して、不正行為のおそれやそのような事実の有無について、通常の業務報告請求権を行使したヒアリングを行うこと、又は個別に懸念が生じていると思われる事業部門に対して、調査権を行使することによって把握することが業務監査の基本です(会社法381条2項)。もっとも、監査役が全ての事業部門に対して、網羅的かつ詳細に業務監査を実施することは、監査役の員数が限定されている以上、専任のスタッフを擁している会社であっても現実的には困難です。
会社によっては、独立した内部監査部門が組織化されている会社も存在します。特に上場会社では、金融商品取引法上の財務報告に係る内部統制システム(J-SOX)対応のために、多くの専任スタッフを配属させている会社もあります。しかし、内部監査部門が監査役と同じ監査業務を行っているとしても、組織的には執行部門に所属している内部監査部門に対して、監査役は業務監査を代替させたり、その多くを内部監査部門に依拠したりするわけにはいきません。監査役が内部監査部門と連携することは大切なことですが、監査役は法的に執行部門から独立した立場であることから、社内の統制環境の一環として、むしろ内部監査部門を監査する立場にあります。
監査役は、網羅的かつ詳細に業務監査を行うことができない一方で、内部監査部門に全面的に依拠するわけにはいかない環境下で、監査役が意識すべき点は、会社のリスク管理体制(内部統制システム)の整備状況ということになります。
近時、リスク管理の手法の1つとして、三線モデルが着目されるようになりました※1。三線モデルとは、リスク管理体制を会社内の組織面から捉えた考え方です。具体的には、第一線の現場におけるリスク管理、第二線のコーポレート部門のチェック、第三線の内部監査部門の監査です。営業や製造等の最前線の第一線において、法令はもとより、社内規程やマニュアル類を含めて遵守する体制となっていることを確認したり、必要に応じて自ら是正したりすることです。また、第一線では、営業や製造等における計画値の達成に追われ、不正行為が行われたり黙認されたりする懸念がないとは限らないことから、総務・経理・法務等のコーポレート部門である第二線が、会社組織を横断的に見て、社内のルールの遵守状況やリスク管理上の不備を確認します。仮に不正の懸念を認知すれば、新たな規程類を作成したり、場合によっては、組織改正や人事異動等につなげたりすることもあります。第三線である内部監査部門は、各部門を網羅的に監査することを通じて、第二線とは異なった立場から社内の問題点の有無を監査していきます。
監査役は、執行部門から独立した立場から、業務監査を通じて、各部門の不正行為や事件・事故の類いの事実関係の確認をはじめとして、当該部門のリスク管理体制の状況を評価することになります。会計監査人設置会社であれば、職業的専門家である会計監査人に会計監査を一次的には全面的に任せた上で、都度、不正会計のような問題がないか会計監査人との対話を通じて情報を把握することになります。会計監査以外においては、前述したように、監査役が網羅的かつ詳細に監査を実施することは現実的ではないので、効率的かつ実効性のある業務監査を実施することが重要になります。
それでは、リスク管理の観点からの監査役として何を重視すべきでしょうか。
第一には、内部統制システム(リスク管理体制)を意識した業務監査の実践です。監査役としては、社内の全ての部門に対して、一通りの業務監査を実施しなければなりませんが、部門によってリスク管理体制の整備状況は異なっています。例えば、職場ミーティング等を通じて社内の規程やマニュアル等の周知徹底を日常的に図ったり、部門内の相互の監視を適切に実施したりすることに加え、不正行為のおそれが発生したときには、何でも相談できるような職場の環境作りに注意を払っている部門長や中間管理職が在籍している職場は、リスク管理の面でもそれほど心配ないと思われます。もっとも、そのような職場であっても、人事異動によって、リスク管理体制の好循環が継続しているとは限りません。そこで、監査役としては、各部門の内部統制システムの整備状況を予め確認した上で、問題がある(もしくはありそうな)部門を重点的に実施する方法が考えられます。
例えば、不正行為、事件・事故が発生する可能性が高いのは、①ベテラン層の大量の定年退職やスキルの高い管理職の転職により、部門としての実務対応に著しい低下が生じている場合、②一部のベテラン層に業務を任せ切りにしており、職場内での相互チェックが行われていない場合、③人事ローテーションが滞っているために、長期配置化が恒常的になっており、慣れや慢心による不正等が発生しやすい状況となっている場合、④機械化・AI化が遅れており、手作業によるインプットや目視チェックに頼らざるを得ない場合、⑤パワーハラスメントなどにより、職場における意思疎通が滞っており、職場環境に著しく悪影響を及ぼしている場合、⑥一部の職場の権限が強くブラックボックス化しており、人事面も含めて他の部門が意見を言うことが困難な状況となっている場合が挙げられます。
監査役としては、業務監査を実施する事前の段階で、各職場が前述①~⑥の状況におかれていないか人事部門等のコーポレート部門から必要な情報を入手したり、内部通報制度で寄せられた情報を把握した上で、懸念される部門に対しては、重点的かつ時間をかけてヒアリングや書類のチェックをしたりすることが効果的です。同時に、監査役による指摘事項については、確実に改善されるように、当該部門は勿論のこと法務・経理・人事等のコーポレート部門とも情報を共有することが大切です。
第二は、内部監査部門との連携です※2。内部監査部門は、一般に監査役の指揮命令系統に属していませんが、相互の監査結果について情報交換を実施したり、内部監査部門が監査対象部門に対して指摘した内容に関して、その改善状況の進捗の程度を業務監査の際に確認したりすることも有益です。内部監査部門との連携のためには、監査を行った結果についての定期的な意見交換の場を設けること以外に、社内でのリスク管理体制状況の評価について、当初予定計画と実態に乖離がないかなどについても率直に話し合うことが大事です。
なお、監査委員及び監査等委員は、取締役会で議決権がある取締役ですので、内部監査部門に対して積極的に指示することができる立場となることから、内部監査部門への指示が適切に行使できるような体制整備が重要となってきます。例えば、内部監査部門のスタッフの人事評価や異動については、監査委員・監査等委員が積極的に関わるべきです。
第三は、監査役が重大な不祥事につながるおそれのある事実に接した場合には、社内の当該事実に対して、執行部門がどのような対応を行おうとしているのか見極めた上で、その後の監査役の行動につなげていくことです。執行部門も状況を把握してすでに対応を開始していればその対応が適切であるか見守りつつ、監査役の立場から経営会議や取締役会等の会議体で意見表明をすることになります。一方で、執行部門の対応が緩慢な場合は、監査役として当該事実を社外役員も含めて全て共有化した上で、取締役会等の場で会社としての対応方針が決められるようにしなければなりません。事実関係の調査・確認が出発点となりますが、社内調査で済むのか、外部の第三者委員会を設置するのか、そのメンバーの選定はどうするのかについて、全社レベルで遅滞なく対応を進めなければなりません。緊急性が高い事案であれば、監督官庁や自治体への対応、東京証券取引所等への開示や場合によっては記者会見の有無も判断しなければなりません。
外部の第三者から、不正に対する遅滞・隠蔽があると判断・評価されることは、会社としての社会的信頼性にも大きく影響します。監査役としては、不祥事が発生した後の有事の対応についても、執行部門から独立した立場であるからこそ、重要な役割があると認識すべきです。
マスコミに報道されるような重大な不祥事が表面化したときは、取締役以下執行部門の監督機能の問題と監査役監査の問題があります。大きな不祥事報道がなされて、(代表)取締役や執行役員が記者会見を行うケースにおいて、監査役が同席することもないことから、監査役の存在感が薄いのではないかとの声もあるようです。また、大きな不祥事とならないのは取締役以下の執行部門が適切なリスク管理を行っているからであり、社内で監査役がその役割を果たしているとは言い難い会社があるのではという主張もあるかもしれません。特に、第三線モデルが適切に機能している場合、監査役は表面的な業務監査しか行っていないとしても、そのことが直ちに問題視されることはなく、加えて期末監査報告は日本監査役協会のひな型を利用して済ませているとすれば、そのような主張に全く根拠がないとも言い切れません。
一方で、大きな不祥事となる前に監査役が指摘したり、内部統制システムの観点から不祥事を未然に防止するために、社内で監査役が大きな役割を果たしたりしているケースも見聞きします。社内でのそのような監査役の活動が公式にメディアの前で公表されることもないので、外部からは十分に理解されていない可能性があります。しかし、監査役の法的権限を適切に行使した上で、結果として不祥事の未然防止やその拡大抑止に貢献した監査役は社内では評価されているはずです。また、近時は、上場会社では、有価証券報告書の記載で、監査役の監査活動の記載の充実化が図られてきており、監査役会の実効性評価を積極的に進めている会社※3も見受けられ、監査役の評価を社内に限定せずに投資家等の評価対象となる傾向が強まってきています。
今日において、ESG等サステナビリティ経営の重要性が認識されている中で、「守りのガバナンス」の要となる監査役の活動の重要性が増していることは間違いありません。監査役の職務に意欲のある方が就任し、ガバナンス面で執行部門と両輪となる会社は、モデルケースに値すると思います。
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