EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 IFRSデスク 公認会計士 北出 旭彦
当法人入所後、大阪事務所にて主として海運業、小売業、製造業などの会計監査及び内部統制監査に携わる。2019年よりIFRSデスクに所属し、IFRS導入支援業務、テクニカルコンサルテーション、執筆活動などに従事している。当法人 シニアマネージャー。
近年、世界中で非財務情報、特に気候変動リスクの開示を求める動きが加速しています。米国証券取引委員会(SEC)は上場企業に対して、事業や財務状況に影響を与える気候変動リスクの開示を義務付ける案を公表し、東証はプライム市場の上場企業に対して気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に基づく気候関連事項の開示を要請しています。また、IFRS財団傘下の国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は気候関連開示を含めたサステナビリティ開示基準の公開草案を公表し、現在コメント募集を行っています。このように、財務諸表外における気候変動リスクが与える影響に係る開示の重要性が大きく取り沙汰されていますが、一方で、気候変動リスクが財務諸表に与える影響についても考慮する必要があります。
IFRSには気候変動リスクに焦点を絞った単一の基準は存在しないものの、気候変動リスクはさまざまな分野の会計処理に影響を及ぼす可能性があります。また、現時点では必ずしもその影響が定量的な観点で重要ではないかもしれませんが、将来的に重要な影響を及ぼすことも考えられ、慎重な検討が必要と考えられます。本稿では、有形固定資産、資産の減損及び開示に焦点を当てて解説します。
なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
有形固定資産は資産の将来の経済的便益を消費すると予測するパターンを反映した方法により耐用年数にわたって償却します。また、資産の耐用年数及び残存価額を実態に即して見積もり、少なくとも各事業年度末で見直すこととされています。
気候関連事項は関連する法律も含めて、有形固定資産の用途及び使用期間に影響を及ぼす可能性があります。資産の見積耐用年数を算定し、減価償却期間を決定及び再評価するにあたり、毎年、気候関連事項についても考慮する必要があります。例えば、関連する法律の改正に伴い環境負荷の高い石炭生産資産や高炭素排出船舶について早期の廃棄・除却を見込むかどうかを検討し、それらの耐用年数の変更の必要性について評価します。
気候変動リスクに対する革新的な取組みは結果として炭素排出の削減を目的とする新しいビジネスモデル及びプロジェクトの開発につながることも想定されます。例えば、二酸化炭素回収・貯留技術は、枯渇した石油層又は天然ガス層を用いることで、部分的又は完全に減価償却された既存のインフラ(例えば、廃坑済ガス田のパイプラインなど)を利用することが考えられます。そのような場合、資産の将来における利用可能性が増すため、既存資産の減価償却方法や耐用年数の変更の必要性について評価します。
前述のように有形固定資産の耐用年数が当初想定していたよりも短くなる場合、又は、長くなる場合、その廃棄の時期も変更され、割引計算の結果として資産除去債務及び関連する資産の双方の金額が変動することになります。さらに、耐用年数が到来済みの資産は資産除去債務の潜在的な変動に比べて帳簿価額が小さいため、国際財務報告基準解釈指針委員会解釈指針(IFRIC)第1号「廃棄、原状回復及びそれらに類似する既存の負債の変動」に基づき純損益に影響が生じる可能性がある点にも留意が必要です。
国際会計基準(IAS)第36号「資産の減損」に基づけば、各報告期間の末日において、資産に減損の兆候があるかどうかを評価し、減損の兆候が存在する場合、減損テストを実施しなければなりません。また、のれん及び耐用年数を確定できない無形資産等については、毎年及び減損の兆候が存在する場合はその都度、減損テストを実施します。
IAS第36号において、減損の兆候を検討する最低限の指標は示されているものの、減損の兆候はそれらに限定されたものではなく、企業を取り巻く環境及びその変化を網羅的に把握し減損の兆候の有無を評価しなければなりません。例えば、ネット・ゼロ・エミッションを目指すための政府の措置は、以下を示唆している可能性があります。
また、気候変動リスクへの意識の高まりに伴い、顧客を始めとした利害関係者のニーズが変化することにより、次のような減損の兆候に繋がる可能性があります。
回収可能価額が使用価値を基に算定され、将来キャッシュ・フローの見積りが求められる場合、経営者の最善の見積りを反映する合理的で裏付け可能な仮定に基づいて算定することとされています。気候変動リスクが与える影響は一般的に企業の支配が及ぶものではないため不確実性が高く、仮定を評価するための過去の情報は限られていることから、将来キャッシュ・フローの予測に際しては慎重な検討が必要となります。
また、IAS第36号では使用価値の算定に際して未確約のリストラクチャリング又は資産の性能改善から見込まれる将来キャッシュ・インフロー又はアウトフローの見積りを含めることは禁止されています。この点、企業がゼロ・エミッション達成を目標としている場合に、目標達成のために必要となるキャッシュ・フローを使用価値の算定に含めるべきかどうかについては事実及び状況に基づいた判断が求められます。
財務諸表の目的は、財務諸表利用者の意思決定に資する企業の財政状態等についての情報を提供することであり、財務諸表利用者が企業の財政状態及び財務業績を評価し、将来キャッシュ・フローを予測するために有用な情報を提供する必要があります。前述の通り、気候変動リスクが与える影響は不確実性が高く経営者の判断が多岐にわたって求められます。そのため、現在のビジネスモデルの持続可能性をはじめとして、気候変動リスク及び潜在的な将来の動向が企業に与える影響をどのように判断し、どのように会計処理に反映したのかについて、その判断における重要な仮定を含めて、財務諸表における開示を通じて表現することが求められます。
前述の通り、気候変動リスクが財務諸表に与える影響は多岐にわたり、そのような影響を網羅的に把握し、最新の気候変動リスクの評価やその影響を確実に財務諸表に反映することが重要です。また、経営者による説明(MD&A)や統合報告書等、財務諸表外における利害関係者とのコミュニケーションにおいて提供される情報との整合性を担保することも重要です。
どのような事項が財務諸表に影響を与えるかについては、企業特有の事実と状況に基づいて高度な判断が求められます。当法人が公表している「Applying IFRS:気候変動の会計処理※」では、本稿において記載した項目以外にも本検討に際しての留意点を解説していますので併せてご参照ください。
※ ey.com/ja_jp/ifrs/ifrs-insights/2022/ifrs-applying-ifrs-2022-06-29
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