EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人 インフラストラクチャー・アドバイザリーグループ 関 隆宏
水・環境分野の総合エンジニアリング会社を経て現職。公共インフラ事業の経営戦略策定、自治体間の広域連携の推進、PPP導入、DX推進などの経営改革に向けたさまざまなアドバイザリー業務に多数従事している。インフラ事業に係る諸外国の制度やドイツのシュタットベルケに関する調査研究を実施。技術士(上下水道部門)。当法人 マネージャー。
ポスト・スマートシティ時代の、持続可能な都市/まちであるサステナブルシティでは、公共サービス全体を含めて都市/まちを、長期的視点で全体最適化した地域経営を行っていくことが求められます。全体最適を実現する上では、そのコミュニティや地域においての普遍的な目標(ゴール)設定が必要となります。
一方で、都市/まちにおいては、住民や企業等を含めたさまざまなステークホルダーが関与するため、多様な価値観が混在します。また、経済的リターンだけではなく、社会への貢献(公益性)を重視する流れは強まっており、社会の価値自体も年々多様化しています。このような流れの中では、どのような組織も、常に変化する時代と社会の要請に沿った目標を掲げ、行動し、振り返る必要があるでしょう。では、どうすれば組織の戦略や活動と社会のニーズを包括的かつ論理的に整合させていくことができるでしょうか。パブリック・バリュー(Public Value:PV)は、組織活動による社会への影響度(Impact)を普遍的に捉える指標です。本稿では、海外で用いられる「PV」の考え方や、組織のPVを測定するためのPV Atlas/Scorecardという公益性の評価手法について解説します。
PVは、1995年にハーバード大学のマーク・ムーア教授が開発したものであり、公共セクターにおける株主価値に相当するものとして、組織の活動がどのように社会に貢献できるか(公益性)を評価するフレームワークとなっています。このムーア教授によって開発された理論は、現在では英国、オーストラリア、ニュージーランドなどの公的セクターで広く採用されています。
また、今日、「公益」は、もはや公共セクターに限定されず、非政府機関や民間企業を含むあらゆる種類の組織によって重要視されています。ドイツやスイスでは、ライプツィヒ商科大学大学院のティモ・マインハーツ教授によって発展したPVの理論として、認知心理学に基づいたPV Atlas/Scorecardが新たな公益性を評価するフレームワークとして広がりをみせています。
企業を含めたあらゆる組織の活動は、経済的なリターンや便益だけでなく、社会との密接な関わりによって成り立っています。例えば、大手飲料メーカーA社が、1980年代に主要商品を味からデザインまで含めて刷新しましたが、A社はそれらに内包されている文化的価値を明らかに過小評価していました。事実、その数カ月後には、消費者からの大きな反発を受け、A社は製品を回収せざるを得なくなったのです。この事例からも、一つの製品は、単なるモノにとどまらず、多様な価値を合わせもっていることが分かります。
つまり、組織の活動は、経済性だけでなく、社会への貢献(公益性)によって評価されます。また、組織が自ら(インサイドから)良いと思ったものが、必ずしも他者(アウトサイド)から良いと感じられるとは限りません。さらに言えば、組織が活動をする限りその結果は当然に社会に影響を及ぼすことから、組織は、その活動によって自然に生み出される公益性の評価を回避することはできません。組織は、組織活動を行う限り、そこから生み出される公益性を管理し、より良い方向へ修正していくことが求められるのです。この「公益性」を他者(アウトサイド)の視点から評価・定量化するのがPV Atlas/Scorecardの本質です。
では、どのようにして組織活動の「公益性」を評価するのでしょうか。現在は、組織活動を評価する指標として、株主価値、顧客満足度、SDGsなどのさまざまな管理概念が存在します。これらの指標は、組織活動を一つの側面から評価するものです。例えば、経営者から見れば、株主価値は重要な指標であり、それ以外の指標は利益拡大のために重要視されないこともあるでしょう。
また、既存の評価指標は、組織が自ら一定の主観により作成される情報(インサイド-アウトなアプローチ)に基づくものです。顧客満足度は、一見するとアンケートを基に顧客ニーズを調査していますが、アンケート自体は組織が作成しているものであり、必ずしも顧客ニーズを包括的に把握しているとは言えず、やはり主観的なものであると考えられます。
一方で、PV Atlas/Scorecardは、組織の活動(によって生み出されるサービスや製品)が、「人間の根源的な欲求(Basic Human Needs)」を充足しているか(4. にて詳述)という普遍的かつ包括的な価値の評価であり、ステークホルダーの根源的認知に基づいて評価されるもの(アウトサイド-インのアプローチ)であるという点でも違いがあります。
PV Atlas/Scorecardは、評価のアプローチの出発点が組織目線ではなく、組織活動が影響を与える人々や社会の目線に立ち返っていることが大きな違いです。
「人間の根源的な欲求」は、認知心理学により確立された理論として、Quality of Life、Morality、Task Fulfillment、そしてSocial Cohesionの四つの要素から構成されています(<図1>参照)。例えば、Quality of Lifeについては、個人は欲求を最大化し、嫌なことを最小化したいという価値観が該当します。また、Moralityでは、社会に属する一個人としての価値観(個人としての尊厳や、肯定的に自己を評価できるといった点)が該当します。
つまり、PV Atlas/Scorecardでは、これら四つの要素を活用し、組織の活動が人々や社会に対して、どのように、どの程度影響を与えているか普遍的かつ包括的に評価することを可能としています。
例えば、近年至るところで聞かれるサステナビリティというテーマは、Quality of LifeやSocial Cohesionなどの価値に該当しますが、20世紀後半になるまでは重視されていませんでした。サステナブルシティという言葉も、時代とともに変化していくはずで、次の新しいテーマが生まれてくるでしょう。一方で、Public Valueは常にそれを包括する概念として永続的に存在することになります(<図2>参照)。
これまでも述べてきたように、諸外国ではPVの活用が進んでいます。
マインハーツ教授が率いるドイツのプロジェクトでは、2〜4年おきに100を超える組織を対象にしたPV Atlas(GemeinwohlAtlas)※1 を公表しており、企業間のベンチマークや経年比較を可能にしています。PV Atlasは、一般市民に対して、組織の活動が人間の根源的欲求を充足しているかどうかを、以下の5つの質問を基にアンケート(1-6のリッカート形式)を実施し、総合得点によってランキングを行うものです。
もう一方のPV Scorecardは、個々の組織を評価するために、一般市民ではなく、より組織に関係性の深い有識者や調達先、従業員などに対して同様のアンケートを実施して評価します。多くの組織ではPVの結果を、CSRレポートやSDGsに絡めて実施することが人気となり、公益性を重視するマインドの高まりを見せています。
さらに、2021年3月には、日本で初めてPV Atlasに関する実証研究成果が公表されており、100を超える組織を対象としたアンケートが実施され、日本へのPVの導入に関する検証が行われています)※2。
本誌20年7月号「第1回 サステナブルシティ新しい地域経営の在り方」で述べたように、サステナブルシティを実現するためには、運営主体である司令塔の設計や明確な評価指標(KPI/KGI)設定などの重要性が指摘されました。コロナ禍における社会において、これまで以上に未来を予測することは困難となってきています。そのような社会では、より一層、公益性が重要となり、組織活動における公益性を普遍的に評価・定量化することが求められることでしょう。
今回紹介したPVは、社会が根源的に求める価値を普遍的・包括的に表すことが可能であり、PV Atlas/Scorecardがサステナブルシティ実現のための一つの評価指標・評価方法として活用されていくことが期待されます。
※1 www.gemeinwohlatlas.de/
※2 「持続可能な経営のためのPublic Value理論の重要性-広義のステークホルダーによるモニタリング強化に資するパフォーマンス指標-」(坂本裕太、21年4月)