EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY税理士法人 税理士 米国公認会計士 竹内茂樹
国税庁 国際業務課主査、国税庁 派遣インドネシア駐在、東京国税局 国際情報第一課 課長補佐(移転価格調査担当)、東京国税不服審判所 審査官(国際課税事件担当)などを歴任。2011年、EY税理士法人に入所後は、多くの移転価格調査対応案件を成功裏に導くとともに、APA・文書化も提案・担当。また、数多くの寄附金課税に係る税務調査への対応も行っている。筑波大学 修士(International Business)。
本年7月に、国税庁は新たな事務年度を迎え、移転価格調査の執行体制も変わりました。従来、事業会社の金利・役務提供事案や税務署の小規模な調査を除けば、移転価格調査は国税局の移転価格専門調査チーム以外はタッチできない仕組みになっていましたが、本年7月から、他の一般調査部門にまで正式に解禁されることとなり、移転価格専担部署であることを示す「国際情報○○」※1という名称の部署もなくなりました。今後は、一般調査部門による移転価格の同時調査がデフォルトとなるはずです。
そして、この体制変更の背景には、移転価格文書化制度の導入で、これまで資料依頼に掛かっていた期間を短縮できるということに加え、調査の質的な変化を目指しているということもありそうです。タックスヘイブン、PE、組織再編、電子経済等のさまざまな分野で縦割り調査の弊害を取り払い、クロスオーバーする部分についても担当者(セクション)を変更することなくシームレスに調査を継続していこうということの表れともみて取れます。
従来は、当局から税務調査実施の連絡を受けた段階で、当局の担当部署名から移転価格調査が行われるのだと分かりやすかったため、その場合には国際税務や海外事業部等の担当者が中心となって事前に十分な移転価格調査対応体制を組めることも多くありました。今後は、まず通常の法人税調査が開始されるので、体制が整わないまま知らぬ間に移転価格の調査になり、思わぬ課税が行われてしまうということになりかねません。以下では、そういった背景を踏まえて移転価格課税リスクに備えるため、法人税調査の際に具体的にどういった点に気を付ければよいのかを述べたいと思います。
調査の初日には調査担当官が訪問し、貴社へのあいさつがあるはずです。その際には、名刺から調査担当官の所属部署等を確認することができます。同時調査体制下では基本的には法人税調査部門が調査を担いますが、調査メンバーに国際関係部署の担当官が含まれていることもあります。その際には、移転価格とは限りませんが何らかの国際取引を深く掘り下げられる可能性が考えられますので、国際取引関連の論点について十分な準備をしておくことが望まれます。
筆者の多くの調査対応経験に基づけば、ローカルファイルの提出依頼は、(申告期限までの)作成義務化対象か否かは関係なく、別表17(4)等で利益率の高い海外子会社を特定した上で、当該子会社との取引に係るローカルファイル(「措置法規則に定められた書類」と表現される場合が多い)の提出が求められるケースが多いようです。作成義務免除対象のローカルファイルの提出期限は、調査官によって指定される60日以内の日で、この日までに提出されないと、法令上は推定課税等の発動要件を満たすこととなっています。従って、外形上、調査担当官が注目しそうな海外子会社との取引については、事前に十分時間をとってローカルファイルの準備しておくことが望ましいといえます。(<図1>参照)
また、場合によっては、海外子会社が外国当局用に準備したローカルファイルの提出が求められることもありますが、親会社がその内容を知らずに子会社が準備していることも多くあります。現地での利益率が高い場合には、現地当局向けにさらなる分析は不要としてそれ以上の分析は行っていないことも想定されますが、日本当局に提出する場合には、さらなる追加の分析が必要となる場合もあると思われます。
移転価格調査は通常の調査と異なり、調査担当者の意見も書面により提出されます(A4用紙で10~30枚程度)。そして、担当者意見に対しては、根拠を示した反論書を提出して議論を行うことになります。このプロセスを数回経て調査は終結に向かいますが、調査終了までに「資料依頼番号」※2が200~300に達することは珍しくありません。実務的には、会社のヒューマンリソースの効率的な使用のためにも、どれが回答未済であるかの把握・整理を行っていくこと自体も実務上重要になります。
移転価格調査では、親子会社間の事業における機能・リスク全般がどのようになっているか等、事実認定を行う対象範囲がとても広範であること等から、財務・経理・税務以外の多くの関係者に対しても長時間(例えば、各人1時間程度)のインタビューが求められるのが通常です。中には、再度同一の者への追加のインタビューが行われることもあります。調査担当官はインタビューの内容を詳細に議事録としてまとめ、いざ裁判となった場合の証拠書類(例えば、納税者の誰がどう説明したか等)としてまとめています。わが国税制では、立証責任は一般的には課税当局が負っていると解釈されています。
移転価格調査では、切出し損益※3が求められることが多くあります。その中でも、子会社の損益状況との比較を行う観点から、親会社との子会社との切出し損益、さらにはそれらの損益を各製品群等の別に切り出すことが求められたりします。特に、子会社側に利益が多く出て、親会社側で低利益や赤字の場合には、移転価格が適切であることについて多くの説明を求められることになります。
上記利益は営業損益で比較されますので、求められる切出し計算では販管費の配賦計算が必須となります。その際、どのような配賦基準にするのかで結果は異なってきますが、(移転価格上の)合理性をきちんと説明できれば認められます(必ずしも、採用している会計処理基準等と一致する必要はありません)。計算方法の可能性の詳細については、竹内茂樹・大森紘一「移転価格調査における「切出損益」の作成ノウハウ」(旬刊経理情報No.1547 2019年6月10日号)をご参照ください。
前記(3)の切出し損益と密接に関連するイシューとして「取引単位」の問題があります。「取引単位」を簡単に説明すると、移転価格上、企業が行っているビジネスには、製品等が別のものであっても、ある製品等の価格が他の製品等の価格に影響を受けている場合には、その歪みを排除するため、同一の取引単位としてまとめて検討しましょう、というものです(例えば、プリンターとインクとの関係)。
従って、この取引単位が変わってくれば、求められる切出PL(損益)の作成単位も変わります。移転価格税制は、わが国を含め一般に、「へこんでいる部分」のみ課税し、「飛び出てしまった部分」は何ら考慮されない仕組みになっています。そして、取引単位を細分化すればする程、切出し損益に凹凸が発生します。従って、「取引単位」をどうするかが特に重要性を帯びてきます。実際の移転価格調査でも、この取引単位を巡る議論が白熱することは一般的です。
前記(3)の切出し損益の計算の結果、異常な数値が出ている場合、この取引単位の問題が背後に隠れている可能性もあるため、その検討を行い、場合によっては、課税当局と切出し損益の計算範囲について、合理的な単位を主張していくことも重要となります。
調査担当官は通常、海外子会社の営業利益率が高いのは移転価格が歪んでいて親会社の所得が移転しているからだ、という仮説を立てていますので、そうでない理由が存在する場合には、それらを適切に十分説明していく必要があります。例えば、その高利益率は、移転価格が歪んでいたから生じたのではなく、それ以外の要因、海外工場の(比較対象企業と比較して)高稼働率なことによる1単位当たりの製造単価低減等によるものであると分析し、調査担当官に説明等を行っていくことになります。
また、為替変動の影響がないかについても検討してみる価値があります。移転価格は独立企業原則という考え方を基礎としており、独立した企業間であったとしたらどのような取引が行われていたかを基本に据えて考える方法で、この考え方をベースに、「為替レートの変動は独立第三者間であったとしてもその取引価格や損益に大きな影響を与えており、関連者間の価格が特に歪んでいる訳ではない」こと、又は「問題とされている取引にその影響がどの程度及んでいるのかを税務当局に対して定量的に説明をしていく」ことが中心課題となります。
こういった高利益率の要因は納税者自らがイシュー出しを行い、適切な分析を提供していかない限りは議論の俎上(そじょう)には上らないため、納税者サイドから特にプロアクティブな対応を行っていくことが求められます。
移転価格税制では、独立企業間価格を算定するために複数の方法が掲げられており、それらの中から、国外関連取引の内容に応じ最も適切な方法を選択する必要があります(租税特別措置法第66条の4第2項)。法定の各算定方法のうちどの方法を用いるかによって独立企業間価格の計算結果は大きく異なるため、どの方法が最も適切であるかの議論はとても重要になります。
移転価格調査においては、古い事業年度の資料依頼が行われようとすることが間々ありますが、過去にいったん調査が終了した事業年度でないかどうかを確認してみる必要があります。平成23年の国税通則法(以下、国通法)の改正では、調査の終了の際の手続(新国通法第74条の11)が明確化されました。これにより、課税当局が新通則法の下でいったん終了した事業年度の調査を再度実施するためには、新国通法第74条の11第6項の要件を満たす必要が出てきました。しかし、実際の調査現場においては、上記要件を満たす事実関係が不明瞭なまま、調査終了事業年度にまで調査を遡及させようとする調査が少なくなくありません。当然、そのような場合には、遡及する根拠を問いただすことが重要です。
新国通法第74条の11第6項は、「新たに得られた情報に照らし非違があると認めるとき」に初めて、過去、調査が終了した事業年度まで遡って質問検査等の行使が可能としています。同一事業年度について何度も繰り返し調査が行われることに歯止めをかける(法的安定性)という意味で、納税者にとって大いに意義のある規定といえます。
かつては、移転価格調査と寄附金調査は別の調査として行われることが一般的でありましたが、移転価格の同時調査を前提とすると、調査対応はたえず両にらみの体制で行う必要があります。<表1>の新聞報道された事例をみても、内容的に移転価格的なものが寄附金課税の対象となっています。
寄附金の論点は、誤解を受けないように説明することが重要です。例えば、(ⅰ)「価格設定(移転価格)が適切でなく、子会社の事業がうまくいっていないような数値になっていたため、出し値(関連会社に対する売値)を下げた。」や(ⅱ)「関連するロイヤルティや役務提供料とセットで考えれば、適切な価格設定である」というような説明が考えられます。
税務調査の結果、課税が行われる可能性が出てきた場合には、以下の点についても検討しておく必要があります。
そもそも相手国との間に租税条約があるか、そしてその中に対応的調整規定があるかを確認しておく必要があります。条約の規定がないと相手国との相互協議によって二重課税を排除することができないため、国内争訟手続きで争うしか二重課税排除の道はなくなります。また、相互協議が可能であっても、実質的に協議が相当難航する国もあります。
なお、修正申告を行う場合には、修正申告書の提出後に相手国との相互協議を行って二重課税の排除を行うことは実質的に困難なため、二重課税が残ることは覚悟する必要があります。
徴収すべきロイヤルティ率が低いという課税を受け入れたとしても、ロイヤルティの海外送金に規制等がある国も存在しますし、また、合弁会社からのロイヤルティについては、果たして将来、合弁先が支払いロイヤルティのアップを承認してくれるのかといった問題が浮上することも覚悟しておく必要もあります。
今後、移転価格は法人税調査との同時調査がデフォルトとなり、数年に一度は移転価格がチェックされます。法人税調査の際には、今回記載の内容を絶えず念頭において対応することが望まれます。
※1例えば、東京国税局における調査第一部の「国際情報第一課」「国際情報第1~3部門」など
※2すなわち、当局から依頼された資料の数となる。
※3ある製品群や事業部等の一定のグループごとに抽出したPL(損益)を意味する(後記(4)参照)。