EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY弁護士法人 弁護士 西村 遼
EY弁護士法人にて、国内外の企業に対して、企業法務に関する幅広い法律サービスを提供している。また、当法人への参画以前に大手製薬会社において、法務業務及び新規事業開発等に関与した経験を生かし、ライフサイエンス企業に対する支援にも力を入れており、医療経営士の資格も有する。
新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の感染拡大を受けて、世界中で治療薬・ワクチンの開発が進められています。その中、本年5月7日、厚生労働省は、特例承認制度を適用して、ギリアド・サイエンシズ社がエボラ出血熱の治療薬(抗ウイルス薬)として販売していた「レムデシビル」を新型コロナの治療薬として、承認申請からわずか3日の短期間で承認したことに注目が集まり、今後の新規治療薬の早期導入についても関心が高まっています。
そこで、本稿では、日本の医薬品承認制度に関して、早期に新薬を導入できる制度としてどのようなものがあるのか、レミデシビルの例を紹介しつつ解説します。
医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(以下、薬機法)では、日本国内において医薬品を製造販売するためには、製造販売承認を得る必要があります(薬機法第14条1項)。製造販売承認の目的は、当該医薬品の品質、有効性及び安全性を審査する点にあります。
製造販売の承認を得るためには、原則として、非臨床試験及び臨床試験の試験成績に関する資料を提出する必要があります(薬機法第14条3項)。非臨床試験は主に動物実験などによって行われ、また、治験(医薬品の製造販売承認申請に必要な試験成績を集めるための臨床試験)は、比較的少人数の健康な人を対象とする第Ⅰ相試験、少数の患者を対象とする第Ⅱ相試験、多数の患者を対象とする第Ⅲ相試験という流れで行われるため、承認申請に必要な試験成績を収集するだけで数年から10年以上かかる場合があります。
承認審査は独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)が行い、通常品目の場合には申請から承認まで約1年程度を要するとされています。なお、日本における新薬の承認審査期間は、米国よりは長いものの欧州よりは短いといわれています。
上記の通り、通常のプロセスに従って、新薬の承認を得る場合、承認申請に必要な試験結果の収集期間も含めると、短くとも承認取得までに数年かかってしまい、今回の新型コロナの感染拡大のように緊急な対応が必要となる場合には適していません。そこで、薬機法は、第14条の3で、国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがある疾病のまん延等を防止するために緊急に使用されることが必要な医薬品を特例的に承認する制度として特例承認制度を設けています。当該制度を適用するためには、以下の要件をいずれも充たす必要があります。
①国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがある疾病のまん延その他の健康被害の拡大を防止するため緊急に使用されることが必要な医薬品であり、かつ、当該医薬品の使用以外に適当な方法がないこと
②その用途に関し、外国(医薬品の品質、有効性及び安全性を確保する上で我が国と同等の水準にあると認められる医薬品の製造販売の承認の制度又はこれに相当する制度を有している国として政令で定めるものに限る。)において、販売し、授与し、又は販売若しくは授与の目的で貯蔵し、若しくは陳列することが認められている医薬品であること
今回承認されたレムデシビルに関して、上記要件のうち、②については、本年5月1日に、米国食品医薬品局(FDA)が、新型コロナの治療薬としての使用を承認したため、当該要件を満たすことができました。
なお、レムデシビルの特例承認においては、有効性及び安全性に関する情報が極めて限られていることから、追加の義務や条件が付されています(令和2年5月7日薬生薬審発0507第12号・薬生安発0507第1号参照)。
上記の通り、特例承認の要件として、既に外国で使用されていることが求められるため、日本で最初に新薬を使用する場合には、当該制度は利用できません。2019年に改正された薬機法では、画期的な新薬の早期導入を目的として、従前から厚生労働省発出の通知によって運用がなされていた1.先駆け審査指定制度及び2.条件付き早期承認制度が法制化されました。それぞれの概要は以下の通りです。
当該制度は、患者に世界で最先端の医薬品等を最も早く提供することを目指し、一定の要件を満たす画期的な医薬品等について、開発の比較的早期の段階から先駆け審査指定制度の対象品目に指定し、薬事承認に係る相談・審査における優先的な取扱い(承認審査期間の目標を6カ月とする等)の対象とするとともに、承認審査のスケジュールに沿って申請者における製造体制の整備や承認後円滑に医療現場に提供するための対応が十分になされることで、さらなる迅速な実用化を図る制度です。指定の要件としては、①治療薬の画期性、②対象疾患の重篤性、③対象疾患にかかる極めて高い有効性、④世界に先駆けて日本で早期開発・申請する意思が認められることとされています。
重篤な疾患であって有効な治療方法が乏しく患者数が少ない疾患等を対象とする医薬品について、治験実施が困難、あるいは治験の実施にかなりの長期間を要する場合には、検証的臨床試験の成績を求めることなく、市販後に必要な調査等を実施することを承認条件として当該医薬品の製造販売承認を行う制度です。当該制度の対象品目の要件として、①適応疾病が重篤であること、②既存の治療法がないこと等により、医療上の有用性が高いこと、③検証的臨床試験の実施が困難であること、④検証的臨床試験以外の臨床試験等の成績により、一定の有効性、安全性が示されると判断されることが求められています。
本稿の執筆時点では、新型コロナの患者数が減少してきたことが、新規治療薬の開発・治験実施との関係ではマイナスに作用しているという報道も聞かれますが、新型コロナの終息のためには、新薬の早期の導入は必要不可欠です。また、新型コロナの治療薬以外についても、現時点で治療が困難な疾患の患者のもとへいち早く治療薬が届けられるために、上記で紹介した制度等が有効に活用されることを期待します。