情報センサー

スペインの労働法改正状況について


情報センサー2019年7月号 JBS


バルセロナ駐在員 公認会計士 谷内 譲二

2007年、当法人に入所。製造業を中心とした上場企業および外資系企業の幅広い業種の会計監査に従事。18年よりEYバルセロナ事務所に現地日系企業担当として駐在中。スペイン既進出、進出予定日系企業の会計・税務・法務・M&A関連業務等のサポート業務に従事している。


Ⅰ はじめに

2017年のカタルーニャ州独立騒動が記憶に新しいスペインですが、去る4月28日に16年6月以来となるスペイン議会総選挙が行われました。選挙の結果は依然として与党の議席が過半数に届かず、しばらくは不安定な政治状況が続くものと思われます。
スペインにおいては、長きにわたり失業率の高さが問題となっています。スペイン統計局(INE)によると、13年に記録した失業率26.9%(16歳以上)から徐々に低下し、19年度第1四半期は14.7%となっていますが、いまだ高止まりしている状態にあります。特に25歳未満の失業率は34.9%と著しく高い水準にあり、労働市場改革やイノベーション投資等を通じて政治が取り組むべき重要な課題の一つとなっています。
本稿では、このスペインの労働環境に関して、直近に行われた法改正の主要な項目について概説します。

Ⅱ 法令の改正

1. 始業終業時間の記録義務化

19年3月12日に政令法8(Real Decreto-ley 8/2019,de 8 de marzo)が公布され、社会保障と職場における雇用不安に対応するための緊急措置が導入されることになりました。その中から最も影響が大きいと想定されるのが始業および終業時間の記録の義務化です。
労働者と雇用者の権利義務、雇用契約、解雇手続き、団体交渉等の一般的な条件を規定している「労働者憲章(Estatuto de los Trabajadores)」34条に新たに9項が追加されることで、全てのスペイン国内で活動を行う企業はその規模に関係なく、全従業員の日々の業務の始業および終業時間を記録することが、19年5月12日より義務付けられています。
これは、スペイン労働市場でみられる過重労働と無給の残業に対して、企業に説明責任を持たせることで労働者の仕事と生活の調和(ワークライフバランス)を図るという福祉を考慮したものです。


<概要>

① 対象企業
スペイン国内全企業
② 記録対象者
フルタイム従業員、パートタイム従業員に関係なく全従業員が対象となります。
③ 記録方式
記録方式の指定や制限はありませんが、団体交渉協定や団体協約で合意された内容を参照の上決定するか、協定・協約がない場合は、雇用者は労働者の法定代理人と協議の上決定することになります。
④ データ保持期間
電磁的記録か紙面記録かにかかわらず、法律は記録されたデータは登録時点から4年間保存することを要求しています。また、その間、当該データは、労働者、その法定代理人および社会保障検査当局が利用可能な状況に置いておく必要があります。
⑤ 義務違反
当該法律において、労働時間記録の義務違反は重大な侵害と分類され、その上で違反の程度に応じて626ユーロから6,250ユーロの罰金を科すものとしています。


当該法律の導入により、労働者からの時間外勤務請求が増加する可能性があります。また、検査当局による厳格な調査も予想されます。現代は働く場所も時間帯も、職種、会社等によりさまざまですが、各企業はそれらを考慮の上労働時間に関する方針を明確に示し、企業内に浸透させて従業員が方針を適切に遵守して記録するよう、教育活動やモニタリング活動を行うことが必要になると考えます。

2. 男女共同参画に関する基本法改正

19年3月1日に政令法6(Real Decreto-ley 6/2019,de 1 de marzo)が公布され、男女の共同参画に対する緊急措置が取られることになりました。この措置には、平等計画策定、平等給与および仕事と生活の調和に関する重要な措置が含まれています。スペインでは07年3月に男女平等法が制定されており、今回はその一部改正となります。以下に主な改正項目を記載します。


<概要>

1) 平等計画の作成
今回の改正により従業員50名以上の企業全てに作成義務が拡大されることになりました。作成された計画は各自治体の労働当局に提示登録する必要があります。

① 計画作成期限
従業員数の規模に応じて以下のとおり19年3月7日以降3年以内に対応する必要があります。

従業員数

期限


 

50名以上100名未満

1年間


 

100名以上150名未満

2年間


 

150名以上250名未満

3年間


 

② 計画作成期限
労使間での協議を実施したうえで平等計画には少なくとも次の項目を掲げることが求められています。

  • 採用契約プロセス
  • 職務上の格付け
  • 職能訓練
  • 昇進
  • 労働条件(男女間給与の検査含む)
  • 個人、家族及び職業生活における権利の行使
  • 職場における女性の低評価への対応
  • 報酬
  • セクシャルハラスメントの防止

2) 平等な給与保証のための措置
各企業は性別、職種ごとの平均給与を記録することが求められ、またそのデータは労働者代表が閲覧できる状態にしておく必要があります。従業員が少なくとも50名以上の企業では、ある性別の労働者の平均給与が、もう一方の性別の労働者の平均給与を25%上回る場合、その賃金差は性別を理由とするものではないことの正当性を証明する必要があります。

3) 育児休暇期間の延長(平等化)
21年まで約2年間かけて段階的に父親の育児休暇期間が延長され、最終的に母親の産休期間と同等である16週間まで延長されます。父親も育児に参加すべきという考えのもと、現在父親に認められている育児休暇が5週間から大幅に延長される予定です(<表1>参照)。



Ⅲ おわりに

本稿では、直近の改正点のうち主要な項目のみを記載していますが、上記項目以外にも広範囲で改正は行われています。また、時代の流れ、社会の要請に応じ、今後も不定期に労働関連法令の改正がなされることが想定されます。スペインに進出している企業は当然のこと、今後進出予定の企業の皆さまにおいても、労使間での無用な争議や法令遵守違反による当局からの罰則を避けるため、実務上の対応については専門家を交え、十分に検討していくことが必要だと考えます。
EYには会計、税務の専門家以外にも労働法を含め人事関連の専門家も所属しており、企業の皆さまへ支援サービスを提供しています。


「情報センサー2019年7月号 JBS」をダウンロード


情報センサー
2019年7月号

※ 情報センサーはEY Japanが毎月発行している社外報です。