EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
獨協大学 法学部教授 高橋 均
一橋大学大学院博士後期課程修了。博士(経営法)。新日本製鐵(株)(現、日本製鉄(株))監査役事務局部長、(社)日本監査役協会常務理事、獨協大学法科大学院教授を経て、現職。東証一部上場会社の社外監査役も務める。専門は、商法・会社法、金商法、企業法務。近著として『実務の視点から考える会社法』中央経済社(2017年)、『グループ会社リスク管理の法務(第3版)』中央経済社(2018年)、『監査役監査の実務と対応(第6版)』同文舘出版(2018年)等。
監査役は、取締役の職務執行を監査する会社機関です(会社法381条1項)。従って、監査役の職責として、取締役の職務執行に関し、不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実があったときは、各事業年度の監査報告においてその事実を記載する必要があります(会社法施行規則129条1項3号)。もっとも、監査役監査の対象が取締役であると法定化されていても、取締役自らの不正行為等にとどまらず、部下に不正行為等を指揮・命令したり、部下たちが同様の行為をしている認識があるにもかかわらず当該行為を放置している場合に取締役は法的責任を問われます。このために、監査役の業務監査は、執行役員以下の使用人からヒアリングを行ったり、現場往査をする実務が定着しています。監査役は、全ての事業部門を一通り監査することになりますから、一定規模以上の会社において、監査役がその職責を十分に果たすためには、それ相当の人的手当てが必要となります。しかし、現実的には、監査役の員数も多くなく、監査役をサポートする補助使用人(以下、監査役スタッフ)を配属していないか※1、仮に配属していたとしても兼務であり※2、内部監査スタッフと比較して少ない人員という現実があります※3。
監査役は、法的に執行部門から独立しているとはいえ、監査の実効性を確保するために内部監査部門との連携を取ることも可能ですので、監査役スタッフが配属されていなかったり、少ない人員構成でも業務監査において十分対応可能との意見もあります。しかし、監査役は法的には執行部門から独立した立場であることに加え、業務執行権があるわけではないことから、内部監査部門のスタッフを直接、指揮・命令することは予定されていません※4。
そこで、本稿では、監査役監査の実効性確保の視点から、監査役スタッフの役割や活用について解説します。
平成27年会社法施行規則では、内部統制システムの整備に関する規定に関して、一連の改正がありました。その一環として、監査役設置会社である取締役会設置会社について、監査を支える体制や監査役による使用人からの情報収集に関する体制に係る規定の充実・具体化等を図るための改正が行われました。内部統制システムが構築され、かつ適切に運用されるためには、コーポレート・ガバナンスの一翼を担う監査役監査の実効性確保も重要であるからです。
この改正の中で、監査役スタッフに関しては、監査役からの監査役スタッフに対する指示の実効性確保に関する規定が追加されました(会社法施行規則100条3項3号)。立案担当者は、この追加規定に関連する検討事項例として、①監査役スタッフを専属とするか他部署との兼務とするか②監査役スタッフの異動についての監査役の同意の要否③取締役の監査役スタッフに対する指揮命令権の有無④監査役スタッフの懲戒についての監査役の関与の決定等を列挙しています※5。
監査役スタッフは、会社と雇用関係にある従業員ですので、会社組織上は執行部門に属することになります。このため、仮に監査役スタッフが内部監査部門と兼務発令となったとしますと、監査役スタッフの評価や人事異動等について、内部監査部門長の意向が強く働くことになります。また、監査役スタッフが執行部門と兼務ですと、監査役の業務監査に係るヒアリングや往査等に際して監査役をサポートするための業務時間が制限されることとなります。このような点を考慮しますと、理想としては監査役スタッフの専属が望ましいことになります(監査役スタッフの配属のパターンとして<図1>参照)。
また、監査役スタッフが専属であったとしても、法的に執行部門から独立している立場から監査を実施する監査役にとって、執行部門の意向を強く受ける監査役スタッフですと、監査役としての職務を遂行する上で支障となります。例えば、監査役スタッフの人事権や昇給・昇格の決定権を内部監査部門や人事部等の執行部門が掌握していれば、監査役スタッフは、執行部門の意向に沿う形で監査役をサポートすることにもつながりかねません。
それでは、監査役スタッフとして期待される役割は、何が考えられるでしょうか。
第一の役割は、監査役をサポートする専門的知見です。取締役以下、執行部門に携わる役職員と比較して、監査役の員数は圧倒的に少ないのが実態です。このため、監査役が財務・法務等のコーポレート部門から営業・購買・技術等の原局部門に至るまで、その分野のスペシャリストとして全てをカバーしているとは限りません。例えば、監査役は、経理・財務部門の監査に限らず、会計監査人の監査の相当性を判断する必要がある(会社計算規則127条1項2号)など、監査役監査業務において、一定の会計の知見が必要とされる場面が少なくありません※6。そこで、経理・財務出身の監査役が就任していない場合は、監査役スタッフが経理・財務部門の出身者であれば監査役を十分にサポートすることが可能です。このように、監査役の職歴とは異なる監査役スタッフを配属することにより、監査役スタッフの知見を十分に生かすことができます。
第二の役割は、情報収集力です。企業不祥事を未然に防止するためには、社内の事件・事故から消費者をはじめとした第三者からのクレームに至るまで、適時適切に監査役に情報が入ることが必要です。会社法上は、取締役は、会社に著しい損害を及ぼす恐れのある事実があることを発見したときは、直ちに、当該事実を監査役に報告しなければならないこととなっています(会社法357条1項)。また、会計監査人も、その職務を行うに際して取締役の職務の執行に関し不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実があることを発見したときは、遅滞なく、監査役に報告しなければなりません(会社法397条1項)。もっとも、取締役や会計監査人が監査役に対して報告義務があるのは、「著しい損害」や「重大な事実」の文言に示されているように、かなり大きな問題となってからとなります。重大な不祥事や事件・事故が表面化する前には、その兆候があるのが通例であり※7、その兆候を見逃さないためには、監査役に社内の情報がタイムリーに入ることが必要です。しかし、監査役は業務執行権限がなく、情報収集する上で大きな力の源となる監査対象部門に対する人事権や報酬決定権がありません。しかも、監査役は会社法上の役員であり、若手中間管理職や担当者クラスにとってみると、気軽に監査役に面談を求め、情報提供を行うということは心理的にもハードルが高いことになります※8。取締役は自ら情報の収集に動かなくても、部下や他部署から情報が集まりやすい状況にあるのと比較して、監査役は、能動的に情報収集を行わなければ、必要な情報を得にくいという現実があります。この点をカバーするのが監査役スタッフです。
監査役スタッフは、同じ従業員として執行部門の従業員と気軽に意見交換を行ったり、情報提供を受けることができる立場にあります。監査役は、このような監査役スタッフの情報収集力をもとにして、不正等の恐れのある部門を調査・ヒアリングしたり、執行部門に対して事実関係の確認を要請したりすることにつなげることが可能です。
第三の役割は、実務のエキスパートとしての役割です。業務監査の実務としては、監査計画の策定から監査役会議事録や監査報告の作成に至るまで、事業年度内で行わなければならない法定事項があります。さらに、会計監査人の報酬同意実務、監査役の選任同意実務等の個別法定事項に限らず、業務監査スケジュールを含めた年間スケジュールの作成、内部監査部門や会計監査人との連携実務等数多くあります。
監査役が本来の職責である取締役の職務執行を監査する役割に注力できるようにするためには、監査役スタッフには実務のエキスパートとしての役割が期待されます。次年度の監査計画を策定するに当たって、過年度の監査実績から留意すべき事項を整理して監査計画の原案を作成すること、各執行部門への適切な重点監査ポイント案を考えて監査役と意見交換すること、監査役が業務監査で指摘した事項を被監査部門にフィードバックすることなど、監査役スタッフは重要な実務があります。これら実務を迅速かつ適切に処理することによって、監査役は取締役・グループ監査役・会計監査人との意見交換や問題点の指摘等に注力することができることになります。
監査役スタッフが専属の場合は、監査役室や監査役事務局等の名称の組織に属することになります。専属の監査役スタッフは監査役と表裏一体となって活動することになりますし、日常的に監査役と接しているわけですから、組織上の所属が執行部門であると意識することは少ないと思います。監査役スタッフを厳密に執行部門から独立させるとすれば、監査役スタッフに出向発令を行えば、名実ともに監査役の指揮・命令下に属することになりますが、そこまで厳密に行っている会社はほとんど聞いたことがありません。もっとも、監査役室等の組織は一義的には執行部門の組織ですので、専属の監査役スタッフが配属されている場合は、スタッフの人事は監査役も直接関わるべきですし、スタッフの評価も普段接している監査役が行うことが原則と考えられます。また、専属の監査役スタッフとしても、執行部門と協力関係を保ちつつ、監査役は法的に執行部門から独立している点を意識した行動が求められます。
他方、監査役スタッフの専属が理想であると考えたとしても、企業規模や業種・業態によっては、兼任配属とせざるを得ない会社もあると思われます。兼任スタッフの場合は、監査役室や監査役事務局等の独立した組織を置かずに、内部監査部や検査部等の組織に属した上で、必要に応じて監査役をサポートすることになります。スタッフの執務場所は監査役のサポートと内部監査部等の執行部門としての業務の割合によって決まることになりますが、内部監査部等の執行部門で執務している場合が多いようです。従って、兼任スタッフで監査役の執務室と離れている場合には、監査役と定期的な連絡会を行うなど、両者の間で日常的なコミュニケーションを意識的に高めることが必要であり、とりわけ、監査役としての特有実務が集中する期初・期末時期には、監査役スタッフは監査役のサポートのために一定の業務時間の確保を予定しておくことが大切です。また、執行部門としての業務と監査役スタッフとしての業務を分離しておくために、監査役スタッフのための職務規程を策定しておくと良いと考えます。
指名委員会等設置会社の監査委員、監査等委員会設置会社の監査等委員に対する監査(等)委員スタッフの役割は監査役スタッフと同様ですが、会社法上はその配属について監査役の場合と微妙に異なる規定となっています。
監査役設置会社においては「監査役がその職務を補助すべき使用人を置くことを求めた場合における当該使用人に関する事項(傍線筆者)」(会社法施行規則100条3項1号)として、監査役スタッフの必要性の有無を監査役に求めているのに対し、監査(等)委員の場合は「監査(等)委員会の職務を補助すべき取締役及び使用人に関する事項(傍線筆者)」(同規則110条の4第1項1号・112条1項1号)と規定して、監査(等)委員スタッフの配属を前提としているように読める規定となっています。
監査役スタッフは、監査役と異なり、法的には執行部門から独立した身分ではないことから、監査役が求めていないにもかかわらずスタッフを置くことは、監査役の独立性を確保する観点からは妥当ではないと立案担当者は考えています※9。
指名委員会等設置会社や監査等委員会設置会社においても、監査(等)委員をサポートするスタッフの配属が法定されているわけではありませんが、監査(等)委員は少なくとも過半数が社外役員である必要があり、かつその多くは非常勤であることを考えると、監査(等)委員スタッフの配属により監査(等)委員をサポートすることを前提としているとも解せられます※10。
内部統制システムの一環として、監査役スタッフについての規定があることは、企業不祥事防止に向けた監査役監査の実効性確保のために、監査役スタッフも重要な役割を担っていることの表れであると解せられます。従って、監査役がその職務を遂行するために監査役スタッフの配属を必要とするならば、人事部門等の執行部門に対して、その意義を十分に説明して積極的に配属を要請すべきものと思われます。また、すでに監査役スタッフが配属されていても、専属スタッフの要望や監査役を補完する職歴を持つ複数名のスタッフの配属要請も考えられます。
社内において、監査役スタッフの業務がキャリアパスの一環として位置付けられ、かつ監査役監査に必要とされる人員が確保されることは、監査の実効性の向上にもつながることになります。高い能力と意欲を持つ監査役スタッフが監査役の要請によって適切に配属されている会社は、コーポレート・ガバナンス上もリーディンググループの会社が多いように見受けられます。
※1 日本監査役協会が2019年に実施したアンケートによると、監査役スタッフを配属していない会社の割合は57.3%(母数3,530社)と過半数を超え、上場会社に限っても48.5%(母数1,490社)と過半数近くである。日本監査役協会「役員等の構成変化などに関する第19回インターネット・アンケート集計結果(監査役(会)設置会社版)」月刊監査役No.697別冊付録29ページ(2019年)
※2 監査役スタッフを配属している会社でも、兼務スタッフのみの会社の割合は69.8%(母数1,509社)であり、上場会社でも62.4%(母数768社)である。前掲※1 29ページ
※3 内部監査部門の専属スタッフの平均員数は5.20人(上場会社に限れば5.86人)に対して、専属の監査役スタッフは2.00人(上場会社に限れば2.11人)と内部監査部門の専属スタッフの半数にも満たない結果となっている。前掲※1 30ページ・32ページ
※4 委員会型の会社形態における監査委員や監査等委員は法的には取締役であることから、内部監査部門を直接、指揮・命令することが可能である。
※5 坂本三郎=辰巳郁=渡辺邦広編著「立案担当者による平成26年改正会社法関係法務省令の解説」(別冊商事法務No.3974ページ(2015年))
※6 日本公認会計士協会の調査では、監査役に求められる資質としては、財務・会計に関する知見を有する者が選出されるべきとの会計監査人の意見が圧倒的に多数とのことである。
「法務省法制審議会会社法制部会」第2回議事録(平成22年5月26日開催)[友永道子参考人発言]35ページ
※7 1件の重大な事故の背後には、29件の軽微な事故が存在し、その背景には300件のヒヤリ・ハットの事象があるとされるハインリッヒの法則が提唱されている。
※8 平成26年改正会社法の審議にあたって、日本労働組合総連合会(連合)の委員からは、従業員選任の監査役を設置すべきとの提案がなされたことも、監査役への情報伝達の必要性からと思われる。「法務省法制審議会会社法制部会」第1回議事録(平成22年4月28日開催)[逢見直人委員発言]40ページ
※9 相澤哲=葉玉匡美=郡谷大輔編著『論点解説 新・会社法―千問の道標』339ページ(商事法務(2006年))
※10 監査委員スタッフを配属している指名委員会等設置会社の割合は90.5%(母数42社)、監査等委員スタッフを配属している監査等委員会設置会社の割合は54.8%(母数511社)であり、監査役設置会社と比較して高い割合となっている。日本監査役協会「役員等の構成変化などに関する第19回インターネット・アンケート集計結果(指名委員会等設置会社版)」月刊監査役No.697別冊付録21ページ(2019年)・「同上(監査等委員会設置会社版)」29ページ