情報センサー

IASBによる財務諸表の表示に関する検討状況 -基本財務諸表プロジェクト


情報センサー 2017年6月号 IFRS実務講座


IFRSデスク 公認会計士 柏岡佳樹

当法人入所後、大阪事務所にて主として製造業、サービス業などの会計監査およびJ-SOX導入支援業務に携わる。2014年よりIFRSデスクに所属し、製造業などのIFRS導入支援業務、研修業務、執筆活動などに従事している。主な著書(共著)に『IFRS 国際会計の実務 International GAAP』(レクシスネクシス・ジャパン)、『完全比較 国際会計基準と日本基準』(清文社)がある。


Ⅰ  はじめに

国際会計基準審議会(IASB)が2016年11月に公表した17年から21年までの作業計画では、「財務報告におけるコミュニケーションの改善」をもたらすプロジェクトに焦点を当てることが決定され、この目的を果たすためのプロジェクトの一つとして、「基本財務諸表」に関するリサーチ・プロジェクト(以下、基本財務諸表プロジェクト)が設けられました。
基本財務諸表プロジェクトは、包括利益計算書※、キャッシュ・フロー計算書、財政状態計算書及び持分変動計算書のそれぞれについて表示の改善を図ることを目的としていますが、本稿では、包括利益計算書のうちの損益計算書における段階損益の表示に関する議論の動向について解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りします。
 

Ⅱ  現行IFRSにおける段階損益の表示に関する規定と問題点

財務諸表の表示について定めたIAS第1号「財務諸表の表示」では、財務諸表利用者が財務業績を理解するために関連性がある場合には、一定の要件の下で損益計算書に追加的な小計項目を表示することが求められています(IAS1.85)。段階損益は損益計算書における小計の一つとされており、日本の任意適用企業においても、売上総利益や営業利益などの段階損益が用いられています。
しかし、日本基準と異なり、IFRSは各段階損益に含めるべき項目を定義していないことから、同じ「営業利益」という項目であっても、企業により、例えば持分法による投資損益や退職給付負債にかかる純利息費用などを含めるかどうかについて異なる取り扱いがなされるという状況が生じています。これは、財務諸表作成者である企業の側からすると、自社の状況を反映した損益計算書の表示が可能になる一方、財務諸表利用者の側からは、企業間の比較可能性が損なわれ、財務諸表の有用性が害されていることから、表示に関しては構造を明確化するべきとの意見も提起されています。
また、財務諸表以外のプレスリリースや投資家向けのプレゼンテーションなどにおいて、IFRS財務諸表における営業利益から一定の項目を除外した「調整後営業利益」や「利息・税金及び減価償却控除前利益(EBITDA)」といった、財務諸表には表示されていない損益を説明に用いている企業も見受けられます。このようないわゆる代替的業績指標は、財務諸表利用者の誤解を招くとの意見がある一方で、代替的業績指標の開示が広く行われることは、財務諸表が十分に役割を果たしていないことを示しているのではないか、との意見もなされています。
 

Ⅲ 基本財務諸表プロジェクトにおける初期評価

前記の意見を踏まえ、基本財務諸表プロジェクトにおける初期評価では、損益計算書の表示の改善のために考えられるアプローチとして、以下の五つのアプローチが提示されています(<表1>及び<表2>参照)。



表1 段階損益に関する考え得るアプローチの例
図2 基本財務諸表における過度の集約の抑制の例

①損益計算書において、「利息及び税金控除前利益(EBIT)」の表示を求める

②損益計算書において、「営業利益」の表示を求める

③損益計算書において、「非経常項目を除外した業績指標」を表示する際のガイダンスを提供する

④業種ごとの基本財務諸表の記載例を示す

⑤基本財務諸表の過度の集約を抑制する原則を定める


①及び②に関しては、現在でもEBITや営業利益が表示されている事例はあるものの、同じ業種でも表示を行っている企業と行っていない企業が存在していることや、企業により各損益にどのような項目を含めるかが異なることから、企業間で比較可能なEBITや営業利益の表示を義務付けようとするものです。一方、③については、現在のIFRSでは損益計算書に非経常項目を異常項目として区分表示することは認められていないものの、財務諸表利用者は将来予測を行うために、損益計算書に計上されている収益や費用が経常的なものか一過性のものかを判断するための情報を必要としているという意見に対して、とり得るアプローチとして検討されています。
また、④については、企業間の比較可能性をより高めるために、例えば事業会社や銀行、保険会社、不動産会社など業種別の記載例を示すというものであり、企業が自社の実態に即した表示を行うという現在のIFRSの考え方とは大きく異なるアプローチとなっています。⑤は、現在の財務諸表の表示において、営業費用を総額で表示するのみで、その内訳を開示していない企業が見受けられたり、財務諸表における「その他」の項目が大きく、企業間の比較可能性が難しいケースがあるなどの意見から、例えば<表2>のように、各表示項目の内訳項目を表示または開示することを求める原則やガイダンスを設けることが検討されています。
 

Ⅳ おわりに

基本財務諸表プロジェクトに関する検討はまだ開始されたばかりであり、本稿の執筆時点(17年4月)において、まだ議論の方向性は確定していません。ただし、17年3月のIASBの会議では、以下の事項を検討するための研究を継続することが同意されています。


  • 損益計算書において比較可能な小計としてEBITの表示を求めること

  • EBITを金融収益・費用及び税金控除前の利益として定義すること

  • 営業利益については、営業利益を定義するのではなく、「経営者による営業業績指標」を損益計算書に表示することを求めること

  • 「経営者による営業業績指標」の表示に当たっては、現行のIAS第1号の規定を満たす限り、一定の項目を除外することを認めること

また、基本財務諸表の記載例の開発についても、今後検討がなされる予定です。議論の進展によっては、現行の表示に関する実務が変更される可能性もあることから、今後の動向に留意が必要です。

※基本財務諸表プロジェクトでは「財務業績計算書」と呼ばれる。


「情報センサー2017年6月号  IFRS実務講座」をダウンロード



情報センサー
2017年6月号
 

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。

 

情報センサー 2017年6月号