EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
2024年7月発行のIPOガイドブックを転載したものであり、本文中特に断り書きのない限り、2024年4月15日現在の法令・規則等に準拠して作成しています。
2024年版 IPOガイドブック
監査法人は、株式上場を目指している会社に対し、直前々期及び直前期を対象として証券取引所における上場審査基準で求められる「会計監査」を実施します。この監査の対象となる財務諸表等の作成のために、適切な会計基準の適用と会計処理の実施が求められますが、監査法人はその指導・助言も行います。また、適切な会計基準の適用・会計処理の実施のためには、第7章に記述している株式上場後に適用される内部統制報告制度(J-SOX)に対応した社内管理体制の整備が必要になりますが、監査法人は会計監査を通じてその指導・助言も実施します。
ただし、このような指導・助言を超えて、監査法人自身が財務書類の作成業務を行うことや、社内管理体制の構築方法を決定することはできません。会社自身が財務書類を作成し、社内管理体制を構築する必要があります。
様々な業種の会社の株式上場の指導・助言を実施した経験を持つ監査法人は、「株式上場の専門家集団」であるといえます。監査法人の指導・助言を受けることで株式上場に向けた具体的な準備作業をより効果的、かつ、効率的に進めていくことができます。多くの場合、会計監査の受託に先立って実施される監査法人による「ショート・レビュー」(本章2.(3)参照)を受けて、株式上場を実現する上での問題点を把握し、それを改善するための方策を立案して、着実に実行していくことが、株式上場を実現するための近道となります。
株式上場に際しては、証券取引所の規則により、金融商品取引法第193条の2第1項の規定に準ずる監査が必要とされています。未上場会社であっても、貸借対照表の資本金の額が5億円以上または負債の合計額が200億円以上の会社は「会社法監査」を受けていますが、株式上場で必要とされるのは、「金融商品取引法監査」に準ずる監査です。
この監査の対象となる財務諸表等は、投資家等に有用な情報を提供することが目的であり、連結財務諸表規則及び財務諸表等規則に従って作成することが要請されるため、会社法に従って作成される連結計算書類及び計算書類等よりも詳細な記載が必要となります。
各証券取引所では、財務諸表の信頼性向上のために新規上場申請会社に対して、上場会社監査事務所による監査を義務付けています。上場会社監査事務所とは、日本公認会計士協会の上場会社監査事務所登録制度に基づき、上場会社監査事務所名簿に登録されている監査事務所のことをいいます。
(注)各市場とも、申請事業年度から作成される四半期財務諸表等に対しては、無限定の結論であることが必要です。
金融商品取引法監査に準ずる監査の対象となる財務諸表等を作成するためには、収益認識に関する会計、金融商品会計、 退職給付会計、固定資産の減損会計等の会計基準の適用、キャッシュ・フロー計算書の作成、子会社等を有する会社における連結財務諸表の作成等についての知識、表示・開示についての知識等、幅広い知識が必要となります。また、新会計基準や基準の改訂にも適時に対応しなければなりません。特に、「収益認識に関する会計基準」については、自社への影響を十分に把握する必要があります。
また、2021年3月期から、上場会社の有価証券報告書及び以下の場合の有価証券届出書に含まれる監査報告書に「監査上の主要な検討事項」(以下、 KAM:Key Audit Matters)の記載が必要となっており、経理部、監査役等は監査法人と早めに協議を 行いながらKAM報告の準備を進める必要があります。
パターン① |
直前前期 |
直前期 |
申請期 |
---|---|---|---|
一定規模以上か否か(※1) |
ー |
一定規模以上 |
|
KAMの要否 |
KAM必要(※2) |
KAM必要 |
(上場後の有価証券報告書にてKAM必要) |
パターン② |
直前前期 |
直前期 |
申請期 |
一定規模以上か否か(※1) |
ー |
一定規模未満 |
|
KAMの要否 |
KAM不要(※2) |
KAM不要 |
(上場後の有価証券報告書にてKAM必要) |
(※1)一定規模以上か否かは、上場申請の直前期を基準に判断する。
(※2)直前期が一定規模以上の場合には、直前期、直前々期いずれの監査報告書においても、KAM の記載が必要となる。一方、直前期が一定規模未満の場 合は、直前期、直前々期いずれの監査報告書においても、KAM の記載は不要となる。
上場後に最初に到来する事業年度に係る有価証券報告書に含まれる監査報告書には、会社の規模にかかわらずKAMの記載が求められる点は留意が必要です。
これから上場を目指す企業は、税務会計に重点を置いていることが多いですが、金融商品取引法監査に準ずる監査において適正意見が表明されるためには、税務会計から企業会計に重点をシフトし、売上、仕入、費用の計上基準、棚卸資産の評価方法等の会計方針とそれに基づく会計処理が、企業会計の基準に従っており、会社の実態に照らして適切なものでなくてはなりません。企業会計の観点から不適切な会計処理があれば、是正することが必要になります。このような会計処理についての問題点とその是正の方針も、監査法人によるショート・レビューを受けることによって確認できます。
「内部統制報告書」及び「内部統制監査報告書」は上場申請書類には含まれませんが、証券会社による引受審査や証券取引所による上場審査において、上場後の内部統制報告制度(J-SOX)に対応できるよう準備が行われているかについて確認がなされます(※)。
(※)新規上場会社は申請期以降内部統制報告書の提出を求められますが、上場後の3年間は公認会計士による監査の免除を選択することが可能となります。ただし、社会・経済的影響力の大きな新規上場企業(資本金100億円以上、または、負債総額1,000億円以上)は監査の免除の対象外となります。
会社における内部統制は財務諸表監査の前提となるため、内部統制整備の基礎となる方針等の意思決定や、内部統制の有効性に関する判断を監査法人が代行することはできませんが、内部統制を整備する上で基礎となる考え方の助言や、計画された内部統制の仕組みの不備についての改善・指導は監査法人により行われます。
第5章に詳細な記述をしていますが、株式上場に向けては、資金調達・株主利益の適正な実現・株主構成の適正化を図るために、経営者の考え方や会社の現状を認識し、その時々の金融情勢等も考慮した、具体的かつ実行可能な資本政策が必要になります。
資本政策については、会社が立案し、会社の責任と判断で最終的に決定した上で実行する必要があります。
監査法人には資本政策の立案・実行について具体的な事例・実務経験に基づく豊富な知識と経験を有する専門スタッフが在籍していますので、会社が資本政策の計画を立案し、実行するにあたり、必要に応じて指導・助言を受けることが可能です。
また、監査法人から、セミナー・勉強会の形で資本政策の立案・実行に関して必要となる一般的な知識等の提供を受けることもできます。
第8章に詳細な記述をしていますが、関係会社が親会社やオーナーとの取引の隠れ蓑になっていたり、赤字会社であったりすると、上場審査上問題となります。このような場合には、取引の解消、清算、合併等による適切な対応が必要となります。
監査法人には、関係会社等の整備への対応策について具体的な事例・実務経験に基づく豊富な知識と経験を有する専門スタッフが数多く在籍していますので、会社が関係会社等の整備に関する経営判断を行う際に役立つよう、必要に応じて指導・助言を受けることが可能です。
第6章に詳細な記述をしていますが、社内管理体制の内容は、複雑多岐にわたるため、社内管理体制の構築は、一朝一夕にはできません。
監査法人には、さまざまな業種における数多くの企業の法定監査業務や株式上場支援業務に関する具体的な事例・実務経験を通じて豊富なノウハウが蓄積されていますので、会社が社内管理体制の構築に関する経営判断、構築・改善を行う際に役立つよう、必要に応じて指導・助言を受けることが可能です。
第6章に詳細な記述をしていますが、株式上場に際しては、業種・業態を問わずに、迅速な月次決算、予算統制及び適切な経営管理資料の作成が必要になります。迅速かつ正確な月次決算や予算統制、管理資料の作成のためにはITを利用することが求められます。また、業種・業態によっては、棚卸資産の受払記録(または継続記録)の作成や原価計算の実施が必要となりますが、これらに対応するためにもIT化が不可欠になります。
監査法人には具体的な事例・実務経験に基づく適切な情報システムの構築に関する豊富なノウハウも蓄積されていますので、会社が情報システムの構築(設計・導入)や改善に関する経営判断、構築・改善を行い、プロジェクトをマネジメントする際に役立つよう、必要に応じて指導・助言を受けることが可能です。
監査法人は、第10章に記述している上場申請に必要な書類、特に「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部、Ⅱの部)」等の作成についても指導・助言を実施できます。監査法人が上場申請に必要な書類を直接作成することはできないため、監査法人の指導・助言を受けたうえで、会社自身において上場申請に必要な書類を作成することが必要です。
EY新日本有限責任監査法人では、上場申請の監査証明期間の前に実施される支援サービスを、以下のように分類しています。
イ. 会計処理の企業会計の基準への準拠性に関する調査(財務調査)
ロ. 株式上場のための経営管理制度等の調査(制度調査)
イ.会計処理の企業会計の基準への準拠性に関する調査(財務調査)は、特定の(一般には直近の)財務諸表等の作成にあたって採用されている会計処理基準と一般に上場企業に求められている会計処理基準との相違を検討・報告するサービスです。調査の範囲が個々の案件により異なることが多いため、調査手続、調査範囲および報告様式については、当事者間であらかじめ合意した上で、手続きを行います。
ロ.株式上場のための経営管理制度等の調査(制度調査)は、株式上場へ向けた経営管理制度等に関する現状把握を行い、想定される証券市場や上場時期との関係において、上場審査基準(形式要件と実質審査基準)の適合状況を検討するサービスです。
財務調査 |
|
---|---|
調査主旨 |
特定の(一般的には直近の)財務諸表につき、当該財務諸表作成に採用された会計処理基準と一般に上場企業に求められる会計処理基準との相違を検討・報告する業務 |
調査項目 |
特定の(一般的には直近の)財務諸表作成に際して採用された会計処理 |
制度調査 |
|
---|---|
調査主旨 |
株式上場へ向けた経営管理制度等に関する現状把握を行い、想定される証券市場や上場時期との関係において、上場審査基準(形式要件と実質審査基準)の適合状況を検討・報告する業務 |
調査項目 |
① 事業に関する概要(事業の内容、方針、特徴、セグメント設定、競争環境、経営課題等) ② 利益管理制度の整備状況(中期計画、年度予算、月次決算、部門別損益管理等) ③ 会計に関する概要(会計方針、原価計算、決算書作成状況等) ④ 業務管理制度の整備状況(販売管理、購買管理、在庫管理等) ⑤ 経営管理制度の整備状況(コーポレート・ガバナンス、組織、規程等) ⑥ 関係会社・特別利害関係者に関する概要 ⑦ 内部統制報告制度(J-SOX)への対応状況 ⑧ その他(上場スケジュール、IFRS(国際財務報告基準)への対応状況等 |
アドバイザリー業務は、財務調査及び制度調査に時系列的に続く支援サービスです。上場申請のための監査証明期間の前に、経営管理制度、会計制度、関係会社等の整理及び上場申請書類の作成等に関する指導・助言が必要な場合に実施されるものです。
1.(2)のように、株式上場に際しては、監査法人による金融商品取引法監査に準ずる監査が必要です。従って、原則として監査が必要とされている期間(通常は2年間)以前に、監査法人と監査契約を締結することが望ましいです。
なお、監査契約の締結に先立って株式上場へ向けた課題を確認するため、まずショート・レビューを受ける必要があります。
ショート・レビューの結果を受け、監査契約を締結する前に、経営管理制度や会計処理の方法を整備しておきたい場合、監査法人から上場に向けてのアドバイザリー業務を受けることもできます。
いずれにしても、株式上場に向けた具体的な準備作業を効果的かつ効率的に行えるように、早い時期から監査法人の指導・助言を受けることをお勧めします。
監査契約の締結に先立って通常は監査法人によるショート・レビューが行われます。このショート・レビューの目的は、会社の担当者に対するヒアリングや会計資料等の閲覧を通じて、会計処理や社内管理体制、諸規程、関係会社の整備等についての問題点を指摘し、その改善のための方向性を示すことにあります。
そのため、ショート・レビューを受ければ、株式上場に向けて解決すべき課題とその解決の方向性がより明確となり、会社は指摘された問題点を株式上場に向けた課題として位置付け、より具体的な改善策の立案・実行に着手できることになります。加えて、その立案・実行は、ショート・レビューを行った監査法人からより具体的な指導・助言を受けることによって、より一層効果的かつ効率的に行えることになります。
前述のように、株式上場に際しては、直前々期と直前期の2期間、監査法人による監査を受ける必要があります。この監査の目的は、財務諸表の適正性についての意見を表明することにありますが、監査の過程で発見された会計処理や社内管理体制等についての問題点は、通常詳細な報告書により報告されます。
株式上場を目指している会社は、この報告書によりショート・レビューまたは過去の監査を通じて指摘された問題点がどれだけ改善されたかを確認するとともに、新たな問題点が指摘された場合には、それを早急に改善する必要があります。
上場会社にふさわしい社内管理体制を上場申請までに構築するためには、このように「監査法人による問題点の指摘」→「会社による指摘された問題点の改善」→「監査法人による改善状況の確認と新たな問題点の指摘」のサイクルを着実に完結させていくことが必要です。
また、問題点を適切かつ迅速に改善していくためには、株式上場準備会社、監査法人と主幹事証券会社が、十分なコミュニケーションを図れるように、定期的にミーティングの機会を持つことも重要となります。