EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
2020年11月15日、ASEAN10カ国(ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)、日本、中国、韓国、豪州及びニュージーランドの15カ国にて署名されたRCEP協定は、ブルネイ、カンボジア、ラオス、シンガポール、タイ、ベトナムのASEAN6カ国と、日本、中国、豪州、ニュージーランドの非ASEAN4カ国の批准書等の寄託により発効条件1を満たし、日本を含む当該10か国において2022年1月1日より発効されます。
現時点で批准が完了していない署名国は、ASEAN4カ国のインドネシア、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、及び非ASEAN国の韓国となりますが、これらの署名国は批准書、受諾書又は承認書を寄託者に寄託した日の後60日で効力を生ずることとなります。
RCEP協定は日本の貿易総額の約半分、世界のGDP及び世界人口の約3割を占める経済圏を対象とする世界最大規模の自由貿易協定であり、日本にとっては、最大貿易国である中国、第3位貿易相手国である韓国と結ばれる初のFTAとなります。
日本の主要貿易国であるASEAN、豪州も署名国であり、多くの国(日本、中国、韓国、ASEAN、及びオセアニア)に跨るサプライチェーンにも適用しやすいFTAとなることから、RCEP協定による経済効果を正確に把握し、利用していくことが有益となります。
前述したように、RCEP協定は日本にとって初めて中国・韓国との結ぶFTAとなるため、日本企業にとって大きなプラスの効果が期待されています。一方、直近発効したCPTPPや日EU EPAと比較すると、RCEP協定の関税撤廃率はやや低いと言えます。一部の品目では、関税率引き下げ対象外、または11~21年をかけて段階的に関税率削減が行われるため、関税削減の大きな効果を得るまで時間がかかる可能性があります。そのため、ASEAN/豪州/ニュージーランドとの取引の場合は、既存FTAの関税率と比較し、どの協定を適用するべきか検討することが推奨されます。
関税引き下げスケジュール(譲許表)については、全締約国に一律の関税引き下げ・撤廃を約束している「共通譲許方式」をとる国(8カ国)と、相手国ごとに異なる関税引き下げ・撤廃を約束する「個別譲許方式」をとる国があります。例えば、日本、中国、韓国は後者を採用しており、輸出国別に設けられた譲許表の確認が必要となります。
また、域内迂回輸入の防止措置として、各輸入国譲許表の付録に記載される特定の品目については、輸出締約国が追加的な要件(例:20%以上の域内原産割合の付加)を満たした場合にのみ、輸出国がRCEP協定の原産国となる「税率差ルール」が定められているため、注意が必要です。
RCEP協定における原産地規則には、原産品の定義、累積、軽微な工程及び加工、僅少の非原産材料、積送基準等が定められており、基本的に既存FTAと同様の構成内容となっています。
品目別規則については、ASEANのFTAで多くの品目にみられる緩やかな内容を採用しており、直近発効されたCPTPPや日EU・EPAと比較すると、要件が緩和されている傾向にあります。
衣類の品目別規則をみると、CC(類変更)であり、布から衣類をつくる工程である「縫製・組立」に原産資格を与える1工程ルールを採用しています。
TPP11の3工程ルール2や、ASEANやEUのFTAの2工程ルール3と比較して緩やかな規則であり、原産地規則を満たしやすくなっていると言えます。
多くの品目で関税分類変更基準(品目によって適宜CTH又はCTSHが設定)と付加価値基準40%との選択制が採用されています。CPTPP11、日EU・EPAの品目別規則では、付加価値基準の満たすべき基準値が高く、または関税分類変更基準においても単に専用の部分品から完成品への組立が行われただけで原産性を認めない制限があるなど厳しいルールとなっていましたが、それに比べRCEP協定では緩やかな規則となっています。
RCEP協定の原産地証明手続に関し特筆すべき点は、複数の証明制度が併存している点です。具体的には以下のいずれかの文書が原産性証明として認められています。
(a)原産地証明書発給機関により発給された原産地証明書(第三者証明)
(b)認定された輸出者による原産地申告(認定輸出者自己証明)
(c)輸出者又は生産者による原産地申告(輸出者または生産者による完全自己証明)4
(d)輸入者による自己申告制度(現時点では日本への輸入のみ)
日本からの輸出においては、輸入者自己申告を除くいずれの証明制度も輸出時に利用可能となります。しかし、輸出者又は生産者による原産地申告制度は、輸入締約国において当該制度を採用している場合に限られる見込みであることが発表されました。日本税関当局は、各締約国における原産地証明の採用状況については、RCEP発効前に説明会を開催し詳細を説明予定としています。
また、RCEP協定では輸入者による原産地申告を原産地証明として導入することを検討するとされており、日本への輸入に関しては、協定発効時から輸入者による原産地申告が採用される予定ですが、詳細については後日、日本税関当局等の情報を待つ必要があります。
複数のRCEP締約国へ輸出を行っている企業にとっては、国ごとに証明制度を確認し、自己証明制度と第三者証明制度の使い分け、管理を行う必要が生じることも想定されます。そのため、輸出権限当局の認定が必要となりますが、(b)認定輸出者自己証明制度を検討することも一案です。認定輸出者自己証明制度は輸入締約国が採用している証明制度に関わらず利用することができ、第三者証明書発給のコストとリードタイムが削減できる可能性があります。
規定の中には任意で採用できるルールがあり、各締約国で運用が異なるため注意が必要です。
例えば、「輸入後の通関上の特恵待遇の要求」が第3.23条1に定められており、輸入通関後に事後的にFTA税率の適用を申請し、超過で支払った関税の還付を認めています。しかし、日本の場合は、事後的なFTA税率の適用を認めず、許可前引取り制度(BP)にて対応する必要があることが発表されています。
また、「連続する原産地証明(Back-to-Back CO)」が第3.19条に定められており、これは輸出締約国の最初の原産地証明に基づいて、経由国である締約国(中間締約国)の発給機関、認定輸出者又は輸出者が発給することができる原産地証明のことをいいます。Back-to-Back COのメリットとしては、最初の原産地証明に記載された貨物を、中間締約国で分割して各締約国に輸出する際に、その分割された貨物ごとに原産地証明を発給できる点で、ASEANのFTAで多く採用されている制度となります。
今後、日本を含め中間締約国でBack-to-Back COの発給が可能か、また、各証明制度のもとで(第三者証明制度、認定輸出者、輸出者自己申告制度)どのような要件が必要か各締約国の運用を確認する必要があります。
企業が適切にRCEP協定を運用するためには、まず最初に、関税率と原産地規則の基礎となるHSコードを適切に付番することが求められます。
また、原産地の確認は製造に係る情報を持っている輸出者/生産者の協力が不可欠です。特に原産地申告を輸出者/生産者に依頼する場合には、輸入前に必要となる手続きを正確に把握したうえでの協力要請が必要となります。グローバル企業のグループ全体でRCEP協定を運用していく場合にも、戦略的に活用するための体制構築を行っていくことが肝要です。
多くの企業にとって利用できるFTAはRCEP協定だけでなく既存のFTAも存在するため、今後も現行FTAとRCEP協定を使い分けていくことが企業に要求されます。そのため、企業の担当者はこれまで以上に複数の原産地規則や手続きに精通し、限られた社内工数で法令順守を維持しながらコスト削減を実現するという困難な課題を実行していくことが必要とされます。
一方、他のFTA同様、RCEP協定においても、輸入国の税関当局による、①輸入者、輸出者、生産者や輸出当局に対する書面による情報提供要請、②輸出者または生産者の施設への訪問、といった検認手続が定められており、事後的にRCEP協定によるFTA税率が否認される恐れがあるため、関税率、原産地規則、証明書発給方法、特例等を正確に把握し、適切に適用することが大切です。
RCEP協定のメリットを享受できるよう、テクニカルで複雑な協定内容、手続き、検討事項等について、専門家によるサポートやシステムの導入により、リスクを最小限に抑えつつ適正に運用していくことも有益であり、実務のアウトソーシングやシステムの導入を含むFTA利用体制の強化に着手していくことが重要です。
巻末注