EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
2021年8月10日、シンガポール内国歳入庁(Inland Revenue Authority of Singapore、以下「IRAS」)は、移転価格ガイドライン第6版1を公表しました。2018年2月23日に発行された第5版に比べ、今回の移転価格ガイドラインの改定には、より多岐に亘る変更及び追加の移転価格ガイダンスが含まれています。
移転価格ガイドライン第6版において、独立企業間原則の適用及び移転価格文書の要件などについては、第5版からの大きな変更はありません。しかしながら、既存ガイドラインの変更及び追加領域におけるガイダンス(移転価格調整に関わる加算税(サーチャージ)の軽減措置を含む)について、独立企業間原則の適用及び移転価格の管理・執行に重点的に取り組むIRASの姿勢が反映されています。
本タックスアラートでは、移転価格ガイドライン第6版における主な変更点及び追加ガイダンスについて解説します。
移転価格調査自体は、シンガポールでは目新しいものではありません。しかしながら、この文言変更は、IRASの移転価格税制の管理・執行に対する厳格化への意向を示しています。
IRASは、ベリー比及び付加価値コストマークアップなどの代替的な利益水準指標(PLI)が適用可能な限られた状況について詳しく説明しています。IRASは、ベリー比の適用にあたっては、果たされる機能の価値が、売上高ではなく営業費用に比例している場合にのみ適切である点を改めて強調しています。付加価値コストマークアップを使用する場合にも同様の原則が適用されます。これは、これまでIRASが当該利益水準指標を使用する納税者に対して、追加の説明を求めている実務上の取扱いと一致しています。
従来(移転価格調整により追徴が発生するか否かにかかわらず)シンガポールの納税者がIRASにより移転価格の調整(更正)を受けた場合、当該調整額の5%に相当する加算税が課されています。これについて、移転価格ガイドライン第6版では、新たな条項(第9条)が設けられています。当該条項においては、IRASが移転価格調整(自主的な遡及調整が実施される場合も含む)において課された加算税の部分免除または全額免除が受けられるケース(納税者による協力的でかつ迅速な調査への対応、移転価格同時文書の作成、過去の税務コンプライアンス実績など)が詳細に規定されています。
移転価格ガイドライン第6版では、相互協議でこう着状態に陥った事案を解決するための補助的な解決手段として、仲裁手続きの利用についてガイダンスが追加されています。さらに、IRASが申出書の提出後に相互協議(MAP)の申立または事前確認(APA)申請を受理しないケースが規定されています。こうしたケースのひとつとして、対象取引が正当な商業上の理由で行われていない場合、租税回避及び節税などを主な目的とする商流が挙げられています。また、IRASは、税務調査中の関連者間取引に関しても事前確認(APA)申請を受理しないとしています。
IRASは、移転価格ガイドライン第6版において、株主活動及び重複活動に関するガイダンスを正式に公表しました。当該ガイダンスは、経済協力開発機構(OECD)の移転価格ガイドライン(OECDガイドライン)の記載及びIRASによる移転価格調査の実務上の取扱いと合致しています。また、IRASは、OECDガイドラインにおける低付加価値グループ内役務提供(以下「低付加価値IGS」)の定義を満たすことを条件に、低付加価値IGSに係る5%のコストプラスマークアップのセーフハーバー規定の適用に関するガイダンスを追加しています。
移転価格ガイドライン第6版では、費用分担契約2が独立企業間原則を満たしているかを判定するためのガイダンス(第17条)が新たに追加されています。当該ガイダンスにおいては、費用分担契約に係る独立企業間原則の適用に関する4段階のフレームワークが新たに公表されています。当該フレームワークは、OECDガイドラインの記載と概ね準拠しており、各参加者の予測便益の割合に応じた費用負担額の決定について規定しています。また当該ガイダンスにおいては、費用分担契約に関連して発生する各種費用及び調整に係る移転価格及び法人所得税上の取扱い、ならびに税務上必要とされる費用分担契約に関連する保存すべき文書の種類が定められています。
移転価格ガイドライン第6版では、以下の金融取引項目に係るガイダンスが拡大されています。
(a)関連者間ローン及びその他の金融取引(キャッシュプーリング、ヘッジ取引、保証取引、キャプティブ保険など)
(b)金銭取引が税務上、「貸付」とみなされるか、その他「資本取引」などの支払いと見なされるべきか
(c)適切な独立比準価格(CUP)が入手できない状況下における関連者間ローンの金利設定
移転価格ガイドライン第6版における金融取引の追加ガイダンスは、OECDガイドライン上のガイダンスに概ね準拠しています。
さらにIRASは、独立第三者が比較可能な状況下において同様に無利子でローンを実行しているなどのエビデンスを納税者が明示しない限り、無利子での関連者間ローンは認められない点をIRASの見解を示す形で当該ガイドラインに新たに盛り込んでいます。IRASは、通常、関連者間ローンが無利子で実行されている場合であっても、(当該関連者間ローンが移転価格同時文書化規定上の閾値要件を満たしている場合には)納税者に対して、関連者間ローンに係る移転価格文書の作成を求めています。
移転価格ガイドライン第6版では、移転価格同時文書化の作成が義務付けられない場合においても、移転価格リスクの管理上、移転価格同時文書化を作成することが重要であると示唆されています。これは、IRASによる納税者への移転価格管理上の期待値が高まっていることを示しています。今後、納税者は、以下の点への留意が必要となります。
巻末注
Ernst & Young Solutions LLP, Transfer Pricing Services, Singapore
Luis Coronado
Stephen Lam
Stephen Bruce, Financial Services
Jonathan Belec
Sui Fun Chai
Rajesh Bheemanee, Financial Services
Sharon Tan
Japan Desk, Transfer Pricing Services, Singapore
久田 幸治(Koji Hisada)
吉田 旭(Asahi Yoshida)