電機産業 第1回:電機産業の事業の特徴・事業上のリスク

EY新日本有限責任監査法人 テクノロジーセクター
公認会計士 小島慎一/松本貴弘/渡邊裕介

1. はじめに

電機産業と一口に言っても、非常に幅の広い業界であり、総務省が公表している日本標準産業分類の中分類では主に、電気機械器具製造業、電子部品・デバイス・電子回路製造業、情報通信機械器具製造業あたりを指していると考えられます。電機産業に属する日本企業としては、総合電機メーカー、総合家電メーカー、総合エレクトロニクスメーカー、重電メーカー、光学系メーカー、音響・映像系メーカー、電子部品メーカー等様々な種類の企業が存在します。関連事業の業界団体の一つである一般社団法人日本電機工業会(JEMA)の正会員企業は183社(2019年5月20日現在)、一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)の正会員企業は342社(2019年5月9日現在)に上っており、非常に多くの企業が当業界に属しています。本稿では、このような多様な電機産業のうち、電子デバイス産業、個別受注産業及びコンシューマ産業を取り上げ、それぞれの事業の特徴・事業上のリスク・会計処理・内部統制の特徴について以下の5回に分けて解説します。



なお、文中の意見にわたる部分については執筆担当者の私見であり、法人としての公式見解ではないことをお断りしておきます。
 

2. 電機産業の事業の特徴と事業上のリスク

(1) 電機産業の分類と事業の特徴

a. 電機産業の分類

先に述べたとおり、電機産業には様々な業種が含まれ、それをひとまとめにして論じることが困難です。そこで今回は、大きく半導体や液晶パネル、自動車向けの電子部品を扱う電子デバイス産業、B to Bビジネスに属する個別受注産業、PCや家電製品等のコンシューマ産業の三つに分類して、それぞれの産業の事業の特徴、事業上のリスク、会計処理及び内部統制について解説します。

なお、個別受注産業の会計処理や内部統制の詳細については、個別受注セクターの以下記事をご参照ください。

業種別会計 「個別受注産業」

b. 電子デバイス産業の事業の特徴

電子デバイス産業の事業の特徴としては、次の点が挙げられます。

① 多額の設備投資

まず多額の設備投資が必要となることが挙げられます。製造装置自体が高額であるだけでなく、電子デバイスの製造はごみやほこりを嫌うため、空気清浄度が確保されたクリーンルームの設置が必要となります。また洗浄する水に不純物がまじると性能に悪影響を与えるため、超純水装置も必要になるなど多額の設備投資が必要となります。さらに、製造技術の革新のスピードも速く、微細化や大口径化への対応が必要になるため、継続的に設備投資費用がかかることになります。設備投資総額が数百億~数千億円に及ぶ企業もあるなど設備投資計画は、経営上の重要な意思決定の一つとなっています。

② 多額の研究開発

また、世界規模での技術開発競争が激しいため、研究開発に多額の費用がかかります。特に微細化の技術は、コスト削減に大きく影響するため、シェアアップを目指しての開発競争はますます激しくなっています。また、これまでとは違った新しい材料を開発することによって競争力を高めようとする動きも活発になっています。年間の研究開発費額が1000億円近くになる企業もあるなど、研究開発計画も設備投資計画と同様に、経営上の重要な意思決定の一つとなっています。

③ 知的財産権の保護

さらに、技術開発を成功させても、特許や実用新案等の知的財産権をいかに守るかが重要な経営課題となっています。世界中で特許侵害訴訟が問題となっている一方、特許に関するライセンス契約を締結してライセンス収入を得るというビジネスがあるのも、この業界の特徴といえます。また、各企業が独自で研究開発を進めるには、時間もコストもかかり過ぎるとの判断から、企業間で特許に関するクロスライセンス契約を締結し、それぞれが保有する様々な特許を相互に利用可能にし、国際競争力を高めようとする動きも活発になっています。

c. 個別受注産業の事業の特徴

個別受注産業の事業の特徴として、次の点が挙げられます。

① 原価計算と主要な原価の内訳

個別受注産業の場合、顧客の要求する仕様に応じた製品の提供を行うことから、顧客の要求する仕様を満たす製品を製品設計から構築していきます。そのため、材料費から間接費の配賦額まで一つ一つ原価を特定の製造指図書に積み上げることで製品原価が集計される個別原価計算が主として用いられます。また受注された製品がソフトウェアであった場合には、顧客仕様に応じたソフトウェアの構築を主にシステムエンジニアが行うため、原価の内訳は直接人件費や外注加工賃が占める割合が多くなります。

② 収益認識の認識単位

個別受注産業の事業の特徴として、顧客の仕様に応じたシステム品の構築のほか、システム品単独の注文のみならず当該システムに関する保守サービス業務の受注を合わせて獲得する場合があります。その際、取引実態として顧客に対して、どのような価値を提供する取引なのかという観点から、システム品と保守サービスをそれぞれ単独の取引として収益認識すべきか、システム品と保守サービス業務を一体と考えて収益認識すべきかを検討する必要があります。

③ 工事進行基準の適用

個別受注産業の事業の特徴から、取り扱う製品には大規模なもので長期にわたって製造されるものがあるため、工事進行基準の適用が検討されます。しかし個別受注産業においては、顧客の仕様に応じて製品を構築する必要がありますが、顧客納期の関係上、細かい仕様を製造着手前に詰め切れず、製造工程中に顧客とすり合わせるといった実務が行われる場合があります。その際、顧客の要求する仕様が工期中に変更されることで見積総製造費用が大きく変更される場合もあるため、工事進行基準の適用は慎重に行われます。

d. コンシューマ産業の事業の特徴

コンシューマ産業の事業の特徴として、次の点が挙げられます。

① 国内外の激しい価格競争

コンシューマ産業の特徴として、激しい価格競争が挙げられます。コモディティ化しやすく、また主として直接販売を行っている家電量販店の薄利多売戦略もあり、価格競争が激しくなっています。そのため、モデルチェンジが頻繁で、製品ライフサイクルが短い製品が多いことも特徴といえます。また、製品を供給する企業は日本メーカーのみならず、中国、韓国、台湾等の海外メーカーもあり、その参入企業の多さも激しい価格競争を助長しているといえます。激しい価格競争の結果、市場から撤退する企業や、競合他社とのM&Aを余儀なくされる企業も出てきています。

② 海外生産

コンシューマ産業は、海外生産する製品が多いことも特徴といえます。価格競争が激しいため、継続的に製造コストを低減する必要がありますが、日本国内の人件費は高いため、付加価値が低い製品については人件費の安い海外で生産することが多くなっています。新製品の開発は技術力等が要求されるため日本国内で実施し、量産体制に入った段階で生産拠点を海外に移すことが一般的となっており、国内での製造業の空洞化がますます進んでいるといえます。

③ リベート取引

コンシューマ産業では商取引慣行として、家電量販店、地域家電店、百貨店等の小売店に対してリベートを支払うことが多いことも特徴といえます。リベートは、一定期間に多額又は多量な取引をした場合に企業が売上代金の返戻を行う場合や、自社の製品の販売促進を図るために、販売促進費、販売助成費又は協賛金といった名目で金銭を支払う場合があり、契約条件や算定根拠は様々です。コンシューマ産業は価格競争が激しく、そのことがリベートを促進する一因となっています。

(2) 電機産業の事業上のリスク

a. 電子デバイス産業の事業上のリスク

電子デバイス産業の事業上のリスクとして、次の点が挙げられます。

① 設備投資の規模及びタイミング

まず、設備投資戦略が挙げられます。技術革新に伴い市場動向の変化が激しく、世界規模での需給バランスを適時適切に見極める必要があり、それを誤ると過剰設備による多額な減価償却費等の固定費の増加や、過小設備により規模の経済が働かずに競争力の低下を招く結果となります。設備投資額が多額に及ぶため、長期的な資金調達戦略とも関連させて設備投資額及びタイミングを適時適切に見極めることが、グローバル競争に勝ち抜くために必要となってきます。

② 為替リスク

また、グローバルに展開している企業が多く、外貨建取引のボリュームが大きいため、為替リスクを回避するために為替予約等のヘッジを行っています。コスト削減を図るために、海外生産比率や海外調達比率が高まってきていますが、昨今のような円高が進む状況では、輸出産業においては多額の為替損失を計上することになる可能性があるため、為替変動の状況を適切に把握して経営戦略を立てることが必要となってきます。

③ 価格変動リスク

最終製品のコモディティ化が進むにつれ、価格競争が激しくなり、価格の下落が進んできます。また、一般的にシリコンサイクルと呼ばれる半導体業界の景気循環の影響もあり、特にメモリ製品は、グローバルでの需給バランス変動の影響を受けて、価格変動リスクが大きくなっています。従って、最終製品市場の需要動向、同業他社の生産能力等を適時適切に把握して、スピーディーに対応することが必要になってきています。


b. 個別受注産業の事業上のリスク

個別受注産業の事業上のリスクとして、次の点が挙げられます。

① 受注損失

個別受注産業では、単独の受注規模が大きいことから、受注内容の採算が合わず損失となってしまう契約を受注するリスクがあります。これは市況の悪化に伴う急激な需要の減少や熾烈な価格競争に対応するための戦略的な受注損失の場合もあれば、受注時に見積もれなかった製品仕様の変更等による製造コストの増大による受注損失もあります。特に製品仕様についての交渉に困難を伴う海外案件において受注損失を計上することが多くなる傾向がありますが、受注損失を発生しないように工事案件の進捗状況を適時に管理することが必要となってきます。

② 品質保証

個別受注産業では、取り扱う製品やサービスについて利用されている技術の、高度化かつ複雑化が進んでいます。また、このような製品やサービスを効率良く生産する目的から生産体系も複雑化し、部品の調達や製造加工の外注も行われているため、結果として製品の品質保証に関するコントロールも複雑になります。これに伴い、顧客に納めた製品を原因とする損害が生じた際の責任負担が複雑になる可能性があります。

③ 情報セキュリティ

個別受注産業では、顧客の要求する詳細な仕様に応じた製品を提供する事業を行うため、顧客の有する情報、特に技術情報や個人情報等の営業機密を入手する場合があります。このような場合、万が一、事故等により情報の流出が生じた場合には事業活動や企業の信頼に大きな影響を及ぼすため、十分かつ適切な情報管理を行う必要があります。


c. コンシューマ産業の事業上のリスク

コンシューマ産業の事業上のリスクとして、次の点が挙げられます。

① 市場動向に伴うリスク

コンシューマ製品は、技術革新に伴い主要な製品トレンドも短期間に大きく変化し、その需要動向は個人消費の度合いに左右されるため、企業がターゲットとしている市場の経済状況、消費者の消費意欲といった要素が重要となります。市場の需要が弱い場合における販売不振、販売不振に伴う販売価格の低下があるばかりか、市場の需要が強い場合においても、供給過多による在庫水準の上昇及び販売価格の下落が発生する可能性があります。そのため、市場動向を見極め、製品の供給量を含めた販売戦略を立てることが重要となっています。

② 調達に関するリスク

コンシューマ製品の製造には、一定品質の原材料及び部品を安定的に確保することが不可欠です。また、価格競争が激しいことから利益が低いため、原材料及び部品価格の高騰は企業業績を低迷させる原因ともなります。従って、安定的に原材料及び部品を納入する供給業者を確保するだけでなく、価格の高騰を回避するための管理体制を整えることが必要となります。

③ ブランド価値に関するリスク

コンシューマ製品は、最終消費者である顧客と直結したビジネスであるため、会社名や製品名等のブランドネームの影響を大きく受けます。従って、会社のイメージや製品の品質に関する評判等に悪い印象が広まると、その後の販売成績に大きな影響を与える結果となるので、顧客からのクレームへの適切な対応等ブランド価値を維持することが、よりいっそう求められます。

また、すでに電子デバイス産業にて述べた設備投資の規模及びタイミング、為替リスクもコンシューマ産業の事業リスクとして挙げられます。

(3) 電機産業の会計処理及び内部統制の特徴

電機産業のビジネス上の特徴と金額的重要性を考慮すると、販売取引、棚卸資産の評価、固定資産の減損、リベート取引が重要な論点であると考えられます。これらの特徴について、第2回から第5回で解説します。



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