EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人 物流セクター
公認会計士 青柳智弥
第4回の今回は、新たな収益認識基準が物流業に与える影響について説明します。
企業会計基準委員会(ASBJ)は、我が国における初めての収益認識に関する包括的な会計基準として、2018年3月30日、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」(以下、基準)及び企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」(以下、適用指針)を公表しました。これらの収益認識会計基準等は、21年4月1日以降開始する連結会計年度及び事業年度の期首から強制適用されます(早期適用可)。
なお、本稿の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをお断りします。
基準では、以下のように5つのステップから構成される収益認識の基本となる原則が採用されています。
これらのステップのうち、特に物流業に影響すると考えられる、1.契約の結合及び履行義務の識別(ステップ1及び2)、2.取引価格の決定(ステップ3)、3.履行義務の充足(ステップ5)について解説します。
同一の顧客と同時又は、ほぼ同時に締結した複数の契約について、次の(1)から(3)のいずれかに該当する場合、当該複数の契約を結合して会計処理する必要があります(基準27項)。
(1) 当該複数の契約が同一の商業的目的を有するものとして交渉された
(2) 一つの契約で支払われる対価の額が、他の契約の価格又は履行により影響される
(3) 複数の契約において約束した財又はサービスが単一の履行義務となる
顧客との契約において約束した財又はサービスを評価し、顧客に次のいずれかを移転する約束のそれぞれを履行義務として識別しなければならないとされています(基準32項)。
(1) 別個の財又はサービス(あるいは財又はサービスの束)
(2) 一連の別個の財又はサービス(特性が実質的に同じであり、顧客への移転のパターンが同じである複数の財又はサービス)
物流業においては、例えば同一顧客に対して、輸送、保管、入出庫、ラベル貼り、検品、仕分作業、関税代行業務等、関連する、さまざまなサービスを複合して提供することとなります。また、近年では3PL(注)事業のように、物流業務の最効率化を目的として、物流倉庫内外の総合的な物流システム構築のための複合的な契約形態が増加しており、契約の結合及び履行義務の識別の検討が重要になっています。
このように、同一の顧客に対して、複数の業務を別契約により提供する場合には、これらの契約を結合すべきか検討した上で、単一の契約又は結合された契約に複数のサービスが含まれる取引については、それぞれにつき別個の履行義務として識別すべきか検討する必要があります。具体的には、①別個の財又はサービスの識別(基準34項)②一連の別個の財又はサービス(基準33項)に従い判定します。
物流業においては、特に①での検討が重要になります。その判断に当たっては、当該財又はサービスから単独で、もしくは容易に利用可能な他の資源と組み合わせて便益を得ることができるかどうかに加え、顧客との契約の観点から当該財又はサービスの相互依存性又は相互関連性の高さや、当該財又はサービスのそれぞれが、他の財又はサービスにより著しく影響を受けるか等を勘案することとなります。
例えば、集荷、梱包(こんぽう)、配達というサービスが一つの契約に含まれる場合があります。荷物を輸送するという業務の中で、それぞれのサービスの相互関連性や依存性が高いと判断される場合は、一つの運送契約として履行義務が識別されることになると考えられます。
(注)3PL(third party logistics):荷主企業に代わって、最も効率的な物流戦略の企画立案や物流システムの構築の提案を行い、かつ、それを包括的に受託し、実行すること。荷主、運送事業者以外の第三者として、アウトソーシング化の流れの中で物流部門を代行し、高度の物流サービスを提供するもの(国土交通省ウェブサイト「3PL事業の総合支援」参照)。
取引価格とは「財又はサービスの顧客への移転と交換に企業が権利を得ると見込む対価の額(ただし、第三者のために回収する額を除く。)をいう」と定められています(基準8項)。そのため、第三者のために回収する金額は、取引価格より除かれることになります。物流業において第三者のために回収する金額とは、消費税や輸入関税等が該当し、これらは取引価格に含まれないと考えられます。また、取引価格の算定の際は、顧客との契約の条件及び自らの取引慣行を考慮しなければならないとされており、顧客により約束された対価の性質、時期及び金額は、取引価格の見積りに影響を与えます。取引価格を算定する際には、次の(1)から(4)の全ての影響を考慮することとなります(基準47項)。
(1) 変動対価
(2) 契約における重要な金融要素
(3) 現金以外の対価
(4) 顧客に支払われる対価
顧客との契約において、取扱件数や取扱重量等の成果に応じて割戻契約等を締結する場合があります。これらの割戻、値引、リベート、販売インセンティブといった取引は変動対価に該当します。また、顧客との契約においてペナルティ条項が存在し、その計算に基づく損害額が請求される場合は、従来、費用として処理していたケースが多いものと考えられますが、当該ペナルティの性質を把握した上で、変動対価に該当するか検討する必要があります。このほか、3PL事業による荷主との間における目標達成により得られる効果の利益配分約定がある場合で、荷主が顧客に該当するときは、当該利益配分が変動対価に該当するか検討する必要があります。変動対価は「期待値法」又は「最頻値法」によって見積もることが必要となります(基準51項)。期待値とは、考え得る対価の額を確率で加重平均した合計となり、一方、最頻値とは、考え得る対価の最も可能性の高い単一の金額となります。
また、特定の状況又は取引における取扱いとして、物流業における重要な論点である、本人と代理人の区別があります。企業が代理人に該当するときには、他の当事者により提供されるように手配することと交換に企業が権利を得ると見込む報酬又は手数料の金額(あるいは他の当事者が提供する財又はサービスと交換に受け取る額から、当該他の当事者に支払う額を控除した純額)を収益として認識することとなります(適用指針40項)。顧客への財又はサービスの提供に他の当事者が関与している場合、財又はサービスが顧客に提供される前に企業が当該財又はサービスを支配しているときには、企業は本人に該当する(適用指針43項)とされています。
運送サービス又は3PL事業等において、協力会社や他社(関係会社を含む)が一括受託している場合や、倉庫営業、関税代行業務、その他代行業務等の取引について、本人又は代理人のいずれに該当するか検討する必要があります。具体的には、①提供しているサービスに対して企業が主たる責任を有しているか、②サービスに係る在庫リスクを有しているか、③サービスの価格裁量権を有しているか、等を考慮して判断することとなります(適用指針47項)。なお、倉庫賃貸借取引等で顧客から水道光熱費を収受している場合には、賃貸料収入と異なり、リース会計の範疇(はんちゅう)ではなく、収益認識基準の対象となるため、賃貸している倉庫・設備はどのようなものか、どのように請求(価格決定)しているか等を前述①~③等を考慮して判断し、本人と代理人の区別を行う必要があります。
企業は、財又はサービスを顧客に移転することにより履行義務を充足した時又は履行義務を充足するにつれて、収益を認識することになります(基準35項)。また、履行義務が一定の期間にわたって充足するのか、一時点で充足するのかについては、契約開始時に判定しなければなりません(基準36項)。
一定の期間にわたり充足される履行義務の判断基準として、以下の要件を定めており、いずれかの要件を満たす場合には、一定の期間にわたり収益を認識することになります。
(1) 企業が顧客との契約における義務を履行するにつれて、顧客が便益を享受すること
(2) 企業が顧客との契約における義務を履行することにより、資産が生じる又は資産の価値が増加し、当該資産が生じる又は当該資産の価値が増加するにつれて、顧客が当該資産を支配すること
(3) 次の要件のいずれも満たすこと
① 企業が顧客との契約における義務を履行することにより、別の用途に転用することができない資産が生じること
② 企業が顧客との契約における義務の履行を完了した部分について、対価を収受する強制力のある権利を有していること
(1) について、仮に他の企業が顧客に対する残存履行義務を充足する場合に、企業が現在までに完了した作業を当該他の企業が大幅にやり直す必要がないときには、企業が顧客との契約における義務を履行するにつれて、顧客が便益を享受するものとされています(適用指針9項)。
物流業においては、例えば、ベトナムのホーチミンから米国のニューヨークまでの物流サービスが提供されており、仮に行程の途中である米国のシカゴまでしか輸送されなかった場合に、シカゴまでの輸送という履行を別の企業が実質的にやり直す必要があるか検討します。別の企業がニューヨークに運ぶためにホーチミンまで荷物を戻す必要はないと判断された場合、すなわち、このように行程の途中ではあるものの、すでに完了した履行を別の企業が実質的にやり直す必要がない場合には、一定期間にわたって収益を認識することになると考えられます。従って、物流業における輸送サービスに係る履行義務は、通常は一定の期間にわたって充足することになるものと考えられます。一定期間にわたって充足される履行義務については、当該履行義務の完全な充足に向けての進捗(しんちょく)度を測定することが求められています(基準41項)。輸送サービスにおける進捗度は、出発地から到着地までの見積期間や距離数等に対する実際の経過日数や運送距離数などが考えられ、これらに応じて収益を認識することが考えられます。
物流業においては、さまざまな輸送サービスが提供されています。これまでの日本基準においては、積込日基準、検収基準、航海完了基準、航海日割基準等、一時点で収益を認識している場合も含め、さまざまな収益認識のタイミングで売上計上を行っているため、重要な影響が生じる可能性があります。国内の陸運配送サービス等であれば、出発から到着まで1、2日である等の状況が想定され、実際の会計処理に大きな影響が生じない可能性もあります。しかし、国際船舶輸送等ある程度の配送日数がかかる場合においては、一定の期間にわたって収益認識を行った場合に、大きな影響が生じる可能性があります。また、会計処理を行うに当たり、どのような進捗度を設定し、把握するかをシステム上の対応も含めて検討する必要があると考えられます。
また、少し細かい論点ですが、入庫サービスと出庫サービスを行っている場合には、それぞれ、どのように収益認識を行うか、履行義務の識別と合わせて検討が必要です。
なお、船舶による運送サービスについては、重要性等に関する代替的な取扱いが定められているため(適用指針97項)、留意が必要です。
物流業においては、他の業種に比べて国際会計基準(IFRS)適用企業が少なく、多くの企業が日本基準を適用している状況の中、収益認識会計基準を適用することとなります。
そのため、適用による影響について、先行事例が少ない状況となっており、各企業において網羅的に検討することが重要となります。特に、一定の期間にわたり収益認識をしなければならない取引が存在する場合には、内部統制及び情報システム等への影響を十分に検討することが必要と考えます。
物流・倉庫業