EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY税理士法人 トランザクション・タックス・アドバイザリー部 税理士 植田 和己
2019年にEY税理士法人に入社し、トランザクション・タックス・アドバイザリー部にて国内およびクロスボーダーM&Aに係る税務デューデリジェンス業務、税務ストラクチャリング業務、グループ内組織再編業務等に従事。
要点
スピンオフとは、事業再編・組織再編の手法の1つであり、自社の特定事業または子会社を切り出して企業グループから分離することです。
令和5年度税制改正において、従前のスピンオフ税制では課税の繰延べが認められていなかったスピンオフを行う法人に持分の一部を残すパーシャルスピンオフ(株式分配に限る)についても、一定の適格要件を充足するものについては、税務上の適格組織再編成とする特例措置(以下、パーシャルスピンオフ税制)が創設されました。
本稿では、令和5年度税制改正におけるパーシャルスピンオフ税制の概要について、主要な項目に絞って解説します。
なお、当該特例措置の創設を受けて、パーシャルスピンオフに関する会計処理について、2023年10月6日に企業会計基準委員会が「自己株式等会計適用指針案」等を改正する公開草案を公表しており、また、同日に日本公認会計士協会から、「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」を改正する公開草案が公表されています。当該パーシャルスピンオフに関する会計処理の詳細は「パーシャルスピンオフ税制に対応して改正される自己株式等会計適用指針案等の解説」をご参照ください。
また、令和6年度税制改正大綱において、パーシャルスピンオフ税制に関する産業競争力強化法の事業再編計画の認定要件の見直し及び適用期限の4年間の延長等が明記されています。具体的な改正内容については、今後、国会における審議を経て改正法が成立することとなるため、本稿においては令和6年度税制改正に関する詳細な内容には言及していないことに留意ください。
文中意見に係る部分は筆者の私見である旨、あらかじめ申し添えます。
従前のスピンオフ税制は、特定事業を切り出して独立会社とするスピンオフの円滑な実施を可能にするため、平成29年度税制改正において創設された税制であり、特定の事業を分割型分割によりスピンオフする場合または完全子会社を株式分配によりスピンオフする場合において、一定の適格要件を充足するものについては、税務上の適格組織再編成として位置付けられ、スピンオフを行う法人・株主のいずれも譲渡損益に対する課税が繰り延べられることとされました(<図1>参照)。
当該スピンオフ税制においては、分割型分割に係る分割承継法人の株式または株式分配の対象となる完全子会社の株式の全てがスピンオフを行う法人の株主に分配されることが要件として定められており、スピンオフを行う法人に持分を一部残す場合には、適格組織再編に該当しないものとして取り扱われていました。
しかし、2022年11月28日に政府が決定したスタートアップ育成5カ年計画において、大企業が有する経営資源(人材、技術等)の潜在能力の発揮や大企業発のスタートアップ創出の観点から、スピンオフを行う企業に持分を一部残す場合についても課税の対象外とすることが明記され、かかる状況を踏まえ、令和5年度税制改正において、段階的に事業を切り出そうとする法人がスピンオフ税制を活用できるよう、パーシャルスピンオフ税制が創設されました。
なお、当該特例措置は令和5年度末(令和6年3月31日)までの時限措置として創設されていますが、正式な可決は今後の国会における審議を経てからであるものの、2023年12月14日に公表された令和6年度税制改正大綱において、適用期限を4年延長することが明記されています。
2023年4月1日~2024年3月31日までの間に産業競争力強化法の事業再編計画の認定を受けた法人が同法の特定剰余金配当※1として行う現物分配で、その現物分配の直前において現物分配法人により発行済株式等の全部を保有されていた法人(以下、完全子法人)の株式が移転するものを認定株式分配と定義し、当該認定株式分配の直後に現物分配法人が有する完全子法人の株式が当該完全子法人の発行済株式等の20%未満となること等の<表1>の要件の全てに該当するものが適格株式分配に該当することとされています※2。
なお、2023年12月14日に公表された令和6年度税制改正大綱において、パーシャルスピンオフ税制の認定計画の公表時期を見直すとともに、計画の認定要件の見直しを行った上で、適用期限を4年延長することが明記されており、適格要件に関する具体的な改正内容について注視する必要があると考えられます。
出所:執筆者作成
完全子法人株式を株主に移転したときは、株式分配直前の帳簿価額による譲渡をしたものとされるため、完全子法人株式の譲渡損益は計上されないこととなります※3。
株式分配の直前の完全子法人株式の帳簿価額に相当する金額は、資本金等の額から減算され、利益積立金額は減算されません※4。
また、適格株式分配の場合にはみなし配当が認識されないため源泉徴収は生じません。
なお、スピンオフを行うことにより現物分配法人の株主には新たにスピンオフされた完全子法人の株式が割り当てられ、株主において帳簿価額の付け替えの処理が必要になることから、株主等に対して分配資産割合の通知が必要となります(税制非適格の場合も同様)。
特段の課税関係は生じません。
現物分配法人の株主は、その所有株式(現物分配法人株式)のうち、完全子法人株式に対応する部分の譲渡を行ったものとみなされますが、譲渡対価及び譲渡原価はいずれも完全子法人株式対応帳簿価額とされるため、譲渡損益課税は繰り延べられます※5。なお、完全子法人株式の取得価額は、株式分配直前の現物分配法人株式の帳簿価額に分配資産割合を乗じた金額とされます。
また、株式分配により完全子法人株式の交付を受けた場合には完全子法人株式に対応する部分の譲渡を行ったものとみなされるため、株式分配は受取配当等の益金不算入制度における配当等の額の起因となる剰余金の配当には該当しないこととなります※6。
※1 剰余金の配当であって、配当財産が産業競争力強化法による事業再編計画の認定を受けた事業者の関係事業者の株式等であるもの。
※2 措法68の2の2、措令39の34の3①
※3 法法62の5③
※4 法令8①十六、同令9①八
※5 法法61の2⑧
※6 法法23①一
パーシャルスピンオフ税制は、2023年4月1日~2024年3月31日までの間に、<表2>の6要件を充足し、産業競争力強化法の事業再編計画の認定を受けた法人が対象となります。
要件 |
内容 |
---|---|
計画期間 |
3年以内(大規模な設備投資を行うものに限り5年) |
生産性の向上 |
計画の終了年度において次のいずれかの達成が見込まれること。 |
財務の健全性 |
計画の終了年度において次の両方の達成が見込まれること。 |
雇用への配慮 |
計画に係る事業所における労働組合等と協議により、十分な話し合いを行うこと、かつ実施に際して雇用の安定等に十分な配慮を行うこと。 |
事業構造の変更 |
次のいずれかを行うこと。 |
前向きな取組 |
計画の終了年度において次のいずれかの達成が見込まれること。 |
引用元:経済産業省「産業競争力強化法における事業再編計画の認定要件と支援措置について」、www.meti.go.jp/policy/jigyou_saisei/kyousouryoku_kyouka/180604_gaiyou.pdf(2023年12月11日アクセス)
なお、仮に2024年3月31日以降に、認定を受けた事業再編計画の内容に変更事由が生じ、変更認定を受けた場合においても、当初の事業再編計画の認定が2023年4月1日~2024年3月31日までの間である場合には、パーシャルスピンオフ税制の適用は可能であるとされています※7。
事業再編計画の認定を受けるためには、計画の認定(計画開始)を予定している時点から約3カ月程前に事業を所管している各省庁に対して事前相談を実施し、2カ月程度をかけて要件を充足するか否かを確認した上で所定の申請書および添付書類を所管省庁へ提出する必要があります※8。
※7 経済産業省「パーシャルスピンオフに関する税制措置Q&A」1ページ。
※8 経済産業省「産業競争力強化法における事業再編計画の認定要件と支援措置について」41ページ。
平成29年度税制改正によるスピンオフ税制の創設以降、国内における活用事例として公表されているものは、2020年に実施された株式会社コシダカホールディングスによるフィットネス事業のスピンオフ1件のみであったものの、令和5年度税制改正におけるパーシャルスピンオフ税制の創設以降、複数社がスピンオフまたはパーシャルスピンオフの検討開始を公表していることから、今後も本制度を検討する会社は増加することが見込まれると考えられます。
本稿においては、主にパーシャルスピンオフに係る税務上の取扱いを述べていますが、産業競争力強化法の事業再編計画の認定を受けた場合には、スピンオフを行うための株式の現物配当を行う場合の会社法上の手続負担の軽減やスピンオフを行った取締役等の欠損填補責任に係る特例等の会社法上の特例措置があることのほか、パーシャルスピンオフの会計処理に関して、2023年10月6日に企業会計基準委員会が「自己株式等会計適用指針案」等を改正する公開草案、日本公認会計士協会が「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」を改正する公開草案等を公表しており、税務の取扱いのみならず、法務や会計等の多角的な論点を考慮することが必要になりますので、あらかじめ専門家に相談の上、本制度の適用を丁寧に検討することが望ましいと考えられます。
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令和5年度税制改正において、スピンオフを行う法人に持分の一部を残すパーシャルスピンオフについても、一定の適格要件を充足するものについては、税務上の適格組織再編成とする特例措置が創設されました。本稿では、当該特例措置の概要について、主要な項目に絞って解説します。
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