半導体調達の未来 ~変わりゆく半導体サプライチェーンについて
岡部 裕之
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 テクノロジー/メディア・エンターテインメント/テレコムセクター/インテリジェンス ユニット シニアマネージャー
安定した半導体調達に必要な自社サプライチェーン再構築についての重要な要素は?
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要点
世界的な半導体市場は2022年には約6180億ドル、2030年には1兆ドルになると推定。
半導体バリューチェーンは「デザイン」「製造」「販売」「最終商品化」の4段階。
半導体サプライチェーンにおける課題には「需要と供給の不均衡」「カスタマイズされた仕様」「グローバルなサプライチェーンの複雑さ」「材料の規制」「人材不足」「関税や消費税の影響」等がある。
自社半導体調達に関する対応策再構築とは。
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現代社会において、半導体は非常に重要な部品の1つで、私たちが日常的に使用する多くの製品に広く使用されています。パソコン、スマートフォン、自動車などの製造には、半導体が不可欠であり、私たちの生活に必須のものとなっています。
しかしながら、半導体の製造には高度な技術と巨額の投資が必要であり、半導体の製造は特定の国や企業に集中しています。このため、半導体サプライチェーンにはさまざまなリスクが存在します。近年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)や米中貿易摩擦などの影響により、半導体不足が深刻化し、多くの産業に影響を与えています。例えば、自動車メーカーは半導体不足の影響で、需要が高まっているにも関わらず必要な部品が供給されないため、生産計画に遅れが生じているケースもありました。
そのため、半導体サプライチェーンの強化や多様化は、経済安全保障の観点からも非常に重要な課題となっています。特に、半導体を生産している一部の国や企業に依存することがリスクとなっています。このようなさまざまな外部要因がある中で、企業は高度な半導体調達戦略が求められます。
半導体市場とその内訳
SEMI(Semiconductor Equipment and Materials International, エレクトロニクス製造サプライチェーンの国際工業会)によると、世界的な半導体市場は2022年には約6180億ドル、2030年には1兆ドルになると推定されています。半導体市場において、最も需要が高いのはスマートフォンやコンピュータ用です。しかし、近年では自動車、IoT機器など、半導体使用製品の拡大により需要が急増しています。また、AIやブロックチェーンなど、新しい技術の発展により、半導体の需要はさらに拡大することが予想されています。
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半導体バリューチェーン・構造について
半導体バリューチェーンとは、半導体の製造から販売までの一連のプロセスを指します。半導体バリューチェーンの構造は、大きく分けて以下の4つの段階に分類できます。
デザイン: 半導体の機能や性能を設計する段階です。自社で設計を行う会社や、デザインハウスと呼ばれる専門企業がこの段階を担当します。製造: 半導体の素材や部品を作る段階です。ウエハー、マスク、パッケージなどがこの段階で作られます。製造はさらに前工程と後工程に分けられます。前工程はウエハーに回路を形成する工程で、主にファウンドリと呼ばれる専門企業がこの工程を担当します。後工程はウエハーを切断し、パッケージングやテストを行う工程で、ファウンドリやアセンブリ・テスト企業がこの工程を担当します。販売: 半導体の製品やサービスを市場に提供する段階です。半導体メーカーや半導体商社がこの段階を担当します。最終商品化: この段階では、半導体の性能や特性を生かして、さまざまな用途に応える製品やシステムを設計・製造します。例えば、コンピュータ、スマートフォン、自動車などです。最終製品化を担当するのは、完成品メーカーや製造受託企業です。これらの企業は、半導体の供給元や顧客と密接に連携して、市場のニーズに合わせた最適な製品を提供します。
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半導体サプライチェーンにおける課題
EYの独自調査である、「EY CEO Outlook Pulseサーベイ 」によると、40%ものCEOが地政学的な課題によってサプライチェーンの再構築を実施したと回答しています。ただし、日本のTMT業界のCEOに限るとサプライチェーンの再構築を行ったのは25%にとどまっており、これはTMTのGlobalの数値と比べても低い値になっています。また、今後6カ月間の戦略的な取り組みについて「サプライチェーンにレジリエンスを持たせる」と回答したCEOもGlobalの32%に対し13%と、日本のTMT業界の値は低い状況です。
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このサーベイ結果も示すように、現在サプライチェーンを取り巻く環境には、さまざまな課題が存在しており、半導体調達についての課題は以下のようにまとめられます。
需要と供給の不均衡: 半導体は、スマートフォンやパソコン、自動車などの多くの製品に必要な部品ですが、コロナ禍や自然災害などの影響で、生産が滞り、供給が不足したりします。例えば自動車産業では、半導体不足による出荷遅延が発生するケースもあります。SEMI Japan代表 浜島 雅彦氏によると、「自動車だけでなく、ECMOやMRIなどの医療機器向け半導体の調達も課題となっており、経済産業省でも課題視されています。医療向けの半導体は世代が古く、相対的な販売数が少なく信頼性の要求も高いため、半導体メーカーにとってはインセンティブが少ない」のが背景にあります。
カスタマイズされた仕様: 半導体は、さまざまな用途や性能要求に合わせて設計される多種多様な製品が存在します。しかし、これは同時に、製造工程や在庫管理において複雑さやコストを増加させる要因となります。また、市場の変化に素早く対応するためには、柔軟で効率的なサプライチェーンが必要です。したがって、半導体サプライチェーンでは、高度にカスタマイズされた半導体部品とサプライチェーンの最適化とのバランスをとることが重要です。
グローバルなサプライチェーンの複雑さ: 半導体の製造には、世界中の多くの国や企業が関わる複雑なネットワークです。このサプライチェーンは、原材料の供給、設計、製造、組み立て、テスト、販売など、さまざまな段階と関係者から構成されています。半導体の製造には多くの工程と国際的な分業が必要であり、その結果、半導体サプライチェーンは複雑でグローバルなものとなっています。一般社団法人 日本電子デバイス産業協会 代表・理事 齋藤 昇三氏も「特に後工程を請け負うOSAT(Outsourced Semiconductor Assembly and Test:パッケージングからテストまで請け負う製造業者)はかなり海外に重点を置いている。材料を調達し日本国内で前工程を行い、海外で後工程を行い、さらにテストを日本で行えば、行ったり来たりしてどうしても現状リードタイムが長くなり、市場の変化へタイムリーに対応できない問題が生じる」と述べられています。
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また、このような状況下で、半導体サプライチェーンにおける移転価格税制は、重要な課題となっています。移転価格税制とは、関連企業間の取引において、適正な取引価格を決定し、各国の課税権を分配するためのルールです。移転価格税制は、国際的に調整されており、原則として、関連企業間の取引は、独立した第三者間の取引と同じ条件で行われるべきであるという「独立企業原則」に基づいています。しかし、半導体サプライチェーンにおいては、独立企業原則を適用することが困難な場合が多くあります。例えば、半導体の設計や開発に関する知的財産権は、一般的には市場で取引されておらず、その価値を客観的に評価することが難しい場合があります。また、半導体の製造や販売に関するリスクや機能は、サプライチェーン内の各企業に均等に分散されているわけではなく、その配分を明確にすることが難しい場合があります。
材料の規制: 早ければ2025年にも欧米で始まる見通しのフッ素化合物群(PFAS)の規制があります。SEMI Japan浜島氏によると「半導体の製造過程でさまざまな工程に使われており、特にレジストは先端的な半導体製造に欠かせず、禁止されると製造できない可能性があり、より安全な代替物質への変更が業界の課題。しかし代替物質の開発には時間がかかり、完全に切り替えるには15年以上はかかると考える人もいる」と述べられています。
人材不足: 半導体製造には高度な技術や知識が必要であり、専門的な技能を持った人材が必要とされています。しかし、近年、半導体産業の急速な成長に伴い、人材不足が深刻化しています。特に、エンジニアや技術者の不足が顕著であり、生産ラインの設計や制御などの専門的な知識を持った人材が不足しています。また、需要が急増しているため、生産工場や研究開発拠点を拡大する際にも、人材不足が生じることがあります。このような人材不足は、半導体製品の品質や生産性に影響を及ぼします。さらに、人材の流出や離職率の上昇も問題となっており、人材確保や育成の重要性が高まっています。
在庫調整やサプライチェーンの再構築に伴う、関税や消費税などの影響: 需要と供給のバランスが重要な半導体市場において、急激な需要変動が生じた場合には在庫不足が発生し、需要低迷時には在庫過剰となり在庫処分が必要となる課題があります。そのため、メーカー側では生産ラインのスケールアップやダウン、在庫管理の最適化など、迅速かつ正確な対応が必要です。また、サプライチェーンの再構築に伴う関税や消費税の影響も課題です。半導体製品はグローバルな市場で取引されており、再構築には輸出入や物流など多くの手続きが必要です。関税や消費税がかかることで製品価格が上昇する恐れがあり、また輸出入にかかる手続きによって納期が遅れることも考えられます。
このような環境下、半導体を調達する企業として、サプライチェーンのリスクに備えるには、どのようにしたら良いでしょうか?
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「サプライチェーンの再構築」のために必要なこと
半導体の調達については、近年半導体の不足が長期化し、企業の半導体調達に対するマインドが変化しています。以下、直近の変化に対応した対応策になります。
サプライヤーの分散化・集中購買
サプライヤーの分散化は、単一のサプライヤーに依存するリスクを低減することができます。調達先の多様化は、価格競争力の向上や安定した調達にもつながります。
集中購買は、調達プロセスを簡素化し在庫管理をしやすくします。例えば、トヨタ自動車株式会社が株式会社デンソーなどグループ企業と連携し、開発段階から情報共有しながら使用する半導体の共通化や汎用品への代替を進めることにより、集中購買を進めています。これにより半導体メーカーは生産計画を立てやすくなり、生産効率を向上させることができ、トヨタグループはスケールメリットで購買力を高めることができます。
サプライチェーンの透明性の向上と半導体サプライヤーとの協力関係構築
サプライチェーンの透明性を向上させるためには、半導体サプライヤーや商社との連携や情報交換が必要です。
また、半導体調達サプライチェーン全体のデジタル化やトレーサビリティの確保も有効な手段です。これらの課題は、調達企業が単独で解決できるものではありません。半導体サプライヤーとの協力関係構築が重要です。この視点において、日本電子デバイス産業協会 齋藤氏は次の様に述べられています。「設計や開発の段階からパートナーシップを結び、サプライチェーン全体を円滑に回していくアプローチをとることが重要。半導体の供給・購買という概念を超えビジネスパートナーとしての考え方が必要。」
この指摘を踏まえると、半導体の製造リードタイムが長い現在の制約を前提に安定調達を実現するためには、調達企業は自社の発注期間と半導体の生産リードタイムとの整合を図ることも考慮する必要があります。半導体生産リードタイムと発注期間のギャップから生じる不確実性への対応を半導体サプライヤーに一方的に求めることは、ビジネスパートナーとしての関係を構築する上でマイナスとなる可能性があるからです。透明性の向上を実現し、ビジネスパートナーとしての関係性をより強くする対策として、自社のPSI(生産状況、需要、在庫)の情報をサプライヤーとつなぐプラットフォーム上に情報として展開し、不確実性への対応を日々のオペレーションで対応していくことも重要となります。
的確な需要予測と代替ソリューションの検討
製品需要は、市場の動向や技術の進歩によって変化します。しかし、安定的な供給を受けるために半導体メーカーと長期的な契約を結ぶ際には、的確な予測を行うことが重要です。その上で、半導体メーカーの生産能力を長期契約で担保することにより、安定した供給を確保することができます。
また、半導体の供給が不安定な場合には、代替品や汎用品を検討することも有効な対策です。そうすることで、半導体の価格高騰や品薄による影響を緩和することができます。ただし、代替品を使用する場合には、設計や仕様の変更が必要になる場合があります。そのため、設計や仕様を柔軟に変更できるように準備することが大切です。また、中長期的に安定した供給を受けることに関して、SEMI Japan 浜島氏は「可能な限り、先端技術を用いたデバイスを使用することも重要。例えば、車に関しては、長期間保証することが難しい40~60nmノードといったレガシーノードではなく、16~28nmノードを採用し、さらに標準品を使用することで、影響を受けにくくできる」と述べられています。
半導体サプライチェーンの税務上の環境変化への対応
半導体サプライチェーンは、国際的な取引が多く行われるため、各国の税制や関税などの変更に影響を受けやすいです。そのため、税務上のリスクを管理し、適切な税務戦略を立てることが重要です。半導体サプライチェーンにおける移転価格税制は、複雑で困難な課題ですが、適切な対策を講じることで、効率的なサプライチェーン構築に役立ちます。
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【共同執筆者】
サプライチェーン&オペレーションズ
平井 健志 パートナー
斉藤 一郎 シニアマネージャー
EY税理士法人
味田 貴志 パートナー
テクノロジー/メディア・エンターテインメント/テレコムセクター
長谷川 恭子 コンサルタント
菅 哲雄 コンサルタント
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サマリー
半導体は、デジタル社会の基盤となる重要な産業である半面、半導体サプライチェーンは、複数の国を跨がる 複雑な構図になっています。また、半導体サプライチェーンには、材料の規制や人材不足などさまざまな課題があります。このような状況下、半導体調達における自社サプライチェーン再構築は、製造業の部品調達レジリエンスを高めるために重要です。
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岡部 裕之
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 テクノロジー/メディア・エンターテインメント/テレコムセクター/インテリジェンス ユニット シニアマネージャー
TMTインテリジェンス ユニットにてリサーチの推進およびThought Leadership作成をけん引。
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