EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) TCF Lead Advisory 七澤 奈緒子
M&A関連ストラテジー業務に従事。担当業種は多岐にわたり、エクイティ・クレジットアナリストの経験を踏まえ、事業成長性評価、事業計画策定、財務戦略検討、企業競争力評価、市場分析等に携わる。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) シニアマネージャー。
要点
2011年以降、日本国内のM&A件数は増加基調にあり、22年の実績は4,300件超※1と過去最高水準となっています。日本経済新聞をはじめとする経済紙面では、大企業によるM&Aがクローズアップされますが、資本金10億円未満の企業数が99%※2を占める日本においては、中小規模の企業がM&Aの主体となっているケースが多くあります。そのため本稿では、プライベートエクイティ(PE)ファンド等が中小企業へのバイアウト投資を検討するにあたり、「Entryの視点」「バリューアップの視点」「Exitの視点」の3つの視点から、業界再編の可能性が相対的に高い業種、ひいては投資妙味のある業種を探り出すことを目的に、情報の整理を行いました。
Entryの視点では、投資機会の多寡に着目し、1. 大企業による寡占度、2. 事業承継、3. 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響、という3つの観点から、潜在的に事業売却の可能性が高い業種を洗い出しました。
大企業の寡占度では、売上高を軸に大企業の構成割合を分析しました。結果として、運輸、不動産、卸売、建設、小売、サービス業などの業種の大企業寡占度は相対的に低い結果となりました。すなわち、業界内で一定のプレゼンスを有する中堅クラスの企業が数多くあり、投資金額見合いで魅力的な投資対象が多い可能性が高いと推察されます(<図1>参照)。
事業承継ニーズという観点では、オーナー企業率および後継者不在率から事業承継ニーズが高いとみられる業種を洗い出しました。結果として、小売業および建設業において、当該2視点のいずれにおいても全国平均を上回る水準となりました。一方で、社長の平均年齢は、全国平均の60.3歳をそれぞれ下回っており、事業承継ニーズが喫緊の課題にはなっていないものの、中期的に後継者問題が顕在化する可能性が高い業種とみられます(<図2>参照)。
新型コロナウイルス感染症の流行に伴う外出自粛等による影響を直接的に受けたサービス業・小売業では、短期的な資金繰りに窮し、いまだサービス業(飲食店やホテル・旅館)などの倒産件数は高止まりしています(<図3>参照)。しかし、足元はインバウンド需要の復調も含め、将来にわたるリカバリーの確度が非常に高いため、短中長期的な投資機会として注目される業種と位置付けられます。
バリューアップの視点では、大企業と中小企業について、企業の財務指標である1. 営業利益率、2. 労働生産性、3. ソフトウェア投資比率等の水準を比較した上で、その差分が大きい業種では、潜在的なバリューアップの余地が高いと定義付け、整理しました。
営業利益率については、規模の経済が効きやすい鉱業に加えて、サービス、情報通信、不動産業において、大企業と中小企業の間で営業利益率の差分が大きい結果となりました。経営資源の再配分や高付加価値化による改善余地が大きいと推察されます(<図4>参照)。
情報通信・卸売・製造業では、大企業の労働生産性が中小企業の3~5倍程度となっており、これら業種における中小企業の改善余地は極めて大きいとみられます。投資家主導の高付加価値化等の取り組み効果が業績改善に直接的につながり得る可能性が高いと推察されます(<図5>参照)。
大企業と中小企業間の営業利益率と労働生産性の差分を生じさせている要因はさまざまですが、企業の自助努力によって補い得る要素としてIT化・デジタルトランスフォーメーション(DX)化が挙げられます。特にガス・水道・運輸・卸売・建設・製造業等においては、大企業の設備投資によるソフトウェア投資比率が中小企業の約4倍と、IT化・DX化への取り組みに差が生じているとみられ、原価等を含むコスト管理高度化の余地が依然として大きいと推察されます(<図6>参照)。
Exitの視点では、バリューアップ後の売却を視野に入れた場合の、いわゆる流動性の側面に着目しました。流動性は市場参加者の期待値によって醸成されるものであると位置付け、1. 国内売上高比率と大企業寡占度、2. 業種別企業総数に対するM&Aの進捗(ちょく)度、3. 業界再編の効果が発揮されやすい業種、の3つの視点から、業界再編期待が高い業種の洗い出しを行いました。
総務省が発表した23年5月時点の日本の人口は1億2,450万人(概算値)で、08年以降、継続的に減少しています。こうしたマクロ環境下、内需依存かつ大企業の寡占が進んでいない業種では、構造的に業界再編期待が高まると考えられます。特に市場規模の大きい建設、小売、サービス業では、ターゲットとする市場規模の縮小が避けられない中、企業数も多い業種であるため、よりその影響が色濃く出る可能性があると推察されます(<図7>参照)。
M&Aの進捗度という観点では、M&A件数と企業数の業種別構成の比較から、業界再編の進捗度を検討しました。製造・サービス・情報通信・商業を買収先とするM&Aの件数は例年高水準で推移しており、16~20年の累計実績の8割強を占めています。当該4業種で企業数全体の50%強を占めることから、依然として同トレンドは継続するとみられます。しかし先行きを見据えた場合、製造業や情報通信業では、業界再編が相応に進捗し再編余地は少なく、逆に建設、不動産・住宅業は全体企業数の3割近くを占めるにもかかわらず、M&Aの実績が極めて少なく、いまだ業界再編が進展していない業種であると解釈することも可能です。すなわち中長期的な視点で見れば、将来的に建設、不動産・住宅業が業界再編の主役として注目される局面も出てくる可能性があると推察されます(<図8>参照)。
業界再編の効果が発揮されやすい業種は、すなわち規模の経済効果がより大きく発現する固定費型ビジネスモデルを展開する業種と言い換えることができます。企業によってビジネスモデルの個別性は高いため、明確な類型化は困難ではありますが、一般論として運輸、情報通信、鉱業などは典型的な固定費型ビジネスモデルであり、事業再編に伴う規模の経済が働きやすい業種と推察されます。そのため、同業異業種問わず、さまざまなプレイヤーからの買収ニーズは相応に高いと推察されます(<図9>参照)。
業界再編を見据えた投資戦略について、「Entryの視点」「バリューアップの視点」「Exitの視点」から整理をしました。上記に挙げた9つの論点を用いて業種ごとの星取表が<図10>となっています。結果として、建設業やサービス業における潜在的な業界再編余地が大きい結果となりました。当該2業種は、「Entryの視点」「Exitの視点」の項目でも挙げたように、業界再編が進む経済条件が内外で整いつつあるとみられます。さらに「バリューアップの視点」でも指摘したとおり、IT投資などを通じた収益性・生産性の改善余地も大きいため、PEファンドのみならず、同業異業種プレイヤーからの注目度も高まる可能性があります。特に、建設業・サービス業は市場規模が大きく、かつ企業数も相応に多いため、M&A再編が業界トレンドとなった場合、ドラスティックな変化へとつながる可能性を内包しているとみており、今後の動向が注目されます。
※1 出所:(株)レコフ
※2 出所:総務省統計局 令和3年経済センサスより
中小規模の企業のバイアウト投資を検討する上での投資戦略として、マクロ的観点で見た場合の業界再編余地を業種別に整理しました。
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