EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
「EYスタートアップM&A動向調査 2021」をダウンロード (PDF:1.58MB)
国内スタートアップを対象としたM&Aは、これまで増加傾向にありましたが、図表1に示す通り、2021年は前年比58%増の143件と大きく増加し、調査開始以降、過去最高の件数となりました。ビジネスの現場では、引き続き新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響が続いていますが、スタートアップへのM&A意欲は衰えるどころか、むしろ高まっていると言えそうです。
図表1:国内スタートアップを対象としたM&A件数の推移
注) INITIALにおける公表⽇をベースに集計
出典︓ INITIAL(2022年3⽉21⽇時点)を基にEY分析
また、国内スタートアップを対象としたM&A件数と国内IPO件数との比較を、図表2に示します。2021年の国内IPO件数は123件と、こちらも前年比で32%増加したものの、M&A件数の方がさらに高い伸びを示したため、2021年はM&A件数がIPO件数を16%上回る結果となりました。国内でもスタートアップのEXIT手段としてM&Aが定着しつつあると言えそうです。
図表2:国内スタートアップのM&Aと国内IPOの件数比較
注) M&A件数はINITIALにおける公表日をベースに集計、IPO件数にはTOKYO PRO Marketは含まない
出典︓ INITIAL(2022年3⽉21⽇時点)を基にEY分析
ここでは、2020~2021年のM&A案件の買収額を見ていきたいと思います。まず前提として、買収額は非開示となっている案件も多く、2020年の90件のうち、INITIALで買収額が確認できたものは17件でした。2021年は、143件のうち、INITIALで買収額を確認できたものが27件、それ以外の開示資料などから買収金額が確認・推定できたものが5件で、合計32件でした。このように、買収額についてはデータ入手に限界があるもの、金額が大きめの案件では開示される傾向にありますので、まず金額が大きめの案件を中心に動向を考察してみたいと思います。
2020年の買収額が確認できた17件のうち、買収額が10億円以上のものは、図表3に示す通り4件でした。この中で最も買収額が大きかったのは、マネーフォワードがアール・アンド・エー・シーを約13億円で買収した案件でした。
図表3:2020年のスタートアップM&A案件における買収額(10億円以上の案件)
公表日*1 |
買収企業 |
売却企業(事業) |
事業内容 |
買収額 |
---|---|---|---|---|
2020年 |
株式会社マネーフォワード |
株式会社アール・アンド・エー・シー |
金消込・債権管理の自動化システムの開発・運営 |
13.3 |
2020年 |
フィードフォースグループ株式会社 |
アナグラム株式会社 |
インターネットマーケティング支援事業 |
12.5 |
2020年 |
株式会社LITALICO |
福祉ソフト株式会社 |
介護報酬請求ソフトの開発・販売 |
10.5 |
2020年 |
株式会社JMDC |
ミーカンパニー株式会社 |
医療系データベースの開発・販売 |
10.5 |
*1 INITIALにおける公表日
*2 買収額は一部推定値を含む(0.1億円未満は四捨五入)
出典: INITIAL(2022年3月21日時点)、各社プレスリリースを基にEY分析
次に、2021年の買収額を確認できた32件のうち、買収額が10億円以上となったものは、図表4に示す通り18件となり、2020年よりも大幅に増加しました。中でも、PayPalがPaidyを3,000億円で買収した案件は、スタートアップ業界では過去に例が無い大型案件であり、世間に大きな衝撃が走ったのは記憶に新しいところです。2021年は、Paidyも含め、100億円以上のメガディールが3件(M&A後の業績次第で100億円超となる可能性があるARTham Therapeuticsを加えると4件)、20億円以上の案件で見ても11件となっており、M&Aの大型化が一気に進んだ1年となりました。
また、PayPalだけでなく、Googleがpringを100億円で買収しており、国内スタートアップの買い手企業としてグローバルプレーヤーが参入してきたことも、2021年の特筆すべき事象と言えるでしょう。
図表4:2021年のスタートアップM&A案件における買収額(10億円以上の案件)
公表日*1 |
買収企業 |
売却企業 |
事業内容 |
買収額 |
備考 |
---|---|---|---|---|---|
2021年 |
PayPal Holdings, Inc. |
株式会社Paidy |
後払い決済サービスの開発・提供 |
3,000 |
|
2021年 |
株式会社ディー・エヌ・エー |
株式会社IRIAM |
バーチャルライブ配信アプリ運営 |
120 |
|
2021年 |
Google International LLC |
株式会社pring |
無料送金アプリ企画・運営 |
109 |
|
2021年 |
科研製薬株式会社 |
ARTham Therapeutics株式会社 |
治療候補薬の研究開発 |
55~127 |
買収時に55億円、その後の開発進捗に応じて最大約72億円の追加支払い |
2021年 |
株式会社PKSHA Technology |
株式会社アシリレラ |
RPAロボット管理・制御ソフトウェア開発 |
50~ |
買収時に45億円で90%を取得、残り10%は買収後の業績連動で決定(残り10%の買取下限は5億円) |
2021年 |
株式会社ポーラ・オルビスホールディングス |
トリコ株式会社 |
カスタマイズサプリメントの製造販売 |
33 |
|
2021年 |
株式会社ディー・エヌ・エー |
日本テクトシステムズ株式会社 |
認知症医療関連アプリ・サービスの開発 |
30 |
株式交換でのM&Aであるため、効力発生日の株価で算出 |
2021年 |
朝日インテック株式会社 |
株式会社A-Traction |
腹腔鏡手術支援ロボットの開発 |
27~35 |
買収時に26.8億円、買収後に一定条件クリアで最大8.6億円の追加支払い |
2021年 |
freee株式会社 |
株式会社サイトビジット |
電子契約支援サービス運営 |
28 |
|
2021年 |
SBIファイナンシャルサービシーズ株式会社 |
株式会社FOLIOホールディングス |
資産運用サービス・運用基盤提供 |
21+α |
第三者割当増資(約21億円)と既存株主からの一部譲渡にて連結子会社化 |
2021年 |
株式会社マネーフォワード |
HiTTO株式会社 |
HRチャットボットの提供 |
20 |
|
2021年 |
株式会社プレイド |
株式会社Emotion Tech |
顧客・従業員体験管理システムの提供 |
17 |
|
2021年 |
株式会社デジタルハーツホールディングス |
株式会社アイデンティティー |
求人広告販売・IT人材エージェント |
16 |
|
2021年 |
株式会社スズケン |
エンブレース株式会社 |
医療介護関連SNS運営 |
15 |
|
2021年 |
株式会社ギフティ |
ソウ・エクスペリエンス株式会社 |
体験ギフト商品の企画・販売 |
15 |
|
2021年 |
株式会社Macbee Planet |
株式会社Alpha |
広告プラットフォームの開発 |
12 |
|
2021年 |
株式会社NTTドコモ、 |
株式会社ミナカラ |
オンライン薬局の運営 |
12 |
NTTドコモ(85.1%取得)とメドレー(14.9%取得)で共同買収 |
2021年 |
株式会社インテージ |
株式会社リサーチ・アンド・イノベーション |
購買データに基づく広告サービス |
11 |
|
*1 INITIALにおける公表日
*2 買収額は一部推定値を含む(1億円未満は四捨五入)
出典: INITIAL(2022年3月21日時点)、各社プレスリリースを基にEY分析
ここでは、2021年にM&A対象となったスタートアップ143社が、具体的にどのような事業を行っていたのかを見ていきたいと思います。スタートアップは新しいビジネスモデルで事業を⾏っていたり、新規市場を創出するような取り組みを⾏っているため、複数のセクター(産業)領域にまたがっていたり、複数のビジネスモデルを併⽤することもあり、⼀般的にスタートアップの事業分類は複雑になりがちです。そのため、ここではINITIALによるスタートアップの分類⼿法を活⽤して分析を⾏いました。
INITIALでは、スタートアップのセクターや事業内容に基づき、独自にタグを付与しています。そこで、2021年にM&A対象となったスタートアップ143社にどのようなタグが付与されていたかを集計・分析した結果を、図表5に示します。また、図表5では、比較のために2020年にM&A対象となった90社について付与されていたタグを集計した結果も掲載しています。なお、INITIALでは1つのスタートアップに複数のタグを付与しているため、図表5においても、1つのスタートアップが複数項目に該当していることに注意しながら見ていきましょう。
図表5によると、M&A対象の多くが何らかの形でITを活用するスタートアップであるものの、前年と同様にさまざまなタグが登場しており、多様な事業を手掛けるスタートアップが対象になっていることが見て取れます。図表5には記載しきれませんでしたが、143社のスタートアップで累計281種類のタグが登場し、そのうち221は対象が3社以下となっており、ロングテール型で事業内容が分散していました。
図表5:2020~2021年にM&A対象となったスタートアップの事業内容別件数
注)M&A対象となった企業にINITIALが付与していた事業内容を表すタグを、付与数が多い順に掲載。各社に複数のタグが付与されており、2021年にM&A対象となった143社には1社あたり平均6.7個、2020年の90社には1社あたり平均5.4個のタグが付与されていた
出典︓INITIAL(2022年3⽉21⽇時点)を基にEY分析
また、前年との比較で特徴的だったこととしては、「BtoB」の大幅な増加が挙げられます。前年は「BtoB」が32件、「BtoC」が30件とほぼ拮抗していたのですが、2021年は、「BtoC」は50%増の45件だったのに対し、「BtoB」は166%増の85件と大きく躍進しました。そこで、「BtoB」と「BtoC」で、それぞれどのような事業内容のスタートアップがM&A対象となったのかを分析した結果を、図表6に示します。図表6によると、「モバイルサービス」「オンラインサービス」「ソフトウェア」といった多くの事業に共通するタグを除いて見たときに、BtoCでは特定領域への偏りは見られず、多くのタグが7社以下で並んでおり、多様な事業内容の企業が幅広くM&Aの対象になっていることが見て取れます。一方、BtoBでは、「クラウドサービス」「プラットフォーム」「人工知能」「サブスクリプション」「SaaS」「マーケティング」といったタグが上位に登場し、それ以降は多くのタグが10件以下でロングテールになっており、トレンドとなっているビジネスモデル・技術を獲得するためのM&Aがけん引している様子が見て取れました。
図表6:2021年にM&A対象となったスタートアップの事業内容別件数(BtoB vs BtoC)
注) M&A対象となった企業にINITIALが付与していた事業内容を表すタグを、付与数が多い順に掲載。各社に複数のタグが付与されている
出典︓INITIAL(2022年3⽉21⽇時点)を基にEY分析
ここでは、2020~2021年にM&Aの対象となったスタートアップが、会社設⽴からどのくらいの期間を経てM&Aに至ったのかを見ていきたいと思います。会社設⽴からM&Aまでの期間別(2年刻み)に件数を集計した結果を、図表6に示します。なお、図表6には事業譲渡の案件も含まれていますが、譲渡対象となった事業の開始時期を個別に特定することが困難であったため、ここでは事業譲渡案件についても、会社設⽴からのM&Aまでの期間で集計しています。
図表7によると、2021年に最も件数が多かったのは、会社設立から2年以上4年未満(33件)であり、2020年で最も件数が多かった4年以上6年未満(20件)よりも早まっており、創業から間もない若い企業に対しても、積極的にM&Aが行われていることが見て取れました。中央値と平均値で見てみると、ともに2021年の方が前年よりも若干(約3カ月)長くなっていました。また、2020年・2021年ともに、会社設立から12年未満のスタートアップが全案件の8割を占めていました。つまり、2021年は件数ピークが若干早まって2年以上4年未満となったものの、全体としてM&A対象が若い企業にシフトしているわけではなさそうです。
なお、2021年に最も件数が多かった会社設⽴から2年以上4年未満というと、⼀般的にはアーリーステージのスタートアップであることが想定されます。スタートアップM&Aにおいては、利益が出るようになって確⽴できた事業を買うというよりも、ビジネスモデルが未成熟な段階であっても、⾃社で⽴ち上げるよりも時間を買うことができるので、買収後にその事業を⾃ら完成させる、もしくは⾃分たちの事業に組み込む、という姿勢で買い⼿企業がM&Aを⾏っている様⼦がうかがえます。
図表7:2020~2021年にM&A対象となったスタートアップの会社設⽴からM&Aまでの期間別件数
注) 図中では、「2年以上4年未満」を「2~4年」と表記
出典︓INITIAL(2022年3⽉21⽇時点)、各社ホームページの情報を基にEY分析
ここでは、2021年のM&A案件を対象に、買収企業が上場企業か⾮上場企業か、さらに上場企業については、2000年以降に上場した企業か、1999年以前に上場した企業かで分類して集計しました。
これは、日本で新興市場が開設した2000年1を1つの区切りとして、1999年以前に上場した企業を「伝統的上場企業」、2000年以降に上場した企業を「新興上場企業」と簡易的に分類し、「伝統的上場企業」「新興上場企業」および「⾮上場企業」のうち、どのような企業がスタートアップの買収主体となっているかを分析することを⽬的としています。なお、買収主体が上場企業の⼦会社は親会社、前⾝企業がある場合は前⾝となる企業の上場年⽉で分類しています。
図表8に⽰す通り、スタートアップM&Aの買い⼿企業としては、新興上場企業が全体の半分を占め最多であり、それに非上場企業が続き、両社で全体の8割を超えており、傾向としては前年と大きく変わらず、引き続き2021年も新興企業(非上場企業と新興上場企業)が国内のスタートアップM&Aをけん引しているという構造が見て取れます。
伝統的大企業については、構成比では前年の12%から15%へと微増にとどまっているものの、実際の件数を見てみると、前年の11件から2021年は22件と倍増しており、伝統的大企業もスタートアップM&Aにかなり積極的になってきた様子がうかがえます。伝統的上場企業は、この10年間でCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)を次々に設置して、スタートアップとの協業からマイノリティ投資にまで踏み込み多くの経験を積んできました。ここからさらに踏み込んで、スタートアップM&Aを行う件数が今後も伸びていくのかについては、筆者も注目していきたいと思います。
図表8:2020~2021年のスタートアップM&Aの買⼿企業の分類
注) 買収主体が上場企業の⼦会社である場合は親会社の上場年⽉を採⽤し、前⾝企業が上場していた場合は当該前⾝企業の上場年⽉を採⽤
出典︓INITIAL(2022年3⽉21⽇時点)を基にEY分析
ここでは、スタートアップM&Aの買い⼿となる企業がどのような⽬的でスタートアップを買収しているのかを分析するために、図表9に⽰す枠組みでスタートアップM&A案件を分類し、⽬的別のM&A件数を集計しました。図表9に⽰す通り、まずは獲得対象がすでに事業として⼀定程度確⽴している会社もしくは事業を買収する案件(事業獲得)と、事業そのものというよりも、要素技術や⼈材といった特定のリソース獲得を⽬的とした案件(リソース獲得)に分類しています。案件の分類は、M&Aのプレスリリースにおける「買収⽬的」の記載内容や、買い⼿企業/被買収企業の経営者インタビュー記事などの公開情報に基づいて⾏っています。
事業獲得については、買収した事業が⾃社の既存製品・サービスとは異なるもので、かつ買収後も単独の事業として維持・発展させていくことが意図されている場合は、「新規事業創出」に分類しています。また今後、買収した事業を⾃社の既存事業に組み込む形で運営してくことが意図されている場合は、「既存事業強化」に分類しています。
リソース獲得の案件については、「⼈材獲得」と「技術獲得」に分類しています。「⼈材獲得」に分類したのは、買収した事業を活⽤してくことよりも、むしろ獲得した⼈材のリソースやノウハウを、買収した事業に限らず幅広く活⽤することが意図されている案件としています。また、買収対象の事業を単独の事業として運営していくのではなく、獲得した技術資産(特許、ソフトウェアなど)を⾃社の事業に活⽤することが意図されている場合は、「技術獲得」に分類しています。技術獲得の買収対象の多くは、事業としてはまだ成⽴していないアーリーステージの会社となっています。
図表9:買収⽬的の定義
図表9に基づき、2020~2021年のスタートアップM&A案件を買収主体別に分類した結果を、図表10に示します。2021年は前年と比較して、「新規事業創出」を目的としたM&Aが前年比36ポイント減の22%と大きく減少しており、逆に前年比33ポイント増で57%となった「既存事業強化」とほぼ逆転する形となりました。
図表10:2020~2021年のスタートアップM&Aにおける買収⽬的
出典: INITIAL(2022年3⽉21⽇時点)、各社ホームページ、プレスリリースなどの公開情報を基にEY分析
では、これらの変化がどこで起きているのかを見ていきたいと思います。図表10の内容を割合ではなく件数で示したものを、図表11の左側に「全案件」として示し、その右側に買収主体別(『伝統的上場企業』『新興上場企業』『非上場企業』)の内訳を示しています。
図表11の買収主体別の内訳を見ていくと、「伝統上場企業」のスタートアップM&Aにおいては、「新規事業創出」はほとんど減少しておらず、「既存事業強化」などの増加分が上積みされており、伝統的上場企業においては「新規事業創出」への意欲はさほど衰えておらず、むしろ他目的でのM&Aへの意欲も高まったと考えることができそうです。
一方、「新興上場企業」と「非上場企業」においては、「新規事業創出」のM&A件数が大きく減少すると同時に、「既存事業強化」のM&A件数が大きく伸びており、新しいことに取り組むよりも、既存事業を強化する方向にニーズがシフトしたと言えそうです。M&Aを行った背景は個別案件ごとに異なるため、市場全体としてなぜこのようなシフトが起こったのかを考察するのは容易ではありませんが、1つの仮説として、以下のようなことが背景にあるのかもしれません。
以上は、今回入手・分析したデータから直接的に読み取れたものではなく、あくまでも筆者の1仮説であることはご了承いただければと思います。
図表11:2020~2021年のスタートアップM&Aにおける買収⽬的(買収主体別)
出典︓ INITIAL(2022年3⽉21⽇時点)、各社ホームページ、プレスリリースなどの公開情報を基にEY分析
では次に、2021年の「新規事業創出」(31件)と「既存事業強化」(81件)のM&A案件において、それぞれどのような事業内容のスタートアップがM&A対象となったのかを見ていきたいと思います。第3章と同様に、M&A対象となったスタートアップにINITIALが付与していたタグの数を集計した結果を、図表12に示します。
図表12によると、「新規事業創出」においては「BtoB」と「BtoC」の件数が近い水準にありますが、「既存事業強化」においては「BtoB」が「BtoC」のほぼ2倍の件数となっています。さらに「クラウドサービス」「プラットフォーム」「サブスクリプション」「人工知能」「SaaS」などのタグが上位に並んでおり、BtoB事業を行っている買い手企業が、既存事業を強化するためにトレンドとなっているサービス・技術を獲得した案件が「既存事業強化」の件数増をけん引している様子がうかがえます。
図表12:2021年にM&A対象となったスタートアップの事業内容別件数(新規事業創出 vs 既存事業強化)
注) M&A対象となった企業にINITIALが付与していた事業内容を表すタグを、付与数が多い順に掲載。各社に複数のタグが付与されている
出典︓ INITIAL(2022年3⽉21⽇時点)、各社ホームページ、プレスリリースなどの公開情報を基にEY分析
2021年は、国内スタートアップM&Aとしては画期的な1年となったのではないでしょうか。M&A件数が大幅に伸び、過去最高となっただけではなく、Paidyの3,000億円に代表される大型M&Aの成立、PayPalやGoogleといったグローバルプレーヤーの参入と、話題に事欠かない1年となりました。
今回、PayPalとGoogleは、ともに決済サービスを手掛ける国内スタートアップを高いバリュエーションで買収し、日本市場でのサービス強化を図っています。今後は、有望なスタートアップを海外企業と奪い合うような時代になるのでしょうか。そのときに日本企業が買い負けしてしまうようだと、せっかくのイノベーションの果実の「最もおいしいところ」を全て海外企業に持っていかれてしまうような事態にもなりかねません。しかし、このようなグローバルプレーヤーの動き方が新たな刺激となることで、日本企業によるスタートアップM&Aも活性化・成熟化するきっかけになるとも考えられるのではないでしょうか。
筆者は、国内スタートアップM&Aの件数や買収額が伸びていること自体は、日本経済の活性化につながる明るい兆しだと考えています。足元では、市場でのハイテク株の動向に変化の兆しが出ていたり、地政学的なリスクの高まりといった外的環境変化もありますが、2021年が今後のさらなる飛躍に向けた転換点となるのか、引き続き動向を見ていきたいと思っています。
脚注
【共同執筆者】
杉野 弘直
(EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 リードアドバイザリー シニアマネージャー)
TMTセクター、EY Privateを中⼼に、M&Aアドバイザリー業務に従事、スタートアップ案件にも関与をしている。
※所属・役職は記事公開当時のものです。
2021年は、⽇本国内におけるスタートアップM&Aの件数が143件と調査開始以降、過去最高となりました。また、Paidyの3,000億円を筆頭に大型M&Aが複数成立するなど、画期的な1年でもあり、BtoBスタートアップを対象とした既存事業強化を目的としたM&Aが増加したことも、2021年の特徴でした。