情報センサー2024年2月

金利上昇時における会計上の論点

2024年2月14日
カテゴリー 会計情報レポート

情報センサー2024年2月 会計情報レポート

EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 会計監理部
公認会計士 松川 由紀子
公認会計士 髙平 圭

品質管理本部会計監理部において、会計処理および開示に関して相談を受ける業務、ならびに研修・セミナー講師を含む会計・開示に関する当法人内外への情報提供などの業務に従事している。

Ⅰ はじめに

わが国では、長期間にわたり超低金利の状況が継続していましたが、2023年秋ごろには10年物の日本国債利回りが1%付近まで上昇するなど、足元では金利変動の不確実性が高まっている状況下にあります。本稿においては、金利上昇局面で決算を迎える企業において、金利の上昇が会計上の各項目にどのような影響を及ぼすかについて解説します。<表1>に、金利上昇が会計処理に及ぼす影響の主な項目を挙げています。金利変動により割引率が変動することになりますので、時価を算定する場合など、会計処理において割引計算が行われる場合は金利の上昇の影響を受けることになります。次の章では、それぞれの項目について、具体的にどのような影響があるかを解説します。

表1 金利上昇時の会計処理への影響

項目 会計処理への影響
金融商品 時価のある有価証券(債券)の減損処理(Ⅱ.1)
退職給付 割引率の変動による退職給付債務の再計算(Ⅱ.2)
固定資産 減損会計における回収可能価額の見積りにおける割引率(Ⅱ.3)
資産除去債務の新規計上及び増加額の見積りにおける割引率(Ⅱ.4)
リース会計 ファイナンス・リース取引の判定における現在価値基準、及び、ファイナンス・リース取引の借手のリース資産及びリース債務の計上価額算定における割引率(Ⅱ.5)

Ⅱ 金利上昇による会計処理への影響

1. 時価のある有価証券(債券)の減損処理

国債、社債など、時価のある有価証券(債券)について時価が著しく下落したときは、回復する見込みがあると認められる場合を除き、当該時価をもって貸借対照表価額とし、評価差額を当期の損失として処理しなければなりません(金融商品実務指針第91項)。ここで、債券の場合は、単に一般市場金利の大幅な上昇によって時価が著しく下落した場合であっても、保有期間中に、いずれ時価の下落が解消すると見込まれるときは、回復する可能性があるものと認められます。一方、格付の著しい低下があった場合や、債券の発行会社が債務超過や連続して赤字決算の状態にあるなど、信用リスクの増大に起因して時価が著しく下落した場合には、十分な根拠に基づいて反証ができる場合を除き、回復可能性はないものと判断されます(金融商品実務指針第91項及び第284項)。したがって、実務においては、債券の時価の下落の要因が単に一般市場金利の大幅な上昇に起因するものか、又は、債券の発行会社の信用力の低下に起因するものか判断することが必要となりますが、これらを定性的又は定量的に把握することができるかどうかが課題になるものと考えられます。

次に、債券はその保有目的により、多くの場合、満期保有目的の債券又はその他有価証券に区分して会計処理されます。満期保有目的の債券の場合には、取得時点において、企業が償還期限まで所有するという積極的な意思とその能力に基づいて保有することが求められており(金融商品実務指針第69項)、償還期限到来時には時価は額面金額に一致することから、保有期間中における時価の回復可能性の検討は容易であると考えられます。一方、その他有価証券は、長期的な時価の変動により利益を得ることを目的として保有する有価証券が含まれ、長期的には売却することが想定される有価証券とされていますので(金融商品実務指針第72項)、保有期間中に時価が取得原価まで回復することの合理性については、特に慎重に判断する必要があると考えられますので留意が必要です(<表2>参照)。

なお、減損処理を行った債券について、減損後の簿価と額面の差額はもはや金利調整差額とは考えられないため、減損後において償却原価法は適用されないこととなります(金融商品Q&A Q25)。

表2 債券の保有目的ごとの時価の回復可能性

保有目的 回復可能性の考え方
満期保有目的の債券
  • 償還期限まで所有する積極的な意思及び能力を有することが前提
  • 償還期限まで所有することで時価が取得原価まで回復
その他有価証券
  • 長期的には売却することが想定
  • 保有期間中に時価が取得原価まで回復することの合理性について特に慎重に判断する必要

2. 退職給付債務の再計算

退職給付債務の額は、退職給付見込額のうち期末までに発生していると認められる額を割り引いて計算します。割引率(<表3>参照)は、期末における安全性の高い債券の利回りを基礎として決定しますので、各事業年度において割引率を見直す必要があります。ただし、重要な変動が生じていない場合には見直さないことも認められており、見直しには重要性基準を用いることも可能です。

重要性基準は、少なくとも、前期末に用いた割引率により算定した場合の退職給付債務と比較して、期末の割引率により計算した退職給付債務が10%以上変動すると推定されるときに、割引率の変動が退職給付債務に重要な影響を及ぼすものとして期末の割引率を用いて退職給付債務を再計算するというものです(退職給付適用指針第30項)。実務においては、この10%以上変動した場合に退職給付債務を再計算するとの重要性基準を適用している企業も多いと考えられますが、その場合は割引率の変更による退職給付債務の再計算の結果、数理計算上の差異が多額に生じる可能性があります。

なお、数理計算上の差異の費用処理年数は、発生した年度における平均残存勤務期間以内の一定の年数を継続的に適用する必要があり、一度採用した費用処理年数を変更する場合には合理的な変更理由が必要となります(退職給付適用指針第39項)。退職給付債務の再計算により多額の数理計算上の差異が発生するような状況にあっても、単に金利の変動によって割引率を変更したことのみをもって、数理計算上の差異の費用処理年数を変更する理由とすることはできないと考えられますので留意が必要です

また、割引率の変更に重要性基準を採用する場合は、毎期継続して同様の基準により判断する必要があります。ただし、重要性基準はあくまでも容認規定であることから、容認されている方法である重要性基準から原則的な方法である毎期割引率を見直す方法への変更は、より正確な財務報告を行う変更であるため、合理的なものとして認められると考えられます。当該変更は、会計処理の対象となる会計事象等の重要性が増したことに伴う本来の会計処理の原則及び手続への変更が、会計方針の変更にあたらないとされている考え方に準じて(企業会計基準適用指針第24号第8項(1))、会計方針の変更には該当しないと考えられます。

一方で、毎期割引率を見直す方法から重要性基準を用いる方法に変更することは、原則的な方法から容認される方法への変更であり、より正確な財務報告を行うことに逆行する変更となるため、認められないと考えられます。10%の重要性基準を用いている場合、金利が上昇している局面では、退職給付債務の再計算によって将来的に多額の数理計算上の差異が発生することを見越して、変動率が10%以上となっていなくとも早めに割引率を見直すことの可否を検討することがあるかもしれませんが、前述の通り、10%以上の変動が推定されていないにもかかわらず割引率を変更して退職給付債務を再計算した場合、翌期以降は重要性基準を用いることはできず、毎期割引率を見直す必要があると考えられますので留意が必要です。

表3 退職給付会計における割引率

割引率
(退職給付適用指針第24項)
  • 安全性の高い債券の利回り(期末における国債、政府機関債及び優良社債の利回り等)を基礎として決定する
  • 退職給付支払いごとの支払見込み期間を反映する。例えば、退職給付の支払見込期間及び支払見込期間ごとの金額を反映した単一の加重平均割引率を使用する方法や、退職給付の支払見込期間ごとに設定された複数の割引率を使用する方法等が含まれる
割引率変更の重要性基準
(退職給付適用指針第30項)
  • 各事業年度において割引率を再検討し、少なくとも、割引率の変動が退職給付債務に重要な影響を及ぼすと判断した場合には見直し、退職給付債務を再計算する
  • 重要な影響の有無の判断にあたっては、前期末に用いた割引率により算定した場合の退職給付債務と比較して、期末の割引率により計算した退職給付債務が10%以上変動すると推定されるときには、重要な影響を及ぼすものとして期末の割引率を用いて退職給付債務を再計算する

※ 日本公認会計士協会「リサーチ・センター審理情報No.18『退職給付会計における未認識項目の費用処理年数の変更について』」、jicpa.or.jp/specialized_field/files/00758-002352.pdf(2023年12月28日アクセス)

3. 固定資産の減損会計における回収可能価額

固定資産の減損会計において、減損損失を認識すべきであると判定された資産又は資産グループは帳簿価額を回収可能価額まで減額します。回収可能価額は、資産又は資産グループの正味売却価額と使用価値のいずれか高い方の金額をいいます。使用価値は、資産又は資産グループの継続的使用と使用後の処分によって生ずると見込まれる将来キャッシュ・フローの現在価値により計算されますので(減損適用指針第31項)、減損損失の測定時点の割引率を用いて割引計算を行います。また、正味売却価額は資産又は資産グループの時価から処分費用見込額を控除して算定されますので(減損適用指針第28項)、時価の算定に割引計算が行われる場合があります。このため、金利変動は、割引率の変動を通じて回収可能価額の算定に影響を及ぼします。金利が上昇している場合には、将来キャッシュ・フローが同額である限り、回収可能価額が下落し、減損損失の金額が増加する可能性があります。


4. 資産除去債務の新規または増加額の見積り

資産除去債務はそれが発生したときに、有形固定資産の除去に要する割引前の将来キャッシュ・フローを見積もり、割引後の金額(割引価値)で算定します(資産除去債務会計基準第6項)。割引計算においては、資産除去債務を新規に計上する場合と、将来キャッシュ・フローに重要な見積りの変更が生じ、当該キャッシュ・フローが増加する場合には、当該時点の割引率を用います(資産除去債務会計基準第11項)。このため、金利変動は、割引率の変動を通じて資産除去債務の新規計上時及び見積り変更による増加額計上時の見積り金額に影響を及ぼします。金利が上昇している局面においては、従前の見積りよりも見積り金額が低く算出されることになります。

一方、将来キャッシュ・フローの見積りが減少する場合には、負債計上時の割引率を適用して見積り変更による調整額を算出するため(資産除去債務会計基準第11項)、金利変動による影響は受けません。

また、除去時期の見積りを変更する場合の割引率の取扱いは基準上明らかではありません。見積りの変更は将来に向かって修正する考え方(プロスペクティブ・アプローチ)が採用されているため(資産除去債務会計基準第50項、第51項)、除去時期を変更する場合は次のような会計処理が考えられ、採用する方法によって金利変動の影響を受ける場合があると考えられます。

① 割引率を除去時期変更決定時点から除去時点までの期間に応じた割引率に変更して、その割引率で翌期以降の資産除去債務の調整額を算定する方法

② 割引率は当初のものを用いて予想除去時期の変更による現在価値の増減を資産除去債務及び資産に加減する方法

③ 割引率は変更時のものを用いて予想除去時期の変更による現在価値の増減を資産除去債務及び資産に加減する方法


5. リース取引における現在価値

リース取引がファイナンス・リース取引に該当するかどうかの判定基準には、現在価値基準と経済的耐用年数基準があり、現在価値基準は、解約不能のリース期間中のリース料総額の現在価値が、見積現金購入価額の概ね90%以上であることをいいますので(リース適用指針第9項(1))、割引計算が行われます。借手が現在価値の算定のために用いる割引率は、貸手の計算利子率を知り得る場合は当該利率とし、知り得ない場合は借手の追加借入に適用されると合理的に見積もられる利率によります(リース適用指針第17項)。よって、金利が上昇している局面では、現在価値が低く算定されることになり、ファイナンス・リース取引の判定に影響を及ぼす可能性があります。

また、ファイナンス・リース取引における借手のリース資産及びリース債務の計上価額は、貸手の購入価額等が明らかな場合は割引現在価値と貸手の購入価額等とのいずれか低い額となり、貸手の購入価額等が明らかでない場合は割引現在価値と見積現金購入価額とのいずれか低い額によりますので(リース適用指針第22項)、金利変動は、借手のリース資産及びリース債務の計上価額の算定にも影響を及ぼします。

(略称)

金融商品会計基準 金融商品に関する会計基準
金融商品実務指針 金融商品会計に関する実務指針
金融商品Q&A 金融商品会計に関するQ&A
退職給付適用指針 退職給付に関する会計基準の適用指針
企業会計基準適用指針第24号 会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬(ごびゅう)の訂正に関する会計基準の適用指針
減損適用指針 固定資産の減損に係る会計基準の適用指針
資産除去債務会計基準 資産除去債務に関する会計基準
リース適用指針 リース取引に関する会計基準の適用指針

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