信託の法務・会計・税務とその活用
情報センサー2020年12月号 押さえておきたい会計・税務・法律
公認会計士 太田達也
当法人のフェローとして、法律・会計・税務などの幅広い分野で助言・指導を行っている。また、豊富な知識・経験および情報力を生かし、各種実務セミナー講師、講演等において活躍している。著書は多数あるが、代表的なものとして『会社法決算書作成ハンドブック』(商事法務)、『「純資産の部」完全解説』『「解散・清算の実務」完全解説』『「固定資産の税務・会計」完全解説』(以上、税務研究会出版局)、『例解 金融商品の会計・税務』(清文社)、『減損会計実務のすべて』(税務経理協会)などがある。
Ⅰ はじめに
信託は財産の管理または処分の制度、器として活用されています。
信託の代表的な活用法としては、法人における資金運用の器としての特定運用金銭信託やファンドトラスト、個人における資金運用の器としての合同運用指定金銭信託や投資信託などがある一方、法人の資金調達の器としての売掛債権信託などの金銭債権の信託もあります。そして、財産の管理または処分の器としての退職給付信託などもあります。
平成18年信託法改正(以下、「新信託法」といい、改正前までのものを「旧信託法」という)から15年余りが経過し、新しい形の信託が登場するなどさらにその可能性が広がりつつあります。本稿では、信託について解説します。
Ⅱ 信託とは
1. 信託のポイント
企業会計基準委員会が公表する「信託の会計処理に関する実務上の取扱い」(実務対応報告第23号)では、目的に「新信託法では、(1)信託は財産の管理または処分の制度であるというこれまでの特徴を残しつつ、(2)受託者の義務や受益者の権利行使に関する規定の整備や、(3)信託の多様な利用形態に対応するための整備がなされており(以下略)」と記載されています。まさにこれらの点が重要なポイントであるため、太字部分の3点について、以下に説明します。
(1) 信託は財産の管理または処分の制度
信託は財産の管理または処分の制度です。イメージし易(やす)くするために、退職給付信託を例に具体的にみることにします。ちなみに退職給付信託は、企業が退職金または年金の受給者等に給付する企業年金の原資(年金資産)とすることを目的に設定する、株式などの有価証券を信託財産とする信託です。
<図1>のとおり、委託者である企業Aは所有する株式などの有価証券を、受託者が提供する信託の器に移転(信託譲渡)させます。その結果、信託財産となった株式などの有価証券は、委託者から独立した存在となります。受託者である信託銀行はその信託財産を、信託契約に基づき管理または処分し、受益者である退職金または年金の受給権者等への給付や年金掛金の支払いに充当します。
財産の管理または処分の制度には、委任による代理などもあります。委任状による代理行為は身近でよく行われています。
この委任による代理と信託を比較してみると信託の特徴が明らかになります。
(2) 受託者の義務
信託は、次の3者で構成されます。
- 委託者(財産を預ける者)…自分の財産の管理または処分を託す者
- 受託者(財産を預かる者)…信託財産を、信託契約に基づき管理または処分する者
- 受益者(利益をもらう者)…信託財産を管理または処分した結果を、信託契約に基づき享受する者
この中で最も重要な役割を担うのは、財産を入れる器を提供し、管理または処分する受託者です。新信託法でも受託者にさまざまな義務を課しており、主なものは次のとおりです。
a.信託事務遂行義務(信託法28条、35条)
信託事務の第三者への委託については、適切な者を選任し、監督することが求められます。
b.善管注意義務(信託法29条)
善良なる管理者としての注意義務です。受託者の職業や地位に応じて通常期待される程度の注意義務を果たしたという、客観的な基準を満たす必要があります。
c.忠実義務(信託法30条、31条)
受託財産の管理について受益者の利益のために最善を尽くし、利益相反行為は禁止されます。
d.分別管理義務(信託法34条)
受託者の財産(固有財産)と信託で預かった財産(信託財産)は別々に分けて管理しなければなりません。
e.帳簿等作成、報告等義務(信託法37条)
受託者は帳簿等を作成し、年に一回、委託者や受益者に決算報告を行う必要があります。
(3) 信託の多様な利用形態
信託は自由度の高い制度であり、多様な使い方が可能です。例えば、委託者は単独でも複数でも可能ですし、信託財産も金銭に限らず、株式などの有価証券や不動産などの有形資産のほか、知的財産権等の無形資産、事業そのものなども可能です。
また新信託法では新しい類型の信託、例えば自己信託(いわゆる信託宣言)、限定責任信託や受益者の存在しない信託(目的信託)、受益者連続型の信託などもできるようになりました。
2. 信託のメリット
単なる財産の管理または処分の制度であれば、委任による代理でもよいはずですが、信託ならではのメリットもあり、その代表的なものを以下に列挙します。
(1) 倒産隔離
財産が信託の器に移転し、当該財産の登記や登録を受託者名義にするなどの第三者対抗要件を備えた場合、倒産隔離の効果が発生します。ここでいう倒産隔離とは、委託者や受託者の債権者は、その権利を信託財産に対して行使することができないという意味です。
退職給付信託の例でいうと、委託者である企業Aや受託者である信託銀行に対する債権者は、信託財産である株式などの有価証券に対して、その権利を行使することができないということです(<図2>参照)。
(2) 低い移転コスト
不動産を移転させる場合、通常は20/1,000の登録免許税が発生しますが、信託は相続の場合と同様4/1,000で済みます。また、いったん信託を設定した後は、信託受益権の異動を受託者の帳簿で管理するため、登録免許税などの移転コストは発生しません。
(3) 自由度の高い設計
信託することにより、資産が新たな効果を生み出す可能性があります。
例えば、企業間で相互に持ち合っている株式の場合安定株主としてのメリットがある一方、株価下落リスクや資本効率が悪いというデメリットがあります。これを退職給付信託することによって、新たな効果を発生させることができます。
- 信託設定時にオフバランスとなり、会計的に株式に係る損益を確定させることができる。
- 信託内で売却しない限り、引き続き安定株主としての役割を維持できる。
- 退職給付債務を圧縮することができる。
- 倒産隔離機能により、退職金または年金の受給権者等の年金財産を確保できる。
(4) 後継ぎ遺贈と同様の効果
民法上は無効といわれていた第二次受遺者の設定(後継ぎ遺贈)が、受益者連続信託を活用することで後継ぎ遺贈と同様の法的効果が得られることになります。(詳細はⅣ1. をご参照ください)
Ⅲ 信託の会計・税務
1. 信託の会計
信託は、信託を構成する3者それぞれに会計処理が発生します。
- 委託者の会…所有財産を信託する際の会計処理
- 受託者の会計…信託内で管理または処分する信託財産に係る会計処理
- 受益者の会計…信託内の財産や発生した損益を自らのB/S、P/Lに反映させる会計処理等
旧信託法では受託者の会計はほとんど信託銀行でしか使われていなかったことや信託が複雑でなく委託者や受益者の会計を特に定めるニーズが無かったこと等から、信託としての会計処理に関する基準はありませんでした。
新信託法になり、これまでの信託の基本的な会計処理を整理するとともに、新信託法による新たな類型の信託等について、実務対応報告第23号「信託の会計処理に関する実務上の取扱い」が公表され、この3者の代表的な会計処理が明らかにされました。
(1) 受託者の会計
信託の会計は、一般に公正妥当と認められる会計の慣行に従うものとする(信託法13条)が、信託は財産の管理または処分の制度であることから、明らかに不合理であると認められる場合を除き、信託の会計は信託行為の定め等に基づいて行うことが考えられるとされました(実務対応報告第23号Q8)。
この代表的なものが元本補填(ほてん)のある信託に係る超保守主義の会計です。
一般合同指定金銭信託は約款で元本補填を規定しています。信託銀行は元本補填という事態を極力回避するため、運用面での安全性に十分配慮するとともに、超保守的な会計処理を採用しています。例えば、貸出金利息については、前受収益は認識する(利益を減らす)が、未収収益は認識しない処理をしていました。また、実績配当が大前提であるにもかかわらず、引当金的な性格を有するものとして、債権償却準備金(約款で記載)を計上しています。当然ながら時価会計である金融商品会計は適用せず、有価証券等は取得価額で評価します。
ただし、次のような信託については、債権者が存在したり現在の受益者以外の者が受益者になることが想定されたりするなど、多様に利用される信託の中で利害関係者に対する財務報告をより重視する必要性があると考えられるため、当該信託の会計については、株式会社の会計(会社法431条)や持分会社の会計(会社法614条)に準じて行うことが考えられ、この場合には、原則として一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準じて行うこととなるとされています。
①新信託法216条に基づく限定責任信託
②受益者が多数となる信託
なお、受託者が信託行為の定めに基づくなど財産管理のための信託の会計を行っていても、受益者の会計処理は、原則として、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に基づいて行うことに留意する必要があります。
(2) 委託者または受益者の会計
委託者の会計は信託する際に発生します。受益者の会計は、期末時に信託内の財産や発生した損益を自らのB/S、P/Lに反映させることが中心になります。
委託者=受益者となる信託を自益信託、委託者≠受益者となる信託を他益信託といいます。最初自益信託でスタートさせたものの、途中に他益信託にすることも可能です。その場合は委託者兼受益者から新たな受益者へ贈与または譲渡したこととなります。
実務対応報告第23号では、スタート時が自益信託の場合について、「委託者兼当初受益者が単数か複数か」「信託財産が金銭か金銭以外か」という視点で会計処理を示しています。
<表1>は、自益信託における委託者兼受益者の会計処理を一部抜粋したものです。
2. 信託の税務
(1) 発生時受益者課税信託
信託内の損益を全て取り込む、いわゆる導管による課税が基本となり、受益者が納税義務を負います。その際、信託財産からの利益の分配の有無は関係ありません。
これらは旧法人税法12条1項、旧所得税法13条1項の本文に規定されていたことから、本文信託と呼ばれていました。
(2) 分配時受益者課税信託
投資信託など運用目的で設定した合同運用(集団)信託は、信託から受益者に利益が払い出され、それを受益者が享受したときに利息や配当等として課税されます。
旧法人税法12条1項、旧所得税法13条1項のただし書きに記載されていたため、本文信託に対比し、ただし書き信託と呼ばれていました。
(3) 受託者課税信託
信託内で発生する全ての損益は受益者に帰属しますが、目的信託のように受益者が存在しない信託については受益者が決まるまで課税できないことになります。
課税の公平の観点から、当該信託を一つの法人と見なし、1年に一回決算を行い、法人税を申告・納付する義務が受託者に課せられます(<表2>参照)。
Ⅳ 新しい信託
新信託法となり新しい類型の信託ができるようになりましたので、その中から二つほど取り上げます。
1. 受益者連続型信託(信託法91条)
民法では第二次受遺者を定める、いわゆる後継ぎ遺贈は無効と考えられてきましたが、受益者連続型信託を活用することでそれと同様の効果を得ることができます。
例えば、信託の活用事例(子どものいない夫婦)で考えてみます(<図3>参照)。夫の死亡後、妻に移転した財産は、妻の死亡後には妻の相続人である弟に移転し、夫の妹には移転しません。そして夫が自分の妹を第二受遺者として定めることは民法上無効と考えられてきたため、妹に承継させることは困難とされてきました。
ところが、新信託法では受益者連続型信託が可能とされました。すなわち夫が自分の妹に移転させたい財産について受益者連続信託を設定し、第一次受益者を妻、第二次受益者を妹とすることで、妹に財産を承継させることが可能になりました。
2. 目的信託(信託法258条)…受益者の存在しない信託
信託を成立させるためには、基本3者(委託者、受託者、受益者)が必要ですが、受益者がいない場合でも旧信託法では公益信託に限って認めていました。公益信託は、最初に一定額の金銭を信託し、当該金銭およびその運用益を奨学金給付、学術奨励等の他、NPOの活動を支援等する目的で主務官庁の許可を受けて設定されています。
新信託法では、この公益信託の縛りを無くして受益者の存在しない信託を認めることとし、これを目的信託と呼んでいます。
Ⅴ おわりに
旧信託法時代は信託銀行が中心となり信託商品が提供されてきましたが、新信託法となり信託の自由度が高まった結果、信託の活用の可能性が広がっています。信託は財産の管理または処分の制度であることから、財産管理が苦手な高齢者や、親が亡くなった後の障害者をサポートするといった分野などでも信託の活用が期待されます。
また信託以外にも、遺言という自分の死後の財産の処分を指定する制度や、成年後見制度という判断能力が無い者に代わって成年後見人が本人の財産を管理または処分する制度もあります。こういった信託、遺言そして成年後見制度などの制度を組み合わせるなどして、高齢者や障害者等が安心して生活できる仕組みを考えていく必要があるのではないでしょうか。