寄稿記事
掲載誌:
自由民主党機関紙「自由民主」『成長と分配の好循環を実現 新しい資本主義実行本部』第2960号(令和3年12月14日号)<5面>
経済安全保障の強化に向けて【第1回】
執筆者:
EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジック インパクトリーダー パートナー 國分 俊史
※本稿は自由民主党機関紙「自由民主」『成長と分配の好循環を実現 新しい資本主義実行本部』第2960号(令和3年12月14日号)<5面>経済安全保障の強化に向けて【第1回】の転載です。
今なぜ経済安全保障戦略が必要なのか
岸田政権は歴史上初めて、経済安全保障担当相を設置した。経済安全保障はこの1、2年の間に急激に耳にし始めた言葉である。
経済安全保障と聞くと、多くの人々は1970年代に経験したオイルショックから石油の安定調達を想起するだろう。オイルショックは第四次中東戦争とイラン革命に伴う中東情勢の混乱が引き金となった。中東戦争では軍事戦争下において強力な軍事力を有するイスラエルと支援国に対し、石油の輸出規制を中東諸国が実施したことで生じた。イラン革命は国内情勢の混乱を受けて石油の供給能力激減し、石油価格を急上昇させた。
このようにオイルショックは軍事戦争や政情不安によって生じた副次的影響であった。加えて、その後も世界経済を大きく混乱させる経済的な要因は、石油価格以外には主だった要素は生じて来なかった。ゆえにこれ以降、各国は中東政情に注意を払い、リスクが生じた場合は超大国である米国に介入を促し、問題が深刻になる前に手を打つことで長らく平和が維持されてきた。
だが2007年、米国が震源地となってリーマンショックという未曽有の世界的な経済危機を経験し、これを中国の経済力によって切り抜けた。結果、米国に対して中国が真っ向から新たな秩序を打ち立てる覇権争いが本格化し、世界は米中冷戦という新たな時代に入った。これにより、2つの理由から日本に経済安全保障戦略が不可欠となった。
1つは自国の意図にそぐわない外交政策や行動、言動をとった国、組織、個人に対して経済制裁を課す、いわゆるエコノミック・ステイトクラフトの仕掛け合いが、米中冷戦によって激化し始めたことだ。最近では中国がカナダに対してキャノーラ油や食肉を輸入停止、オーストラリアに対しては石炭を輸入停止、ワインには制裁関税を課すなど、各国の重要輸出品目への経済制裁が発動された。日本も2010年に尖閣問題に端を発して中国によるレアアースを輸出制限され、多様な産業が混乱を経験したが、この手のリスクが極めて高い状況になったのだ。
2つ目は米中冷戦が軍事技術だけでなく、民間企業の一般消費者向けの技術である自動運転やAI、バイオテクノロジーといった幅広い先端技術に対して輸出規制をかけ始めたことだ。米国は14分野の先端技術に対し、外国企業であっても過去に米国政府機関と共同で開発した技術や米国政府の税金が投じられた技術が用いられる場合は、米国政府の輸出許可を必要とするルールを2019年から運用し始めた。
中国も2020年末から中国で開発された先端技術の持ち出しを規制するルールを運用し始めた。日本企業は中国拠点で日本人と中国人社員が情報を共有しただけで輸出と見なされる恐れがあり、業務に支障があるとして経済界が懸念を示したが無視された。両国のルールに違反すれば罰金だけでなく刑事罰が科せられるリスクもあることから、企業の現場に多大な混乱をもたらしている。
上記に加えて、今回のパンデミックは特定国に生産を大きく依存することのリスクを顕在化し、世界規模でサプライチェーンの自国回帰が動き出した。マスク、消毒液、ワクチンなど日本は多くの製品を特定国に輸入依存し、調達危機に陥った。現在は先端ではない半導体の調達不足によって自動車や様々なエレクトロニクス製品が生産停止や減産を余儀なくされている。
以上の理由から、国民生活と日本企業を守るために、国家として経済安全保障戦略を構想し、受け身ではなく、能動的に対処していくことが求められている。