企業が捉えるべき男女の賃金差異に関する公表義務付けの意義とは

企業が捉えるべき男女の賃金差異に関する公表義務付けの意義とは

関連トピック

2022年事業年度分より企業における男女の賃金差異の情報開示が義務化されました。

OECD加盟国の中でも4番目に男女の賃金差異が大きい日本では、ジェンダーギャップ解消に向けての対策が急務です。本質的な要因の洗い出しは効果的な施策検討に繋がり、今後企業が人的資本経営を行う上で重要な契機となります。


要点

  • 厚生労働省は女性活躍推進法の改定を行い、2022年の事業年度分より、常時雇用の労働者が301名以上の企業に対して「男女の賃金差異」の公表を義務付けた。
  • ペイエクイティの達成に向けて、企業は賃金差異の適切な評価と課題分析、従業員のライフサイクルを通じた格差是正の個別施策と今後の格差予防を実現する継続的な取り組みが必要だ。
  • 今回の賃金差異の情報開示は企業にとって、人的資本経営の在り方とダイバーシティ&インクルージョン促進の施策を中長期的に検討する良い機会となる。


はじめに

労働力人口減少により、日本政府は女性の活躍や進出を奨励する取り組みを進めている。その一環として、2022年7月から男女の賃金の差異公表制度が施行された。

2016年に制定された女性の職務生活における活躍に関する法律(女性活躍推進法)の施行により、全体的な女性の労働参加率は増加したものの、女性の雇用形態(50%が非正規雇用)、女性の管理職比率(全体の15%)および男女賃金の差異(22.1%)の数値を見るとジェンダー不平等が存在しており、改善の余地があることが分かる。経済協力開発機構(Organization for Economic Co-operation and Development、以下OECD)調査によると日本は世界で4番目に男女賃金格差が大きい国であり、政府が実施した令和3年賃金構造基本統計調査2 からは、一般労働者(フルタイム勤務)の平均年収は男性が約100万円多い実態となっている。

図1:男女の賃金の差異

出所:OECD(2023), "Gender wage gap" (indicator), doi.org/10.1787/7cee77aa-en (2023年4月6日アクセス)

今回、賃金格差解消に向け厚生労働省は2022年7月に女性活躍推進法を改定し、企業が男女賃金差異を公表するよう義務付けた。HBRの調査では、デンマークでは男女賃金差異の公開により賃金格差が改善されていることが分かっており、OECD加入国の半分に至る世界各国でも賃金差異を公表する同様の動きが起きている4

また、EYが実施した2022年Workplace Reimagined Survey5 では、職場のダイバーシティ&インクルージョン(D&I)推進に対し最も期待する取り組みとして、賃金格差の解消とペイエクイティが挙げられている。本サーベイでは雇用者が職場のD&Iを改善するために適切な方向に向かっている、と答えたのはわずか33%であり、企業が男女間の賃金格差を縮めるためにアクションを取ることで、企業として取り組むD&I施策全体へ影響を与えられる。

ペイエクイティ: 性別や人種・民族、年齢等の属性に影響されることのない同一労働価値同一賃金を達成するための賃金格差解消を指す。


政府が義務付ける公表すべき「男女の賃金の差異」の定義

今回の女性活躍推進法の改正に伴う男女賃金差異情報公表について、企業はどのような対応を取るべきかをしっかりと理解する必要がある。以下に詳細を紹介する。

① 公表のタイミング
常用労働者数301人以上の企業は事業年度の終了後、3カ月以内に公表しなければならない。
2022年12月末に事業年度終了の場合は、2023年3月末までに公表
2023年3月末に事業年度終了の場合は、2023年6月末までに公表

② 計算方法
情報公表のために必要となる賃金格差の計算はシンプルだが(表1)、データを正確に捉えるには時間がかかる場合がある。国内すべての事業体のデータ、年間賃金の一貫した定義、短時間労働者の処遇、有期雇用労働者やパートタイム労働者のような非正規労働者など、さまざまなカテゴリーの労働者のデータなどを要する。したがって、賃金計算を行うためのデータ収集およびプランニングは早期に開始する必要がある。


表 1)男女の賃金差異を算出するためには、(A÷B)×100の式に以下を代入する。

A

B

C

女性労働者の平均年間賃金

男性労働者の平均年間賃金

100

女性正規労働者の平均年間賃金

男性正規労働者の平均年間賃金

100

女性非正規労働者の平均年間賃金

男性非正規労働者の平均年間賃金

100

大きな賃金格差が見込まれる企業は、さらに分析を実施し、追加の情報公表を検討する必要がある。例えば、女性幹部社員が少ない企業の場合、男女賃金差異が大きくなる可能性がある。この場合は、下記の④で述べている任意の追加的情報公表を有効に活用し、追加の分析や状況を公表していくことが望ましい。

③ 公表方法・公表先
「一般事業主行動計画」を含めた男女賃金の差異情報は、厚生労働省が運営する「女性の活躍推進企業データベース」や企業のウェブサイトに公表する必要がある。
また、現状政府は日本国内の従業員のデータ開示のみを要求しているが、投資家等のステークホルダーは企業のグローバルデータを期待している可能性がある。これは、人事システムと給与システムがグローバルで共通な場合を除き、一貫したデータの定義(階層、給与・等級、時間外勤務、変動賃金など)を把握できていないと実現が厳しい要求である。したがって、企業は、情報を容易に収集できるように情報集約のプロセスを開発するか、または一貫したデータ定義とツールをグローバルレベルで実現する計画を策定する必要がある。

④ 任意の追加的情報
政府が開示義務としている賃金差異の情報は平均賃金の差のみであるが、事業主の任意でより詳細な分析の情報や補足を、『説明欄』を活用し開示することが可能である。単純に算出した平均賃金の差には要因が複数絡み合っており、実態より大きな差として出てきてしまう場合もあるため、企業にとっては不利な結果の公表につながりやすく注意が必要だ。そのため、企業はこの任意の『説明欄』を大いに活用し、差異が生まれている背景や理由を説明し、企業の女性活躍の取り組みに関する状況や今後のビジョンを伝える場として使うことが望ましい。

また、『説明欄』の活用に際し、開示の目的と開示情報を閲覧するステークホルダーを見定めることも重要である。

その上で、基本的には(1)賃金差異の分析(2)格差の是正へ向けたステップ(3)格差の将来的な予防に向けた施策、の3点を重点的に説明できればより賃金差異の公表の意義が高まり、世界基準と足並みをそろえることが可能になる。


Equality「平等」とEquity「公平」の両立を目指して

賃金格差の是正は、従業員のライフサイクル全体および、事業における重要な機能に影響を及ぼす。例えば、従業員のエンゲージメントとリテンション、後継者育成、効率と生産性、報酬とその調整、コンプライアンスなどである。徹底的に賃金格差の評価を行い、その根本的な要因を分析することで、効果的な施策につなげることができる。

(1)Analyze-賃金差異の分析

多変量解析および統計分析を行うことで、賃金差異の構造をより詳細に分けることが重要である。経験や勤続年数、労働時間、成果、職種などの妥当性のある(legitimate)ファクターを加味し、賃金差異の要因の構造把握と共に、最終的に正当性のない(unjustifiable)実際の賃金差異も定量的に把握できる。

Analyze-賃金差異の分析

出所:EY作成

妥当性のある賃金差異(legitimate pay gap): 経験年数、勤続年数、労働時間、成果、職種などを含む。この賃金の差異は、多くの場合、育成や配置の見直し、報酬体系の再設計や制度変更によって対処できる。

正当性のない賃金差異(Unjustifiable pay gap): 直接起因する要因が特定できず、正当性のない賃金差異。このような賃金の差異は、アンコンシャスバイアスや意図しない偏見による可能性があり、格差を是正するための計画を早急に立てる必要がある。


(2)Fix-賃金格差の是正

賃金差異の要因分析は、差異の解消に向けた施策の検討を行う上で非常に有効である。上述で表面化した正当性のない賃金差異部分については、人事制度設計上意図されない差異であり、典型的なアンコンシャスバイアスである可能性が高い。したがって、直ちに差異の解消を図るべきであろう。一方で、妥当性のあるファクターを含んだ賃金差異についてはキャリア形成や労働時間、評価基準などにジェンダーギャップがある可能性を示唆するものである。典型的には女性管理職比率の低さなど、高賃金の上位役職におけるジェンダーギャップが要因となっている。これらの解消には配置(要員計画)や育成、上位役職の役割や働き方の見直しなど中期的な人事施策の見直しが必要となる。

(3)Prevent-賃金格差の予防

Pay Equity(ペイエクイティ)を達成し、かつ継続的な仕組みとして維持していくためには、従業員のライフサイクルを通じて現状のギャップを解消していくような個別施策とともに、パーパスや事業戦略の実現に向けたあるべき人材ポートフォリオの策定や企業文化の醸成が必要である。特に少子化、労働人口の減少が予想される日本においては、中長期的な視点に立った要員計画が必須となる。そうした環境下においてジェンダーによる大きなギャップの存在は、極めて大きなリスク要因となり得る。貴重な人的資本を最大限活用するための人事制度やワークスタイル、それらを支えるインクルーシブな組織文化の醸成がますます重要になっている。

参考:下記チャートが示すように、ライフサイクル全体を通じて不平等や偏りが存在し得る。また、さらに一歩踏み込むには、制度としてルール化されている人事関連の施策のほか、制度やプロセスには表れない社内の暗黙知や企業内の業務やプロセスの慣例も含めて分析を行い、偏った結果をもたらしているかどうかを特定する必要がある。例えば、一つ一つ意思決定の要素は大きくはないが、顧客・業務やプロジェクトの割り当て、工場運営の形態や会議招集の宛先などは、キャリア形成において影響を与える。これらは、多くの場合はリーダーや管理職層に無意識にバイアスや忖度・遠慮が働いていたり、過去から続いている労働慣行が元になっていたりする。よりインクルーシブな意思決定を行うために、バイアスを排除するための戦略、プログラム策定、対策を講じる必要がある。

図3:Prevent-賃金格差の予防

出所:EY作成


【コラム】ガラスの天井

日本において女性の昇格を阻むと言われている「ガラスの天井」は、管理職への登用を阻むキャリアパスの選択肢の不足が挙げられる。平等に評価をする仕組みや制度はあっても、そもそも出産や育児のタイミングで正規のキャリアパスから離脱せざるを得ない。

関連する制度や施策の例としては、年功序列型(メンバーシップ型)雇用や、柔軟な働き方の選択肢の制限、人事転居を伴う転勤(人事異動)などが挙げられる。また、組織文化では、長時間労働を奨励する文化や、女性が育児や高齢者の介護に責任があるという期待、採用・評価・配属・後継者育成における女性に対するアンコンシャスバイアスの存在等があり、企業の人事方針や企業文化を調査・分析していくことで改善すべき具体的な領域を特定できる。


おわりに

企業は、男女間の賃金差異の公表を単に情報開示の場として捉えるのではなく、開示義務の目的を理解し、課題をしっかりと見定めた上で、どのように自社のパーパスや事業戦略を実現するのかを検討する機会として捉えていくことが望ましい。

男女間の職場における平等と公平の実現は、企業における人的資本の活用という側面のみならず、従業員にとっても個人の選択肢を広げ、仕事と生活の双方の充実を通じて、社会的価値の創造にもつながると言える。

単なる情報開示規制としてではなく、賃金差異の要因を分析し、複合的な課題に対して正しい施策に取り組むことは、人的資本経営の第一歩として非常に重要な契機となるのではないだろうか。

脚注

  1. OECD (2023), "Gender wage gap" (indicator), doi.org/10.1787/7cee77aa-en (2023年4月6日アクセス)
  2. 厚生労働省「令和3年賃金構造基本統計調査の概況」、www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2021/dl/13.pdf (2023年4月1日アクセス)
  3. Morten Bennedsen, Elena Simintzi, Margarita Tsoutsoura, and Daniel Wolfenzon,Research: Gender Pay Gaps Shrink When Companies Are Required to Disclose Them (Harvard Business Review,23 January 2019)
  4. OECD (2021), Pay Transparency Tools to Close the Gender Wage Gap, Gender Equality at Work, OECD Publishing, Paris, doi.org/10.1787/eba5b91d-en.
  5. EY PAS Global Benchmarking Team, EY Work Reimagined 2022 Employee survey (27 April 2022)

サマリー

企業の「男女の賃金差異」公表が義務付けとなった。本質的な効果をもたらすためには、差異の公表を越えて格差を是正し、再発を防ぐことが重要である。
職場における平等と公平の実現は、個人の選択肢を広げ、社会的価値の創造につながる。
単なる情報開示規制としてではなく、企業の全体的な公平性、ダイバーシティ&インクルージョンに対する努力の重要な構成要素として捉えることで、人的資本経営の第一歩となる。


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