ジョブ型人事制度やリスキリング推進成功の鍵は仕組みの巧拙でなく、キャリアのオーナーシップを個人が保有し、行動変革につなげること

ジョブ型人事制度やリスキリング推進成功の鍵は仕組みの巧拙でなく、キャリアのオーナーシップを個人が保有し、行動変革につなげること


「HRDXの教科書」出版記念セミナー
第2回「HRDXと働き方の未来」(2022年2月8日開催)


要点

  • コロナ禍で複雑で予測困難なVUCA時代が到来しており、日本の人事もこれまでの「メンバーシップ型」から「ジョブ型」への転換が叫ばれるようになった。
  • ジョブ型雇用に移行するポイントは、キャリアのオーナーシップであり、そのためにはキャリアを主体的に考えながら自身を磨く「Reskilling」(リスキリング)が求められる。
  • 新たな働き方が定着すると採用アプローチも変化。社員から知人を推薦してもらう「リファラル採用」や、転職潜在層へのタイムリーな双方向型コミュニケーションが重要になる。

「HRDXの教科書」出版記念セミナー(第2回)では、LinkedIn 日本代表 村上 臣 氏をゲストに迎え、独自調査で明らかになった「働き方の未来」の世界観をベースに、ジョブ型人事、リスキリングなど、デジタルと組織・人材マネジメントの新トレンドについてお話しいただきました。

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コロナ禍で急変した労働環境と人材マネジメントに対応するために必要なこと

コロナ禍のもと、企業のデジタル化と同時に人事部門のHRDX化も急速に進展しています。労働市場の価値や働き方の変化は、日本にジョブ型人事の導入をもたらし、スキルベースやリスキリングが人材採用の前提になりました。

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LinkedIn 日本代表 村上 臣 氏

HRDXはコロナ禍によって、まさに重要性が増した領域と言えるでしょう。日本企業の人事が、リモートによるオンボーディングや集合研修を行うのは初めての経験であり、多くの事案がのしかかった2年間でした。この状況で逆に個々のコネクションやコミュニケーションの在り方も問われています。

村上氏は「例えば名刺情報は、部署異動したり転職したりするとコネクションが切れて使えなくなってしまいます。LinkedInは、情報がアップデートされ、人とつながり続けられるツールです。流動性の高い欧米では、LinkedInがロングランで使い続けられています。200以上の国・地域で8億1,000万人の登録者がおり、日本でもわれわれのビジネスコミュニティーの価値を生かす動きが活発になってきました」と説明します。

2021年の世界経済フォーラムでは「今後3年間で8,500万人の雇用が消え、一方で新たな9,700万人の雇用が生まれる」と予測しています。技術革新で仕事がなくなっても、新規に創出される仕事があるからです。仕事がトランスフォームされるため、それに伴いビジネスパーソンも変わっていかなければなりません。

労働人口が確実に減る日本では、新型コロナウイルス感染症の流行も加わり、複雑で予測困難な「VUCA時代」が到来しました。しかし企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)も進展し、危機を乗り越えようとしています。そして人事制度は「メンバーシップ型」から「ジョブ型」への転換が叫ばれるようになりました。従来のメンバーシップ型は人を起点に、どのような仕事をしてもらうかという「適材適所」の発想であるのに対して、ジョブ型は仕事を起点に、人材を配置する「適所適材」の発想が基になっております。

「メンバーシップ型は、新卒を大量に入れて社内に人材プールをつくり、ジョブローテーションにより自社で通用するスキルを身につけさせた上で、各部署に人材を配置するアプローチでした。しかし、いまは世の中がグローバル化しており、メンバーシップ型は制度疲労を起こしています」(村上氏)

ジョブ型へ変わる過渡期の日本では「手作業の仕事=一生懸命に働いている」という風潮が残っていることも事実です。コロナ禍でリモートワークが進む中、「部下が本当に仕事をしているのか心配」という声も多く聞かれます。しかし、オフィス勤務のときに「部下の仕事を十分に把握していたのか?」と問われると、実はそうでもないようです。

「この解像度の低さが、日本のHRDXの足取りを遅くしている要因の1つです。本来は、しっかり成果さえ見れば解決する話なのです。社員の努力は大事ですが、最終的に成果につながらなければ、マネージャーとして軌道修正しなければなりません」(村上氏)

さらにDX化で、いままで見えなかったものが可視化されたり、逆に見えていたものが見えなくなったりすることもあります。

「例えばアナリティクスで仕事の割合が見えるようになってきました。したがってマネージャーは、アウトプットの数字で判断することが重要になります。感覚でなく、事実に沿った、バイアスの無い判断力が最も重要なスキルになるでしょう。また見えない不安は勇気を持って払拭し、部下を信頼する性善説への転換も求められます」(村上氏)

さらに同氏は「ジョブ型に移行するポイントは、キャリアのオーナーシップである」とし、「社員も会社の言うがままになるのではなく、契約関係で対等な立場になり、会社で何をすべきか、自分は何を成し遂げたいのか? そのために今これをやる! というように、主体性を持って自身のキャリアを考えなければなりません」と力説します。

そこで、もう1つ注目されるキーワードが「Reskilling」(リスキリング)です。当然ながら組織が求める人材は時代により変化します。今はDX人材やデータサイエンティストなどのニーズが高く、新事業を起こす場合はジョブ型のみで中途採用しています。

「企業が中途採用時に重視するのは再現性です。今の会社で成果を上げていても、新しい会社で成果を出せるのか分かりません。自身の経験を因数分解してスキルに落とし込み、どこでもポータブルスキルとして再現できる人材は人気が集まります。そこで経験を言語化して市場と比較し、自分のスキルとマッチングさせる必要があります」(村上氏)

現在、企業の7割弱が管理層にリスキリングの機会を与えています。LinkedInでは独自のLinkedInラーニングを提供し、クリティカルシンキングや判断力の高め方、人脈の広げ方などのソフトスキルを提供中です。ほかにもアンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)との向き合い方なども、曇りの無い目で人を採用するスキルとして人気があります。

「これからは、変化する労働市場に対して、個人が学んでいく姿勢『リスキリング・グロースマインドセット』の有無が競争力に直結する時代になっていきます。研さんしてきた経験やオープンなマインドセットも採用で見られることになると思います」(村上氏)

スキルベースの採用活動は、社員と企業の双方にメリットをもたらします。社員にはプロ意識が芽生え、スキルの獲得でハイポジションや昇給のチャンスがあります。企業側は採用候補の多様性や、人材流動性による市場価格を把握し、職歴や学歴でなく、スキルベースでの活躍に焦点をあてた採用が行えます。

次に村上氏は、コロナ禍によって変化したワークスタイルについても触れました。

LinkedInの調査では、オフィス勤務と在宅勤務を組み合わせた「ハイブリッドワーク」を企業の半数が実施しており、「働き方の選択が仕事にプラスになる」「ワークライフバランスが向上する」という回答も約半数で、ハイブリッドワークを今後も継続する企業は3割に上る結果でした。物理オフィスはホットデスクやコラボレーションスペースなどに転換され、規模も徐々に縮小していくでしょう。

では、リモートワークを行う際に重要な要素とは何でしょうか? 調査によると「フレキシブルな労働時間」(アウトプットベースの評価)、「オンライントレーニング」(スキル更新)、「オフィスとリモート双方の平等な機会」(発言の公平性など)でした。

このように働き方が変化すると、人材採用のコミュニケーションの在り方も変容してきます。例えばあるITスタートアップは、自社の魅力を相手に直接伝えるコミュ二ケーションを重視し、働く人の意見を強く打ち出しました。企業カルチャーや同僚、福利厚生などの要素も大切にしました。すると社員から知人を推薦してもらう「リファラル採用」が最も効果的な採用手段になったそうです。

「LinkedInでは人々のネットワークを広げられます。前出のITスタートアップは9万人の人材にリーチし、自社の魅力や文化を4,500人以上に積極的に伝えることで、タレントプールができました」(村上氏)

また希少人材のヘッドハンティングをする際に、日系大手製造メーカーはLinkedInの会員プロフィール情報から人材を絞り込み、転職潜在層を探しました。

「今は転職する気がなくても、良い話なら聞いてみたいという転職潜在層にダイレクトにアプローチしていくことがポイントです。数年かけて、タイミングが来たら転職してくれるケースもよくある話です」(村上氏)

人材採用も一方的なプッシュ型コミュニケーションでなく、タイムリーな双方向型コミュニケーションの時代になっていきます。そういう点でもLinkedInを活用できるわけです。

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本質的なキャリアのオーナーシップを掲げ、未来志向のリスキリングで自身を磨け!

第二部では、まずEYの鵜澤 慎一郎が「ジョブ型の移行に際しては、キャリアのオーナーシップが重要になりますが、日本ではジョブ型の本質が大きく変わってしまうのでは? と懸念しています」とし、日本の人事制度がジョブ型に変わる上で注意すべき点について問いかけました。

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EY アジアパシフィック ピープル・アドバイザリー・サービス 日本地域代表 パートナー 鵜澤 慎一郎


企業意識がジョブ型によって本質的に変化した点は、適材適所から適所適材への移行です。

村上氏は「ジョブ型は人より先に役職という箱が来ます。組織図の中で社員がいない白紙状態で考える必要があります。単純に匿名ポジションを考えて、最適な経験やスキルを持つ人を探すアプローチに展開できるのか。これが日本企業では難しい課題です」とドメスティックな事情に触れました。

その上で同氏は「日本が根本的にジョブ型に移行するには、国が音頭を取るべき部分もあり、労働関連の制度を刷新すべきです。確かに現状のままだと、少し改造された日本版ジョブ型人事になってしまうかもしれません。外資系企業では戦略が変わると、支社を完全撤退するといった話はよくあります。日本では解雇アレルギーがあるため、箱がなくなったとき(雇用関係上で)お互いにうまく納得できる制度設計ができるのか、これがキーポイントになると思います」と指摘しました。

続いて鵜澤は、人起点のメンバーシップ型と、仕事起点のジョブ型の違いについて再確認した上で、「ジョブ型に変われば、人材の採用や確保の仕方、給与、キャリア、配置など多くのものが変わります。しかし、日本企業は新卒一括採用も続け、ジョブローテーションも動いています。日本的な雇用を残すケースもありますが、この点はどう感じますか?」と質問を投げました。

図1:メンバーシップ型とジョブ型の違い

図1:メンバーシップ型とジョブ型の違い

村上氏は「日本はジョブ型への過渡期であり、ジョブディスクリプションを基に企業が評価制度を作りながらジョブ型ライクに移行中です。一方、学生は新卒で正社員になれることを期待しているため、今はハイブリッド的に進むと思います。これは日本型雇用の良い側面ですが、いずれは大胆な制度改革が求められます。解雇規制が厳しい日本が参考にすべきは、たぶんフランスやドイツがたどってきた改革例でしょう」と予想しました。

「ジョブ型は外部の労働市場性で公平性が担保され、業種や役割で報酬レンジも決まっています。日本の労働市場でも報酬レンジがそろわないと、旧態依然の人事制度の中で競争性が無い制度になってしまうのではないかと心配です」という鵜澤の懸念に対して、村上氏は「いずれにしても雇用流動性が高まらなければジョブ型は機能しません。株価と一緒の理屈で、ある程度の流動性が求められます」と答えました。

ジョブ型ではキャリアのオーナーシップが重要なファクターになりますが、村上氏は転職2.0として「株式会社俺」という形でのキャリア形成についても触れました。

「やはり自身のキャリアにオーナーシップを持つことは経営管理に近いと思います。これは僕の考え方ではなく、副都知事の宮坂 学さん(元ヤフー株式会社 代表取締役社長)に聞いた話です。仕事を通じて何を達成し、社会にインパクトを与えるか。それで得られる幸福感の総和が「株式会社俺」という意識の時価総額になるとおっしゃっていました。だから次にどうなりたいか? という自身へのキークエスチョンが大切なのです」(村上氏)

既存社員とジョブ型で採用された社員間に報酬ギャップが発生する問題についても質問がありました。村上氏は「オープンジョブ制度(社内公募)で社内からも人材を公募し、情報の透明性を高くすれば、健全な競争で流動性が起き、それに向かって努力する社員も増えます」とメリットも明らかにしました。

一方で、日本には既に雇用保障が無いジョブ型の非正規雇用人材が3,000万人もおり、正社員とのギャップをどう埋めるかという大きな課題も横たわっています。バブル崩壊後の就職氷河期世代は、ジョブ型からの延長でリスキリングしなければキャリアアップが困難なため、40歳からのリスキリングで意識すべき点に対する質問も飛び出しました。

この点について、同氏は「まずは現業でランクを上げたいのか、違う業界に挑戦したいのかという自身の振り返りが必要です。ジョブディスクリプションで逆算的に自分に足りないスキルを調べてください。もう40歳を超えると時間も無くなるので、ピンポイントでインパクトのあるスキルを身につけることに徹した方がよいでしょう」とアドバイスしました。

リスキリングという点では「ITに遠い部門でも、最近はSQLやPythonなどのプログラミング言語の経験を求められるようになっています。このトレンドが他業種にも波及しますか?」という質問も出ました。

「こういうスキルは全業種に広がっています。例えば分析ツールで簡単なコードを書けると、データをカスタマイズして表示でき、分析スピードも速くなります。今後は非IT系もプログラミング的思考が重要なスキルになりそうです。AIやRPAが同僚になる時代は、ローコード・ノーコード以前に、マシンにどんな命令を下せば動くのか、手続き型フローを理解しておくべきです」と指南しました。

日系企業からの質問として、海外で直面するリテンション問題の相談もありました。以前、ベトナム開発子会社の担当をしていた村上氏も、現地社員が2~3年で辞めてしまうという問題に悩んだそうです。

「その原因を探ると、良い仕事に対するフィードバック(昇級や昇給)の期待値にギャップがあったこと、さらに現地のインフレ率も起因していました。インフレ率が高い国は定期昇給をしないと減給になってしまいます。そこで対話を重視し、できたことを褒めたり、中長期的に給与に反映させてバランスを取りました」と自身の体験談を話しました。

また別の話題として「コロナ禍で始まったハイブリッドワークに関して、全員参加のオフィス勤務日を特定した方がよいですか?」という問い合わせもありました。

この点について村上氏は「火水木は出勤日というように会社で指定したり、チームごとに決めたりと、いろいろなパターンが出ています。どういう仕事なのか、企業文化で変わってきますが、全員集まった方がやりやすいという意見も多いです」と回答しました。

これを受けて鵜澤も「昨年、AmazonのCEOはコロナ禍に完全リモートワークから週3日のオフィス勤務方針に戻そうとしたのですが、その働き方の運用ルールに関する質問がエグゼクティブに問い合わせが殺到しました。結局現場のチーム単位に権限を委譲し、各チームで勤務日や働き方を柔軟に決定してよいという方針にすぐ転換しました。このようにまずはやってみて、すぐに軌道修正する企業姿勢も今後は必要になるはずです」と補足しました。

村上氏は「不確実な時代なので、絶対に正しい方針も分からないため、アジャイル的なアプローチは重要になります。我々もよく方針を転換したりします」と同意しました。

最後に鵜澤は「先が読めないVUCA時代に答え探しをしても、誰も正解を見いだせません。ジョブ型への移行やリスキリングの話も表層的なはやり言葉でなく、本質としてのキャリアのオーナーシップであったり、自身に不足するものを未来志向で考えたりする姿勢が本当に大切だと痛感しました」とセッションをまとめました。


サマリー

コロナ禍で本格的なVUCA時代に入り、日本の人事がジョブ型へ移行する中、社員にもキャリアのオーナーシップが求められ、リスキリングによる自分磨きが必要になりました。人事のアプローチも、一方的なプッシュ型でなく、タイムリーな双方向型のコミュニケーションや、リファラル採用が重要になっているのです。

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