エクスペリエンスと価値を紡ぐ糸になる組織・人事変革とは?

エクスペリエンスと価値を紡ぐ糸になる組織・人事変革とは?


関連トピック

これからの人事部門は、長期的価値の向上につながるエクスペリエンスを提供できるよう、組織横断的に横串を通したオペレーションを実行する必要があります。以下、その方法を掘り下げていきます。ここでは、その方法について考察します。


要点

  • 人事部門内の管理・運用業務は人事担当者の総労働時間の約86%を占めています。経営幹部は、人事部門が新たな人事サービスを従業員に提供できるよう、人事機能を解放し、デジタル化を加速させる必要があります。
  • 人事部門は、戦略的に適切でインパクトのあるエクスペリエンスを組織内の隅々まで提供できるよう、サイロ化した縦割り組織特有の居心地の良さから脱却し、組織横断的に横串を通したオペレーションを実行する必要があります。
  • ウルリッヒのアプローチから脱却して、「デジタル・ピープル・チーム」、「バーチャル・グローバル・ビジネス・サービス」、「アジャイル・ピープル・コンサルタント」という3つの要素で構成される新たなモデルを構築する必要があります。

景気が後退すると、必ずと言っていいほど人員削減の動きが出始めます。収益の減少に直面しながらも、コスト削減策にすぐに飛びつかないビジネスリーダーは勇敢です。しかし、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行する状況下での人員削減となると、最高人事責任者(以下、CHRO)は一層、難しい判断を迫られるでしょう。それは、CHROが、お金よりも「パーパス」に軸を置く組織、つまり人材をコストセンターではなくバリューセンターとして捉える企業は競合他社に比べ顧客ロイヤルティと従業員エンゲージメントに優れていること、そしてそれが最終的に長期的価値の向上につながるということを認識しているからです。人員削減はそのようなメリットを毀損(きそん)してしまうだけでなく、人事部門を厳しい立場に追い込むでしょう。何よりも「人」を大切にする企業であると明言し実行することが求められる今の時代に人員削減を断行したことは、非難の対象となります。

では、明るい側面はどうでしょうか。試練はチャンスをもたらします。今、人事機能を全面的に変革するチャンスが訪れています。「人材戦略はこれからの組織運営の中核的要素である」という事実を捉えることが必要であり、さらに人事関連の諸問題の的確な対応や、新たなオポチュニティーに対する迅速な洞察、従業員を鼓舞し企業に付加価値をもたらすためのスマートな職場づくりが求められています。これらを実現するために人事機能の将来像を再構築する。今がまさにその時です。

「企業は、レポートや型にはまったサービスではなく、人材に関するインサイトとソリューションを求めています。テクノロジーは今や、従業員の期待に沿うエクスペリエンスを提供できる程に進化しています。しかも、その価格はリーズナブルになっており、まさに好条件がそろっています。強力な人事機能というのは、サイロ化された状態ではなく組織横断的に運用され、アナリティクスとデータ主導でヒューマンエクスペリエンスを重視します」

人事機能の運用は縦割りになりがちです。人事部門は、事業部門が時代の流れに適応し、変革を達成できるよう、彼らの真のパートナーとしてサポートするとともに、他のステークホルダーに人材管理の権限を移譲し成果を共有する体制を整えて、組織横断的に横串を通したオペレーションを実行する必要があります。

人事機能を再構築する

ほとんどの人事部門では現在、孤立した縦割り型のオペレーションが多く見られます。このようなオペレーションは1990年代に提唱されたウルリッヒ・モデルにまでさかのぼります。かつては確固たる原則に基づいていた同モデルも、今では柔軟性と開放性が薄れ、硬直的で神聖なものになってしまっています。

EY EMEIAのPeople Advisory Services担当パートナーであるAndy Lomasは、次のように述べています。「世の中の変化のスピードを踏まえると、柔軟性、適応力、プロジェクト志向をさらに高めるよう従業員を鼓舞する必要があります。一方、多くの人事部門では自身が体系化したジョブ・アーキテクチャとヒエラルキーが存在しており、それが足かせとなって従業員は従来のチームを統合して新しいチームを編成することや暫定的に連携することにうまくなじめないというのが現状です」

「財務、調達、あるいはサプライチェーン部門の代表者と、人事、資産、法務担当者数名でチームを編成して、数週間そのチームで活動してもらう必要があるかもしれません。簡単そうに聞こえますが、従来の組織体制がそのようなチーム活動の妨げになってしまうことがよくあります。人事部門は、変化への対応を促進する体制に事業部門が適応するための支援とその体制の簡素化に向けて、新たなアプローチを見いだす必要があります。これらを実行するために欠かせないのが横串を通した人事オペレーションです」

KPIを調整する

人材獲得の重要な指標である「充塡(じゅうてん)時間」を考えてみましょう。これは、ある特定の職務に人事がどれだけ早く人材を調達できるかを示す指標です。再構築された人事機能では、ある特定の職務に採用された人材がその職務を遂行する能力を完全に習得するまでに要する時間など、より踏み込んだ指標が注視されるでしょう。例えば、新しい営業担当者が13カ月ではなく6カ月で売り上げ目標を達成した場合、企業はその時点から程なくしてその価値を期待できます。

「どの部門も自部門というタワーの中に引きこもってしまいがちです。人事部門は、まずそのようなタワーから抜け出し、自己完結型のアプローチから脱却しなければなりません。人事部門固有のノウハウを組織全体に適用して従業員ひとり一人がそれに従うよう強要するのではなく、そのノウハウをビジネス上の課題や難しい課題の解決に生かすことに目を向ける必要があります」

これは、人事機能の根本的な変化を示しています。人事部門はこれまで、部門として影響を及ぼすことができる成果ではなく、管理可能な成果を測定していました。新たな人事オペレーションでは、人事部門は従業員エクスペリエンスの向上を企業と共に担い、より広範なビジネス目標を念頭に社員の昇格を決定します。また、各部門特有の従業員モチベーションとビジネス優先事項を踏まえて、財務、研究開発、営業など、部門ごとにベネフィットの在り方を確立します。組織横断的な人事機能は現場を基盤とし、現場の声に耳を傾けます。
 

テクノロジーを活用する

テクノロジーは人事機能の進化の中核を成しています。実際、テクノロジーを活用することで、従業員の能力やモチベーションの向上に資する従業員エクスペリエンスの提供が実現する時代になりました。しかも、それにかかるコストもリーズナブルになっています。EYのクライアントの多くはすでに、一般の従業員、管理職および人事担当者に代わって業務を処理するロボティクス・プロセス・オートメーション(RPA)や「よくある質問」に対応するバーチャルエージェントやチャボットの開発に取り組んでいます。
 

例えば、出産を終えた従業員は子供が生まれたことを人事チームにテキストで伝えることができます。そのテキストを受け取ったチャボットはお祝いの言葉を返信するとともに、重要事項を確認し、それらを従業員データに追加してその従業員の福利厚生プランをアップデートします。この一連のプロセスはシームレスに行われます。

 

EY Asia-PacificのPeople Advisory Services HR Transformation SolutionsのリーダーであるPeter Foxは、次のように述べています。「セルフサービスは、コスト削減および事業部門への人事業務の丸投げを婉曲に表現したにすぎないとクライアントは反論するかもしれません。かつては、そうであったでしょう。しかし、今は、経営幹部も一般の従業員も管理職も、人事担当者を介したサービスよりも便利にニーズを満たすことができるセルフサービスを望んでいます。これは、支店に行くよりもオンラインバンキングサービスのほうが利用しやすく、効率的であるのと同様です」[NM1]

「真に機能するセルフサービスと、煩わしさを感じさせないデジタルエクスペリエンスを従業員に提供できれば、貴社の人事部門は、今まで限定的であった人事機能を解放し、企業が求め、必要とするサービスを実現できます」

 

従業員エクスペリエンスの向上につながるテクノロジー活用のもう1つの例は、学習ツールの利用です。例えば、従業員と厳しい話をする際の進め方や、その他パフォーマンス面の指導に役立つ情報を求めている際に、イントラネット上の複数のリンクをたどって奥深くまで検索しなければならないことがよくあります。しかし、最新のツールはユーザーが求める使いやすさと応答性を備えているため、探している情報へと適切に導き、関連するフォローアップも提供します。
 

人事機能の変革は、単に「無駄の削減」のためではありません。従業員にとって重要な人事サービスへの再投資であり、企業に長期的価値をもたらすために必要な手段です。変革により、アナリティクスとデータ主導で従業員に心から満足してもらえるようなエクスペリエンスを提供する人事機能が実現します。これは、企業の顧客がおのずと期待するエクスペリエンスと同等のものです。

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第1章

人事オペレーティングモデルの再考

ピープル・バリューチェーン・モデル: 「デジタル人事」、「ピープル・コンサルタント」、および「バーチャル・グローバル・ビジネス・サービス」

EYは、「ピープル・バリューチェーン」という今までにない革新的なオペレーティングモデルを開発しました。これは、ウルリッヒ・モデルからの脱却を意図して設計され、常に最新の人事サービスの提供を可能にする効果的なモデルです。

人事部門は、企業とともに進化するために必要な「耳を傾ける」、「イノベーション」、「人事コンサルティング」など、人事部門ならではのケイパビリティを備えているため、新しいモデルの採用が必要になるのはこれが最後になるでしょう。同モデルは包括的で拡張性のある基盤上に構築されるため、今後起こり得るすべてのものに対応すると考えられます。

この新しいオペレーティングモデル「ピープル・バリューチェーン」は、「デジタル・ピープル・チーム」、「ピープル・コンサルタント」、「バーチャル・グローバル・ビジネス・サービス(VGBS)」という3つの主要要素で構成されています。

ピープル・バリューチェーン:人事の将来像に影響を与え得る喫緊の課題に対応するオペレーティングモデル

ピープルバリューチェーンの概要図

1.デジタル・ピープル・チーム

変革後の新たな人事機能では、そのデジタル構成要素である「デジタル・ピープル・チーム」が全業務量の最大50%を処理できるでしょう。これは、500名の人事担当者を擁するグローバル企業の場合、250人分の業務がデジタル化されるという試算になります。その250名の従業員は再配置され、課題解決、プロジェクト・ベースまたは戦略的な業務など価値の高い職務に専念できます。デジタル・ピープル・チームは、人事機能を解放し、HRリーダーシップチームが業績向上につながる従業員エクスペリエンスとサービスの構築に投資できるよう支援します。

このデジタル・ピープル・チームは、最新の人工知能 (AI) と機械学習を活用して、一連の革新的なフロントエンド・テクノロジー主導型サービスを設計し、採用し、共有します。これによって、より良い従業員エクスペリエンスの構築と、貴社の有能な人事プロフェッショナルの一層の貢献が期待されます。そのインフラストラクチャは、5つのレイヤーで構成されており、総合的な効果は、各レイヤーのそれを上回ります。

  1. サービス
  2. オートメーション
  3. クラウド
  4. 有効化
  5. データおよびアナリティクス

EY EMEIAのPeople Advisory Services Digital HRリーダーであるAndy Lomasは、次のように述べています。「新型コロナウイルス感染症の流行をきっかけに、企業にはデジタル化の余地がどれだけあり、社会や従業員はよりデジタルな働き方をどれくらいすぐに受け入れることができるかが明らかになりました。これを踏まえ、CHROは最小限の時間とリソースで効果的な運用ができるよう、さらに多くの人事機能をデジタル化することをお勧めします。これにより、人事サービスへのダイレクトアクセスやセルフサービス型のデジタルポータル、AIやチャボットによる自動サービスなどを従業員に提供することが可能になります。これは、直接に管理する必要のあったさまざまな従業員サービスの大幅な軽減につながります」

デジタル・ピープル・チームの強みは、従業員エクスペリエンスの変革を進めながら、ビジネスに有益な貴重なデータを生成し、活用し、分析し、個人や組織にとってより良いビジネス環境をもたらすことができることです。

2. ピープル・コンサルタント

現代にふさわしい人事体制は、企業の業績向上につながる人的価値を解き放つためにピープル・コンサルタントと経営幹部の連携がポイントになります。企業の目指すべき姿を達成するにはさまざまな分野で培った知見が不可欠であることを踏まえると、多種多様な部門とシームレスに協働するピープル・コンサルタントは、最高のパートナーになります。

ビジネスパートナーやプロフェッショナルサービス(Centers of Expertise)の担当者らは、ウルリッヒ・モデルに沿ってさまざまな人事業務を処理してきました。しかし、EYの調査によると、彼らは、管理・運用業務に86%もの時間を費やしています。しかも、その業務報酬は高額に設定されています。これからは、従来のモデルで異なる成果を期待するのではなく、より意図的な仲介が必要です。

一方、この新しいモデルでは、デジタル・ピープル・チームを介して人事の管理・運用業務のほとんどが自動化されます。そして、新しい製品の導入や既存サービスの活性化をいち早く実現するために、ピープル・コンサルタントがアジャイルスプリントチームを編成し、聴き取りや課題解決、イノベーションなどに取り組みます。ピープル・コンサルタントの価値は、単一のスキルの深さというよりもむしろ、複数の人事関連スキルを組み合わせて強固なソリューションをビジネス上の課題に適応できることです。

ピープル・コンサルタントは、定期的な需要のみに対応する高コストな常任スペシャリストチームではなく、高い人材流動性を備えたアジャイルチームを編成します。例えば、年間12カ月分の株式報酬を給与担当役員に支払うのではなく、この職務を6週間のプロジェクトとして構造化し、そのプロジェクトの遂行に必要なコンサルタント、ギグワーカー、請負業者が専門家として採用されます。人員削減が最終目標ではなく、組織により良い人的価値をもたらすことが最終的な目標であるということを認識することが重要です。

3. バーチャル・グローバル・ビジネス・サービス

バーチャル・グローバル・ビジネス・サービス (以下、VGBS)は、現場の人事組織が以前からずっと担当してきた業務と、HRビジネスパートナーが現在担当しているジェネラリスト業務、ならびにプロフェッショナルサービス(Centers of Expertise)が担当する管理・運用業務を引き継ぎます。反復的で複雑性が低く、付加価値の低い業務を人事部門がすべて部門内で処理する時代は終わりました。

VGBSとデジタル・ピープル・チームの連携
VGBSとデジタル・ピープル・チームに移管可能な人事業務の割合

卓越した従業員エクスペリエンスは部門を問わず提供されなければなりません。部門横断的サービス環境では、こうした業務はIT、財務、サプライチェーン、法務部門などの類似業務と統合され、それによりコスト削減と組織レベルのオペレーションが実現します。
 

慣習的にこれらの部門は、経費を抑えるために比較的低コストな場所に配置されていたかもしれません。VGBSは、各部門のサービスを集約して仮想化する、という理にかなった新たなアプローチを採用します。VGBSが企業とその従業員に提供するサービスの内容はこれまでと変わりありませんが、サービスの自動化により、組織内の隅々までそのサービスを浸透させることができるという点が注目に値します。このシステムは、国内の仮想ハブを介して提供される特定のサービスを担保しながら、労働裁定を活用します。例えば、労使関連の専門家はドイツを拠点に仕事をしながら、デジタル接続を通じてGBS本部のサービスデリバリーグループと連携することができます。このような仮想スポークは、VGBSに移管できる業務の種類を大幅に拡大するだけでなく、国固有の必須知識は担保されるという信頼も生まれます。
 

EYの計算によると、VGBSとデジタル・ピープル・チームは合わせて、人事部門の現行業務の72%を処理することができます。テクノロジーと組織横断的なオペレーションを活かしたサービスを提供することにより、サービスデリバリーモデルの残りの部分には、例えば、人材分析機能の構築や、包括的行動の全社的推進など、さらに付加価値の高い業務を充てることができます。

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第2章

人的価値の最大化

新たな人事機能がもたらす成果を測定する

新たな人事機能の主な目的は、企業が認識し尊重する価値を明確に提供することです。この新しい価値を追求するにあたり、人事部門は説明責任を果たすための新たな方法を特定し、自らの成果を測定する必要があります。

今日の組織は、概して次の4つの価値を重視しています。

 

  • 財務的価値(収益成長率、市場シェア、マージン)
  • 消費者価値(アイデア創出、研究開発、特許を含む)
  • 社会的価値(持続可能な開発目標、資源効率)
  • 人的価値(人的資本の配置、文化、従業員の健康)

 

この新たな人事機能は、そのオペレーション領域全体にわたり、上記1~3番目の価値に影響を及ぼす4番目の「人的価値」の創造をリードし、この4側面の価値のボトムラインを創出します。企業内のすべての活動は人的価値と深くつながっており、それ故に、人的価値はその他3つの価値を高める前提条件となっています。

人的価値は、長期的価値の創造全体を支える重要な土台です。人的価値にフォーカスしたオペレーティングモデルは企業のニーズに応じて進化し、従業員の能力を継続的に引き出すことができるより良いビジネス環境を生み出します。ここで言う「人的価値」とは、個々の従業員が企業にもたらす価値だけでなく、企業が従業員にもたらす価値も含まれます。

EY AmericasのPeople Advisory Services のプリンシパルであるBilly Soto Garayzarは、次のように述べています。「人事機能の評価はこれまで、コスト効率のレビューや特定のプロセスにおける単一のデータポイントを測定して診断する方法が採用されてきました。しかし、これからはまず、企業と従業員が重要だと位置付けていることを特定し、そこから状況を突き詰めていく必要があります。そこがまさに人的価値の原点だからです。そして、人事部門は中央集権的な体制から脱却し、組織内の他部門と連携を図る必要があります。そのような体制の下でホリスティックなインサイトを収集し始めたときに、人的価値の威力が顕在化します」

新たな指標

人的価値は、指標としても新たに注目されています。これは、人事チームが自ら構築し過去20年間にわたり依拠してきた測定システムの見直しが必要になることを示唆しており、人事担当者にとっては気後れすることかもしれません。

これまで人事部門は、従業員エンゲージメントを1~2年ごとに測定していました。一方、新しいモデルの下では、従業員への定期的聞き取り調査が毎月全社的に実施されます。また、年次のアンケート調査に加えて、ライフサイクルベースでの調査も行われ、オンボーディング、育成、昇進、解雇、退職に至るエンプロイージャーニーのあらゆる段階で社員のアクションごとにアンケートが実施されます。

従業員アンケート調査の結果は驚く内容であることも

Foxは、次のように述べています。「『あなた自身があなたの所属する企業の顧客であった場合、その企業は西暦何年だと感じますか』と、クライアントに聞いてみたいです。この質問に対して、ほとんどのクライアントは、『オンライン予約ができるし、チャットボットで質問に答えることもできるので、2020年だと思います』と、答えるでしょう。では、『その企業の社員としては何年だと感じますか』と、尋ねた場合、『聞くだけ無駄ですよ。1998年かな?』、と答えるかもしれません」

このようなエクスペリエンスデータは、従業員がどのように取り組み、どのように感じているかについての深い洞察を提供しますが、これには、そのデータを分析して実用的な推奨事項を引き出すための追加作業、つまり、情報を処理するための分析作業が必要になります。これは、より多くのオペレーション業務が自動化されれば、従業員は付加価値の高い業務に専心することができるという一例です。

人事部門はこれらを指標で表すことにより、人事プロセスの強みと弱点の傾向を探り、特定することができるようになります。

あるクライアントが、社員はなぜオンボーディング・エクスペリエンスをひどかったと感じたのかを知りたがっていました。単にノートパソコンの手配が遅れたことが原因だったのでしょうか。彼らが関連データを掘り下げてみると、そうではありませんでした。採用チームの対応は素晴らしく、実践的で最先端の採用エクスペリエンスを提供していました。しかし、実際に社員が入社すると、そのような対応が全くなくなり、彼らは「忘れられた」と感じたことが原因でした。同社はその情報を踏まえて行動できるようになったので、今では社員が入社後にギャップを感じることもなくなりました。このことがなぜ重要かというと、社員が十分な生産性を発揮できるようになるには3カ月間ほどかかるものであり、入社時のオンボーディング・エクスペリエンスが好ましくなかった場合は、財務面に大きな影響を及ぼす可能性があるからです。

「Xデータ」と「Oデータ」を組み合わせる

エクスペリエンスデータ(Xデータ)だけでは、それが示唆する価値を十分に引き出すことはできません。Xデータの真の威力は、オペレーショナルデータ(Oデータ)と組み合わせることで顕在化します。Oデータには、組織にとって重要な社内(顧客データ、財務データ、マーケティングデータ、サプライチェーンデータ、人事データなど)と社外(市場シェア、株価、ブランド認知度、ネットプロモータースコアなど)のあらゆるデータポイントが含まれています。Xデータの価値は、XデータとOデータの関係性を分析することで明らかになる相関関係で顕著になります。

人材投資収益率(return on investment in talent、以下ROIT)という指標を例にとってみましょう。この指標は、企業が従業員に支払う報酬と動機づけのために投入するすべての資金や従業員向けプログラムの実行に費やす資金などの投資に対して実際に得られる収益の割合を示します。人的資本の配置(human capital deployment、以下HCD)指標を開示している企業は、ROITが平均して2.5上回っています。

EY EMEIAのPeople ExperienceリーダーであるRobert Zampettiは、次のように述べています。「多くの分野でオペレーショナル・パフォーマンスとエクスペリエンスの相関関係が明らかになったことは朗報です。各事業部門まで掘り下げて分析した相関関係は特に有益です。例えば、販売アカウントのパフォーマンス指標を測定し、それをエクスペリエンスと人事関連データにひもづけると、あなたはすぐに『なるほど!』と納得するでしょう。このようなデータは非常に利用価値がありますが、あなたがそれを認識しなければ何も始まりません」

このXデータとOデータの組み合わせは定量化することができ、その数値はインパクトを与えるものです。人事部門は、エクスペリエンスと、企業の関心事であるKPI値の相関関係を管理・測定することで付加価値を明確に示すことができるだけでなく、人事のリーダーシップ陣によるパフォーマンスの継続的なレビューと改善のベースとなるベンチマークと目標の設定が可能になります。

Zampettiは次のように述べています。「人事に予算を充てる必要性を疑問視していたあるP&Lオーナーが今では、人事機能は実は価値があるものだと認識し始めています。それは、人事部門が、そのP&Lオーナーに実行可能なアイデアを共有し、その実現に向けて部門としてどのようなサポートができるのかを示したことで、その取り組みが意味のあるものかどうかを評価できるようになったからです」

これは、人事部門自らが体系化した従来のやり方を根本から覆す、大胆で挑戦的な新しいオペレーティングモデルです。人事部門はこれまで、部門としての考え方や要件をほとんどIT部門に委ねていましたが、これからは、従業員にサービスを提供し従業員からデータを収集するデジタル・プラットフォームの設計に、自らがより深く関わらなければなりません。そして、それを促進するためには、「Me、We、Here」というデザイン思考を実践する必要があります。

価値の具現化には、機械学習の台頭によりアルゴリズムの寄与が大きいと思われます。しかし、これらの最新ツールはそれ自体では動作しません。経験豊富なデータサイエンティストが設定し、データを導き出すことにより、新たな人事部門が行うべき重要な投資領域が明示されます。

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第3章

スピード感のある進化

変革を速やかに実現するための基盤を着実に築くために

変化というのは、最良の時でさえ抵抗感を覚えるものです。ましてや、より広範な事業環境が不確実性によって定義されていると感じているときには、変化など考えられないと、すぐに尻込みをしてしまうかもしれません。組織は、課題解決の手段として、オペレーティングモデルの選択よりもテクノロジー投資にすぐに目を向けがちです。この方法は暫定的に痛みを軽減することはできるかもしれませんが、効果的な成果は得られないでしょう。問題点を適切に考慮せずにソフトウエアを実装してしまう場合などは、特にそうです。

そこで必要になるのが、どんなことが従業員の気持ちを鼓舞し、やる気を高めるのか、そして価値創造という観点からはどんなことが企業にとって重要なのかを整理する時間です。実は、わずか6週間あれば、組織は将来のためにどんなサービスデリバリーモデルが必要であるかを特定することができます。そのモデルは、人事部門がこれらの課題をどのように対処し、テクノロジー投資をどのように計画に組み込み、より広範な組織にどんな価値を創出していくのかを明示した実現可能なロードマップを提供します。

そのロードマップの設計プロセスに組織全体のステークホルダーを含めることにより、プロセスの最初の段階から彼らの巻き込みとエンゲージメントが可能になり、人事部門は、斬新なアイデアを従来よりもはるか広範に取り入れることができるようになります。

プロジェクトの初期スプリント終了後の次フェーズでは、革新的で魅力的なサービスや製品の設計・構築、ならびに全社的な展開に向けてさらなる機会の特定と優先付けが行われます。それぞれ数週間という短いサイクルのスプリントで、テスト前に80% のソリューションを導入して結果を測定し、微調整後、最終的にフル稼働に向けたスケールアップが行われます。

このようなアプローチを取ることにより、組織は数カ月ではなく数週間単位で人事・組織変革を達成できる他、プロジェクトが進行中も価値を提供することができます。2年間待ってから成果を遡及(そきゅう)的に測定評価する必要はありません。

今の立ち位置から始める

スプリントモデルの強みは、企業が変革の旅のどの地点にいるかを特定し、どこに向かいたいのかという戦略的ビジョンを明確に定義できることです。それ故に、企業は意図したとおりに徐々に機能を移行し、その全プロセスを通して価値を提供できるのです。
 

どの組織も変革の可能性を秘めています。例えば、より価値の高い業務に専心できるようテクノロジーの導入に注力するクライアントもいれば、これまで投資してこなかったサービス領域を開拓するために、新たな人事サービスを構築し導入する必要があると思われる企業もあります。
 

組織・人事変革を経験する時が来ているということです。これからは、人事オペレーションとシェアードサービスはバーチャル・グローバル・ビジネス・サービスが、センター・オブ・エクセレンスはピープル・コンサルタントが、HRテクノロジーはデジタル・ピープル・チームが担うようになるでしょう。そして、人事部門は、組織と従業員に大きな付加価値の還元に専心するようになるでしょう。
 

現状維持からの脱却に取り組んでこなかった人事部門では、今回の新型コロナウイルス感染症の流行でいくつかの事実が浮き彫りになりました。1つは、労働力の柔軟性と人事サービスにおいて改善が切実に必要であったということ、もう1つは、それらを実践することは多くの人が想像していたよりも簡単だったということです。
 

新型コロナウイルス感染症の流行とそれに伴うディスラプションにより、より前向きな材料も顕在化しています。どの企業も、強力な自動化を軸とする人事機能に注目し始めているということです。人事部門は今後、従業員の期待に沿うシームレスでカスタマイズ可能なサービスと、組織が長期的に担保すべき真の価値を提供するようになるでしょう。
 

従来の人事機能が通用する時代は終わりました。従業員は変革が生み出した新たな人事サービスに期待を寄せています。


サマリー

消費者価値、財務価値、社会的価値の向上に資する戦略的に適切でインパクトのある従業員エクスペリエンスを組織内の隅々まで提供するために、人事部門はサイロ化した縦割り組織の居心地の良さから脱却し、組織横断的に横串を通したオペレーションを実行する必要があります。従業員エクスペリエンスの創造と破壊が日々繰り返される「無秩序な中間地点」にメスを入れることも必要でしょう。そして、アジャイル型チームの形成と従業員が気軽にアクセスできる人事サービスの提供に向け、戦略とオペレーションを紡ぐ糸となり、デジタル化を推し進めて人事機能を解放する必要があります。EYが再定義した人事オペレーションモデル「ピープル・バリューチェーン」は、組織・人事変革を推進する3つの重要な要素、「デジタル・ピープル・チーム」、「バーチャル・グローバル・ビジネス・サービス」、「アジャイル・ピープル・コンサルタント」で構成されています。


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