EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
2022年当初、世界の多くの地域は、100年に1度の規模のパンデミックから抜け出しつつありました。しかしそれが回復の先触れとなるどころか、2022年には、相互に関連し合う未曽有の地政学的・マクロ経済的ショックが立て続けに起こりました。その結果、この数十年間でもっとも不安定な状況が続いた年になりました。ニュースの見出しは、ウクライナ情勢、超大国の対立、エネルギー危機、サプライチェーンの混乱、商品価格の高騰などで占められました。S&P 500の年間下落率は19.4%でした。また、ナスダック総合指数は33.1% 1、MSCIオール・カントリー・ワールド・インデックスは18%下落しました 2。インフレ率は米国で8.5%を、英国、ドイツ、イタリアでは10%を超えました 3。
このような出来事の影響は、2022年が終わっても続くでしょう。いわゆる「複合危機(ポリクライシス)」が転換点であり、この時点で2023年以降の基調が決まったのです。何年にもわたり緊張が高まっていた大国間の対立は、ついに再び世界情勢の第一の懸念事項となりました。インフレは数十年間の休眠状態を経て、再び経済課題のトップに躍り出ました。そして、長年続いた超低金利時代は終わりを告げ、米国、欧州、アジアでは金融政策が急激に引き締めに転じました。例えば、英国の政策金利は、2022年中に0.5%から3.5%に上昇しました。
2023年を迎えるにあたり、確実に予測できるのは、不確実な状況が続くだろうということだけです。確かに、インフレ鈍化の兆候は、中央銀行の政策の転換に対する期待を高めています。しかし、脱グローバル化、脱炭素化、人口動態などの、価格上昇の根本的な要因が消え去ることはないでしょう。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック以前の、比較的穏やかな経済状況に戻る可能性は非常に低いとみられます。
第1章
世界が変わる時、市場も変わります。資産保有者や資産運用会社は、投資見通しの予測が極めて困難な状況に直面しています。金利の上昇はすでに金融市場の姿を変えてしまいました。2023年を通してこの影響を受けることになるでしょう。各国の主要中央銀行首脳による最近の発言は、さらなる金融引き締めが実施される可能性が高いことを示唆しています。また、投資家がポートフォリオのリバランスを進めるのに伴い、再び、流動性の逼迫と無秩序な価格再決定が発生する恐れがあります。
インフレ、金利、資産価格の短期的な変動だけが混乱の要因ではありません。さまざまな要因のために長期的な変化も加速しています。現在の変動の激しい世界から抜け出した先には変化を遂げた世界が待っており、そこには新たな脅威、そしてエキサイティングな機会があるでしょう。資産運用市場の未来は、今までとは大きく異なるものになるでしょう。投資見通しを変化させる根本的な要因には、以下のようなものがあります。
2022年の混乱は、資産運用会社の財務パフォーマンスに極めて深刻な影響を与えました。市場の下落と純流出により、運用資産(AUM)が急激に減少し、収益も減少しました。同時に、インフレがコストを押し上げました。加えて資産運用会社は、プライベートマーケット、ESG統合、デジタルトランスフォーメーションなどの分野での投資と能力増強を継続していました。これらの要因のために、必然的に平均利益率が大きな圧力にさらされることになりました。2021年第4四半期から2022年第3四半期にかけて、世界の大手資産運用会社40社全体で、運用資産は14.9%、収益は22.9%減少したのに対し、営業利益率は12ポイント低下しました。
新年を迎えても、これらの圧力が反転する可能性は低いでしょう。ここ数年の投資前提は覆されました。現在吹いている経済的逆風の一部が反転したとしても、市況の変化のために、資産運用は以下のような深刻な影響を受けるでしょう。
端的に言えば、投資家の期待に応えることは、さらに多くの努力を要し、難しく、費用がかかるものになるでしょう。これが、運用資産の伸びの鈍化と業界の競争激化と相まって、資産運用会社の財務パフォーマンスに対する非常に強い圧力となるでしょう。
EYのモデリングによると、業界の収益性見通しは確実に下振れするとみられます。私たちのアプローチでは、パッシブ運用および機関投資家のオルタナティブに対する資産配分の増加、手数料圧縮の減速、固定費の年間3%の増加、そして経費率は一定であることを前提としています。本稿執筆時点の見通しは以下の通りです。
最大手の資産運用会社に資産流入の大部分が向かう傾向があるため、資産運用会社の大多数は、これらの数字が示唆するよりも急激な収益率低下に直面する可能性があります。
運用環境が厳しさを増す中、多くの資産運用会社にとって今必要なのは、パフォーマンス向上と差別化の強化の両方をもたらす変革です。経営陣はどのような行動をとることができるのでしょうか。
大半の資産運用会社が最優先すべきなのは、大幅なコスト削減です。これには、企業全体の効率性を向上させるための一般的な取り組み以上のものが必要です。大多数は、必要な水準のコスト削減を達成するために、構造改革が必須となるでしょう。規模が小さかったり、明確な差別化要因を持たない組織は、特に、コスト削減を迫る大きな圧力にさらされることになります。
資産運用会社の多くは、構造的アプローチによるコスト管理と、戦略的リニューアルという、より広範なプロセスとを組み合わせて実施することを選択するとみられます。資産運用会社はビジネスモデルを再検討し、小規模な市場からの撤退、個人投資家向け機能と機関投資家向け機能の統合、テクノロジーやリスク管理などのサポート機能の収益化など、抜本的な変革を検討するべきでしょう。
EYの調査では、世界中のビジネスリーダーが主要成長分野への投資を戦略的優先事項と捉えていることが明らかになりました。CEOを対象としたEYのグローバル調査「CEO Outlook Pulse」によると、金融サービス企業のCEOのうち、63%がデジタル化とテクノロジーに多額の投資を行う予定であり、60%がイノベーションと研究開発(R&D)への投資を計画しています。製品やサービスの最適化、拡張性の向上、事業全体へのサステナビリティの組み込みなどが、CEOの主要な目標として挙げられています。
第2章
資産管理会社や資産運用会社がパフォーマンスを改善し、ディスラプションの中に機会を見いだすために取り得る行動には、さまざまなものがあります。
EYの調査から、現在のパフォーマンスを向上させ、不確実な未来において差別化を図ろうとする資産運用会社が常に重視すべき、6つの主要分野が明らかになりました。各分野について、企業が現在直面しているかつてない状況において、特に有益と考えられる具体的な行動を紹介します。
資産運用会社は、すべての投資家に顧客中心のエクスペリエンスを提供するため、新しい方法を模索しています。直感に反するかもしれませんが、社内の縦割り組織を打破し、システムを簡素化することが、多くの場合、製品をより専門化する鍵になります。重点をおくべきだと考えられる分野には以下などがあります。
販売においても、デジタル化が果たす役割は圧倒的に大きくなる一方です。テクノロジーは投資家対応を改善するだけではなく、教育やサポートを含め、カスタマイズされた付加価値のあるエクスペリエンス提供の核になるでしょう。新たなテーマとしては、以下が挙げられます。
イノベーション、都市化、サステナビリティなどのメガトレンドの急速な進展のために、資産運用会社は中核事業である資産運用をどのように行うのかについて、常に再考せざるを得なくなるでしょう。
プライベートマーケットやデジタル資産(トークン化された現実の資産を含む)などの、オルタナティブ投資に対する投資家からの需要は増大するでしょう。人口動態や都市化などの長期的な経済要因も、いくつかの領域に新たな成長機会をもたらすでしょう。
資産運用会社は、成長見通しの最大化、長期的な戦略上の柔軟性の維持だけではなく、運用効率を飛躍的に向上させる必要があります。
従来、外部成長へのアプローチの大半は、M&Aを焦点としていました。このようなディールメイキングは、収益性への圧力に対する対策として引き続き重要ですが、業界では、テクノロジーが可能にする柔軟な協働が、外部成長機会の主要な源泉だと考えられるようになっていくでしょう。
資産運用会社は、これらの優先すべき行動に加えて、極端ではあるけれどもあり得る未来について考察するために、相当のリソースを割く必要があります。従来の計画策定プロセスでは、継続性が過大に重視され、柔軟性が抑制される傾向があります。資産運用会社はシナリオをモデル化し、弱いシグナルを見逃すことなく監視し、新たなトレンドやテクノロジーの交差や相互作用が変革を加速する可能性について、検討する必要があります。
例えば仮に、仮想アドバイスツールや分散型台帳上に保有されているトークン化された資産と、AIを搭載したチャットボットがリンクしているエコシステムがあるとしたら、そのエコシステムを通じて投資家のニーズを満たすことができないはずはありません。適切な規制があれば、このようなエコシステムにより、すべての投資家に対して、インタラクティブかつカスタマイズされたエクスペリエンスと低コストの仮想ファンドを提供できるのです。
このような仮定は行き過ぎた想像に思えるかもしれませんが、ディスラプションの加速により、おそらく多くの資産運用会社が考えるよりも近い将来に、実現するかもしれないのです。業界が提供するサービスはいつまでも必要とされるでしょう。だからといって、今存在している資産運用会社が必要とされ続けるとは限りません。そのようなシナリオでは、今日の企業はどのような役割を担っているのでしょうか。
不確実な未来は、すなわち悪い未来というわけではなく、ディスラプションは脅威とともに機会も生み出します。それでも、資産運用会社は、2023年以降に自らが突き付けられる課題への対応として、漸進的な変化では十分ではないであろうことを明確に理解する必要があります。未曽有のディスラプションに向き合うリーダーは、パフォーマンスを向上させ、自社が将来にわたって顧客、従業員、株主、そして社会のために価値を創造できるようにするために、果敢に行動する必要があります。
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変化を遂げた世界では、パフォーマンスを飛躍的に向上させ、不確実な将来での成功に向けて企業を方向付ける、大胆な戦略的変革が必要とされます。