議題が次のテーマである「データビジネスの成就に不可欠な要素」の話に移ると、荻生はまずNTTドコモの南部氏に「NTT系列の伝統を重んじる組織という点も踏まえて、データビジネスを推進するためにどのようなことが必要なのでしょうか?」と質問。これに対して南部氏は次のように回答しました。
「スケールするためには、お客さまにどのような価値を届けるかが大切です。弊社は自分たちが前面に立ってお客さまにサービスをお届けするという考えが強い組織ですが、データビジネスに関しては自社だけでは限界がありますし、いろいろな事業者とデータを流通し合い、それぞれの得意領域のデータを組み合わせて価値にしていくことが重要だと考えています。
ヘルスケア領域では、個人向けの健康アプリ『dヘルスケア』と自治体を通して個人のお客さまに『健康マイレージ』を提供し、収集したデータからお客さまの健康状態をお知らせして行動変容をサポートするというサービスを展開しています。サービスをつくってみるとお客さまから意見をいただけますし、他の事業者さまが連携しようと手を挙げてくれることもあります。今後も、幅広い業界の方々とデータを流通し合うことで、スケール化やその先のビジネスの発見に期待したいです」(南部氏)
BIPROGYの小林氏は、官公庁や老舗企業といったデータビジネスになじみのない関係者を巻き込むために必要な取り組みについて「まずはいろいろな視点でデータを分析し、その結果を皆さまに解説しながら見せることで、デジタルに慣れてもらうというプロセスを用意しましたね。前回のイベントと今回のイベントのデータを比較しながら、改善点などについての議論もできるようになりました」と話します。
また、スタート時には「公平性」について懸念の声があったと言います。
「運営主体の方々は、公平性について非常に心配していました。例えば高齢者は、デジタルチケットを使うことができず、利益を得られないのではないかといった問題です。しかしながら実際のデータを見ると、高齢者であっても使い方さえ教えれば、むしろ積極的に使っていることが分かります。
また、割引によって一時的に売り上げが伸びても、長期的には効果につながらないかもしれないという声もありましたが、4年目に入っても売り上げは伸び続けているというのが実際のところです」(小林氏)
一方で今後の課題については「店舗や商店街の方向けに勉強会を開催したものの、データを施策に落とし込む方法についてはあまりご理解いただけませんでした。3,000円以上の購入で割引になるクーポンがあるとして、3,000円を超えるおすすめの商品の組み合わせをうまくレコメンドできればより大きなリターンにつながります。そういったことを学習するプロセスや成功体験の積み重ねを皆さまとできれば、さらに盛り上がるはずです」と述べました。
このようにデータビジネスでは、データを“見える化”し、関係者に理解してもらい、施策を試すというサイクルを回すことが重要です。では収集したデータを事業化し、盛り上げるために何が必要なのか。著者の岩泉は次のように解説します。
「データビジネスをスケールさせるための大前提として理解しておくべきことが2つあります。1つは、データビジネスを成功させるのは非常に難易度が高いことであるという認識です。スケール化の手前でコストをかけてPoC(概念実証)したものの、ビジネス化・商用化につながらなかったケースは非常に多く見られます。もちろんPoCは必要なプロセスですし、興味を持つユーザーを集めてPoCを実施すること自体はそこまで難しくありません。しかし、実はそのユーザーからのニーズはビジネスをスケール化する上で本当のニーズではなかったという罠があります。あるいは集めたユーザーがサービスを発展させていくためのマジョリティではないことも。たとえPoCでは期待値が高くても、ユーザー層が変わると全く通用しないケースもよくあるので注意が必要です。
2つ目は、データビジネスはプロダクトをつくり、売り切るというビジネスではなく、継続性・発展性が重要だということです。常に先行きが見通せる状況であれば問題ないのですが、視界不良の中でも粘り強く取り組まなければなりません。その性質を現場の方もトップの方も認知して、進めていく必要があります。いろいろと試行錯誤した結果、1つか2つだけが“もの”になるといった捉え方をしないと、全然利益が出ないのにコストばかりがかかるという話になり、うまく進まないケースが多い印象です」(岩泉)
データビジネスはこれから発展する領域であるため事業化には試行錯誤が欠かせません。その過程で経営層や他の社員の理解を獲得し、社内のムードを高めていくためにはどのような取り組みが必要なのでしょうか。
東芝テックの平等氏は「経営層に対しては、新規事業の必要性と実際に取り組んでいるプロセスを継続的に伝えていくことが大切だと考えています。また、他部署の社員は新規事業戦略の部署が何をしているのか分からない状態なので、オープンに取り組みを伝えるよう意識しています。経営層に対しても他の社員に対しても、しっかりコミュニケーションをとる必要がありますね」と回答。
さらに、データビジネスを進める上で重要な考え方について聞かれると、「単独で取り組んでいてもコストと時間がかかるばかりなので、たとえ利益が薄くなったとしてもいろいろなパートナーと一緒にやるということと、ステークホルダーに対しての価値を向上するという軸をぶらさないことの2点が大前提だと思います。その上でいかに継続して事業に投資していくかが重要です。当然インフラ面などにコストはかかりますし、パートナー連携でサービスを開発するのにもお金と時間がかかります。1回休んでしまうと再スタートは厳しいので、事業を取り巻く環境が変化する中で投資の継続が成功の鍵だと考えています」と話しました。
Q&A 質疑応答
Q1. 組織の中でどのような方がどのような理由でデータビジネスの主導に携わっているのでしょうか?
(回答者:小林氏)
「私が所属しているTech マーケ&デザイン企画部のミッションは、テクノロジーをベースとしたサービスや商品を開発し、社内および市場に展開することです。弊社の場合は部署横断のマーケティング組織である私たちTech マーケ&デザイン企画部が、社内の多くのデータを蓄積しながらデータビジネスを主導しています。しかし私たちのデータ分析の基盤となるサービスだけではビジネスはできません。営業部門や事業を企画する部門がお客さまと一緒にどういったデータ戦略を持つかという方針を決めることで事業がうまく回っていくと考えています。その点では、まだ全社的な取り組みにはなっていないので、企業として投資を続けられるように体制づくりも含めて働きかけているところです」(小林氏)
Q2. データを蓄積するところから、データを活用して収益化するまでの間に、当初は数人だった組織が拡大していったかと思いますが、どのように推進体制をつくりあげていったのでしょうか?
(回答者:南部氏)
「NTTドコモの場合、最初は象徴的な横断組織が立ち上がり、少人数のチームでマーケティング施策を進めました。他の各サービスのマーケティング担当と共同でプロジェクトを進めていくのが1、2年ほど続いたと記憶しています。その後、ビジネスサイドにもう少し関与したほうがよいという考えからビジネス側に組み込まれて、成果を出すというところにシフトしました。
さらに昨年もう1段階シフトし、社内の新組織として『スマートライフカンパニー』を立ち上げ、同時にマーケティングの組織を1つに統合しました。統合の主な理由は、さまざまなサービスの中から最適な組み合わせをお客さまに提案できるようにするためです。また、データ分析からレコメンドまでマーケティング・オートメーションが進み、組織を分ける必要がなくなったのも大きな要因だと思います。今回の変化はデータビジネスを推進する上で重要なターニングポイントだと考えています」(南部氏)
Q3. データビジネスには利益よりも投資が多くなるフェーズもあり、進捗を把握して評価するのが難しいかと思います。取り組みに対する評価の基準や評価の枠組みなどがあれば教えてください。
(回答者:平等氏)
「売り上げも利益も出ていない状態では、プロセス評価が欠かせません。例えば、どのくらいの数の仮説を立てられているか、PoCをどれだけ実施したかなどです。また、ピボット(方向転換)をした場合はマイナスに捉えず、1つの方向性を生み出したとプラスに評価します。
適切に評価するためにはできる限り相対評価ではなく絶対評価を採用することも重要です。さらに期間内に目標がピボットした場合にはフレキシブルに評価基準も変えるなど、人事評価制度を更新しながら取り組みを進めています」(平等氏)