データビジネスを推進する上でクリアすべき課題や罠とは?  データビジネスの最前線から成功への道筋を考える

データビジネスを推進する上でクリアすべき課題や罠とは?  データビジネスの最前線から成功への道筋を考える


「『3つのステップで成功させるデータビジネス』書籍 発売記念セミナー 3つのステップで成功させるデータビジネス ~データビジネス実践の実況中継~」(2023年8月4日開催)


要点

  • 企業によるデータの利活用は「データによる業務レベルアップ」と、データを活用して新しい事業を展開しマネタイズする「データビジネス」の2つに分けられる。
  • 7割超の企業がデータビジネスによるマネタイズについて検討。ビジネスモデルの構築に悩むケースが最も多く、成功している企業では事業のスケール化に苦労している場合が多い。
  • 利益よりもコストがかさむケースが多いデータビジネスにおいて、いかに投資を継続させていけるかが事業を成功させるポイント。

2023年6月、EYストラテジー・アンド・コンサルティングは書籍『3つのステップで成功させるデータビジネス』を出版しました。本書はデータを活かした新事業の立案から実行を担う企画/戦略部門のビジネスパーソンらに向けて、データの価値を十分に引き出すための実践方法を解説した書籍です。

しかし、データビジネスを成功させるには、実践方法だけでなく実際のビジネス上で起こり得るリスクや課題への理解が欠かせません。

本セミナーでは、著者である岩泉謙吾による講演を実施。さらに、データビジネスを立ち上げ、さまざまな課題を経験した”データビジネス実践者”によるパネルディスカッションを行いました。

越えるべきハードルや回避すべき罠などデータビジネスの実情と解決方法について解説します。

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著者講演 「アンケート調査から見えたデータビジネスの実態」

著者講演では、最初に企業におけるデータの利活用の段階について解説。その後、アンケート結果をもとに、企業におけるデータビジネスの進捗・課題などを紹介しました。


EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジー・アンド・トランスフォーメーション/EYパルテノンストラテジー アソシエートパートナー 岩泉 謙吾

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー・アンド・トランスフォーメーション/EYパルテノンストラテジー
アソシエートパートナー 岩泉 謙吾

各企業においてDX(Digital Transformation)やOA(Office Automation)化・システム化が進む中、企業には相当量のデータが蓄積されつつあります。「データをどのように取り扱うか」をテーマに本書を執筆した岩泉は、企業に蓄積されたデータを利活用する目的は「データによる業務レベルアップ」と「データビジネス」の2つに大きく分けられると述べます。

「前者の『データによる業務レベルアップ』は、データを活用し、自社の業務効率や品質向上を目指す活動のこと。例えば、顧客属性などのデータを用いて成約率の高い見込み客をピックアップし、営業効率を改善する取り組みなどが該当します。多くの企業がすでに取り組んでいるかと思います。

後者の『データビジネス』は、データを活用して新しい事業を展開しマネタイズすること。例えばECサイトの運営ツールを提供している会社が顧客の在庫状況に関するデータをもとに、在庫最適化のコンサルティング事業を展開するといったイメージです」(岩泉)

データビジネスは事業やサービスの提供範囲を既存のものからどの程度広げるかによって3段階に分類できます。

「1段階目は、既存事業への新機能やサービスの追加です。ユーザーのデータを収集・分析することにより、どういったサービスを追加すべきかが見えてきます。新機能やサービスの利用料によって売り上げの増加が期待できるでしょう。

2段階目では、自社のデータと他事業者のサービスを連携させて、クロスセルで展開します。自社にお客さまに提供できる商材やサービスがなくても、紹介料や販売手数料でマネタイズが可能です。

3段階目では、データを用いて既存の事業とは全く異なる新事業を立ち上げます。このフェーズが一番難しいと考えています」(岩泉)

データを活用し、”既存の事業/サービスから、どの程度までサービスの提供範囲を広げるか”により、データビジネスは3段階に分類されます

(アーカイブ00:09:00あたりのスライド)


2023年1月30日、データビジネスへの取り組み状況について把握するため、岩泉はWeb上でアンケート調査を実施。上場企業を中心に400名以上の方から回答いただきました。回答者の多くは新規事業や事業開発に携わっており、業種はさまざまでした。岩泉はアンケート結果について次のように解説します。

「1つ目の質問は、データビジネスをどの程度検討しているかについて。『過去に実施した』『現在実施中』『今後実施予定』の3つを合わせると、7割超の企業がデータのマネタイズについて議論または検討しているという結果になりました。

2つ目は、新規の事業やサービスを検討する際にデータを活かした提供価値向上や差別化要素の構築などを検討したかどうかについての質問です。こちらも『過去に実施した』『現在実施中』『今後実施予定』の合計が7割近くになります。

3つ目のデータビジネスの取り組み状況についても、前の2問と同じくらいの割合の企業が推進しているという結果になりました。すでに多くの企業では自社のデータを活用するフェーズから、ビジネスにつなげるフェーズへと移行していることが読み取れます」

多くの事業者において、データビジネス(データを用いた新規事業)の取り組みは既に実践されている段階にあります

(アーカイブ00:11:00あたりのスライド)


アンケートでは、データビジネスに関する企業の推進体制についても調査しました。

「重要な取り組みと捉え、複数部署が連携する部署横断のスタイルで推進しているケースが一番多いという結果になりました。次に多いのが、社長が旗振り役となり推進しているケースです。専門の部署を立ち上げているケースが少ないのは意外でした」と岩泉。各企業の進捗具合については「アイデア出しの次の段階である『ビジネスモデルの構築』まで実施している会社が非常に多く、また、すでに立ち上げや事業化を進めている企業については成功したのかあるいは失敗したのか判断できていない企業が半分以上を占めるものの、目標を達成した企業も一定数いることが分かりました」と振り返ります。

既に目標を達成し成功しているデータビジネスの取り組みもそれなりに存在することがうかがえる。 また、課題に直面したフェーズとして、半数以上の回答が「ビジネスモデル構築」に寄せられました

(アーカイブ00:12:40あたりのスライド)


では、各企業はデータビジネスを進める際のどのフェーズに課題感を抱くのか。岩泉は次のように話します。

「データを使ったビジネスモデルを構築することに悩まれる企業が大半で、特にデータビジネスに失敗した企業や成否を判断できていない企業の多くはこのフェーズで頓挫しているように見受けられました。一方である程度成功している企業は、スケールアップして事業と呼べるレベルにまで達するのに苦労しているようです」

また、アンケート結果からデータビジネスの成功と推進体制の関係性もうかがえます。

「データビジネスに成功した企業の推進体制は、経営トップが旗振り役になっているケースが多いですね。次に部署横断で取り組んでいるケース、既存の部署で主要な取り組みと位置付けて推進しているケースが続きます。この結果から、経営層のデータビジネスに対する理解と、データを実際に保有する現場の部署・部門の協力がデータビジネスの成功には重要だと考えられます」と岩泉は総括し、著者講演を終えました。

データビジネスの推進体制で経営層の積極的な関与、および、既存部署によるデータビジネスの重要性の理解と協力が得られている場合には、ビジネスの成功割合が高いことが識別されました

(アーカイブ00:15:00あたりのスライド)


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パネルディスカッション 「実践例から見るデータビジネス実践の課題と不可欠の要素とは」

パネルディスカッションでは、データビジネスの実践における課題と成功に不可欠な要素について、各社の担当者が直面したリアルな話をもとに議論を展開。データビジネスの現状や問題点、必要な施策などが浮き彫りになりました。

東芝テック株式会社 執行役員 新規事業戦略部長
平等 弘二 氏

BIPROGY株式会社 Tech マーケ&デザイン企画部 部長
小林 亜紀子 氏

株式会社NTTドコモ スマートライフカンパニー ヘルスケアサービス部長
南部 美貴 氏

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー・アンド・トランスフォーメーション/EYパルテノンストラテジー
アソシエートパートナー 岩泉 謙吾
 

モデレーター:

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジック インパクト
パートナー 荻生 泰之


各企業のパネリストより、自己紹介と事業領域や自社で展開するデータビジネスの概要についての説明があった後、モデレーターを務める荻生の進行のもとパネルディスカッションがスタートしました。


テーマ①:データビジネスを実践する上で特にどのような点にハードルがあったか、具体的にどのような課題に直面したか

東芝テック株式会社 執行役員 新規事業戦略部長 平等 弘二 氏

東芝テック株式会社 執行役員 新規事業戦略部長
平等 弘二 氏


最初のテーマに対してまず回答したのは、東芝テックの平等氏。東芝テックではPOSシステムやレシートのデータを活かし、小売・流通事業者の課題解消に取り組むほか、リアル店舗とウェブやスマートフォンの広告・販促を融合させ、買い物中だけでなく前後も含めた買い物体験の価値向上を推進しています。

「弊社では『スマートレシート』という電子レシートサービスを提供しています。スマートレシートは、会員が対象店舗で買い物したレシートをスマートフォンで見られるサービスです。消費者から許諾を得て自社で購買データを取得し、利活用することができます。さまざまな小売り企業の購買データを横断的かつリアルタイムで見られるのが大きな強みです。弊社のPOSシステムは日本国内で52%と非常に高く、当初はシェアを活かして大量の購買データを一気に収集するプランを立てていました。しかし、2023年8月時点でローンチから8年、コストをかけて続けてきましたが、会員数は200万人に達しておらず、残念ながらデータ量は不十分と言わざるを得ません。

スマートレシートというジャンルを開拓するには、大きなハードルが2つあります。1つ目は、加盟店開拓です。弊社の営業が小売り企業に営業をかけるのですが、中堅以上のスーパーさまですとPOSシステムをカスタマイズしていて、スマートレシートを実装するには個別に費用がかかったり、従業員の方がスマートレシートでスキャニングするなどのひと手間がかかったりします。また導入のメリットについても、使用するレシートの量を削減するといった利点はあるものの効果は限定的であり、さらに無料で提供しているため弊社の営業担当としては売り上げにつながらずモチベーションの面で難しいというのが現状の課題です。

2つ目のハードルは、消費者に価値を訴求しきれていないこと。加盟店が増えても、消費者に使ってもらわないことにはデータが蓄積されません。バージョンアップなど価値向上のための取り組みの継続にコストをかけ続ける必要があることもハードルとなっています。

データビジネスの起爆剤としてスマートレシートをローンチしたものの、まだまだデータ量が足りず、データの質を向上するための施策に今後もさらにコストがかかると見込んでいます。マネタイズという面では、土俵にも上がれていない状況ですね。今後、十分な量のデータを収集できたとしても、ハードルは高く、そしてたくさん残っていると考えています」(平等氏)

株式会社NTTドコモ スマートライフカンパニー ヘルスケアサービス部長 南部 美貴 氏

株式会社NTTドコモ スマートライフカンパニー ヘルスケアサービス部長
南部 美貴 氏


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『3つのステップで成功させるデータビジネス』書籍 発売記念セミナー 3つのステップで成功させるデータビジネス ~データビジネス実践の実況中継~

『3つのステップで成功させるデータビジネス』書籍 発売記念セミナー 3つのステップで成功させるデータビジネス ~データビジネス実践の実況中継~

書籍『3つのステップで成功させるデータビジネス』出版記念セミナー。データビジネスの立ち上げを実践し、さまざまな課題やハードルを経験した“データビジネスの実践者”として、外部ゲストをお招きし、越えるべきハードルや回避すべき罠などのデータビジネスの実情やそれらの解決方法を解説します。

これを受けて株式会社NTTドコモの南部氏は、データ収集後の課題について2015年に立ち上げたdポイントを例に挙げ、言及しました。

 

「弊社ではdアカウントを中心としたさまざまなサービスを展開しており、2015年にdポイントを始めたのですが、2016年17年頃からは収集した大量のデータをどのように活用するのかというのが大きな課題でした。そこでまずは社内横断の手法として、2018年にデジタルマーケティング推進部を設立。個別のデータ同士をリンクさせるための仕組みや基準の検討、またデータ自体をきれいに整理する必要もあり、少しずつ土台となる部分の整備を始めていきました。

 

私がマーケティングサイドでジョインした2019年はちょうどデータを活用できるめどが立った頃で、まずはクロスセルやアップセルなどのマーケティングに活用しようとなったのですが、そのために今度は社内の仕事のプロセスを変える必要があり……。各サービスのデータを他部署に流通してもらうために、『データの掛け合わせがお客さまのアップセルにつながり、コンバージョンが上がっていく』といったことを伝え続け、社内に仲間をつくっていきました。実績が出てきたこともあり、ここ5年くらいで社内の状況はかなり変わったと思います。

 

特にこの数年は、集めたデータを皆さまの生活全般にどう還元していくかをテーマに取り組んでおり、データの蓄積と利活用を循環させながら次のサービスや動きにつなげていきたいです」(南部氏)

 

続いて荻生が岩泉に対して「企業はデータを活用してどのような価値を創造していくべきなのか? 新しい価値とはどのようなものなのか?」と投げかけると、次のように述べました。

 

「データがある程度集まってきて、いざマネタイズしようとする場合、データを起点に事業などを考えがちです。それ自体は間違いではありませんが、お客さま目線での検討も必須だと思います。そのデータを使ってできることが、お客さまにとって価値のあることにつながらないケースがあるからです。

 

また、具体的なビジネスやサービスを考えていくと、どうしても自社が持つデータだけでは足りないという事態が発生します。そのデータを収集するために新しいサービスを提供するとなると多大なコストと時間がかかるでしょう。有効な解決策として、他社が持っているデータと掛け合わせて、新しいサービスを提供するという道がありますが、連携する際はとりわけ『お客さまにとって本当に価値のあるサービスになっているのか』を何度も考えながら推進する姿勢が重要となります」(岩泉)

BIPROGY株式会社 Tech マーケ&デザイン企画部 部長 小林 亜紀子 氏

BIPROGY株式会社 Tech マーケ&デザイン企画部 部長
小林 亜紀子 氏


BIPROGY株式会社(旧・日本ユニシス株式会社)は、福井県と協力し、地域の経済活性化を目的としたプロジェクトを推進しています。デジタルの割引クーポンや体験チケットなどを発行して購買行動を促すとともに、データ分析に基づいた支援を展開。現在は県民の約6割、44万人ほどが利用するまでに普及しました。

自治体や他の事業者と連携しながらデータビジネスを展開する際、どのようなコミュニケーションをとれば皆が気持ちよく同じ方向を見て協働できるのか。BIPROGYの小林氏は「福井県におけるプロジェクトは、データ起点ではなく、価値の創出を起点に設計したものです。地域を盛り上げ、経済を発展させるにはどのようなサービスが必要なのかというところからスタートしています。

福井県の方々と何度もディスカッションして、やりたいことを機能分解し、誰にどの役割を担ってもらうかを決めるのに多くの時間をかけました。県の関係者、特に知事にご尽力いただき、目的に賛同していただける方、デジタルでの施策に興味のある方に目星を立て、機能を実現するために重要な企業さまを口説いてくださいました。同じ目的を持った人たちの協力があったからこそプロジェクトを推進できたのだと思います。

今後は、今まで以上にステークホルダーを増やす必要があると考えています。金融サービスを導入したり、地域の事業者さまにもっと参加していただいたりして、そのデータを活用したさらなる施策に取り組みたいです。そして福井県だけでなく他の複数の県にも広げていくことが事業として成立させるために不可欠だと思います」と話しました。


テーマ②:過去に直面した課題も踏まえ、データビジネスの成就にはどのような要素が不可欠と思うか

ストラテジック インパクト パートナー 荻生 泰之

ストラテジック インパクト
パートナー 荻生 泰之


議題が次のテーマである「データビジネスの成就に不可欠な要素」の話に移ると、荻生はまずNTTドコモの南部氏に「NTT系列の伝統を重んじる組織という点も踏まえて、データビジネスを推進するためにどのようなことが必要なのでしょうか?」と質問。これに対して南部氏は次のように回答しました。

「スケールするためには、お客さまにどのような価値を届けるかが大切です。弊社は自分たちが前面に立ってお客さまにサービスをお届けするという考えが強い組織ですが、データビジネスに関しては自社だけでは限界がありますし、いろいろな事業者とデータを流通し合い、それぞれの得意領域のデータを組み合わせて価値にしていくことが重要だと考えています。

ヘルスケア領域では、個人向けの健康アプリ『dヘルスケア』と自治体を通して個人のお客さまに『健康マイレージ』を提供し、収集したデータからお客さまの健康状態をお知らせして行動変容をサポートするというサービスを展開しています。サービスをつくってみるとお客さまから意見をいただけますし、他の事業者さまが連携しようと手を挙げてくれることもあります。今後も、幅広い業界の方々とデータを流通し合うことで、スケール化やその先のビジネスの発見に期待したいです」(南部氏)

BIPROGYの小林氏は、官公庁や老舗企業といったデータビジネスになじみのない関係者を巻き込むために必要な取り組みについて「まずはいろいろな視点でデータを分析し、その結果を皆さまに解説しながら見せることで、デジタルに慣れてもらうというプロセスを用意しましたね。前回のイベントと今回のイベントのデータを比較しながら、改善点などについての議論もできるようになりました」と話します。

また、スタート時には「公平性」について懸念の声があったと言います。

「運営主体の方々は、公平性について非常に心配していました。例えば高齢者は、デジタルチケットを使うことができず、利益を得られないのではないかといった問題です。しかしながら実際のデータを見ると、高齢者であっても使い方さえ教えれば、むしろ積極的に使っていることが分かります。

また、割引によって一時的に売り上げが伸びても、長期的には効果につながらないかもしれないという声もありましたが、4年目に入っても売り上げは伸び続けているというのが実際のところです」(小林氏)

一方で今後の課題については「店舗や商店街の方向けに勉強会を開催したものの、データを施策に落とし込む方法についてはあまりご理解いただけませんでした。3,000円以上の購入で割引になるクーポンがあるとして、3,000円を超えるおすすめの商品の組み合わせをうまくレコメンドできればより大きなリターンにつながります。そういったことを学習するプロセスや成功体験の積み重ねを皆さまとできれば、さらに盛り上がるはずです」と述べました。

このようにデータビジネスでは、データを“見える化”し、関係者に理解してもらい、施策を試すというサイクルを回すことが重要です。では収集したデータを事業化し、盛り上げるために何が必要なのか。著者の岩泉は次のように解説します。

「データビジネスをスケールさせるための大前提として理解しておくべきことが2つあります。1つは、データビジネスを成功させるのは非常に難易度が高いことであるという認識です。スケール化の手前でコストをかけてPoC(概念実証)したものの、ビジネス化・商用化につながらなかったケースは非常に多く見られます。もちろんPoCは必要なプロセスですし、興味を持つユーザーを集めてPoCを実施すること自体はそこまで難しくありません。しかし、実はそのユーザーからのニーズはビジネスをスケール化する上で本当のニーズではなかったという罠があります。あるいは集めたユーザーがサービスを発展させていくためのマジョリティではないことも。たとえPoCでは期待値が高くても、ユーザー層が変わると全く通用しないケースもよくあるので注意が必要です。

2つ目は、データビジネスはプロダクトをつくり、売り切るというビジネスではなく、継続性・発展性が重要だということです。常に先行きが見通せる状況であれば問題ないのですが、視界不良の中でも粘り強く取り組まなければなりません。その性質を現場の方もトップの方も認知して、進めていく必要があります。いろいろと試行錯誤した結果、1つか2つだけが“もの”になるといった捉え方をしないと、全然利益が出ないのにコストばかりがかかるという話になり、うまく進まないケースが多い印象です」(岩泉)

データビジネスはこれから発展する領域であるため事業化には試行錯誤が欠かせません。その過程で経営層や他の社員の理解を獲得し、社内のムードを高めていくためにはどのような取り組みが必要なのでしょうか。

東芝テックの平等氏は「経営層に対しては、新規事業の必要性と実際に取り組んでいるプロセスを継続的に伝えていくことが大切だと考えています。また、他部署の社員は新規事業戦略の部署が何をしているのか分からない状態なので、オープンに取り組みを伝えるよう意識しています。経営層に対しても他の社員に対しても、しっかりコミュニケーションをとる必要がありますね」と回答。

さらに、データビジネスを進める上で重要な考え方について聞かれると、「単独で取り組んでいてもコストと時間がかかるばかりなので、たとえ利益が薄くなったとしてもいろいろなパートナーと一緒にやるということと、ステークホルダーに対しての価値を向上するという軸をぶらさないことの2点が大前提だと思います。その上でいかに継続して事業に投資していくかが重要です。当然インフラ面などにコストはかかりますし、パートナー連携でサービスを開発するのにもお金と時間がかかります。1回休んでしまうと再スタートは厳しいので、事業を取り巻く環境が変化する中で投資の継続が成功の鍵だと考えています」と話しました。

 

Q&A 質疑応答

Q1. 組織の中でどのような方がどのような理由でデータビジネスの主導に携わっているのでしょうか?

(回答者:小林氏)

「私が所属しているTech マーケ&デザイン企画部のミッションは、テクノロジーをベースとしたサービスや商品を開発し、社内および市場に展開することです。弊社の場合は部署横断のマーケティング組織である私たちTech マーケ&デザイン企画部が、社内の多くのデータを蓄積しながらデータビジネスを主導しています。しかし私たちのデータ分析の基盤となるサービスだけではビジネスはできません。営業部門や事業を企画する部門がお客さまと一緒にどういったデータ戦略を持つかという方針を決めることで事業がうまく回っていくと考えています。その点では、まだ全社的な取り組みにはなっていないので、企業として投資を続けられるように体制づくりも含めて働きかけているところです」(小林氏)
 

Q2. データを蓄積するところから、データを活用して収益化するまでの間に、当初は数人だった組織が拡大していったかと思いますが、どのように推進体制をつくりあげていったのでしょうか?

(回答者:南部氏)

「NTTドコモの場合、最初は象徴的な横断組織が立ち上がり、少人数のチームでマーケティング施策を進めました。他の各サービスのマーケティング担当と共同でプロジェクトを進めていくのが1、2年ほど続いたと記憶しています。その後、ビジネスサイドにもう少し関与したほうがよいという考えからビジネス側に組み込まれて、成果を出すというところにシフトしました。

さらに昨年もう1段階シフトし、社内の新組織として『スマートライフカンパニー』を立ち上げ、同時にマーケティングの組織を1つに統合しました。統合の主な理由は、さまざまなサービスの中から最適な組み合わせをお客さまに提案できるようにするためです。また、データ分析からレコメンドまでマーケティング・オートメーションが進み、組織を分ける必要がなくなったのも大きな要因だと思います。今回の変化はデータビジネスを推進する上で重要なターニングポイントだと考えています」(南部氏)
 

Q3. データビジネスには利益よりも投資が多くなるフェーズもあり、進捗を把握して評価するのが難しいかと思います。取り組みに対する評価の基準や評価の枠組みなどがあれば教えてください。

(回答者:平等氏)

「売り上げも利益も出ていない状態では、プロセス評価が欠かせません。例えば、どのくらいの数の仮説を立てられているか、PoCをどれだけ実施したかなどです。また、ピボット(方向転換)をした場合はマイナスに捉えず、1つの方向性を生み出したとプラスに評価します。

適切に評価するためにはできる限り相対評価ではなく絶対評価を採用することも重要です。さらに期間内に目標がピボットした場合にはフレキシブルに評価基準も変えるなど、人事評価制度を更新しながら取り組みを進めています」(平等氏)

左から、荻生、岩泉、平等氏、小林氏、南部氏

書籍のご案内


『3つのステップで成功させるデータビジネス「データで稼げる」新規事業をつくる』

編者:EYストラテジー・アンド・コンサルティング
出版社:翔泳社

書籍についてのお問い合わせ・購入等は下記出版社サイトをご確認ください。


サマリー

「データが十分に集まらない」「組織の立ち上げや再編が必要」など、データビジネスを推進する際に直面する課題はさまざま。

そのような中でデータビジネスを成功させるには、マネタイズすることは難易度が高い取り組みであると認識し、継続して事業を発展させることが重要です。そのためには経営層のデータビジネスに対する理解を促し、データを実際に保有する現場の部署・部門の協力が欠かせません。

またスケール化するためには、顧客にどのような価値を届けるかを常に意識した上で、他の事業者との連携が求められます。



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