金融機関はなぜ税務・財務部門を変革する必要があるのか

金融機関はなぜ税務・財務部門を変革する必要があるのか


EYの調査から、銀行、資産運用会社、保険会社が、税務・財務部門の見直しを進めていることが明らかになりました。


要点

  • 金融サービス業界は経済的圧力と規制に関する課題への対処を迫られており、税務・財務業務の革新が必須となっている。
  • EYの2023年 タックス・アンド・ファイナンス・オペレート(TFO)調査(PDF、英語のみ)では、97%の企業が人材、テクノロジー、法令、コストを理由に、税務・財務の業務モデルを見直していることが明らかになった。
  • BEPS2.0とリアルタイムの税務報告に対する要求の拡大のため、FS企業には、堅固なシステム、適切なデータ処理、熟練した人材が必要になるだろう。


EY Japanの視点

わが国においては令和5年度税制改正においてグローバルミニマム課税が法制化され、対象となる企業は2024年4月以降開始の事業年度を対象とした制度対応として会計への影響対応および申告を見据えた態勢整備が求められています。

新たな制度対応に加えて税情報の開示検討が求められる中、税務人材の確保・維持に非常に多くの企業が苦労しています。金融サービス業界においては欧米企業が先行して社内外のリソースを活用したコソーシングの採用を進めており、近年日系企業においてもコソーシングに関する問い合わせが増加しています。

日常的なコンプライアンス業務と付加価値の高い戦略業務の中で、企業がより重点を置くべき領域を明確化した上でコソーシングを選択肢に含めて態勢整備検討を進めていくことが重要です。


EY Japanの窓口
上田 理恵子
EY Japan サステナビリティ・タックスリーダー/タックス・アンド・ファイナンス・オペレートリーダー EY税理士法人 グローバル・コンプライアンス・アンド・レポーティング パートナー

金融サービス(FS)セクターは転機を迎えています。2022年半ば以降、高金利やインフレ持続を含め、いろいろと重大な経済的圧力が生じています。このような圧力は大きな不確実性をもたらし、さらに2023年3月から7月にかけて米国の中小規模銀行3行が破綻したことを受け、一層悪化しました。

これに加え、あらゆるセクターのFS企業が直面している事業環境では、規制の厳格化が進む一方で、多くの場合より俊敏な、デジタルネイティブの挑戦者や新規参入者との競争を迫られています。
 

金融サービス事業者が競争に打ち勝つには、全社的な業務モデルと顧客に提供する製品の両方を常に刷新し、最適化していく必要があります。「EYのクライアントにとって、2023年が将来の業務モデルのあるべき姿に真剣に向き合う年になったことは、まったく当然のことです」と、EY Americas Financial Services Tax and Finance Operate Banking & Capital Markets Leader、Ethan Schiffmanは述べています。「今日、そして明日のために望まれる最適な態勢とは、どのようなものなのでしょうか?」


これまで数多くのFS企業が、期待どおりに進まない変革に悩まされてきました。実際、 EYの調査(英語のみ)からは、銀行が変革の遂行に苦戦している姿が見て取れます。経営トップの38%が、変革は主要業績評価指標(KPI)を下回っていると回答しています。また、過去5年間に少なくとも1回、変革がKPIを下回った経験のある経営トップは3分の2(67%)に上ります。


問題の一端は、FS企業の各部門の変革のスピードがそれぞれ異なることにあります。これには、 2023年 TFO調査(PDF、英語のみ)で明らかになったように、ここ数年変革の道のりを歩み続けている税務・財務部門が含まれます。


税務、財務の各業務モデルの変革を進めているFS企業は、2018年の初回調査時の82%から増加し、今回の調査では97%に上ります。調査参加者が挙げた変革の主要な推進要因は、人材、テクノロジー、法改正のペース、コストでした。


Schiffmanによると、各FS企業の変革の進行具合は一様ではありません。「率先して変革の旅路を進み、より高度な機敏性、データを戦略的資産に変える能力など、変革がもたらすメリットを手にし始めているクライアントも一定数いますが、大半のクライアントは変革の旅路についたばかりであり、ペースを速めない限り、容赦ない変化の矢面に立たされることになりかねません」


また、金融サービスは極めて広範な業界であり、前述の推進要因がそれぞれのセクターに及ぼす影響の度合いが異なることにも留意する必要があります。本稿では、FSの全般的な状況を概観しつつ、以下の主要3セクターに焦点を当てます。

 

  • 銀行
  • 保険
  • ウェルス&アセットマネジメント
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第1章

業界の全般的状況

金融サービス企業は、グローバルミニマム課税とデータの必要性に対処するため、計画的に準備を進める必要があります。


法令の制定状況に関しては、金融サービス業界全体が注目している主要領域は、導入を進める国・地域が増加している、OECDの税源浸食と利益移転(BEPS)プログラムの第2の柱です。TFO調査では、FSの回答者の82%が、BEPS2.0の下でのグローバルミニマム課税の導入により「中程度の」または「重大な」影響を受けると予想しています。それにもかかわらず、影響評価を完了しているのは32%に過ぎません。

「BEPS 2.0は、もはや気軽に話題にできる概念ではありません。BEPS 2.0に関する税務上の紛争を防ぐため、実行可能な対策を講じる必要があります」と、EY Global Financial Services Tax and Finance Operate Leader兼Global Banking & Capital Markets Tax LeaderのJohn Thomopoulosは述べています。「この点について非常に懸念されるのは、企業が導入計画を策定していないとしても、影響評価を完了するべきだったのは確かだということです。しかも、その数字が憂慮すべきほど低いのです」

間接税をリアルタイムで、あるいはほぼリアルタイムで報告する制度への移行も、難しい課題をもたらします。

「グローバルな課税当局がとっているアプローチでは、より多くの情報をリアルタイムで提供する義務が企業に課されると期待されています。そのため、税務部門や財務部門が、配属人員を増やすという旧態依然の手段だけでは不十分だということです。考え方と働き方を刷新する必要があります」とSchiffmanは言います。

関連データを収集・分析するための堅固なシステムが自社に備わっているか、また、自社の専門人材が複雑化する一方のグローバルな税務環境に対処できるように配置されているかについて、企業が自問してみる必要性が一段と高まっています。

しかし、TFO調査によると、FS企業の66%が、税務・財務部門にとって目的とビジョンの実現を阻む最大の障壁は、データとテクノロジーについて持続可能な計画を実行できないことだと回答しています。

人材の点では、多くの企業が遅れを取り戻す必要があるとして、Schiffmanは次のように述べています。「多くの国にまたがる大規模な税務部門をもつ先進的なグローバル金融サービス企業であっても、BEPS 2.0の内容を頭で理解している職員はおろか、ましてや立て板に水のごとく人に説明のできる職員など、ほんの一握りだけかもしれません」

この問題の背景には、世界的な人材獲得競争があります。税務・財務部門の人材の採用、維持、育成、そして明確なキャリアパスの作成に苦慮しているのは、FS企業だけではありません。事実、全調査回答者の56%が、対応に苦慮している人材に関する問題が少なくとも3つあることを認めています。

また調査では、FS企業の51%が、自社の税務部門の職員は今後3年間のうちに、税務の専門スキルに加え、データ、プロセスおよびテクノロジーに関する「ある程度」から「非常に広範囲」に至るまでの水準のスキルを身に付ける必要があると回答しました。

現在そして将来のすべての課題に対処できるように、適切なバランスで人員を配置するプロセスには、新たな人材の採用、既存の人材のスキルアップと再研修、外部パートナーとのコソーシングの検討が含まれます。

BEPS 2.0は、もはや気軽に話題にできる概念ではありません。BEPS 2.0に関する税務上の紛争を回避するため、実行可能な対策を講じる必要があります。
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第2章

銀⾏業界と資本市場の状況

グローバルに事業を展開する銀行は、BEPS 2.0への対応に要する適切な人材とデータの整備に関してリスクに直面しています。

2022年1月初めから2023年半ばにかけての18カ月間は、銀行業界にとって特に難しい状況でした。不安定な経済状況が続く中、米国の中小銀行3行の破綻に加え、イタリアで実施された銀行への超過利潤税の賦課や複数の米銀の信用格付けの引き下げなどの予期せぬ事態をしのがなければなりませんでした。
 

このような状況では、税務・財務部門の変革を遅らせたくなる企業もあるかもしれませんが、それは賢明ではありません。


多くの銀行はグローバルに事業を展開しているため、グローバルミニマム課税の影響を注視する必要があります。これはTFO調査のデータにも反映されています。銀行の50%が、BEPS2.0の発効によりタックスプランニング戦略と事業運営に「重大な影響」が及ぶと予想しています。この割合は、全回答者の39%や、保険などの他のFS分野の34%を上回っています。


税務報告がデータや人材とどのように交わるかを考慮し、銀行が立ちはだかる課題をどう乗り越えるのかについてThomopoulosは懸念しています。「これはパーフェクトストームのようなものです」と彼は述べています。「銀行がこれらのBEPS2.0規則に対処するには、既存の専門人員のスキルアップが必要です。しかし、これらの規則は斬新で直感に反するため、データや業務モデル、組織の他の部門との連携方法にその規則を組み込むことは容易ではありません」 


銀行業界の回答者は平均して26.3のエンタープライズ・レポーティング・システム(ERP)を利用しているため、状況はさらに複雑になっています。この数字は、FSの回答者全体の18.8、特にウェルス・アセット・マネジメントの10.8を大きく上回っています。これは、データの観点からも、深刻なリスクにつながります。


「つまり、クライアントのデータソースは多様で統合されていないものがほとんどであるにもかかわらず、そのようなデータソースからデータを引き出さなければ、業務を実施できないということです」とSchiffmanは述べています。「これは、間接税がよりリアルタイムな報告制度に移行しつつある点や、BEPS2.0の報告に必要な全ての情報を収集するうえで、極めて重要なことです」


銀行業界の回答者の34%が、過去12カ月間に重大または非常に重大な税務事故を経験している(やや重大な事故を経験した58%と同様に)という事実が、上記全てから銀行が受けるリスクを浮き彫りにしています。


「つまり、組織内に何らかの不備があり、そのために納付税額や財務諸表に影響が及んだか、またはその他の業務リスクが生じたということです」と、Schiffmanは指摘しています。「税務部門にとどまらず、全社的に影響が及びます」

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第3章

保険業界の状況

保険会社は、グローバルミニマム課税の影響の評価に関して、他の企業に後れを取っています。

ここ数年、保険業界は、米国での保険契約の成果計上に関する新たな会計基準の導入や長期保険に関する規則の変更など、さまざまな要因による混乱を経験してきました。

「会計基準の変更、重大問題である時代遅れのシステム・製品や構造化されていないデータソースのため、さらに状況は複雑になっています」と、EY Global Tax Insurance Leader、Dale Juddは説明します。「企業は多くのことをしてこなければなりませんでした。新しいプロセスを標準化し、構築し、それらの変更を運用するために多額の資金を投入する必要がありました」

保険業界には、報告、データとテクノロジー、人材など、他のFSセクターとの共通点もありますが、BEPS2.0に関しては微妙な違いがあります。 TFO調査(PDF、英語のみ) のデータで最も注目すべき点は、実効税率モデリングとデータ要件の双方について影響評価を完了している保険会社はわずか19%のみであることです。

大手グローバル企業であるクライアントの一部はBEPS2.0の影響をより広範に把握し、計画をかなり先に進めています。

「これは、保険会社がフェデレーテッドモデルを採用しているためかもしれません」と、EY Asia-Pacific FSO Tax Transformation, Tax and Finance Operate LeaderのTalitha Jordanは述べています。「大手グローバル企業であるクライアントの一部は、BEPS2.0の影響をより広範に把握し、計画をかなり先に進めています。しかし、海外事業が小規模で税務機能が比較的一元化されていないクライアントの場合、おそらく大手企業ほど影響を受けないという考えから、それほど重視されていません」

「このような状況は、BEPS2.0の導入が進むとともに、一部の保険会社が先行する一方で、他の保険会社は大きく出遅れるというシナリオにつながります」とJuddは指摘しています。

また、フェデレーションモデルや一元化の欠如は、保険会社のテクノロジー関連の支出の大半がミドルオフィスやバックオフィスではなくフロントエンドに向けられてきたという事実とあいまって、保険会社のデータやテクノロジーの利用方法にも影響を及ぼします。

「フェデレーテッドモデルには、一元化された指揮系統や統制機能が備わっていません」と、EY Americas FSO Insurance TFO Leader、Brianne Schoonoverは説明します。「国によって企業の事業運営方法は異なります。その一因は、保険に関する規則、商品、保険商品の購入契機が地域によって異なることにあります」

しかし、これはまた、事業を展開する国・地域の全体にわたり、業務方法と税務コンプライアンスへのアプローチが完全に標準化され、一貫している保険会社が極めて少数である(調査対象企業の5%)ことも意味します。

保険会社は、定着している業務方法の変革が急務だとは考えていないかもしれませんが、報告制度の変化を無視することはできません。なぜなら、税務データの取り扱い方法や、新しい運用モデルの実現に必要な人材の資質に重大な影響を与えるからです。

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第4章

ウェルス&アセットマネジメント

グローバルな事業領域が小さければ、グローバルミニマム課税に関する懸念も小さくなります。それでも、適切なデータが必要です。

ウェルスマネジメント業界では、地政学的な不安定さ、根強いインフレ、金利上昇という3つの主な圧迫要因が持続する中、世界の株式市場のボラティリティは引き続き主要なテーマとなっています。

EY Global Wealth & Asset Management Tax LeaderのLynne Sneddonにとって、2022年までの市場の低迷は株式・債券市場を対象にする資産運用会社の懸念の種でしたが、2023年半ばには市場が安定化したように感じられました。「多くの資産運用担当者が低迷が続くという予想とともに2023年を迎えましたが、市況は一様ではなく、戦略によってはパフォーマンスが比較的良好なものもあります。しかし、運用担当者が楽観的だとしても、コストや利益率に対する圧力をめぐる心情は変わっていません」

またSneddonは、大きなトレンドとして、他にも、資産運用会社がオルタナティブ資産の取得によりポートフォリオの分散をさらに進めていることに伴う、公開市場から非公開市場への転換を挙げています。

2023年のTFO調査によると、BEPS 2.0に関しては、資産運用会社は、他のセクターの企業に比較して、変化がタックスプランニング戦略や事業運営に及ぼす影響は「最小限」であると回答する傾向が高くなっています(資産運用会社の29%に対し、FS企業全体では16%、回答者全体では8%)。

しかし、影響が最小限であると認識しているからといって、BEPS2.0の影響評価の準備を遅らせるべきではありません。資産運用会社は、まず、自社が影響を受けないことを確認する必要があります。次に、データに不備がないことを明確にする必要があります。

加えて、データとテクノロジーに関する持続可能な計画がないと回答した資産運用会社は、2022年の前回TFO調査の39%から急増し、76%に上ります。

計画の欠如
の資産運用会社は、データとテクノロジーに関する持続可能な計画を策定していないと答え、2022年の39%から増加しました。

「課題の1つは、資産運用会社のテクノロジー投資が、多くの場合、アプリやダッシュボードなどの顧客関連分野に向けられることです」と、EY Americas Financial Services Tax and Finance Operate Leader for Wealth and Asset Management/Private EquityのMitchell Weissは指摘します。「しかし、そのために税務・財務部門にリスクが生じることがあってはなりません」

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第5章

一般的な選択肢としてコソーシングの普及が進む

FS企業は、社内外のリソース活用の適切なバランスを模索しています。

TFO調査では、FS企業が変革の必要性を明確に理解していることが示されました。税務・財務の業務モデルの変革を優先していると回答したFS企業は、2018年の82%、2022年の87%から、97%に増加しました。
 

「税務・財務チームの業務モデルに俊敏性と柔軟性が備わっていれば、現在起きている変化に対処し、将来のために備えるにあたって最適な位置に立つことができるでしょう」とSchiffmanは言います。「組織が硬直し、細分化されていて、業務基盤がサイロ化されている企業は、奈落の底をのぞき込んでいる可能性があります」


また、FS企業は、あらゆる変革の鍵として、社内リソースと外部リソースの利用のバランスを考慮する必要があります。この点に関し、コソーシングが重要な役割を果たせるかもしれません。FS企業の回答者の96%が、今後24カ月間に特定の税務・財務業務をコソーシングする可能性はしない可能性よりも高いと回答しました(2020年の64%から増加)。


この変化が示唆しているのは、変革に伴う業務の範囲が極めて広範であること、そして社内のリソースですべてに対応はできないと企業が理解していること、またはビジネス上非現実的であることです。


「変革は、企業の内部だけで実現できるものではありません」と、Thomopoulosは述べています。「今日の課題のすべてに、しかも明日にはさらに大きくなることがわかっている課題に取り組むには、戦略的変革のための適切なパートナーが必要です」


しかし、法令、テクノロジー、人材に関するいろいろな課題が各FSセクターに及ぼす影響は、セクターによって異なることは明らかです。そのため、各自が固有のコソーシングの道筋を見いだす必要があります。「資産運用会社は常に、税務に限らず、アウトソーシングを広範に活用してきました」と、Sneddonは述べています。「彼らは一般的に、バックオフィス、ミドルオフィス、さらには一部のフロントオフィスの業務でさえ、可能な限りアウトソーシングしています。そのため、コソーシングのプロセスに比較的慣れていない組織とはニーズが大きく異なる可能性があります」


しかし、現実には、規模の大小にかかわらず、変革には多大な労力が必要です。したがって、多くのFS企業が変化を乗り切るためにグローバルに統合されたパートナーとの協働を選択するのは当然かもしれません。

税務・財務チームの業務モデルに俊敏性と柔軟性が備わっていれば、現在起きている変化に対処し、将来のために備えるにあたって最適な位置に立つことができるでしょう。

サマリー

金融サービス企業は、税務・財務業務の見直しに取り組んでいます。コロナ後の経済的なストレス要因、デジタルネイティブな企業との競争の激化、厳しい規制などのために、金融サービスセクターでは懸念が高まっています。多くの金融機関が、変革の取り組みが期待通りに進んでいないことに失望しています。EYの2023年 FO調査(PDF、英語のみ) Tでは、変革の切迫性が浮き彫りになりました。97%が人材、テクノロジー、法改正、コストを理由として、税務・財務モデルの変革を進めています。しかし、BEPS2.0の導入、リアルタイムの税務報告、データと技術に習熟した人材に対するニーズの増大に関するものをはじめとして、さまざまな課題が残っています。ESGその他の重大な変化が迫る中、部門間のサイロを壊し、効率的な変革に重点を置く包括的なアプローチが不可欠です。