税務部門はいかにCBAMに備えるべきか

税務部門はいかにCBAMに備えるべきか


税務部門は、CBAMの課題を検討し、CBAMがもたらし得るチャンスを見極める必要があります。


要点

  • 「Fit for 55」パッケージの主要な法的要件が承認された。企業は新しい要件と報告義務を確認する必要がある。
  • 企業はCBAMに関わるプロセスにおける税務の責任範囲と役割を明らかにするべきである。
  • CBAMは事業再編への取り組みのきっかけとして機能し、その影響はEUにとどまらない。税務責任者は、新たな政策に自社の戦略を適応させることが極めて重要になる。


EY Japanの視点

EUのCBAMの導入に伴って、日系企業にとってはEU域内子会社での対応のみならず、日本を含む海外拠点でも一定の対応が必要となり、多大な影響を与えることが予想されます。
記事の中で述べられていますが、CBAMはEU域内への対象貨物の輸入に対する規制であり、輸入者に報告義務・罰則を課していること、輸入量を報告対象としていること、対象貨物はHSコードで指定されていること等を踏まえれば、関税の領域と密接に関連します。また、生産国に遡(さかのぼ)って輸出貨物の製造における炭素排出量の報告の義務、炭素排出量の大きい製品の追加コストを踏まえれば、サプライチェーン・調達の観点でも大きな影響があります。
EUの環境規制は、これまで多くの日系企業がCSRやサステナビリティの文脈で捉えていました。一方で、CBAMの適切な対応のためには、税務や通商関税、サプライチェーン・調達などを所管する部署も関与する必要があります。
まずは、自社のEU向けの輸出貨物と関連するサプライチェーンを把握した上で、CBAMの規制と照らし合わせて影響が生じる領域を特定すること、また、影響を受ける領域において求められる事項に対して関連部署が社内横断的に連携して対応することが重要となります。


EY Japanの窓口
EY税理士法人 インダイレクトタックス
パートナー  岡田 力
マネージャー 福井 剛次郎
※所属・役職は記事公開当時のものです

欧州連合(EU)による炭素国境調整メカニズム(CBAM:Carbon Border Adjustment Mechanism)の導入は、当局の脱炭素化へのさらなるコミットメントを示すものです。しかし、企業は、サプライチェーン上に存在する脱炭素化の阻害要因を自社の炭素目標達成に向けた構成要素として再構築する準備ができているでしょうか。

CBAMは単なる規制政策措置ではなく、内国税と関税の両方の側面を融合させた政策であり、本質的に関税機能に関わりがあります。多くの企業は、自社が政策要件に完全には対応できていないことに気付くかもしれません。法令順守のため、データ収集やプロセスの構築を行うことは、膨大な作業にもなるでしょう。すでに過大な負担を強いられている対応部門に、自社におけるCBAMの責任の所在を特定させることは困難かもしれません。税務部門がこの取り組みを推進するべきでしょうか、それとも、より大きな社内横断チームの一員として機能すべきでしょうか。
 

CBAMの現在

2023年4月、欧州議会は「Fit for 55」政策パッケージの主要な法的要件である欧州連合排出量取引制度(EU ETS)改革と新しいEU CBAMを承認しました。影響を受ける企業は、新しく求められる要件と報告義務について理解する必要があります。2021年7月に最初に発表されたEUの「Fit for 55」政策パッケージは、欧州が2030年までに排出量を1990年比で少なくとも55%削減するための重要な施策と見なされています。

CBAMは、2023年10月から導入されます。輸入業者は、2025年末までにCBAMの報告義務の対象となります。CBAMは、2026年から全面的に導入される予定です。当初に対象となる最も炭素排出量の集約度が高いセクターの特定製品(英語のみ)には、鉄鋼、セメント、肥料、アルミニウム、電気エネルギー、水素があり、これらの川上の中間製品やこれらの製品カテゴリーに含まれる川下の一定の最終製品も含まれます。CBAMの主な目的は、カーボンリーケージ(EU域内市場が炭素効率の低い輸入品に脅かされ、域内生産が減少すること)を軽減し、EUが世界の貿易相手国に対して排出量の多いセクターの脱炭素化を奨励することです。
 

担当する事業部門を明確にし、その部門が主導的役割を担う

企業が直面する主なハードルの1つは、どの部門がCBAMに関わるプロセスを管理すべきかを明らかにすることです。CBAMは税制というよりむしろ規制措置であるため、多くの税務部門はこの責任を引き受けることを躊躇するでしょう。CBAMのガバナンスが委ねられる部門は、多くの場合、調達、サプライチェーン、環境・社会・ガバナンス(ESG)などです。この不透明感が、部門が説明責任を果たすのが遅くなるという空白を生み出し、潜在的な非効率につながります。

Ernst & Young GmbH WirtschaftsprüfungsgesellschaftのIndirect Tax・Global TradeパートナーであるRichard J. Albertは、次のように述べています。「課題は、CBAMに複数の事業部門が関与することで、責任の所在が不明確になっていることです。企業から聞くのは、主導的な役割を担っているのは総じて税務部門ではなく、ほとんどがサステナビリティや調達、サプライチェーンを担当する部門であるということです。企業にとって重要なのは、自社にとって最適な選択肢を検討することです。どの部門がそれを主導すべきかは企業の事業プロファイルによって異なり、単純な答えはありません。企業が持つ能力、組織、CBAMのエクスポージャーによってそれぞれ決定されるべきです」

税務という業務はCBAMの中心的な原動力ではないかもしれませんが、プロセスに重要なインプットと価値をもたらすことができます。申告業務や法令順守と同様に、将来的には移転価格の観点でも考慮する必要もあるかもしれません。

企業がこれらと深く関わることで、CBAMや事業再編の取り組みにおける多角的な視点が明らかになります。一部の企業では欧州全域に数十の事業体を有しており、包括的な報告を必要としています。これにより、企業では調達、輸入、サプライチェーン活動の再構築に関する議論が促されます。これは長い間検討されていた事項ではありますが、現在はCBAMによってその検討が加速しています。
 

CBAMが世界に及ぼす影響

CBAMはEUの政策ですが、欧州域外の企業もその影響をますます意識するようになっています。EU域外、特にアジアや中東の企業は、CBAM関連の課題に積極的に取り組んできました。Albertは、次のように述べています。「CBAMでは、EU域外で製造された製品がEUに持ち込まれる際に発生する排出量に対して課税されます。すなわち、欧州域外の輸出業者の競争力に影響を及ぼします。彼らが現状の競争力を維持したいのであれば、CBAMに適切に対処するべきです」

CBAMがEU域外諸国に及ぼす影響は、貿易の形態やカーボンプライシング政策によって異なります。炭素集約型製品をEUに輸出する国・地域が最も影響を受けることになるでしょう。世界の国・地域がCBAMのような政策を今後打ち出していくと考えると、税務責任者は常に情報を入手し、それに応じて自社の戦略を適応させることが極めて重要になっています。EU CBAMが自らのカーボンプライシングにクレジットを提供していることを考えると、戦略を成功させるにはカーボンプライシング制度の確立が求められるでしょう。排出量取引制度、炭素税、CBAMなどを通じてカーボンプライシングがますます多くの国・地域で台頭する中、カーボンプライシングによる規制コストが排出量の多い製品の競争力に深刻な影響を与えており、脱炭素化への圧力が高まっています。
 

報告の準備

CBAMの報告準備は、企業が取り組むべき重要なタスクです。移行フェーズは2023年10月1日に開始され、最初の報告期限は2024年1月末です。CBAMを担当する事業部門は、さまざまなシステムにある適切なデータとその場所を特定する必要があります。データの品質、可用性、抽出方法の評価は、効率的な報告プロセスを確保するための重要な要素です。

CBAMの報告項目は通常、排出量データ、第三国で支払われた炭素価格、商品コードなど単純なものですが、それでもデータギャップが生じる可能性があります。データギャップが存在する場合、または特定のデータ要素が利用できない場合、企業は必要に応じてサプライヤーやその他の利害関係者を巻き込んで、対処するための堅牢なプロセスを確立するべきでしょう。

CBAM導入における課題は、CBAMの影響を受ける輸入製品のポートフォリオ、データの可用性と品質、関税の輸入構造によって大きく異なります。このプロセスは、一元化されたエンタープライズ・リソース・プランニング(ERP)システムと堅牢なデータ品質を備えた企業にとっては、比較的簡単です。ただし、任命されたCBAM責任者は、自社固有の状況(ERPシステムの数、データの分散、データのアクセシビリティなど)を検討し、その評価に応じてCBAM導入戦略を調整する必要があります。


連携と競争


CBAMの導入を成功させるには、社内のさまざまな部門間の連携が必要です。関税を担当することが多い税務部門など、選任されたCBAM責任者は、取り組みの調整と部門間の連携の促進において責任を持って対応すべきでしょう。


税務上の検討事項に対処することで、法令順守を維持し、新たに運用するフレームワークで税務上の効率性が向上する可能性があります。CBAMは、業務の改善や非効率の排除、法令順守の合理化に必要な最後の一押しの機会となり得ます。影響は企業によって異なりますが、間近に迫ったCBAM規制がこうした変化を起こす決定的な要因になり得ます。「欧州全土に多数の事業体を有する企業は、事業体ごとに報告義務を順守するという負担に直面しており、非効率になっています」とAlbertは付け加えています。


これらの業務上の変化を考えると、CBAMは自社の欧州域内の子会社を整理するきっかけとなり得ます。さらに、脱炭素化の取り組みを加速させる(同時にCBAMのコストを軽減する)ために、企業は排出量の少ない製品やプロセスを目指して、サプライチェーンを再考することにもなります。これには、製品、サプライヤーまたは供給ルートの変更が含まれる可能性があります。したがって、特にCBAMの影響が大きい企業において、税務部門は、部門の再配置や事業体の再編から生じる税務上の影響を考慮し、事業再編の議論において重要な役割を果たすことになります。


CBAMは、単なる法令順守の負担としてではなく、企業が積極的に二酸化炭素排出量を削減するモチベーションとなるメカニズムとして見なされるべきです。CBAMを活用して戦略を策定することで、ビジネスリーダーは市場の差別化要因を活用し、環境にプラスの影響を与えながら企業を持続可能な未来に導くことができます。「CBAMは、すでに脱炭素化への取り組みを始めている企業にとって、大きな可能性を秘めています。コストを削減し、サステナビリティへのコミットメントを示しながら、市場で真の競争上の優位性を獲得することになります」とAlbertは述べています。


他の地域でも同様の政策が検討されているため、税務部門はEU域外の動向にも注意を払うことで、CBAMの状況を通じて企業を導くことができます。税務責任者はCBAMの責任部門とともに報告の準備と連携に重点を置き、CBAM時代における成功に向けて企業を位置付けることで、法令順守を維持しながら業務を強化し、持続可能な成長を促進することができます。同時に、サプライチェーンでは世界的規模の有意義な変革を推進してゆくことができるでしょう。


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    サマリー

    CBAMへの対応準備ができていない企業は、法令順守に関わる重大な課題に直面するかもしれません。税務責任者は、必要条件を理解し業務への影響の可能性を評価しながら、法令順守のための計画を策定することによって、企業のCBAMへの対応を支援することができるでしょう。そして、より持続可能でコストを抑えたサプライチェーンと製品へ変更していく、その一翼を担っていくでしょう。


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