欧州連合(EU)による炭素国境調整メカニズム(CBAM:Carbon Border Adjustment Mechanism)の導入は、当局の脱炭素化へのさらなるコミットメントを示すものです。しかし、企業は、サプライチェーン上に存在する脱炭素化の阻害要因を自社の炭素目標達成に向けた構成要素として再構築する準備ができているでしょうか。
CBAMは単なる規制政策措置ではなく、内国税と関税の両方の側面を融合させた政策であり、本質的に関税機能に関わりがあります。多くの企業は、自社が政策要件に完全には対応できていないことに気付くかもしれません。法令順守のため、データ収集やプロセスの構築を行うことは、膨大な作業にもなるでしょう。すでに過大な負担を強いられている対応部門に、自社におけるCBAMの責任の所在を特定させることは困難かもしれません。税務部門がこの取り組みを推進するべきでしょうか、それとも、より大きな社内横断チームの一員として機能すべきでしょうか。
CBAMの現在
2023年4月、欧州議会は「Fit for 55」政策パッケージの主要な法的要件である欧州連合排出量取引制度(EU ETS)改革と新しいEU CBAMを承認しました。影響を受ける企業は、新しく求められる要件と報告義務について理解する必要があります。2021年7月に最初に発表されたEUの「Fit for 55」政策パッケージは、欧州が2030年までに排出量を1990年比で少なくとも55%削減するための重要な施策と見なされています。
CBAMは、2023年10月から導入されます。輸入業者は、2025年末までにCBAMの報告義務の対象となります。CBAMは、2026年から全面的に導入される予定です。当初に対象となる最も炭素排出量の集約度が高いセクターの特定製品(英語のみ)には、鉄鋼、セメント、肥料、アルミニウム、電気エネルギー、水素があり、これらの川上の中間製品やこれらの製品カテゴリーに含まれる川下の一定の最終製品も含まれます。CBAMの主な目的は、カーボンリーケージ(EU域内市場が炭素効率の低い輸入品に脅かされ、域内生産が減少すること)を軽減し、EUが世界の貿易相手国に対して排出量の多いセクターの脱炭素化を奨励することです。
担当する事業部門を明確にし、その部門が主導的役割を担う
企業が直面する主なハードルの1つは、どの部門がCBAMに関わるプロセスを管理すべきかを明らかにすることです。CBAMは税制というよりむしろ規制措置であるため、多くの税務部門はこの責任を引き受けることを躊躇するでしょう。CBAMのガバナンスが委ねられる部門は、多くの場合、調達、サプライチェーン、環境・社会・ガバナンス(ESG)などです。この不透明感が、部門が説明責任を果たすのが遅くなるという空白を生み出し、潜在的な非効率につながります。
Ernst & Young GmbH WirtschaftsprüfungsgesellschaftのIndirect Tax・Global TradeパートナーであるRichard J. Albertは、次のように述べています。「課題は、CBAMに複数の事業部門が関与することで、責任の所在が不明確になっていることです。企業から聞くのは、主導的な役割を担っているのは総じて税務部門ではなく、ほとんどがサステナビリティや調達、サプライチェーンを担当する部門であるということです。企業にとって重要なのは、自社にとって最適な選択肢を検討することです。どの部門がそれを主導すべきかは企業の事業プロファイルによって異なり、単純な答えはありません。企業が持つ能力、組織、CBAMのエクスポージャーによってそれぞれ決定されるべきです」
税務という業務はCBAMの中心的な原動力ではないかもしれませんが、プロセスに重要なインプットと価値をもたらすことができます。申告業務や法令順守と同様に、将来的には移転価格の観点でも考慮する必要もあるかもしれません。
企業がこれらと深く関わることで、CBAMや事業再編の取り組みにおける多角的な視点が明らかになります。一部の企業では欧州全域に数十の事業体を有しており、包括的な報告を必要としています。これにより、企業では調達、輸入、サプライチェーン活動の再構築に関する議論が促されます。これは長い間検討されていた事項ではありますが、現在はCBAMによってその検討が加速しています。
CBAMが世界に及ぼす影響
CBAMはEUの政策ですが、欧州域外の企業もその影響をますます意識するようになっています。EU域外、特にアジアや中東の企業は、CBAM関連の課題に積極的に取り組んできました。Albertは、次のように述べています。「CBAMでは、EU域外で製造された製品がEUに持ち込まれる際に発生する排出量に対して課税されます。すなわち、欧州域外の輸出業者の競争力に影響を及ぼします。彼らが現状の競争力を維持したいのであれば、CBAMに適切に対処するべきです」
CBAMがEU域外諸国に及ぼす影響は、貿易の形態やカーボンプライシング政策によって異なります。炭素集約型製品をEUに輸出する国・地域が最も影響を受けることになるでしょう。世界の国・地域がCBAMのような政策を今後打ち出していくと考えると、税務責任者は常に情報を入手し、それに応じて自社の戦略を適応させることが極めて重要になっています。EU CBAMが自らのカーボンプライシングにクレジットを提供していることを考えると、戦略を成功させるにはカーボンプライシング制度の確立が求められるでしょう。排出量取引制度、炭素税、CBAMなどを通じてカーボンプライシングがますます多くの国・地域で台頭する中、カーボンプライシングによる規制コストが排出量の多い製品の競争力に深刻な影響を与えており、脱炭素化への圧力が高まっています。
報告の準備
CBAMの報告準備は、企業が取り組むべき重要なタスクです。移行フェーズは2023年10月1日に開始され、最初の報告期限は2024年1月末です。CBAMを担当する事業部門は、さまざまなシステムにある適切なデータとその場所を特定する必要があります。データの品質、可用性、抽出方法の評価は、効率的な報告プロセスを確保するための重要な要素です。
CBAMの報告項目は通常、排出量データ、第三国で支払われた炭素価格、商品コードなど単純なものですが、それでもデータギャップが生じる可能性があります。データギャップが存在する場合、または特定のデータ要素が利用できない場合、企業は必要に応じてサプライヤーやその他の利害関係者を巻き込んで、対処するための堅牢なプロセスを確立するべきでしょう。
CBAM導入における課題は、CBAMの影響を受ける輸入製品のポートフォリオ、データの可用性と品質、関税の輸入構造によって大きく異なります。このプロセスは、一元化されたエンタープライズ・リソース・プランニング(ERP)システムと堅牢なデータ品質を備えた企業にとっては、比較的簡単です。ただし、任命されたCBAM責任者は、自社固有の状況(ERPシステムの数、データの分散、データのアクセシビリティなど)を検討し、その評価に応じてCBAM導入戦略を調整する必要があります。