これまでの常識が逆転? 有事が平時となる時代におけるサプライチェーンの対応力強化

これまでの常識が逆転? 有事が平時となる時代におけるサプライチェーンの対応力強化


サプライチェーンリスクに即応する有事対応シミュレーション - サプライヤーと呼応した迅速な意思決定 -(2023年12月4日実施)

自然災害や国家間の対立・経済摩擦、あるいは世界的なパンデミックといった出来事によって、企業は大きな影響を受けました。特に、グローバルな部品供給網を構築している企業は原材料や部品の調達に大きな影響を受け、安定供給をどのように実現するかに腐心しています。本セミナーでは、サプライチェーンを取り巻くリスクに対応していく上でのヒントが示されました。


要点

  • これまでのような調達優位ではなく、供給制約を前提とした生産計画や逆展開可能なBOM管理が必要に
  • Excelを用いた手作業でのやり取りに代わり、プラットフォームを介した情報共有が鍵に
  • 自社だけでなく、サプライヤー、顧客も含めたステークホルダー間でのデータ連携・コミュニケーションが必須に

1

Section 1

有事が平時の現代、安定供給の実現に必要な取り組みとは?

貿易摩擦や自然災害、パンデミックといったさまざまな要因により、サプライチェーンは混乱に直面しています。もはや有事が平時と言ってもいい昨今において、企業には、いかに安定供給を実現するかが問われていますが、具体的に何から着手すれば良いのでしょうか。

すでに新聞等々で指摘されている通り、貿易摩擦や自然災害、サプライヤーに対する法規制やデジタルの影響を受け、サプライチェーンは混乱にさらされています。業界・業種によって影響を与える要因は異なりますが、いずれにせよ企業は、強靭(きょうじん)かつしなやかなサプライチェーンを構築し、そういった混乱に耐える準備ができているかどうかを問われていると、EYストラテジー・アンド・コンサルティングのサプライチェーン&オペレーションズ パートナー、平井健志は述べました。

そして、グローバル企業を対象にしたEYのレポート「EY CEO Outlook Pulse」でも、また平井自身が直接企業トップと交わした会話でも、「この状況の中で安定供給を実現するため、何に投資すべきか」が明確になっていないことが課題であり、さらに、「有事が平時のような状況では、そもそも抜本的な改革を起こす余地がないという話をよく耳にします」と述べました。

EYストラテジー・アンド・コンサルティング サプライチェーン&オペレーションズ  パートナー 平井 健志

EYストラテジー・アンド・コンサルティング
サプライチェーン&オペレーションズ 
パートナー 平井 健志

一口に「調達を複線化する」と言っても、そう簡単な話ではありません。そもそも製品自体が複線化した部品に対応できる作りになっている必要があります。また、刻々と変動する需要にどう対応するかも課題となる上に、サービスレベルを満たしつつ物流ネットワークをどう複線化するかという問題にも直面することになります。結果として、調達複線化の工数は膨大なものになるでしょう。

平井はこうした状況を整理した上で、サプライチェーンの変革に向けては、コア業務の磨き込みや効率化、そして変化する状況に適合していく自己変革能力などを包含した「ダイナミック・ケイパビリティ」が必要だと述べました。

では、このダイナミック・ケイパビリティはどのように獲得して 良いのでしょう。平井は、主に3つのポイントがあると説明します。1つ目は、サプライチェーンを取り巻く脅威や危機をいち早く感知し、対応していく「センシング」、2つ目は、有事の影響を把握して資産を的確に配分し、利用していく「シージング」、そして3つ目が、サプライチェーンを再構築し、よりサステナブルな状態へ持っていく「トランスフォーミング」です。

いずれも獲得には事前の備えが必要です。特にトランスフォーミングについては、多数のステークホルダーを巻き込む必要があり、多くの投資と時間を要することになります。また、有事が平時となっている現代においては、今の状況を瞬時に可視化し、影響範囲を明確にし、最小化させていくセンシングやシージングへの取り組みも欠かせません。

平井はこのように説明し、サプライチェーンを取り巻くリスクに対応するには、サプライヤーや物流のフォワーダー、顧客など、多くのステークホルダーと連携を取っていかなければならないと強調しました。そして「必要なデータを持ち、影響を受ける関係先とスピード感を持った連携を取ることが何よりも大事であり、それがサステナブルなサプライチェーンに一歩近づくことになると考えます」と述べました。

ここで重要な鍵となるのが、全体を俯瞰(ふかん)する「コントロールタワー」の存在です。ただ「コントロールタワー」だけであると全体を俯瞰することはできても、詳細な影響範囲までの把握は行えない、「有事の際にはBOMを活用し製品や部品レベルでサプライヤーとクライアントへの影響を詳細に、つぶさに把握していくことが非常に重要になります」と平井は述べ、こうした詳細を把握できる基盤を持つことが有事への備えになるとまとめました。

2

Section 2

供給サイドの制約を考慮して計画を立て、迅速な情報連携で対応を

かつてサプライチェーンでは調達する側が優位にありましたが、半導体不足問題が明らかにした通り、今やその立場は逆転しています。企業の課題解決に向けて提言を行うNPO法人 CIO Loungeの議論からも、供給側の制約を前提にしながら生産計画を検討し、情報連携を図りながら対応に取り組むことの重要性が浮き彫りになりました。

続けて、NPO法人 CIO Loungeの峯尾啓司氏が、「経営とIT、企業とITベンダーやSIer、コンサルの架け橋となり、効率化や持続成長に貢献する」ことを目的に、企業が抱える課題の抽出や解決に向けた提言を行っているNPO法人 CIO Loungeにおける、サプライチェーンを巡る議論の内容を、平井と対話しながら紹介しました。
CIO Loungeの分科会の1つであるSCM分科会では、需給管理の最適化をテーマに、B2BだけでなくB2Cビジネスを展開する企業の担当者が集まり、経営のトップのニーズとSCMをいかに関係付けるかといったテーマで議論を行っています。またこれまでに「需給管理の最適化」というテーマで2回のワークショップを開催しました。

NPO法人CIO Lounge 正会員 峯尾技術士事務所 代表 峯尾 啓司 氏

NPO法人CIO Lounge 正会員
峯尾技術士事務所 代表 峯尾 啓司 氏

平井も含め約50名が参加したワークショップ参加者を対象にしたアンケートからは、需要変動への対応、在庫の適正化といったキーワードが浮上しました。そして「販売や生産、SCMといった組織ごとに情報が分断されているという現状を踏まえ、いかに情報連携を強化するかというテーマが討議されました」(峯尾氏)。

率直な議論の中から、部品や原材料の安定供給に向けたリスク対策という大テーマはもちろんですが、それ以前に、在庫の適正化に代表されるオペレーション上の課題やPSIの見える化と言った、より足元の現実的な課題に多くの企業が悩んでいることが浮き彫りになったそうです。

また、以前は調達する側の立場が相対的に強く、「頼めばいくらでも部品が入ってくる」という状況にありましたが、半導体問題が示した通り、昨今はそれが逆転しています。「制約を考慮した生産計画やサプライチェーンの準備をしなければならないという共通認識を、皆さん持つようになっています」(峯尾氏)。そして、この課題を解決するには、Excelを用いて人力で対応していく従来のやり方に代わり、シミュレーションなどシステムを活用していく必要が高まっているとしました。

峯尾氏は、日本を代表する企業で工場長やIT部門のトップ、全社プロジェクトの顧問等を歴任してきましたが、「組織の壁や情報の分断といった課題は共通しており、いかにデータ連携を実現するかには苦心してきました」と言います。

さらに、受注生産と見込み生産という異なるビジネスモデルを経験してきたことを踏まえ、「ハイブリッドで考えていかなければ、もはや需要変動には対応できません。いわゆるデカップリングポイントが非常に大きなポイントになります」と指摘しました。平井もこの指摘に同意し、「設計・開発の段階から生産の仕方を見直していかなければいけないでしょう」と述べました。

そして、変化に対応していく上で重要なポイントは何か、という平井の問いかけに対し、峯尾氏は「フレキシビリティがキーになると認識しています」とアドバイスしました。また、当たり前と言われながらもなかなか徹底できていないBOMの整備・管理も非常に重要だと指摘しました。

峯尾氏は最後に、サプライチェーンリスクを巡る問題は20年前~30年前から言われてきた古くて新しい問題であるとし、「いかに情報を吸い上げ、迅速に経営に示し、対応策を作るかが問われています」と述べました。そしてグローバル化が進む中、経営上のKPIと合わせながらどう対応するかの認識を作る上でも、「見える化」が一層のポイントになると議論をまとめました。


3

Section 3

ステークホルダー全てを巻き込んだ「計画プラットフォーム」の重要性

供給力を起点とするという従来とは逆の考え方でサプライチェーンにアプローチするには、やはり何らかの仕組みが必要です。サプライチェーンにおけるボトルネックを特定し、BOMの逆展開も行いながら、サプライヤーや顧客と情報を共有していく計画プラットフォームが求められています。

続けて、EYストラテジー・アンド・コンサルティングのサプライチェーン&オペレーションズ アソシエートパートナー、伊藤亮が、「有事の予測・発生時の対応力強化に向けた取り組み」と題し、どのような取り組みを進めていくべきか、より具体的な内容を説明しました。

EYストラテジー・アンド・コンサルティング サプライチェーン&オペレーションズ  アソシエートパートナー 伊藤 亮

EYストラテジー・アンド・コンサルティング
サプライチェーン&オペレーションズ 
アソシエートパートナー 伊藤 亮

峯尾氏らが指摘したように、昨今のサプライチェーンにおいては従来の顧客の需要ではなく、サプライヤーの供給量が起点になって来ています。したがって「従来の考え方の逆という意味で『逆展開』と呼んでいますが、サプライヤーからの供給計画を起点に、お客さまに製品をどのように供給していけるかという視点での計画作りを考えていく必要があります」(伊藤)。さらに、この計画をプラットフォーム化し、自社とサプライヤー、顧客との間で連鎖させていくことが重要だとしました。

計画を瞬時に顧客やサプライヤーに開示できるような仕組みがあれば、サプライチェーンの中間に位置する企業にとって、競争力や価値を高めるチャンスともなります。顧客にとっての二次サプライヤーの供給計画を踏まえた上で、精度の高い供給計画を提示できるようになるからです。

この「計画プラットフォーム」を作っていくには、情報を1カ所に集め、経営層や顧客、サプライヤーに提示できる仕組みが必要です。より具体的には、サプライヤーも含めた「ボトルネック情報の取得」、精緻で逆展開も可能な「BOM」、そして他者との連携が可能な「プラットフォーム化」という3つのイネーブラーが必要だと伊藤は説明しました。

より具体的には、リスクシナリオを列挙し、キーとなる部品、キーパーツを見極め、できればリスクが顕在化する前からサプライヤーとの間でそのリスクシナリオを共有しておきます。同様にリスクシナリオに沿って、何らかの問題が発生した際にはBOM上のどの部品に影響してくるのかを検討し、それをたどるためにはどのように逆展開していく必要があるかを検討します。そして、通常の業務で利用する基幹系システムとは別に、シミュレーション環境として計画プラットフォームを用意しておく、というイメージを説明しました。

もし供給量に影響が及ぶような有事が発生した際には、計画プラットフォームを通して状況を確認し、サプライヤーからの回答を踏まえてインパクトを把握し、1つの共通する土台の上で交渉やシミュレーションを重ねながら対応方針を決定し、顧客に伝えていくという一連の流れが実現できます。

EYではすでにいくつかの顧客と共に、「どのように情報を入力していくか」「管理すべき部品をどう判断するか」と言ったさまざまな課題を一つ一つ解決しながら計画プラットフォーム作りを進めており、いくつか実績も生まれています。

その経験から、ロードマップを立て、ステージを区切りながら少しずつスコープを拡張し、機能の充実や他システムとの連携を図っていくアプローチが適切だと伊藤は述べました。さらに「売り手としての顧客、買い手としてのサプライヤーとの協業関係を構築し、一緒になって考えていけるかが非常に重要になります。共存共栄で、しっかりとしたサプライチェーンを共に構築していこうという共通認識を形作りながら仕組みを構築していくことが望ましいでしょう」と伊藤はコメントしています。

4

Section 4

計画プラットフォームを具現化するo9のソリューション

これまでのサプライチェーン管理は、Excelとメール、電話などを駆使して手作業に頼る部分が少なくありませんでした。しかし、リスクや変化に強いサプライチェーンを実現していくには、新しいプラットフォームが必要です。その1つがo9ソリューションズの「o9デジタルブレイン」となります。

峯尾氏と平井の対談からも、何らかの有事が発生した際にはどの範囲にどのような影響が及ぶかをシミュレーションし、関係者の間で情報を共有していくことが、リスクに強いサプライチェーンを構築する上で鍵となることが明らかになりました。

ただ、総論はその通りでも、具体的にはどう実現していけばいいのでしょうか。特に、Excelやメールを中心とした手作業に頼った調達管理では、現場の負担が増すばかりです。

そんな時に活用したいのが、デジタルソリューションです。o9ソリューションズ・ジャパンのシニアマネージャー・プリセールス、朱剣鋭氏は、デモンストレーションを交えながら、サプライチェーン計画の立案・共有を支援する同社のプラットフォームを紹介しました。

o9ソリューションズ・ジャパン株式会社 シニアマネージャー・プリセールス 朱 剣鋭 氏

o9ソリューションズ・ジャパン株式会社
シニアマネージャー・プリセールス 朱 剣鋭 氏

o9ソリューションズは、同様にサプライチェーン管理・計画を支援するi2テクノロジーズの創立者が2009年に設立した企業です。当初はコンサルティングサービスを中心に手掛け、その知見を生かしてサプライチェーンにまつわる経営課題を解決するシステム「o9デジタルブレイン」を開発し、世界中で販売しています。

 

o9デジタルブレインの特徴は、単一のプラットフォーム上で、販売、配送、生産、購買などの計画の水平統合と、月単位の長期計画、週単位の詳細計画、日単位による短期の実行計画の垂直統合を実現することだと朱氏は説明しました。また、「ナレッジグラフ機能」では、サプライチェーンの各拠点を、拠点の優先度や配送リードタイム、生産カレンダーといった付随する情報とともに、グラフィカルに表示できます。「この図は単にサプライチェーンネットワークを可視化するだけではなく、計画に関する全ての要素が書き込まれます。また、何かリスクが発生した場合にはリアルタイムに反映されます」(朱氏)。

 

このプラットフォームを活用すると、例えばとあるサプライヤーの工場が被災して予定通りの調達が困難になった場合、今手元にある在庫で顧客の需要をどのくらい満たすことができるのかを瞬時に分析できます。また、サプライヤーからの情報を即座に反映し、数値に基づいて顧客に具体的に見通しを伝えることも可能になります。

 

さらに、欠品が避けられない場合、利益率を優先して製品を生産するか、それとも利益はいったん度外視して特定の顧客向けを優先するか、それぞれのシナリオをシミュレーションし、経営層に示しつつ判断を仰ぐといったことも可能となります。

 

また、急なオーダー追加のような需要変動があった場合、画面上でリアルタイムにサプライヤーと連携し、計画数値を調整することもできます。

 

朱氏は「一般にサプライヤーの情報は分断されており、有事の時もメールや電話といった手段でコミュニケーションを取ることが多いのですが、それではスピードが遅くなってしまいます」と指摘し、こうしたプラットフォームを活用することで、迅速に、しかもわかりやすい形で情報を共有できると説明しました。

 

平井はこうした説明を受け、「供給困難によってどのようなインパクトが生じるのかを瞬時に把握し、顧客やサプライヤーと連携していく事例が生まれ始めています。単にサプライチェーンを組み替えるだけの話ではなく、自社の経営に対するインパクトやお客さまに対するサービスレベル、さらには最終顧客へのサービスレベルを瞬時に判断し、代替策を検討する余地を持つことが求められています」とまとめました。

 

セミナーの最後には、視聴者から寄せられた質問へ回答する時間も設けられました。

 

まず「統合されたプラットフォームやデータの重要性は理解しているものの、現状ではデータが点在しており、どこから準備を始めればいいか」という悩みに対し、伊藤は、データを集める前提として「どのような有事に対し、どのような対応が必要か」というシナリオを洗い出し、優先順位をつけていくことを初期段階のステップとして推奨しました。

 

もちろん、シナリオは無限に考えられるでしょう。伊藤は「過去に起きた、あるいは直近で起きる可能性が濃厚なシナリオを選定し、その上で考えていくことが大事です」とアドバイスしました。

 

また、特に製造業の場合、自社とサプライヤーという一対一の関係にとどまらず、その先のティア2、ティア3も含めて影響をどう見積もり、対応していくかがポイントになります。ティア1の情報ならばある程度把握できても、ティアNの情報をどう把握していけばいいのでしょうか。

 

平井は、1つの鍵としてBOMを挙げました。もちろん、ティアNの情報を全てBOMに埋め込むことは不可能です。そこで、まずキーパーツだけを別枠で管理し、影響を受ける恐れのあるBOMの情報を管理していくケースが増えていると言います。さらに、o9のようなプラットフォームを活用し、情報をうまく組み合わせることで、コラボレーションを進めて影響範囲を可視化し、対応策に結びつけることができると回答しました。

 

また伊藤は、単に「情報をください」と依頼して終わるのではなく、サプライチェーンの強靭化に向けた取り組みを進めていること自体をステークホルダーと共有し、自ら発注計画などを開示して歩み寄る姿勢を示すといった地道な取り組みを広げることが、互いの情報共有とサプライチェーンの最適化につながるのではないかとコメントしています。

左から:EY 平井 健志、NPO法人CIO Lounge 峯尾 啓司 氏、o9ソリューションズ・ジャパン株式会社 朱 剣鋭 氏、EY 伊藤 亮

左から:EY 平井 健志、NPO法人CIO Lounge 峯尾 啓司 氏、o9ソリューションズ・ジャパン株式会社 朱 剣鋭 氏、EY 伊藤 亮


サマリー

今や、自然災害や国家間の緊張といった有事が平時となり、調達側と供給側の力関係も逆転しつつある中、安定供給を実現していくにはいくつかのポイントがあります。共存共栄のしっかりとしたサプライチェーンを共に構築していくのだという認識をステークホルダーと共有しつつ、リスクシナリオを立てて重要な部品を洗い出しておきます。さらにはリスクに際して影響範囲を特定できるよう準備するだけでなく、その情報を速やかに連携し、提示できるような仕組みが企業の力になります。

アーカイブ動画のご視聴はこちら(要登録)


この記事について

執筆者