EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
スタートアップの資本・業務提携、事業会社によるスタートアップM&Aの全体像やポイントをどう捉えればいいのか。EY Japanの会計士・税理士・弁護士・M&Aアドバイザー・戦略系コンサルタント等、さまざまな分野における専門家で構成されたチーム「EY Startup Innovation」のメンバーがオープンイノベーションの1つの手段をわかりやすく解説します。
要点
スタートアップM&Aは現在、増加傾向にあります。ただ、通常のM&Aに慣れた企業でも、スタートアップM&Aは少し毛色が異なるため、どう取り組んでいいのかわからないといった企業も少なくありません。
スタートアップM&Aの件数については、2016年から20年までは穏やかな右肩上がりでしたが、コロナ禍の21年に前年比58%増と大幅に増加し、IPOについても同様の動きを示しました。しかし、22年のスタートアップM&Aの件数は、インフレ、金利先高観懸念等によるValuation低下、新興マーケット株価の大幅下落、その後の業績悪化不安もあり、大幅な増加は見込みづらく、横ばい傾向となっています。同時にIPOも冷え込みましたが、その一方で新規ビジネス取り込み、研究開発、人材獲得目的等のスタートアップM&Aは増加傾向にあります。
スタートアップM&Aの買収は、既存事業の強化を目的としたM&Aが増加しており、本業とシナジー効果のある企業に積極的に投資しようとしています。創業して間もない企業へのM&Aも積極的に実施されており、ビジネスモデルが未確立で、十分な収益が計上されていない段階から買収するケースも増加しています。買手企業としては依然として新興上場企業が多いものの、伝統的上場企業も件数、割合が増加している傾向にあります。
M&Aの主な流れについては、①M&A準備、戦略の策定(事前準備)②対象会社へのアプローチ、初期的交渉③基本合意書の締結④DD(デューデリジェンス)実施/バリュエーション➄最終契約書の締結/クロージング⑥PMI(統合計画の実行)と通常のM&Aの流れとほぼ同じと言えますが、その一つ一つにはスタートアップ特有のものもあります。
まず案件発掘については①自社で行うケース(対象会社からの直接持ち込み含む)と②外部アドバイザー等を活用する方法がありますが、スタートアップ案件の場合、①のケースが比較的多くなっています。そのため、買収したい領域のスタートアップに関する情報を自社で日々アップデートいくことが必要となります。
また、外部アドバイザーを活用するケースでは、フィナンシャル・アドバイザリー(FA)と仲介との違いがあります。FAは買手・売手いずれか一方のみへのアドバイスのためコンフリクトはありませんが、仲介は両者へアドバイスするためコンフリクトが発生します。FAはM&A実行の専門家であり、M&A実行段階での各種検討支援、交渉に関して強みがありますので、FAを活用することでM&Aを成功に結びつけやすいという側面があります。
スタートアップM&AにおけるDDの基本的な考え方については、「事業計画の蓋然性」「いくらで買うか」「どうリスクを担保するか」といった将来計画、Valuation、契約交渉の基礎となる情報の入手がポイントとなります。例えば、財務実績確認を中心に事業計画を修正していく上での財務前提の確認を行い、事業計画の信頼性を確かめていき、また、問題となる事項があれば買収金額、必要となる補償程度等の把握を行い、契約書への落とし込み事項の検討をする必要があります。また、価格や契約書で担保できないNo Goの結果となるDeal break要因の把握、買収後の体制を検討する上で、PMI(企業統合プロセス)の基礎となる情報を入手することも欠かせません。
そのため、DD範囲は財務、税務、ビジネス、法務、人事、環境、ITDDにまで及び、特にFAから見た重要な項目としては、知財、許認可の実在性、継続性(本M&Aによる影響はないか)、労務(規定、未払い残業代や係争等)、法務(訴訟含む)、当局対応等の過去、現在、将来の問題点等が挙げられます。もしそこで発見された項目について、価格に織り込ませるか、あるいは、織り込めない場合は契約でどう担保するかを含めた検討も必要になっていきます。また、M&A後の重要人材の流出をどうカバーするかという点にも注意が必要です。
スタートアップ買収時のDDの留意点としては、通常の伝統的企業のDDと同様にフルスケールDDを実施する想定でいたものの、DDを開始した後、DDポイントが異なっていたというケースが見られます。その場合は、財務・税務も簡易的なDDにとどめ、よりビジネス面に重点を置くこと。特に新たなビジネスの場合、買収後も継続可能かという法的な問題には要注意です。人事制度、労務管理、ガバナンスにおいて成熟していないケースもあり、法的に問題になるかどうか注意が必要です。
また、大量のQ&A、資料依頼を要求し、対象会社がパンクしてしまうケースもあります。そのため、相手側の対応者数の確認、DD前に十分に行いたいDD範囲を協議しておき、DD前に会社に体制整備を依頼することも必要です。さらにDD開示資料に不備があるか、そもそも作成していない/存在しないケースも見受けられます。その場合は、開示資料不備、そもそも資料がない部分に関してはインタビューで確認し、そもそも資料が存在しない理由(なくてもこれまで企業運営に支障がない理由)を把握することが必要です。
一方、PMI視点からは、買収後、会社運営方針が異なることから、両社のシナジーが発揮できないケース、あるいは、買収後、従業員が離職してしまうケースも見られます。その際は買収後、①対象会社が現状の独立運営方針を継続したいのか、②大企業のプラットフォームを活用して積極的に拡大したいのか(買収企業と十分に協働したいのか)の事前把握ほか、両社の社風理解のための交流会、従業員への福利厚生の拡充、買手企業人材との交流・
勉強会実施、共同プロジェクトの立ち上げ等を行うこと等が考えられます。
Valuationの基本的な考え方については「いくらで買うか」を決定することがポイントとなります。通常のValuation手法では、DCF法、マルチプル法(EV/EBITDA、PER、PSR)、市場株価法(上場企業の場合)等が挙げられますが、スタートアップのValuationでは、次のような考慮が必要です。まずスタートアップは収益・利益が出ていない企業も多く、通常のValuationでは正当化できないケースがあり、事業計画補正によるDCF法適用も考えるべきでしょう。また赤字の企業も多く、EV/EBITDA、PERマルチプルは参考にならないケースもあり、PSR(株価売上高倍率)も補足として使用されるケースもあります。前回ラウンドでのPost Valuationによる価格は、売却時Valuationでも意識されるため、前回ラウンドからM&A時までの事業内容変化、業績推移、事業計画の変化は考慮する必要があります。赤字企業を当該Valuationで買収することに関しても、買手企業内の社内説得は一つのハードルとなりがちであるため、なぜその企業を買収するのか、今後の成長を十分に説明できるよう準備も必要となります。
他方、株式譲渡契約(SPA)の基本的な考え方については、伝統的企業のM&Aよりも社歴が短いこともあり、SPA上、考慮すべき項目は比較的多くはありません。ただし、人的資本が重要、かつ先端サービスを提供している企業も多く、スタートアップ特有の考慮点は存在します。そのため、スタートアップとの株式譲渡契約では、通常のSPAとフォーマットは変わらないものの、次の要素がポイントになるケースが多くなっています。
まず対象会社提供サービスの法的リスクがあり、そこでは法務DDにおいて、現在、将来の事業継続に関わる重大リスクも重点的に検討しておくことや、規制当局への事前確認、有識者へのヒアリング等も含め複数の見解を確認しておくことも有用です。もし事業継続/成長に疑義が生じる可能性がある場合はアーンアウトによる対価支払方法も有効となります。また、Founderにマイノリティ株式を継続保有してもらい、一定期間後に当該株式も取得するといったケースもあります。
また、スタートアップは人材が多くなく、業務運営が限られたキーマンのナレッジにひもづいているケースも多く、キーマンがM&A後において対象会社に残るかどうか、あるいは、どの人材が事業運営に重要なナレッジを保有しているかをDDにおけるヒアリング等により確認する必要があります。さらに、退職防止のためのリテンションプランの設計、契約ほか、役員は契約上、一定期間のロックアップを設けることも有用と言えるでしょう。
コンプライアンス/ガバナンスにおいても、役員によるガバナンスが効いていない可能性があり、コンプライアンス順守教育が浸透していないケースもあります。または各役員・担当者等が重要なコンプライアンス違反を行っている可能性もあります。
そのため、経費の使い込み、ハラスメント等もDDで確認できる範囲で検討し、リスクの度合いにより、価格減額に織り込む必要があります。現状のコンプライアンス意識レベルを、コンプライアンス教育の有無や経営者の考えから把握し、買収後におけるコンプライアンス順守プランを検討することも有用と言えるでしょう。
補償については、表明保証にかかる補償回収リスクがあり、株式譲渡後、売主が資産を持ち続ける保証はなく、何らかの表明保証違反があったとしても補償金額を回収できない可能性があります。そのため、できる限り買収金額へ反映、または、表明保証保険への加入等が想定されます。
こうした対応をしていくためにも、FAは必要不可欠な存在だと言えるでしょう。スタートアップM&Aでは売手との交渉、各種専門家、その他多数の関係者への指示出し、案件マネジメントや取りまとめといった全体のプロジェクトマネジメントが必要ですが、関係者と多くの煩雑なやり取りが発生します。そのため、それらを担うFAが必要になってくるのです。例えば、M&Aでは、売手側との膨大なやり取りがあり、特にDD、契約、クロージングフェーズでは、1日に何度も電話・メールのやり取りが行われます。そうした売手側との窓口をFAが担い、取りまとめ、重要事項、判断に必要な事項を中心に会社にフィードバック・相談することで、会社は判断、社内資料作成、決定に集中することが可能となります。
DD対応についても、エクセル等による膨大な数のQ&Aのやり取り、重複削除、合算等を行うほか、多くのインタビュー・面談のロジスティクス手配も必要となります。DDでは最も手数を取られるフェーズであり、作業が膨大となります。DDのスムーズな実施スキームを構築するためにも、Q&Aの各種作業、インタビュー等のロジスティクス面の段取り、都度発生する質問の趣旨確認等細かな対応等一切をFAなら実施することができます。
また、相手側とは複雑で専門的な交渉があり、M&A交渉に慣れていない企業の場合、売手方の言う通りになりがちで、有利な条件に持ち込めない可能性もあります。FAが交渉窓口になり、論点をそしゃくし、会社にフィードバックすることで会社は意思決定に集中できます。FAは交渉に慣れており、会社の意思を十分に売手側に伝達することが可能であり、事前に法律専門家と本件過程全体の視点から意見を反映させ、会社の意思決定をサポートします。
スタートアップM&Aでは、案件の中で、複雑な論点や判断に迷う事項が発生するため、自社ナレッジだけで解決可能かどうか検討することが欠かせません。FAは伴走者として論点解決や相談に最後まで対応し、過去経験、他社事例、専門家意見を踏まえて会社の適切な意思決定をサポートします。
世界約150カ国に約36万人のスタッフを擁する世界有数のプロフェッショナル・ファームであるEYは、世界中の優良企業及びパブリック・セクターに対してグローバル市場で培った知識と経験をもとに、幅広い分野の専門家が企業の健全経営と競争力強化を目指し、戦略的かつ総合的なサービスを提供しています。
【執筆者】
春木 寛之
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ディレクター
公認会計士として大手監査法人において監査、IPO、コンサルティング業務等に従事。その後、証券会社の投資銀行部門にてM&Aアドバイザリーとして多岐にわたる業界の M&A 案件に従事。2019年12月よりEY M&Aアドバイザリーに参画し、スタートアップM&A、ファイナンスにも従事。
※所属は記事公開当時のものです。
スタートアップM&Aでは、FAは必要不可欠な存在だと言えます。スタートアップは通常の伝統的M&Aと比べ、手続のスピード感、将来計画の心証確保、Valuationの困難さ、資料の不足等、独特の難しさがあります。その中で、各種専門家、その他多数の関係者に指示を出し、M&Aに慣れていないスタートアップ側との交渉等、全体取りまとめ・進行のためのプロジェクトマネジメントが必要です。スタートアップM&Aに慣れているFAを活用することで、結果的に時間・コストの節約につながり、また、各種リスクヘッジやDay1後のスムーズな動き出しに進めることができます。