住宅・建設領域における3Dプリント技術の可能性とは

住宅・建設領域における3Dプリント技術の可能性とは


不動産、ホスピタリティ、建設業界のメガトレンドを探るべく、第一線で活躍するゲストを迎えてインタビューを行う「業界トレンドシリーズ」

第2回は、デジタルファブリケーションを専門とする慶應義塾大学環境情報学部の田中浩也教授に、住宅・建設領域における3Dプリント技術の最新動向と将来像を伺います。

要点

  • 日本の3Dプリント技術は、ゼネコンや学術界が積極的に研究を進めており、高い水準に達している。一方で海外に比べると明確なニーズが存在しないため、新たなビジネスモデルの創出が求められる。
  • 3Dプリント技術の特色としては、低コスト、短工期、環境性能、フレキシブルな工法などが挙げられる。ただし、一つの特色だけでは限定的なニーズにとどまってしまうため、複合的な価値創出が必要となる。



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田中氏プロフィール

慶應義塾大学環境情報学部 教授
田中 浩也

1975年北海道生まれ。京都大学総合人間学部、同人間環境学研究科にて高次元幾何学をもとにした建築CADを研究。建築事務所の現場に参加した後、東京大学工学系研究科博士課程にて、画像による広域の3Dスキャンシステムを研究開発。2005年に慶應大学環境情報学部(SFC)に専任講師として着任、2016年より同教授。文部科学省COI(2013-2021)「感性とデジタル製造を直結し、生活者の創造性を拡張するファブ地球社会」では研究リーダー補佐を担当。博士(工学)。専門分野は、デジタルファブリケーション、3D/4Dプリンティング、環境メタマテリアル。


田中 浩也 慶應義塾大学環境情報学部 教授

高水準な技術に対し、ニーズが追いついていない日本の状況

――国内外の住宅・建設領域における、3Dプリント技術の最新状況を教えてください。

田中氏(以下、敬称略) 3Dプリント技術は、3Dデータを読み込み、特殊素材で造形する技術です。住宅やトイレ、橋梁など、さまざまな構造物を建てることができます。AIのような先端領域と異なり、技術水準において日本と海外に大きな差はありません。国内の大手ゼネコンは数年前から研究を進めており、技術的には海外と比べても遜色がないと言えるでしょう。

ただし、実用化となると話は異なってきます。アメリカでは低所得者層向けの3Dプリント住宅が普及し始めました。オランダでは運河にかかる公共の橋が3Dプリント技術で建設され、未来を可視化したようなシンボリックなデザインが注目を集めています。活発な欧米の動向と比べると、日本は普及が遅れている印象です。

――なぜ、日本では実用化が進んでいないのでしょうか。

田中氏 一つは法律です。地震が多い日本では、建築基準法をはじめとした規制が他国より厳しく、3Dプリント住宅は簡単に認可されません。また、そもそもニーズが少ないことも原因です。低所得者向けに安い住宅を大量に供給するというアメリカのようなニーズは、日本にはほぼありません。3Dプリンター独特の奇抜なデザインを施した住宅がメディアなどで取り上げられることはあっても、「実際に住みたいか?」と問われたときに、本当に「住みたい」と思えるでしょうか。つまり、3Dプリント住宅は、現時点で明確なニーズを見出せていないのです。まずは既存の建築技術とは異なる価値を示していくことが必要でしょう。


安部 里史 EY Japan 不動産・ホスピタリティ・建設セクターリーダー EY新日本有限責任監査法人 パートナー

既存の建築技術と差別化を図る、二つの条件

――3Dプリント技術の優位性を教えてください。

田中氏 コストの低さや工期の短さ、環境性能などが代表的ですが、二つに分けて考えるといいでしょう。一つは、“生産性”です。仮に全く同じ家を建てる場合、条件にもよりますが、人件費や工期などは、通常の建築技術で建てるよりも大幅に削減できる可能性はなくはありません。もう一つは“付加価値”です。従来の工法ではできなかったことが、3Dプリント技術なら実現できるという部分で、優れたデザイン、熱効率や遮音効果といった機能が当てはまります。

重要なのは、この二つを両立させることです。例えば、「ローンを組まずにマイホームを建てられる」というように、低コストだけで価値提供をするとします。しかし、3Dプリントは多品種少量生産に向いている技術なので、設備費や資材費を抑えるのは容易ではありません。そのため、さまざまな価値を組み合わせていくことが求められます。“生産性”を分母、“付加価値”を分子と考え、分母を下げて分子を上げることで価値は高まります。この指標は「創造生産性」と言われています。私たちのラボでは、そのような方向を目指しています。

――具体的にはどのような活用シーンで、価値を発揮できるのでしょうか。

田中氏 3Dプリント技術の強みの一つは、原料と機材さえあれば、その場で建設ができることです。例えば、月面に施設を新設する場合、地球で建ててから運ぶことは困難です。しかし3Dプリンターがあれば、月にある材料、電源は太陽光パネルを使って、その場で建てることができます。こうしたシナリオから、宇宙開発領域では3Dプリント技術が注目を集めています。


平井 清司 EY Japan 不動産・ホスピタリティ・建設セクター・ストラテジー・アンド・トランザクションリーダー EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 アソシエートパートナー

ゼネコンとハウスメーカー、それぞれのニーズ

――ゼネコン業界における、3Dプリント技術のニーズを教えてください。

田中氏 建築現場は慢性的な人材不足です。加えて、インフラの老朽化にも対応しなければなりません。省人化とコストダウンの両方が必要です。3Dプリント技術を提供するテックベンチャーのPolyuse社※1 は、コンクリート素材の開発も得意としており、土木領域での省人化とコストダウンに貢献しています。社会的ニーズに応えている好例と言えるでしょう。

――ハウスメーカー業界における、3Dプリント技術のニーズを教えてください。

田中氏 セレンディクス社※2 が提供する、球型の3Dプリンター住宅「Sphere」が、たった24時間で家を建てられることで話題になりました。短納期のニーズに応えた形だと言えます。山や湖畔など場所を選ばないことから、グランピング施設や別荘としての需要があるようです。一方で日常生活を送る自宅においては、球型のような奇抜なデザインは求められません。また、3Dプリント住宅は2階建て以上にするのは建築基準法上、相当難しいです。そこで私たちは平屋においても、足腰に不安のある高齢者ニーズがあるという想定のもとで、開発に取り組んでいます。

――環境性能などの付加価値は、住宅とマッチするでしょうか。

田中氏 熱効率向上は、高度にシミュレーションされた形態から、CO2吸収といった機能は特殊なコンクリートを使用することで実現できます。しかし現実的に考えれば、住宅の施主が環境性能や遮音効果だけで3Dプリント住宅を選択するわけではないので、他のさまざまな要求をトータルにクリアしないと住宅商品にはなりにくいと思います。むしろ、こうした特殊な機能を価値とするのであれば、住宅ではなく、特殊なニーズに応えるための建築空間が良いのではないかと思います。例えばアーティストのアトリエなどにはマッチするかもしれません。


未来に予想される3Dプリント技術の活用シーン

――4Dプリント技術は、住宅・建設領域で活用されるのでしょうか。

田中氏 4Dプリント技術は、3Dプリントで造形し終わった物を、温度や電磁波などで随時変形させる技術です。体内に組み込む医療機器などで、実装が期待されています。建築においては研究が進んでおらず、目立ったニーズも存在しないため、活用は遠い将来になると予測しています。私の研究室では、「建築」というより、「建具」の領域に4Dプリント技術を応用する研究を行っています。例えば、温度や湿度が上がったら自動的に開く窓などを試作しています。

――今後、3Dプリント技術を活用する上で、どのようなビジネスモデルが考えられるでしょうか。

田中氏 官民一体となった街づくりなどでは、可能性が広がるかもしれません。例えば日本には無数の公園がありますが、遊具はどこに行っても画一的です。遊具の設計は日本で行われても、生産は海外で行われることが一般的であると聞きました。しかし3Dプリント技術で造形すれば、地域独自の遊具を、輸入に頼ることなく設計できます。素材に地域のリサイクル材を使うことで、地産地消や循環型社会の実現につながります。

また、過疎化が進む地方自治体などでは、移住支援が行われています。自治体がまとめて3Dプリント住宅を建ててセカンドハウスとして提供したり、オーダーメイドの別荘建設を補助したりすれば、都市部の生活者が週末を地方で過ごし、地域の魅力を感じられるという流れが生み出せるかもしれません。グランピング施設や小規模なホテルなどにも可能性があるように思っています。


3Dプリント技術が実用化されるためのポイント

――今後、3Dプリント技術が実用化されていくためには、どのような点がポイントになるのでしょうか。

田中氏 建築と土木では産業構造や文化が全く異なり、建築の中でも住宅は特殊です。法規制を含め、それぞれの特色を理解した上で、ビジネスモデルを構築することが大切になります。また、国内で高めた技術力を、海外に展開していく視点も重要でしょう。

日本においては潜在するニーズや社会課題を一つ一つ分析し、真に3Dプリント技術が貢献できる領域を見つけていくことが必要です。技術の目新しさがもてはやされる時期は終わりつつあり、イノベーター理論で言う“キャズム”を超えられるかどうかというフェーズに突入しています。現実的な課題をしっかりと見極めることで、ニッチでも光るビジネスに落とし込んでいくことが大事だと思います。

左から:安部、田中氏、平井

※敬称略 左から:

安部 里史
EY Japan 不動産・ホスピタリティ・建設セクターリーダー EY新日本有限責任監査法人 パートナー

田中 浩也
慶應義塾大学環境情報学部 教授

平井 清司
EY Japan 不動産・ホスピタリティ・建設セクター・ストラテジー・アンド・トランザクションリーダー EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 アソシエートパートナー

※所属・役職は記事公開当時のものです。


インタビューに添えて

アメリカでの3Dプリンターによる住宅建設が徐々に拡大していると聞き、建設労働人口が減少している日本において3Dプリンターは救世主となるのか、そして3Dプリンター普及の鍵は何なのか、田中先生に突撃インタビューしました。当初は日本の自然災害の多さが課題になるのではないかと想定していましたが、より根本的な課題は、明確なニーズを見いだせていない、ビジネスモデルがないということでした。その一方で、3Dプリント技術に最も適しているのは、実は多品種少量生産であり、これを住宅・建設分野に活用し得る領域の一つとして、街づくりへの関与が挙げられました。地域から出た廃プラスチックやゴミをそのまま原料として新しい製品に作り替える技術が確立されれば、循環型社会の実現に大きく貢献できますし、そこに3Dプリント技術が加わればデザイン性を加味できます。地域に暮らす人々のアイデアを生かし、彼らのニーズにマッチした家具や建設資材としてそれらを生まれ変わらせることにより、地産地消の実現につながるでしょう。

3Dプリンターは「生産性」と「3Dプリンターならではの付加価値」というイノベーションを建設現場にもたらすため、マーケットの創出には民間だけでなく、日本としてどのように活用していくのか、政府を交えて知恵を出していく必要があるように思います。

脚注

※1 株式会社Polyuse、「CONCEPT」 polyuse.xyz/concept/(2023年4月21日アクセス)
※2 セレンディクス株式会社「世界最先端の家をつくる Sphere(スフィア)家は24時間で創る」 serendix.jp/(2023年4月21日アクセス)


サマリー

日本の3Dプリント技術は、ゼネコンや学術界が積極的に研究を進めており、高い水準に達しています。一方で海外に比べると明確なニーズが存在しないため、新たなビジネスモデルの創出が求められています。

日本においては潜在するニーズや社会課題を一つ一つ分析し、既存の建築技術との差別化要素、および3Dプリント技術が貢献できる領域を見いだせるかどうかが鍵となるでしょう。


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