鉱業・金属セクターのビジネスリスク&オポチュニティトップ10 - 2023


鉱業・⾦属企業にとって、「環境・社会・ガバナンス(ESG)」は依然として優先課題のトップにありますが、地政学上の不確実性やコスト上昇、サプライチェーンにも重点を置く必要があります。


要点

  • 「ESG」が引き続きリスクと機会のトップとなる一方、世界情勢とそれによる不確実性の渦中にある今、「地政学的アジェンダ」が第2位に浮上した。
  • インフレ率の上昇に伴い、「コスト上昇と生産性」が第10位から第5位に順位を上げており、鉱山事業者は変動性にうまく対応し、価値を引き出せるような新たな方策を模索している。
  • 「サプライチェーンの混乱」が新たにトップ10入りし、混乱を招いている数々の要因に対処しなければならない鉱業・⾦属企業のプレッシャーを反映している。

鉱業・⾦属企業にとって、低炭素化とデジタル化を推進するパーパス主導型組織への移行を進めながら、コスト上昇やサプライチェーンの混乱といった喫緊の課題への対応を図るにはどのような方法があるでしょうか。

今年の「鉱業・金属セクターのリスク&オポチュニティトップ10」(PDF)の順位は、世界が急速に変化し不安定な今、鉱山事業者が相反する優先課題に対処する必要があることを反映したものとなりました。課題の第1位は「ESG」で昨年から変化はなかったものの、その範囲は拡大し、より複雑さを増しています。一方、世界情勢や資源ナショナリズムが起因して「地政学的アジェンダ」の順位が上昇しました。鉱山事業者は地政学的アジェンダが企業戦略に及ぼす影響について理解を深める必要があります。

気候変動への関心は業界を問わず世界的に高まっており、鉱山事業者もネットゼロに移行する道筋を定めていますが、目標を達成するには現実的かつバランスの取れた戦略が必要になります。

今年新たにランクインしたのは「サプライチェーンの混乱」です。鉱業・金属セクターは貿易の世界的混乱により特に大きな打撃を受けています。鉱山事業者は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが発生する以前からサプライチェーンの変革を進めていましたが、2023年にはそれを加速させる必要に迫られることが予想されます。

2023年が近づく中、鉱業・金属セクターは、ビジネスモデルとオペレーティングモデルをより抜本的に転換することで対応しようとしています。新たなビジネスモデルは、変化する未来に合わせて組織を再構築する機会を鉱山事業者にもたらしており、多くの企業が合理化、成長、変革のための戦略が持つメリットを検討するようになっています。市場の需要と期待が変化する今、競合他社を抑え優位に立つことができるのはビジネスモデルを精査し、転換させた企業です。

順位を示すレーダーチャート

トレンド1:環境・社会・ガバナンス(ESG)

ESGは今や企業戦略に不可欠となっていますが、その範囲は拡大しており、情報開示と透明性の向上を求める声も高まっています。

2023年も鉱業・金属企業におけるリスクと機会のトップはやはり「ESG」です。この問題は事業運営のほぼ全側面に影響を及ぼすことから、今や企業戦略に強固に組み込まれています。

ESG関連で向上や改善が最も必要となるのは、新たに取り上げられる分野だけではありません。ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンの向上は依然として主要な課題であり、鉱⼭の閉鎖と環境の復旧に関してはより戦略的かつ⻑期的な視点が必要です。

その⼀⽅でESGは変化しているため、鉱⼭事業者はさまざまな問題を考慮しながらケイパビリティを拡充し、そうした問題を効果的に対処しなければなりません。例えば、気候変動が進行する今、喫緊の課題となっているのがウオータースチュワードシップと生物多様性の問題です。ステークホルダーが鉱山事業者に期待しているのは、リスクと機会をより的確に評価し、その結果に基づいた測定と保証を透明かつ明確に示すことです。事実、ステークホルダーの期待の高まりに応えると同時に「グリーンウォッシング」であるとの非難を回避したいと考える場合、今後はより厳格な情報開示が不可欠となります。この開示を実現させることができれば、鉱山事業者は資本調達から操業許可の確保、さらには人材の獲得に至るまで、さまざまな点で競合他社より優位に立つことができます。

主なESG問題を示すグラフ

トレンド2:地政学的アジェンダ

世界的紛争ならびに貿易摩擦の発生を契機に、政府やステークホルダーとの関係性を強化する機会が注目されています。

「地政学的アジェンダ」の順位が上昇した背景には、⽶中間の緊張や資源ナショナリズムの⾼まりに加え、ウクライナ情勢の影響を鉱⼭事業者が感じ取っていることがあります。今、より幅広い戦略的計画の策定に地政学的リスクを組み込み、組織内でこのリスクに対する当事者意識を明確に持つことが求められています。

しかし、鉱業・金属企業の力の及ばない地政学的要因が多いため、こうしたリスクの軽減は容易ではありません。その一方で、政府とより緊密な関係を構築し、業界やセクターの団体を含めステークホルダーとの連携を強化することで、政府の優遇措置や共同投資の可能性を探る絶好の機会が得られる可能性があります。
 

トレンド3:気候変動

ネットゼロに移行する道筋が定まったとしても、目標を達成するには現実的かつバランスの取れた戦略が必要になります。

脱炭素化の取り組みが加速し、排出量の情報開⽰に今まで以上に視線が注がれていることで、気候変動リスク軽減の向上を巡って新たな切迫感が⽣まれています。

鉱業・金属企業にとって、気候変動リスク軽減は大きな課題であり、徐々に管理を向上させてきてはいますが、改善を図る余地が残っているのも事実です。例えば、山火事や洪水など、事業運営を脅かす恐れのある気候変動について、物理的リスクを最小限に抑える対策を講じている鉱山事業者はさほど多くありません。

ネットゼロを目標に定める鉱山事業者は増加してきましたが、それを達成する道筋は必ずしも透明とは言えません。企業はカーボンオフセット、バリューチェーンの上流・下流間でのパートナーシップ、スコープ3の排出量のモニタリングにおけるサプライヤーやベンダーとの連携など、複数の選択肢の組み合わせを模索することで、今後さらに複雑化することが予想されるリスクへの対処に際し積極的な戦略を構築することができます。
 

トレンド4:操業許可(LTO)

⻑期的価値創造を企業ブランドの基盤に据えることで、操業許可の取得をより確実に⾏うことができます。

操業許可の取得は複雑さを増す一方です。コミュニティーとの関係を、複雑に絡み合い解きほぐすことが困難な「大きなスパゲティボウル」のようだと評したリーダーもいるほどです。

今、鉱山事業者には、住みやすい環境づくりへの貢献や文化遺産の保護に関わる対応など、新たな期待が寄せられています。先住民との信頼関係の強化など、長年にわたる課題の解決にはさらに協調的な努力が必要です。法律で義務付けられた範囲にとどまらず、真実と和解の追求に向けて真摯に取り組まなければなりません。

結局のところ、鉱山事業者は長期的価値を創造することを含めて操業許可を取得する枠組みを再構築し、それによるプラスの影響をブランドの基盤に据える必要があります。

EYの年次レポート「鉱業・金属セクターのビジネスリスク&オポチュニティトップ10 - 2023」をダウンロードする


トレンド5:生産性とコスト上昇

鉱山事業者が持続可能な節減を実現する上で、モデリングとデジタルツインを使用して変動性を管理することが有用になる可能性があります。

インフレ率と⼈件費の急上昇は採掘コストを著しく押し上げ、⽣産性の低下と追加開発計画の遅延を招いています。とはいえ、コスト管理と生産性を重視する現在の対応は成果を上げているようです。EYの調査では、2022年に資産価値や労働生産性の低下を経験した人の割合は回答の約20%にとどまりました。

コストは高止まりする可能性が高く、生産性を真に高めることができるのはモデリングやデジタルツインの向上など、変動性を管理するためのより革新的なアプローチです。短期的な利益だけでなく、長期的価値も念頭に置いてコストを管理する必要があります。持続可能なコスト削減策とは、例えば再生可能エネルギーへの切り替えや、より長い期間をかけてコストを削減するイノベーションの奨励、戦略的な合弁プロジェクトによるスケールメリットの最適化などが挙げられます。


トレンド6:サプライチェーン

近年の混乱により、サプライチェーン変革の加速が必要であるという切迫感が新たに生じています。

ここ最近の圧力の高まりを受けて、「サプライチェーンの混乱」が新たにランクインしましたが、これは鉱業・金属企業が長年にわたり取り組んできた問題でもあります。企業は今、現在のボラティリティをより巧みに乗り切り、効率性やレジリエンス、透明性を高める新たな機会を見いだすため、サプライチェーンを変革する取り組みを強化しています。

鉱山事業者が検討しているのは、サプライヤーとの関係強化や共同契約などによる、サプライチェーンリスクを軽減するためのより革新的で高度なアプローチです。新型コロナウイルス感染症によるパンデミックで「ジャストインタイム」モデルの弱点が露呈し、鉱山事業者がサプライチェーンのレジリエンスとコストのバランスを取る方法を探る中では、「ジャストインケース」と「ジャストインタイム」を融合させた供給戦略が出現すると予想されます。
 

トレンド7:仕事の未来を加速させる

目的意識の高いブランドを構築し、再教育をこれまで以上に重視することは、人材不足を解消する一助になり得ます。

定年退職や辞職者が大量に出たことを受け、鉱業・金属企業はかつてないほど深刻な人材不足に陥っています。離職した従業員の後任となる、必要不可欠なスキルを備えた人材を見つけるには、人材の獲得、引き止め、育成に対する本セクターのアプローチをこれから抜本的に見直す必要があります。若い世代の労働者が敬遠する理由は、鉱業に対するイメージが良くないためです。企業は今日の価値観に合った、目的意識の高いブランドを構築する取り組みを強化しなければなりません。

EYの調査から、鉱業セクターでは、従業員の再教育とスキルアップの必要性を認識してはいるものの、この機会を生かしているリーダーはほとんどいないことが分かりました。スキルの習得度が異なる既存の従業員とセクター未経験の新人に対し、今以上に研修に力を入れることが、人材ギャップを解消し、より柔軟性とアジリティの高い労働力を確保できる方法です。
 

トレンド8:資本

需要や投資家の期待に変化が起きており、資本配分戦略に転換がもたらされています。

鉱山事業者は資本規律を引き続き重視する一方で、成長と変革に投資する方策も探っています。エネルギー移行が需要の変化をもたらしており、企業は銅やリチウムを含む「未来対応型」コモディティへの投資を強化し、石炭資産を売却することで対応を図っています。

このような決定を下した背景にあるのは、市場の変化に対応したいという思いだけではありません。ESGパフォーマンスに関わる投資家の期待に応えるためでもあります。組織の資金調達は業績を示すだけにとどまらず、どのように価値を創造しているかを説明する能力にますます結びついているからです。
 

トレンド9:デジタルイノベーション

データケイパビリティへの投資は、より的確かつ迅速な意思決定につながります。

「デジタルイノベーション」は、鉱山事業者がこの分野で自信を高め、ケイパビリティを構築していることから順位を下げました。企業はドローン、リモート・オペレーション・センター、自動運転トラックなどの新たなテクノロジーの導入により、大幅なコスト削減と、生産性および安全性の向上を実現させています。

このように成果を上げ、今後に期待が持てる一方で、セクター全体を見ると、デジタル化とイノベーションへのアプローチがいまだにサイロ化されているのが現状です。バリューチェーン全体を対象としたより統合的な戦略をとることがROIの上昇につながるとともに、ESGや生産性など、鉱山事業者にとって最も複雑な課題への取り組みで成果を高めるための一助となるでしょう。
 

トレンド10:新しいビジネスモデル

鉱山事業者は今、価値を獲得するための将来の戦略候補を模索しています。それは合理化、成長、変革です。

特定のコモディティに対する需要が高まり、サステナビリティへの注目が高まる今、ビジネスモデルを見直す絶好のタイミングが訪れています。EYが見たところ、鉱山事業者は最上の価値がどこにあるのかを分析した上で、その価値を獲得できるビジネスモデルを設計しています。合理化、成長、変革に向けてビジネスモデルを再構築する方針を固めるか、あるいはこの3つの戦略的融合を検討するか、いずれにせよ将来にも通用する事業を構築するべく直ちに行動を起こす企業は、混乱を巧みに切り抜け、取引関係の変化に対応することができ、その結果、競争優位性を獲得することになるでしょう。


関連記事

攻撃されて初めてサイバーリスクは優先事項になるのでしょうか?

サイバー脅威は、とりわけ鉱業や金属工業など資産集約型の産業で、驚くべき速さで進化、増大しています。


    「鉱業・金属セクターのビジネスリスク&オポチュニティトップ10—2023」



    サマリー

    2023年は地政学的環境の不確実性の⾼まりに加え、ESG、気候変動、操業許可を巡る期待の⾼まりも鉱業・⾦属セクターにとって優先課題の上位に⼊ると予想されます。世界的な混乱も企業のコスト、生産性、労働力を圧迫する新たな要因となり、ビジネスモデルの再構築やイノベーションの加速を図るための機会の模索が誘発されることになるでしょう。


    この記事について