人材管理の戦略的手段の1つとしてM&Aを今後どのように活用していくか

人材管理の戦略的手段の1つとしてM&Aを今後どのように活用していくか


人的資本経営が注目されている近年において、人材に焦点を当てた国内M&A事例を調査することで取り組みの背景や傾向を明らかにします。


要点

  • 国内M&A市場が伸長している中、「人材ポートフォリオの変更」の手段としてのM&Aの重要性が高まっている。
  • M&A事例調査から「アウトソーシング業務の内製化」および「高度人材の獲得」といった目的での事例を複数確認した。
  • 各事例を投資目的別に類型化し、傾向と成果を整理した上で、M&Aが人材管理の戦略的手段として有効な1つの選択肢になり得ることを示している。


1. “人材配置の最適化”を目的とした国内M&A事例の調査

  • 本稿では、近年注目されている企業価値向上にひも付く人的資本経営の視点から“人材配置の最適化”を目的とした国内M&A事例の調査を行いました。事例調査を進めていく中で、主として人材配置の最適化に資する「アウトソーシング業務の内製化」と生産性向上に資する「高度人材の獲得」に類型化することができましたので、具体的事例を交えながら説明していきます。

  • 本稿は、レコフM&Aデータベースに掲載されているM&A事例のうち⑴対象期間:2020年1月~2024年3月、⑵出資比率100%、⑶「人材ポートフォリオの変更」に関連するキーワード検索、⑷グループ内M&Aは除いた事例を中心に調査をしました。
     

重要性が増す「人材ポートフォリオ変更」を目的としたM&A

国内M&A件数は、2011年以降増加基調が続いており、2023年実績は4,000件程度と2011年比約2.3倍となっています。2020年に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で海外M&Aが停滞したことなどにより前年割れしたものの、翌年から再び増加、カーブアウト案件をはじめとする国内外の投資会社による日本企業の買収に加え、事業承継ニーズや人手不足対策などの「人」にひも付くM&Aも増加したことにより、年間4,000件程度の水準で推移しています。足元(2024年1~2月)のM&A件数も前年同期を上回るペース(+18%)で積み上がっており、2023年の実績を上回る可能性が高いとみられます。

図表1 国内におけるM&A動向(2010年~23年)
図表1  国内におけるM&A動向(2010年~23年)

M&A市場が底堅く推移する中、特に事業承継や人手不足に起因するM&Aは増加基調にあります。一方で、非財務情報への関心が高まっている先般、「人の価値を最大限に引き出す」ことが企業価値の向上に結び付くといった人的資本経営の重要性を訴える動きも強まっており、企業価値向上と人材戦略とをひも付けた経営戦略を検討することが求められています。言い換えれば、今後はより「戦略的に」必要人材の質と量の適正化を図ることが求められ、その手段としてのM&Aが戦略上重要な選択肢になり得ると考えています。
 

強まる労働供給制約下で重要性が増す「人材配置の最適化」と「生産性向上」

① 少子高齢化で進む労働供給制約の進展

国内の総人口は、2008年の約1億2,800万人をピークに緩やかな減少傾向にあります。しかし生産年齢人口はそれ以前の1995年(約8,700万人、総人口対比69.5%)にピークを迎えており、2021年には約7,500万人(同59.4%)と総人口の減少幅を上回る年率2.6%で減少しています。内閣府の「高齢社会白書」では、2050年に生産年齢人口は3割以下にまで落ち込むとの推計もあり、人口動態的に労働供給の制約は一層強まっていくものとみられます。

図表2 総人口と生産年齢人口の推移(1950年~2021年)
人手不足の加速化に伴う「人材配置の最適化」が喫緊の課題に

② 人手不足の加速化に伴う「人材配置の最適化」が喫緊の課題に

2024年1月時点の全職種有効求人倍率は1.27倍となっており、コロナ禍以降、上昇傾向が続く中、さまざまな職種で人手不足が生じています。特に建設業、医療・福祉、運輸・郵便業などで人手不足感が強くなっており、建築関連職種では有効求人倍率が10倍前後と過去最高水準で推移しています。こうした職種(業種)では、人材の「数」の確保が喫緊の課題となっており、むしろ既存事業維持の観点からM&Aを志向する動きが強まっているとみられます。

図表3 職業別有効求人倍率(2024年1月)(パートを除く)
【図表3  職業別有効求人倍率(2024年1月)(パートを除く)】

③ 「生産性向上」に資する高度IT人材ニーズの高まり

人材の「数」の確保に加えて、生産性向上に資するIT人材といった「質」の確保も重要となっています。高度人材の獲得については、データサイエンス、AI・人口知能、IoT関連人材などに代表される先端IT人材の獲得を目的としたM&A事例が多く確認されました。DX推進による生産性向上を志向する企業にとって、社内ナレッジ共有・蓄積に加え、急速に進行するテクノロジーの発展に応じたアジャイル開発力の重要性は高まっています。しかしながら、高度人材の育成には相応の時間を要することから、「時間を買う」という側面でM&Aを選択する動きが強まっているものと推察されます。

上記の前提および課題を踏まえた上で、具体的な事例を基に傾向を読み解いていきます。

 

2. 人材配置の最適化に資するアウトソーシング業務内製化の事例

対象期間において9件確認することができ、従来は業務の繁閑調整を目的にアウトソーシングを戦略的に選択する動きが強かったものの、近年は人手不足から外注先確保自体が困難になりつつあることから、むしろ内製化を選好するといった動きが散見されました。
 

M&A案件を複数実施した事例(2件)

1. 店舗運営サポートや販売スタッフへのコンサルティングサービスを提供する販促支援サービス会社は、従前まで外注していた業務コストの削減を目的として人材派遣会社とプロモーション会社を買収しました。本件を実行したことで実際に外注費削減によるコスト削減を図ることができ、営業利益の増加につながった成果を公表しています。

2. 遊技施設の運営会社は、従前に業務委託していた人事・労務、経理などの事務業務効率を改善する目的として、広告代理業・教育研修業・遊技機周辺機器の販売を行う3社を買収し、その3年後にはBPO会社を買収しました。(業務効率の改善に関する効果については未詳)
 

買い手が不動産・建設企業である事例(3件)

1. 住宅環境衛生サービスを提供する戸建住宅開発会社とインフラ関連の建築設計会社は、グループ内製化によるコスト削減を主たる目的として、既存の提供業務に近しい事業を展開している企業を買収しています。建築設計会社については、後継者不足に直面する建設関連事業者と資本提携を行うことで事業を承継し、資本・経営の担い手として後継者不足問題を解決するという観点も含む事例であることが特徴的とみられます。

2. ある国内ゼネコン会社については、人材派遣会社を買収しています。ゼネコン子会社の人材派遣会社と統合することで、人材派遣事業の業務効率化と営業体制強化を図る目的もありますが、労働者派遣法にて規定されているグループ内派遣割合の8割規制を回避する目的も兼ねる事例となっています。ゼネコングループ外への派遣割合を高めることで、OBなどの施工管理技術者の内部派遣枠を増やす取り組みを進めています。
 

 対象会社がシステム開発企業である事例(2件)

1. ある国内化学品商社は業務効率化を図る目的でインハウスIT機能強化を掲げており、ソフトウェア受託開発会社を買収しました。買収翌年に公表した長期経営計画の前期振り返りの中では買収案件自体は一定の成果として評価しているものの、グループ内のDX推進までには至らなかったようです。そのような状況を踏まえて、今後も継続して業務効率化の取り組みが進められるものと推察されます。

2. 中古用品店を全国に展開する企業は、実店舗とネットとの連携を強化するため、外部委託しているシステムを80%内製化することを以前から掲げており、先んじてシステム開発会社を買収しました。買収後、80%のシステム内製化については達成することができ、ボトルネックであったシステム改修がスムーズになったことを確認しています。その後も、リアル店舗とインターネットを融合させる独自のオムニチャネル戦略は継続して取り組んでいます。


3. 生産性向上に資する高度人材獲得の事例

 対象期間において8件確認することができ、データサイエンス、AI・人口知能、IoT関連人材などに代表される先端IT人材の獲得を目的とした事例が多い傾向となりました。

 対象会社がシステム開発企業である事例(6件)

1. 全件において、システムエンジニア、AI人材といったITスペシャリストを獲得し、DX関連事業に配置し、新規ビジネスの発掘や高収益構造への転換へつなげていくことを目的としています。買い手としては、システム開発企業ないしはソフトウェアサービス企業が4件となっており、領域に近しい分野での高度化を促進させていく事例の割合が高くなっています。

2. 特に組込み機器関連ソフトウェア開発企業を買収したシステム開発会社とAIを活用したソフトウェア受託開発企業を買収した業種特化型のソフトウェア開発会社に関しては、ITスペシャリストを獲得することだけでなく、専門的な領域での人材育成に関する観点についても言及されていたことが特徴といえるでしょう。
 

 対象会社が海外企業である事例(2件)

1. ある国内ゼネコン会社では、今後需要が見込まれているBuilding Information Modeling (以下、BIM)に関するエンジニア不足が喫緊の課題となっており、BMIノウハウを有する人材を確保しつつ、東南アジア諸国での受注拡大を目的として、シンガポールの設計会社を買収しました。本件買収がどのようなインパクトを与えたかの直接的な開示はないものの、BIMを活用した施工計画の実績やBIMを使用した建設物のライフサイクル全体にわたって情報管理を行うための国際規格取得を公表しているなど、BIMへの取り組みを進めています。

2. ある国内ネットワークインテグレーターは、アジアを中心とする海外拠点の拡充などによる国際事業展開を進めていく中で、未進出であったマレーシアのシステムインテグレータを買収しました。現地でのシステム構築が豊富である経営人材を獲得することで、自社単独ではアプローチできない現地企業向けの案件発掘を行うことを見据えています。
 

4. 戦略的な人材管理を通じた必要人材の質と量の適正化と手段としてのM&Aという選択肢

 国内の生産年齢人口減に伴う人手不足に加えて、急速に進行するテクノロジーの変容は加速度的に進展する可能性が高いとみられ、企業価値向上のみならず既存事業維持のために、より一層、戦略的な人材管理を通じた必要人材の質と量の適正化を図ることが求められると予想されます。

 一方で、質と量の適正化に向けた取り組みとして、アウトソーシングやフリーランス雇用といったM&A以外の外部調達に加えて、リスキルといった内部調達といった選択肢も近年では重要性を増しています。経営判断として、いずれの手段が自社にとって最善であるかを検討する際、長期的な経営戦略や目標、現状の社内リソース、リスク許容度など多岐にわたる視点が必要となり、一概に判断することは容易ではありません。今回の事例調査を通じて、M&Aが有効な1つの手段となり得ることを認識し、直近の傾向を把握することで、今後の施策検討の一助となれば幸いです。


執筆者

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 
リード・アドバイザリー パートナー
小室 英雄

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 
リード・アドバイザリー シニアマネージャー
七澤 奈緒子

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 
リード・アドバイザリー スタッフ 
石川 峻吾

※所属・役職は記事公開当時のものです。

【参考・引用資料】

  • 図表1 MARR Online 「M&A統計>マーケット動向」
    www.marr.jp/menu/ma_statistics/ma_markettrend/entry/48873 (2024年4月9日アクセス)
  • 図表2 ハローワーク情報サイト~ハロワのいろは~「職業別の有効求人倍率」
    www.hwiroha.com/syokugyoubetsu_yuukou_kyuujinn_bairitsu.html (2024年4月9日アクセス)
  • 図表3 内閣府 「高齢化の現状と将来像 令和4年版高齢社会白書」
    www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2022/html/zenbun/s1_1_1.html (2024年4月9日アクセス)
  • M&A事例調査データベース先 RECOF M&A DATABASE、madb.recofdata.co.jp/masearch (2024年4月9日アクセス)
本記事に関するお問い合わせ

サマリー

「人材配置の最適化」を目的とした国内M&A事例調査を実施しました。国内M&Aの中でも、アウトソーシングの内製化や高度人材の獲得を目的とした事例が増えてきており、戦略的な人材管理が求められている状況です。人手不足や特定分野の専門家不足を解決するための手法の1つとしてM&Aが企業価値向上に有用となり得ることを示しています。


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