EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
これまで社会に安定をもたらしてきた社会の絆(Social Fabric)が弱まり、人々は自分が社会の一員であるという帰属意識や、社会が自分を助けてくれるという安心感を持てなくなっています。新型コロナウイルスの感染拡大による社会変容は、私たちにとって社会と向き合う機会になりました。昔に戻ることはできませんが、デジタル化を踏まえながら新しく社会の絆を編み直すチャンスかもしれません。
米国の世論調査による、自分と異なる政党を支持する家庭の子供と自分の子供を結婚させたくないと思っている親が増えているというデータなども指標の1つになるでしょう。分断が進み共通の土台を持ちにくくなっている現在において、社会の絆は内面や身近な話だけではありません。マクロな面から見た弊害としては「自分は社会の一員で、社会も自分も助けてくれる」という帰属意識が希薄化すると、孤立による不安から自分の主張だけを声高にぶ人が増え暴動などが起きやすくなり、社会不安が増大する可能性があります。また、メンタルヘルスや身体的な健康を損なう人が増え、医療コストも上がるかもしれません。
デジタル化が進みSNSなどで一見、人々はつながっているように見えますが、多くの問題を内包しています。2040年には一人暮らしの世帯が39%、そのうちの4人に1人は65歳以上になると言われています*1。これらの高齢者は社会に引き出してくれる人がいないので孤立しがちです。
当たり前のようにSNSを使っている若い世代にも特徴があります。日本の若者は自分の価値観に近い人、居心地のいい場所を選んでそこに止まる傾向が強いのです。SNSでも自分の波長に合う人だけをフォローし、広く世間を見たり知ったりしようとせず、デジタルの中の小さな池でじっとしています。デジタルによって世界が広がるのではなく、逆に縮んでしまった感があります。
企業から見ると、こうした若者の傾向は「メガヒットが生まれにくい」「ブランドが確立しにくい」という状況につながります。化粧品などで起きている現象ですが、もしパーソナライズが究極に進めば、「今日の自分に合ったもの」を求めるようになるので、最終的にはブランドさえ必要なくなってしまうかもしれません。
みんなが知っている歌や映画が少なくなり、話していても共通の話題が乏しく、文化が共有されにくい状況が生まれています。
プラスとマイナスの両面があると思います。プラスは多くの人が「自分は独りで生きているわけではない」と気づき、他人のことを真剣に考えるようになったことです。東日本大震災の後にボランティアが盛んになったのと同じ現象で、社会の絆を強めることになりました。
マイナスの面は高齢者の孤立です。外出を控える時間が長くなったため、フレイル(虚弱=健康と要介護の中間状態)になっている方も増えています。
また、今はまさに、リモートワークの普及などをきっかけに東京から地方への移住が本格化するかどうかの分岐点にあると見ています。満遍なく地方に人が流れなくても、地方のどこかに都会から人が集まる場所ができれば新しい社会の絆のスポットが生まれるかもしれません。
若い世代は問題ないと思いますが、バブル世代が一番つらいかもしれません。今、求められているのは「会社」と「仕事」を切り分ける考え方です。会社の中でしか通用しない特殊な能力を、会社の外でも通用する能力に転換する必要があります。それができれば、いわゆる「つぶしがきく」人材になり、会社の外に出て独立しても仕事を続けられるという自信を持つことができます。
自分の能力を会社の中で生かすだけでなく、ボランティアなど会社以外の社会で生かす方法もあります。そのように人材が会社から社会に出て行くことにより、弱くなっていた社会の絆が再び強くなります。一つの会社に人生をささげる考え方は今の時代には合いません。考え方を切り替える必要があると思います。
会社を通じて社会に貢献するというのは一つの考え方ですが、今は仕事の本質を見直すべき時期に来ているのでしょう。コロナ禍で出社や退社のルーティーンがなくなり、立ち止まって自分の仕事の本質とは何かを考え始めた人も少なくないと思います。会社の側も社員の副業を認めるなど、考え方を変えつつあります。
前述のように、一つの会社に一生をささげる時代ではなくなります。雇用が流動化し、人々の生き方も多様になります。これまでは22歳までが「学び」の時期、60歳までが「仕事」の時期、それ以降は「余暇」という風に時間の使い方が年齢ではっきり分かれていました。学ぶ場所、働く場所という物理的な場所に制約があったこともその一因です。リモートワークやリモート学習で場所の制限がなくなれば、いつでもどこでも働き、学び、楽しむことができるようになります。例えば、リタイアする前、仕事をしているときから本格的に楽器を習い始めることも可能です。
学習と仕事と余暇の三層を流動的に生きるようになると、それぞれの層で人とのつながりが生まれます。これが社会の絆を強く編み直す力になります。
ただし、流動化に適応できるのは、ある程度、環境や能力に恵まれた人々であり、取り残される人々は必ず出てきます。自助だけでは限界があるので、社会的弱者を社会につなぐ努力が必要です。例えば欧州などでは、高齢者の家の空いている部屋を若者に貸し、二つの世代をつなぐホームシェアの試みが盛んです。こうしてさまざまな層の人々を混ぜる仕組みは、弱くなった社会の絆を補強する効果があると期待されています。
*1 国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計) 2018(平成 30)年推計」
http://www.ipss.go.jp/pp-ajsetai/j/HPRJ2018/hprj2018_gaiyo_20180117.pdf
人々のつながりを強めると期待されたSNSには、高齢者を孤立させ、若者を気の合う者だけの狭い交流範囲に閉じ込めるという弊害もありました。社会が不安定になる中で、コロナ禍による行動変容は多くの人に生き方を見直すきっかけを与えました。デジタル技術は「いつでも、どこでも」働いたり、学んだり、楽しんだりすることを可能にします。働きながら学び、楽しむことが人々のつながりを増やし、弱まった社会の絆を編み直すことにつながります。