2. 最近の水素ビジネスに関連する投資案件の状況
昨今、民間企業による水素ビジネス関連への投資の取り組みが数多く見られるようになりました。日本国内では、国や地方自治体の支援を活用した実証実験や水素関連の技術開発に関するものが多かったものの、最近では商用レベルでの投資案件も徐々に増えてきています。例えば、2020年から2021年の約2年間で、大手総合商社による海外水素関連企業への資本参画案件が数件発表されています。具体的には、大手総合商社A社が政府系金融機関や大手邦銀と共同出資を行い、米国カリフォルニア州で水素ステーションの開発ならびに運営を手掛けるスタートアップ企業に出資参画しました。また、大手総合商社B社は、都市ごみからリニューアブル水素とリニューアブル燃料の製造を担う米国のベンチャー企業に対して、海外の水素燃料電池車メーカーやファンドなど数社と共同出資を行いました。B社はこれにより、燃焼プロセスを経ないで都市ごみをガス化して水素を製造する独自技術を開発し、高効率な水素を製造することを目指しています。このように、水素ステーションや水素燃料電池に関連する技術やビジネスを保有する企業への出資参画など、FCV(燃料電池自動車/Fuel Cell Vehicle)での水素利活用を意識した案件が多く見られます。
一方、日本企業以外では、既存の水素関連事業の拡大を目的とした増資や買収を目的とした投資案件、再生可能エネルギー由来の水素製造プラントを開発するための投資案件などへの取り組みが見られます。2022年2月、ドイツのグリーン水素や水素をベースとした燃料用プラント開発・建設・運営を担うパイオニアであるA社が、新規水素製造プラント6カ所の建設用資金として、共同投資家である投資ファンドや年金・保険資産運用ファンド、エンジニアリング会社より2億ユーロを調達しました(本案件では、EYがアドバイザリー業務を提供しています)。特にドイツやフランスを中心とした欧州においては、欧州域内での再エネ電力を活用した水素製造案件が多数開発されています。
日本国内外共に、水素関連分野への参入スピードを上げる手段としての投資や、水素ビジネスの拡大や新規プラントの開発のための投資が徐々に増えてきていますが、その背景や傾向には、各国の水素政策が大きく影響しています。次章では、主要先進国の水素政策の特徴についてご説明します。
3. 主要先進国における水素関連政策および公的支援策
日本と主要先進国を比較すると、国ごとの産業特性やそれに基づく水素関連政策の違いにより、水素バリューチェーンにおける注力分野や公的支援策に違いが見られます。
① 欧州
2050年までにカーボンニュートラルを達成することを目標に掲げる欧州連合(EU)では、2020年7月に「欧州の気候中立に向けた水素戦略」を公表し、2030年までに40GWの水電解装置を導入すること、およびグリーン水素を1000万トン生産することを目標に掲げ、グリーン水素戦略の推進を明確にしています。
国別で見ると、ドイツでは2020年6月に公表した「国家水素戦略」において、水素関連分野へ90億ユーロを投資することや、水素関連技術のコストを引き下げ世界の水素市場をリードすることを掲げており、グリーン水素だけが長期的に持続可能なエネルギーと明示した点も特徴的です。水素の製造能力目標は2030年までに5GW、2040年までに10GWで、グリーン水素の製造を促すべく、水素製造事業者に対する再生可能エネルギー賦課金が一部免除されます。フランスが2020年9月に公表した「脱炭素水素のための国家戦略」には70億ユーロの予算が組み込まれており、水電解装置製造業の育成や、航空機を含む大型モビリティの水素移行などへの支援が行われます。フランスは2030年までに6.5GWの水電解装置を導入することを目標にしていますが、水素製造に用いる電力として、再生可能エネルギー発電由来に加え、原子力発電由来の電力も想定しています。EUを離脱した英国では、2021年8月に公表した「水素戦略」において、2030年までに5GW規模の低炭素水素製造能力を開発することを目標にしており、水素分野に5億ポンド投資することが、2020年11月に発表された「グリーン産業革命のための10項目計画」に織り込まれています。
② 米国
米国は従来、エネルギー省主導による「H2@Scaleプログラム」の下、水素エネルギーの利用を拡大することに取り組んでおり、2020年11月には、水素研究の開発・実証計画である「Hydrogen Program Plan」を公表しています。さらに、バイデン政権発足後のパリ協定復帰に代表されるように連邦として脱炭素政策を加速させており、それに伴い、2021年5月に発表された予算教書および同年11月に可決されたインフラ投資法案においても、水素および燃料電池やグリーン水素研究開発に対する投資が織り込まれています。
州単位では脱炭素に対する方針は異なるものの、例として、カリフォルニア州ではトランプ政権下の2018年時点においても2025年までに200カ所の水素ステーションを建設する目標を掲げるなど、脱炭素および水素活用に向けた積極的な姿勢を継続的に打ち出しています。このような状況の下、同州では州エネルギー委員会が管理する「Clean Transportation Program」を通じて、代替・再生可能燃料および車両技術に係る技術革新に対し補助金交付を年間一億米ドル規模で実施しています。同州に進出している日本企業が現地法人を通じて同プログラムの補助金を活用し、現地企業と協働して水素ステーションの開発を進めている事例があります。
③ オーストラリア
資源輸出国であるオーストラリアは、グリーン水素とブルー水素の輸出大国としての地位確立を目指し、2019年11月に「国家水素戦略」を公表しています。同国は2020年9月にCO2排出削減技術に対する19億豪ドルの支援を発表しており、FCV や EV の充電・充填ステーションの設置促進、水素輸出ハブの建設などが支援対象になっています。オーストラリアには多くの日本企業が参入していますが、水素関連プロジェクトへの助成金は、Australian Business Numberを持つ日本企業のオーストラリア法人も申請可能になっています。
おわりに
日本は水素エネルギーに関する研究開発において長年世界を主導してきましたが、脱炭素化の流れを受けて、ビジネス面では欧州が主導する局面が増えてきています。今後多分野において水素の普及を図るためには、日本国内における要素技術の開発のみならず、世界の知見やノウハウも活用し、先進的な水素ビジネスの実践による低コストかつ十分な量の水素を調達することが脱炭素の観点でも重要になってきており、投資およびビジネス面における取り組みを加速させることが日本企業に求められています。