脱炭素に向けた水素ビジネスを取り巻く主要先進国の政策的支援の状況と日本企業の取り組み

脱炭素に向けた水素ビジネスを取り巻く主要先進国の政策的支援の状況と日本企業の取り組み


水素の要素技術開発で先行してきた日本が、ビジネス面でリードする欧州など主要先進国での取り組みや施策をどのように活用し、脱炭素に向けた水素ビジネスを加速できるでしょうか。


要点

  • 脱炭素に向けて注目される水素とは何か。
  • 現在、水素に関するビジネスや投資はどうなっているか。
  • 主要先進国は水素で何を目指すのか、日本企業が知るべきことは何か。

はじめに

水素エネルギーは、環境負荷の低さおよびその汎用性の高さから、低炭素・脱炭素社会実現に向けて注目を浴びているエネルギーです。

水素エネルギーの特徴は、燃焼してもCO2や大気汚染物質を排出しないクリーンエネルギーであり、水や化合物として地球上に無尽蔵に存在し、エネルギーとしてのパワーが大きいことから、低炭素・脱炭素化実現に寄与することが期待されており、長期大量貯蔵が難しい電気を水素の形に変え、貯蔵・輸送する性質も持っています。

世界の水素エネルギーを用いたインフラ関連産業の市場規模は、2030年以降5年ごとに約30~50%の伸びで成長し、2050年に約160兆円となることが予測されています。

2030年以降、水素供給量の拡大が見込まれており、当面は製造時にCO2を排出するグレー水素や、製造時に発生するCO2をCCUS(二酸化炭素回収・有効利用・貯蔵技術)などによって固定化するブルー水素が主ではあるものの、長期的には再生可能エネルギー由来の電気を用いるなど、製造時にCO2を排出しないグリーン水素が拡大することが予測されています。


脱炭素に向けた水素ビジネスを取り巻く主要先進国の政策的支援の状況と日本企業の取り組み

水素に関する世界・日本国内の政策動向

2015年12月にCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)で合意されたパリ協定により、脱炭素化社会実現に向けた世界的な合意が形成されました。日本国内においては、2017年12月に発表された「水素基本戦略」を皮切りに、2020年12月に発表された「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」において水素推進に係る具体的な数値目標や取り組み事項が策定されるなど、日本政府による水素に対する積極的な姿勢が示されています。

本稿では、脱炭素の観点からも重要な位置を占めることになる水素エネルギーのサプライチェーンを概観し、日本国内における技術開発やビジネスの具体的な取り組み事例をご紹介するとともに、最近の水素ビジネスに関連する投資案件の状況と、主要先進国における水素関連政策および公的支援策についてご説明します。

図1 世界・国内における政策動向

1. 水素エネルギーのサプライチェーンおよび日本企業の取り組み

水素エネルギーサプライチェーンは、大きく製造、貯蔵・輸送、利用に分類されます。水素の製造は、さまざまな化合物を分解することにより水素ガスを生成し、化石燃料改質、水電気分解、バイオマス、水熱分解、光触媒などが使用されます。水素は体積当たりのエネルギー密度が低いためエネルギー密度を高める必要があり、パイプラインにより輸送する方法の他、圧縮水素、液化水素、有機ハイドライド、アンモニアや水素吸蔵合金などの形態で貯蔵して輸送します。水素の利用方法は多岐にわたり、一例としては燃料電池(定置用、モビリティ用〈自家用車、トラック、バス、フォークリフトなど〉)、水素発電などが挙げられます。

水素の製造方法のうち、現状研究開発段階の技術である水熱分解、光触媒が用いられている事例は依然として少なく、各社が開発を進める水素製造の事例として、グリーン水素を製造する水の電気分解や、バイオマスによる水素製造が挙げられます。水の電気分解とは、水に電圧をかけることによって起こる水の酸化還元反応から水素を生成する手法です。近年では、太陽光発電で生じた余剰電力を用いて電気分解を行い、グリーン水素を製造する取り組みが実施されています。バイオマスによる水素製造とは、木質チップから生成した炭化物と水蒸気で化学反応を起こし、そこで生成された混合ガスから水素を抽出するという手法です。この手法は、国内企業により実証プラントの建設が進められている事例があります。

水素の貯蔵と輸送においては、有機ハイドライドメチルシクロヘキサンやアンモニアといった、比較的管理の容易な化合物の形態に変換させる取り組み事例が多く見られます。また、既存のパイプラインを用いた水素とガスの混合共有といった、既存設備を利用した輸送を行う動きもあります。

水素の利用では、ガス事業者および電力事業者により、既存の設備と技術を活用して水素を利用する取り組みが行われています。複数のガス事業者がメタネーション(水素と二酸化炭素を反応させ、天然ガスの主な成分であるメタンを合成する技術)の実証を実施することを発表しており、電力事業者からは水素発電の研究開発や、ガス火力発電所での水素混焼などの取り組みが発表されています。

現時点では、各社が商用化に向けた技術開発を進めている状況ですが、2021年10月に日本政府が発表した第六次エネルギー基本計画で、2030年のエネルギーミックス(野心的な見通し)として水素とアンモニアが全体の1%に位置付けられていることを受けて、多くの企業がおおむね2030年をめどに商用化を目指しています。

図2 水素エネルギーに関するサプライチェーン

2. 最近の水素ビジネスに関連する投資案件の状況

昨今、民間企業による水素ビジネス関連への投資の取り組みが数多く見られるようになりました。日本国内では、国や地方自治体の支援を活用した実証実験や水素関連の技術開発に関するものが多かったものの、最近では商用レベルでの投資案件も徐々に増えてきています。例えば、2020年から2021年の約2年間で、大手総合商社による海外水素関連企業への資本参画案件が数件発表されています。具体的には、大手総合商社A社が政府系金融機関や大手邦銀と共同出資を行い、米国カリフォルニア州で水素ステーションの開発ならびに運営を手掛けるスタートアップ企業に出資参画しました。また、大手総合商社B社は、都市ごみからリニューアブル水素とリニューアブル燃料の製造を担う米国のベンチャー企業に対して、海外の水素燃料電池車メーカーやファンドなど数社と共同出資を行いました。B社はこれにより、燃焼プロセスを経ないで都市ごみをガス化して水素を製造する独自技術を開発し、高効率な水素を製造することを目指しています。このように、水素ステーションや水素燃料電池に関連する技術やビジネスを保有する企業への出資参画など、FCV(燃料電池自動車/Fuel Cell Vehicle)での水素利活用を意識した案件が多く見られます。

一方、日本企業以外では、既存の水素関連事業の拡大を目的とした増資や買収を目的とした投資案件、再生可能エネルギー由来の水素製造プラントを開発するための投資案件などへの取り組みが見られます。2022年2月、ドイツのグリーン水素や水素をベースとした燃料用プラント開発・建設・運営を担うパイオニアであるA社が、新規水素製造プラント6カ所の建設用資金として、共同投資家である投資ファンドや年金・保険資産運用ファンド、エンジニアリング会社より2億ユーロを調達しました(本案件では、EYがアドバイザリー業務を提供しています)。特にドイツやフランスを中心とした欧州においては、欧州域内での再エネ電力を活用した水素製造案件が多数開発されています。

日本国内外共に、水素関連分野への参入スピードを上げる手段としての投資や、水素ビジネスの拡大や新規プラントの開発のための投資が徐々に増えてきていますが、その背景や傾向には、各国の水素政策が大きく影響しています。次章では、主要先進国の水素政策の特徴についてご説明します。


3. 主要先進国における水素関連政策および公的支援策

日本と主要先進国を比較すると、国ごとの産業特性やそれに基づく水素関連政策の違いにより、水素バリューチェーンにおける注力分野や公的支援策に違いが見られます。

① 欧州

2050年までにカーボンニュートラルを達成することを目標に掲げる欧州連合(EU)では、2020年7月に「欧州の気候中立に向けた水素戦略」を公表し、2030年までに40GWの水電解装置を導入すること、およびグリーン水素を1000万トン生産することを目標に掲げ、グリーン水素戦略の推進を明確にしています。

国別で見ると、ドイツでは2020年6月に公表した「国家水素戦略」において、水素関連分野へ90億ユーロを投資することや、水素関連技術のコストを引き下げ世界の水素市場をリードすることを掲げており、グリーン水素だけが長期的に持続可能なエネルギーと明示した点も特徴的です。水素の製造能力目標は2030年までに5GW、2040年までに10GWで、グリーン水素の製造を促すべく、水素製造事業者に対する再生可能エネルギー賦課金が一部免除されます。フランスが2020年9月に公表した「脱炭素水素のための国家戦略」には70億ユーロの予算が組み込まれており、水電解装置製造業の育成や、航空機を含む大型モビリティの水素移行などへの支援が行われます。フランスは2030年までに6.5GWの水電解装置を導入することを目標にしていますが、水素製造に用いる電力として、再生可能エネルギー発電由来に加え、原子力発電由来の電力も想定しています。EUを離脱した英国では、2021年8月に公表した「水素戦略」において、2030年までに5GW規模の低炭素水素製造能力を開発することを目標にしており、水素分野に5億ポンド投資することが、2020年11月に発表された「グリーン産業革命のための10項目計画」に織り込まれています。

② 米国

米国は従来、エネルギー省主導による「H2@Scaleプログラム」の下、水素エネルギーの利用を拡大することに取り組んでおり、2020年11月には、水素研究の開発・実証計画である「Hydrogen Program Plan」を公表しています。さらに、バイデン政権発足後のパリ協定復帰に代表されるように連邦として脱炭素政策を加速させており、それに伴い、2021年5月に発表された予算教書および同年11月に可決されたインフラ投資法案においても、水素および燃料電池やグリーン水素研究開発に対する投資が織り込まれています。

州単位では脱炭素に対する方針は異なるものの、例として、カリフォルニア州ではトランプ政権下の2018年時点においても2025年までに200カ所の水素ステーションを建設する目標を掲げるなど、脱炭素および水素活用に向けた積極的な姿勢を継続的に打ち出しています。このような状況の下、同州では州エネルギー委員会が管理する「Clean Transportation Program」を通じて、代替・再生可能燃料および車両技術に係る技術革新に対し補助金交付を年間一億米ドル規模で実施しています。同州に進出している日本企業が現地法人を通じて同プログラムの補助金を活用し、現地企業と協働して水素ステーションの開発を進めている事例があります。

③ オーストラリア

資源輸出国であるオーストラリアは、グリーン水素とブルー水素の輸出大国としての地位確立を目指し、2019年11月に「国家水素戦略」を公表しています。同国は2020年9月にCO2排出削減技術に対する19億豪ドルの支援を発表しており、FCV や EV の充電・充填ステーションの設置促進、水素輸出ハブの建設などが支援対象になっています。オーストラリアには多くの日本企業が参入していますが、水素関連プロジェクトへの助成金は、Australian Business Numberを持つ日本企業のオーストラリア法人も申請可能になっています。


おわりに

日本は水素エネルギーに関する研究開発において長年世界を主導してきましたが、脱炭素化の流れを受けて、ビジネス面では欧州が主導する局面が増えてきています。今後多分野において水素の普及を図るためには、日本国内における要素技術の開発のみならず、世界の知見やノウハウも活用し、先進的な水素ビジネスの実践による低コストかつ十分な量の水素を調達することが脱炭素の観点でも重要になってきており、投資およびビジネス面における取り組みを加速させることが日本企業に求められています。


サマリー

低・脱炭素社会実現に向けて、水素エネルギーの重要性が増していますが、これを用いたインフラ関連産業の市場規模は今後大きく伸び続けることが予測されており、世界各国で政策目標および公的支援策が整備されてきています。水素の要素技術開発で先行してきた日本企業は、ビジネス面での主導的立場を狙う欧州など、主要先進国における取り組みや政策を活用して、水素ビジネスの推進を加速させることが求められています。

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